刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第81話

……自然に、なるべく足音を感づかれないように分厚い絨毯の上を歩く。ある部屋の前で立ち止まると扉に耳を当て、中に気配があることを確認した。肝心なことは、まず扉を素早く開けることだ。――それからは簡単。一気に斬りかかるだけ……。

 

 「えっへへへっ……紫さまに今度こそ本気で遊んでもらわないと」

 親衛隊四席、燕結芽は口元を三日月型に曲げてニヤつく。これまで何度も奇襲を仕掛けては失敗を繰り返した。だが、今回こそは――と、結芽は胸元に小さく拳をぎゅっ、と拳を握る。

 

 御刀《ニッカリ青江》の収まるオレンジと黄色の二層グラデーションが美しい鞘を左手で掴む。ネジのマイナスに似た腰元に装着した金属ホルダーを水平に動かす。

 

 こん、こん……。

 

 手の甲で硬い扉を弾く。ドアノブを握り――

 

 「紫さま~~~~、あーそーぼー♪」

 

 素早く扉を開き上半身を斜めに曲げて室内を窺う。高級な材質の執務机で腕を置き、資料に目を通す折神紫の姿が凛然とそこにあった。

 

 苺大福猫を模した御刀の鍔を左の親指で弾き、刀身を煌めかせる。

 

 結芽は迷わず《迅移》を使用した。

 

 室内の距離を一気に縮めて紫に接近する。……抜刀した後、右大上段から思い切り御刀を振り下ろす。

 

 しかし、手応えがまるで無い。……目前を見ると椅子の背もたれ部分のみが切断されるのみだった。

 

 剣が標的を見失った直後――強烈な一撃が、《ニッカリ青江》を弾き飛ばした。軽い結芽の体は易易と部屋の中央に設置されたソファーに飛ばされ、背中を強打した。盛大に埃を舞い上げ、クッションのスプリンクラーが軋む音が盛大に聞こえた。

 

 緩い眩暈を覚えながら頭を左右に振り意識を整える。

 

 《写シ》を解除して細い眉を顰め、唇を尖らせる。

 

 「あ~も~、あと少しだったのにっ~!!」

 結芽は盛大に悔しがった。

 

 折神紫は悠然と手元の書類の束をめくりながら、窓際に佇み横目で結芽を一瞥した。全く抜刀した形跡すら解らない程、素早い動きで結芽の奇襲を簡単に迎え撃った。

 

 「またか……」

 淡々と呆れた口調で、紫は切れ長な眦を細める。機会があれば必ずこうして襲ってくる少女に対して、まるで悪戯に頭を悩ます親のような態度だった。

 

 「えへへっ~」

 舌を出して、悪戯っ子の笑みを零す。

 

 こんな関係がなるべく長く続けばいいな、と燕結芽は思った。

 

 ………………しかし、それを許さないであろう、「寿命」のリミットに怯えていた……。また誰にも認められず消える恐怖を想いながら、無限に沈んでゆく気分。

 はっ、と気がつき小首を振って臆病を打ち消す。

 その二律背反した感情を抱きながら、往時の夜桜の一片の桜花弁を少女は憶えていた。夜風に流されながら吹雪のように散りゆく徒桜。

 

 ――二度と身を結ばぬ花。

 

 禁忌を犯した体……蝕む《ノロ》

 

 

 ◇

 暗い過去の憧憬を思い返しながら、結芽は薄く閉じた瞼を開いた。

 東京、原宿。

 若者の街としても有名なこの場所で二人は、わざわざ待ち合わせをすることにした。以前、親衛隊の獅童真希と此花寿々花を伴ってやってきた以来である。

 小さな店が軒を連ねる細長い道には、人々が立錐の余地なく舗道を埋め尽くしていた。

 

 

 そんな人ごみの向こう側からは、不機嫌そうに――そして、雑踏に戸惑いながら一人の少年が歩いてくる。

 「うげぇ」とか「うはぁ」とか謎の呻き声を上げながら、やってくる。

 ……正直に言えば、あまり理想的で格好良い男性像ではない。

 だが――

 

 結芽は不思議とイヤな気はしなかった。

 

 むしろ、少年の戦場以外でみせる意外な一面に惹かれていた。

 

 (――百鬼丸おにーさんだ)

 心の中で「その人」の名をつぶやく。胸の奥がきゅっ、と締めつけられるような甘い痛みに襲われた。

 

 

 人波をなんとかかき分けながら危うく転びかけたりしてようやく、

 「よォ」

 げっそりとした顔で肩を落としながら息を吐く。人ごみの苦手な百鬼丸は「なんでこんなに人が多いんだ……」と文句を呟く。

 

 そんな彼の反応などお構いなしに、

 「むぅ~~~~っ、遅いっ!!」

 白く柔らかな頬を膨らませてクレームをつける。約束の時間の三分も遅れているではないか、というのが結芽の言い分らしい。

 

 尤も、ふた駅前で別れて後から徒歩でやってきた百鬼丸からすれば、三分など誤差の範囲内だと思えなくもないが……

 

 「百鬼丸おにーさんのばか!」

 相手はどうやら許してれないらしい。目の前に佇む少年の胸板に向かい、両手の握った拳でポカポカと叩きつける。

 

 しかし少年は何ら痛痒も感ぜぬ風に、まるで飼い猫に戯れられる主人のようだった。

 「いやぁ、すまん。遅れた遅れた。しかし、わざわざ待ち合わせなんて変なこと考えるのな」

 百鬼丸は両手を合わせ苦い微笑を浮かべ軽い文句をつけながらも謝罪する。

 

 「ふんっ……」

 と、鼻を鳴らす。それから小さな拳を止めると上目遣いでの軽い睨みを解く。……分厚い胸板は鋼鉄のように堅く、間近に迫った少年の息遣いが不意に心を乱す。

 

 「…………? どーした?」

 怪訝に見下ろす百鬼丸。

 

 「べ、別にっ……! なんでもない!!」結芽は深く俯いて撫子色の柔らかな風に舞う髪質が、ふわりと表情を隠す。

 

 「うむ、そうか」と百鬼丸は無理やり納得した。「何かあったらすぐに言えよ」と念押しまでする。

 

 子供扱いしないで、と抗議しようとして無意識に頭の角度を上げると、

 「~~~~っっっ」

 結芽の瞳に映ったのは、戸惑いながらも心配そうに眉を落とす百鬼丸だった。彼の困った顔に、どう形容したらいいか判らない胸のわだかまりを感じた。

 

 今までの自分だったら、きっと拒絶してきた『他者からの労わり』が、今では直接心に響くようになっていた。

 

 これまで他人と関わること、群れることが弱さに繋がると思ってきた。

 

 誰かを信頼すれば、必ず裏切られるものだと思い込んでいた。だから、孤独も甘んじて受けいれてきた。

 

 唯一、他人を意識するときは「力」で、才能でみんなの記憶に残ろうと躍起になったときだけだった。

 

 …………だけど。

 

 そんな葛藤なんてお構いなしに、初めて無償の『慈しみ』を与えてくれた、〝彼〟

 

 だからその眩しい眼差しに、

 「うん、わかった」素直に百鬼丸の言葉に従える。

 幸せ、というのはとても主観的なものである。しかし、もしも、「この気持ち」を幸せだと形容するのならば、これは正しく幸せなのだろう。

 

 

 このひと時を逃さないように噛み締めながら、百鬼丸のゴツゴツと厳しい手をとる。

 「じゃあ、行こっか。百鬼丸おにーさん」

 眩しい笑顔の裏には、微かな蟠りの影がチラついていた。

 

 ◇

 同時刻同地、原宿。

 調査隊の久々の休暇ともなれば羽を伸ばしたくなるもので、特に六角清香は息抜きに原宿へと赴いた。――もちろん安桜美炎も一緒に、である。

 他の調査隊の面々はタイミングが合わず、結局ふたりだけとなった。

 

 「はえ~っ、やっぱり原宿はいつ来ても人がいっぱいだねー」

 圧倒されながらも美炎は何度目かの、人ごみに感嘆していた。

 

 「ねぇ、ほのちゃん!!」

 

 「ん? どーしたの?」

 

 「クレープとタピオカジュースをまずは抑えないとね!」

 普段の物静かな文学少女然とした清香ではなく、異常にテンションの高い女子中学生だった。鼻息荒く、両手を握り気合を入れている。

 なんといえばいいのか美炎には判らないが、とにかく圧倒される。

 「あはは……そうだねー」

 困惑しながらも、苦笑いで受け流す。

 どれだけ休日を愉しみにしてたのだろう? とすら思える張り切り具合であった。

 

 

 両側に軒を連ねる店を横目で眺めながら、人々の間を通り抜ける。

 清香は事前に、最新のファッション情報や人気のスイーツ店を調べてきたらしく、饒舌に喋り続けていた。

 「~~~~それでねっ!」

 

 (あっ、この感じ何となく可奈美にそっくりかも……)

 

 美炎は耳を傾けながら、「ふっ」と微笑を零した。

 

 「……ん? どうかしたの、ほのちゃん?」

 

 「う、ううん。ただ、いまの楽しそうな清香見てると可奈美を思い出してさ。……そういえば可奈美たちにも随分会ってないかも。可奈美は特に単独調査でアッチコッチに回されてるからさ~」

 

 「似てるって衛藤さんに?」

 

 「うん、そうそう」

 

 「――あんなに凄い人とは似ていないよ。全然違う」

 

 「そんなことないよ。清香だって、剣術は凄いんだし! それにさ、あの事件からも思ったんだけど、刀使として誰かのために剣を握ることって、大切だと思えた。清香の剣は誰かを守るための剣だと思うもん」

 

 「……そう、かな?」

 

 「うん、間違いないよ。強い」

 

 「え、えへへ……」

 照れながらも、清香は悪い気はしなかった。この短い間に生死を共にした美炎の実力はもちろん、仲間として命を預けるに値すると言われたことに、失いかけていた剣士としての矜持を取り戻した気がした。

 

 「あっ、あのクレープ屋さんかな? 清香が言ってたの」

 美炎が指差した先には、移動販売車にて甘い香りを漂わせる一角だった。

 

 「う、うん……! 多分あそこだよ!」

 目を輝かせて、清香は美炎の制服袖を引っ張りズンズンと人垣を擦りぬける。

 

 「ちょ……ちょっと待って待って、清香歩く速度はやいよ!」

 

 「急がないと売り切れちゃうからっ!」

 美炎の意見すら耳には届かず、歩調を早める。

 

 (あ~ダメだ。聞こえてないよ~)

 軽く人酔いしながら、美炎は諦めた。暴走した乙女、六角清香はそれほど強いのだった。それゆえに、軽く泣きたくなった。……というか、軽く泣いた。

 

 ◇

 「ん~っ、とっても美味しいですっ!」

 クレープを頬張りながら、もにゅもにゅ、と咀嚼する。

 ふたりは店先に設えられた椅子に座り、人の流れを横目にクレープをパクつく。

 クレープの中身はオーソドックスな苺とバナナをトッピングしたものである。シンプルなものほど、意外と食べたくなるものだ。味を冒険するのは、何度か通ったあとでも問題はない。という彼女なりの憶測のもとである。

 

 「あはは……よかったね」

 物凄い勢いで連れ回された美炎は、少々やつれながら、苦笑いをこぼす。しかし美味しそうに食べているのをみると、こちらも空腹になる。耐えかねて涎を拭い「じゃあ、わたしも……」

 はむっ、と柔らかなクレープ生地を齧る。

 「ん~~~~っ、美味しいっ! 最近は携帯食料ばっかりだったから、本当に甘いものが美味しい~~~~っ!!」

 一口食べただけで、美炎は甘味の虜となった。

 刀使として、調査は赤羽刀の捜索と共に山野へゆく機会が多かった。自然と野営に粗末な食事を強いられる。

 「はぁーー、生きててよかったーー」

 苺の酸味と、バナナの甘露さに舌鼓をうつ。すべてを包むホイップクリームも抜群の相性だった。

 くすくす、と清香が背中を丸める。

 

 「ん? どうしたの?」

 

 「ほのちゃん、ほっぺたにクリームつけてる」

 

 「えっ!? う、嘘!? どこどこ……」

 

 「あっ、待って。いま拭いてあげるから」

 清香は手に持っていた紙ナプキンで美炎の頬を拭く。まるで子供っぽい美炎に可笑しみを感じていた。

 

 (そういえば、百鬼丸さんはあれ以来会ってないけど元気かなぁ……)

 

 ふいに、少年を思い出した。

 ショッピングモール事件以来、彼とは会っていない。

 初めて命を救われてから、彼を事あるごとに意識してきた気がする。……恐らく読んでいる恋愛小説の影響だろうか?

 

 最近では、恋愛の妄想に耽る際は必ず相手が百鬼丸に変換されることがあった。その度、毛布に顔をうずめたり、机に突っ伏したりして、平静さを保てない。

 

 (百鬼丸さん……か)

 

 内心で呟く。

 

 また会えたら……。

 

 長い髪を無造作に後ろで束ねて、猫背気味に不敵な笑みをニタニタと口元に浮かべている。一見して小汚い格好はホームレスかとも思わされた。けれども、外見以上に人を惹きつける「なにか」に普通の男性とは異なる魅力を感じた。

 

 (こんなに大勢のい人が居るのに……多分、こんな所に百鬼丸さんは居る筈ない)

 

 ぼーっ、とした眼差しで往来を眺める。

 

 行き交う人々に彼の面影を重ねて……

 

 

 「えっ!?」

 

 長い黒髪を無造作に束ね、不機嫌を絵に描いたような顔つき。お世辞にもカッコイ男性像とはかけ離れていたけど、見間違える筈がない。――そう清香は確信していた。

 

 「なっ、なんで!?」

 

 原宿という一種、個性的な衣装を身にまとう人々が集まる街からでも頭一つ飛び抜けて分かる、異様な雰囲気の少年。雑踏に紛れながら、面倒くさそうに歩いている。

 

 

 「痛いっ、イタタタ、清香っストップ、ストップ! もうクリーム取れたって」

 ゴシゴシと物凄い勢いで美炎の頬を擦っていたようだ。

 だがそれにも気がつかず、清香は更に百鬼丸を目で追っていた。

 

 (うそっ、百鬼丸さんと手を繋いでいるのって――親衛隊の、燕さん!?)

 

 更に理解しがたい光景だった。

 

 どうして? なんで?

 

 様々な疑問が清香の頭に去来した。

 

 あんなに冷酷だと思っていた燕結芽が、あんなに楽しそうに笑いながら、百鬼丸をどこかへと導いている。

 

 「なんで……」

 ショックで、手元のクレープから手が離れた。

 

 「うわっ、危ないっ」

 寸前の所で美炎がクレープをキャッチした。

 

 「セーフ、もうどうしたの?」

 怪訝に友人である清香をみると、血の気の失せた顔色で、歩道の方向を見ていた。

 

 「……? おーい、清香。戻ってきてよー」

 目の前で手を振るも反応なし。

 

 

 「ほのちゃん、わたし用事を思い出した……から」

 椅子から急に立ち上がると、清香は瞳の光が失せた状態で俊敏に歩き出した。

 

 どう見ても普通の様子ではない。

 「えっ!? えっ!? ちょ……ちょっと待ってよ」

 美炎もつられて立ち上がり、まだ食べかけのクレープを二つ持ちながら清香の後を追った。

 

 

 

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