刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第79話

 午前零時。

 排気ガス臭い川崎工場地帯の尖塔群の一つ、微かな影が煙に包まれながら――ゆっくりと、激しい風に煽られつつ屈んた姿勢から立ち上がる。まるで無聊でも慰めるように無精ひげを厚い肉の掌で撫でつける。

 生気を欠いた瞳には、強敵を求める飢えた獣の如く暗い雰囲気を漂わせていた。

 腑破十臓は、肩甲骨から脊椎に沿って筋肉の神経を研ぎ澄ます。

 ――外道の力は未だ健在のようだ

 と、彼は思った。

 五指は別の生き物のように動き、『裏正』を求めた。生きた〝肉〟を斬りたい、と切望している。柄から伝う肉の感触は、硬い金属から粘つく生暖かい感触が良く馴染む。

 銀の冷たい星の光が濃密なガスの裏に輝く。

 ボオゥ――と十臓の体躯を紫色の焔が発火し、全体を押し包んだ。

 直後、能の猿面にも似た真っ赤な貌が、夜闇の中から浮かび上がった。二つの卵のような小さな眼窩には、薄い白の膜が目玉の表面に張っているように見えた。

 胴体中央は内蔵が露出したような鮮烈な赤色を、外部を肋骨のような外殻が覆っている。筋肉を突き破り、露になったような……外骨格の白が、十臓の全身に巡っていた。

 

 アア……気分ガイイ……久々ノ感覚ダ……

 

 蛹が外気に初めて触れたようで、透明な飴細工の様な翅と思える歪な体。

 首を一巡りさせて、存分に力を漲らせる。

 背中に担いだ『裏正』の鞘が、肉体の一部のように感ぜられた。長い柄を握り、一閃――引き抜いた。

 刀の半分はチェーンのように凹凸の溝があり、刀身の半分が真紅に染まっている。

 

 戦いの刻は近い……。

 

 十臓は、この『裏正』によって一度消滅するところだった。……だが、それでも十臓はこの異世界に来てもその飽くことのない殺戮の道具に『裏正』を選んだ。

 

 運命という他ない。

 

 

 

 (衛藤可奈美、百鬼丸……。)

 

 この世界のめぼしい敵と、戦う。

 

 愉シミダ……

 

 喉の奥で「くくくくく」と哄笑した。

 

 

 

 ◇

 

 午過ぎの高く昇った秋の日差しが、心地よい。

 

 本部を出て五〇〇メートルほど離れた場所にあるファミリーレストランに入った。繁華街にも隣接しているためか、中途半端な時間でも店内の席に人が点在していた。

 突然連れ出された百鬼丸は頭の上に疑問符を浮かべながらも、渋々相楽結月の後を着いてきた。

 窓際の席には丁度、秋の弱々しい日光がテーブルに射し込んでいた。

 

 「百鬼丸おにーさん、あの席にしよ~っ」

 窓際を指差した結芽は、百鬼丸に抱きついて自らの細腕を絡めながら、そう言った。

 

 「お、おう」

 彼女の積極的な態度にかなり戸惑いながら、百鬼丸は頷く。

 

 「…………はぁ」隣に立っていた結月は憂鬱なため息をこぼした。

 呆れ、というよりも、複雑な感情が混ざったものだった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 「ふぅ……」

 と、百鬼丸は席で腰を落ち着けるなり、

 

 「百鬼丸おにーさん。えへへっ~」

 まるで子犬がじゃれつくように隣に座り、べったりと百鬼丸の腕に華奢な体を密着させる。

 白いレースに黒い帯を基調としたシュシュに束ねられた毛先が、百鬼丸の二の腕をくすぐる。

 

 「あはは……」

 愛想笑いで受け流しながら、百鬼丸はテーブルの対面をみる。

 「――それで、説明してくれるんですよね?」疑り深い眼差しで結月を見据える。

 

 「ああ、当然だ。その前に……今日ここにきた理由を説明させて欲しい」

 

 「こんな場所で、ですか?」

 

 「そうだ。別に守秘義務を履行する内容でもない、まして荒魂と人体の融合を図る研究については、一部情報公開が始まっているからな」

 

 「そうですか。んで、わざわざ京都からなんで関東に?」

 

 鋭い眼差しに、躊躇いの色が現れた。

 「結芽の病状が急激に回復した理由……そして、此花寿々花が今行っている〝治療〟について関係がある。――そして、勿論君にも理由はある」

 

 

 「おれ、ですか」

 

 ――ああ、と結月は言いながら結芽に視線を移す。

 「結芽、なにか飲み物でも持ってきてくれないか?」

 慈愛に満ちた眼差しで、結月は微笑んだ。

 

 百鬼丸の右腕に頬ずりをしていた少女は明らかに不満そうに顔を曇らせた。

 「えぇ~、ど~して~?」

 

 苦笑いを浮かべながら、結月は続ける。

 「結芽、お願いだ」

 なおも優しい表情に根負けした少女は口を尖らせながら、「うぅ~」と名残惜しそうに百鬼丸から離れてドリンクバーの設置されているコーナーへと歩いて行った。

 

 

 結芽の後ろ姿が遠くなると、表情を元に戻し小さな息を漏らす。

 「ああ、すまない。先程の話の続きだが、人体とノロの研究が一番進んでいるのが旧折神派の施設、それから鎌府の研究棟だ。……現状、あの子に起きている身体の変化を診断するにしても、綾小路の研究ではどうにも……長船にも、整った設備はあるが……やはり、実際の人体を利用した研究はコチラの方が進んでいる」

 

 「なるほど……だから、コッチにきてるってワケですか」

 

 「単刀直入に聞くが、君があの子を救ったんじゃないか……と思っている。それも、現段階でのノロ技術とは異なる方法で、だ」

 

 「へぇ、確証はなにか?」

 

 「いや、ない。だが、あの子(結芽)の話では、折神家の襲撃事件の祭、瀕死の淵から君が救い出してくれた――そう聞いている。何より、君の義妹もそれに近い証言をしてくれた」

 

 (双葉め、あんにゃろう~)

 百鬼丸は意外におしゃべりな義妹に困り果てた。

 

 別に隠す内容ではなかったが、とはいえ一々他人に知らせなくてもいいだろう、と百鬼丸自身は思っていた。もちろん、結芽の生命に関わる部分については話そうとは考えていた。……しかし妹がどこまで喋っているかは分らないが。

 

 「…………今、いえることは一つです。燕結芽は今後普通の生活を送れますよ」

 百鬼丸は迷いない口調で確かに言った。言いながら、左の指先で右腕を叩く。必要とあれば、何度でも肉体を切り離して彼女に与えるつもりだった。

――と、同時に自分自身の肉体と寿命を対価にして、という部分は絶対に語るつもりは毛頭ない……。

 

 結月も、少年が何事かを隠していることを察したが、敢えてそれ以上は追求せずに天井へと頭を僅かに上げた。

 「そうか。それが君の判断なのか――」

 つぶやきながら目線を戻して百鬼丸を覗い、目を細める。

 彼女なりに思うことはあったのだろう。しかし敢えて言語化せず、心中で止めた。

 

 「…………。」

 

 「…………。」

 

 両者は沈黙して語らず、気まずい空気だけがテーブルを挟んで流れていた。

 

 

 りん、りん、と《ニッカリ青江》の柄に取り付けた苺大福猫の鈴ストラップが軽妙に鳴る。

 「えへへっ~、お待たせ~」

 涼やかな鈴音と共に、両手にドリンクの杯を持った結芽が元気よく戻ってきた。

 

 「お、おう」

 

 「ああ、おかえり」

 

 気まずい沈黙を破った少女は、こわばった表情の両者を交互に見比べながら「ん~?」と小首を傾げた。左髪を束ねたシュシュの基調をなす長い黒帯部分が、撫子色の柔らかな髪に触れ合いながら、静かに元の位置へと収束していく。

 

 

 

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