刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第82話

 五箇伝のひとつ、綾小路武芸学舎の修練場は、式典用に垂れ幕などの装いを施された。

 もとは、学内の試合用に設営された施設であるが、現在は少し雰囲気が異なる。……現在、綾小路の刀使のみが集められ、新たに創設される「近衛隊」の事前説明がある――そう連絡を受けて数百名以上が招集された。

 

 「ねぇ、これどういうことなのかな? 美弥」

 授業が急遽中断となり集められた内里歩は、周囲を見回しながら、不安げに隣の親友に囁く。

 「わからないよ……相楽学長も今、外出中だし……」

 問いかけに対し、困惑しながら首を振る。

 どうやら二人以外の刀使も突然の事態に困惑の色を隠すことができず、場内なザワついている。こんなことは、数ヶ月前の関東で起こったショッピングモールでの大量殺人事件以来である。

事情がわからぬままに整然と並ぶ刀使の間をカツ、カツ、とヒールの鋭く床を踏む音が聞こえた。

 足音は壇上の方まで行くと止まった。

と、突然……

 「――黙れッ」

 一種異様ともいえる雰囲気の中、その喧騒を割って拡声器から厳しい女性の声が響いた。まるで水を打つように静まり返る室内。刀使たちの視線は最前方の壇上に佇む女性に向けられた。

 

 「私は鎌府の学長、高津雪那だ。今はワケあってここに居る。……貴様らに今回説明をする〝近衛隊〟についてだが――」

 得意げに喋り出した雪那は、自らの傲慢な言動と大仰な仕草で、酩酊しているようだった。……しかし、心なしか窶れているようにも見えた。だが、彼女は言葉を続ける。

 

 「貴様ら、綾小路の刀使は選ばれたのだ――」

次第に興奮から頬を紅潮させて演説する。無論、綾小路の刀使たちはうまく状況を飲み込めずにいる。そんな中、更なる混乱要素の注入によって、より一層不安が高まっていた。

 

 ひどく人を見下した口ぶりで壇上から雪那は喋り続けた。

 

 (この人はなにを言ってるんだろう――?)

 歩は思わず、拳に力が入った。

 

 確かにこの人は20年前の大厄災の英雄の一人なのかもしれない……でも、わたしだって、修羅場は潜った。だからこんなに見下される謂れはない筈だ……と、憤りを覚えた。

 

 「美弥、なにかおかしいよ……これ」小声で耳打ちをする。

 

 「うん……わたしもそう思う」

 頷きながら、眉を顰める。

 

 しかし一層キンキンと鼓膜に鳴り響くヒステリックな声音に刀使たちは、辟易とした。

 

 「――最後にこれだけは伝えておく。あくまで今回は〝志願制〟だ。志の低い者に近衛隊なぞ務まる筈もないからな。……まぁ、実力があればこちらから引き抜くつもりだったが……小粒がいいトコロのようね。……貴様たちには二つの選択肢がある。一つは弱いまま刀使を続けるのか。もう一つは、〝力〟を手に入れ、栄光を手にするのか。よく考えなさい」

 

 そう言い終わると、颯爽と壇上から立ち去った。

 

 

 (――力って、どういうこと?)

 雪那の、最後に放った一言に歩は酷く心を乱された。

 

 ショッピングモールの事件で荒魂に襲われ無力だった自分。――そんなわたしのせいで多くの仲間を危険に晒した。危うく皆殺しになる所だった。もっと、もっともっと、力が欲しいと思った。才能とかそんなのどうでもいい。ただ強い力が欲しい――例えば……うん、そう。百鬼丸さんみたいな……でも、あんなのは刀使の強さじゃない。人間とは思えない強さだった。……刀使の強さというなら……やっぱり衛藤さんだと思う。

 

 美濃関の衛藤可奈美。

 現役はおろか、過去を遡っても類例をみない程に強い刀使――

 

 (もし、高津学長の言うとおり力が貰えるならわたしも衛藤さんみたいになれるのかな? そしたら、衛藤さんにも……ううん、もしかしたら、百鬼丸さんにだって認めて貰えるかもしれない)

 

 歩は、その甘美な誘惑に頭が朦朧とし始めていた。

 

 「――ねぇ、歩。聴いてる? もうみんな帰ってるよ? わたしたちも教室に帰ろうよ」

 美弥が袖を引っ張って動くように促す。出入り口は賑やかにゾロゾロと退出している。

 

 ハッ、と意識を取り戻した歩は「う、うん。ゴメンね」と微笑しながら運動靴を半歩浮かせた。

 

 (………衛藤さんに百鬼丸さん、か。今なにしてるんだろう?)

 ふと、木枠の蒼穹に目を凝らす。同じ空の元に居るであろう彼らに対して憧憬の念をつよめた。

 

 「わたしももっと強くならなきゃ……」

 そう言い残して、内里歩は小走りに修練場を去った。

 

 もう、臆病で弱くて置いていかれたくない、そう決心する。

 

 

 ◇

 「――ねぇ、清香。これって犯罪じゃない?」

 頬に冷や汗を浮かべ、安桜美炎は友に諫言する。

 

 ふたりは電柱や店先の看板などに身を隠しながら、人ごみに紛れる百鬼丸と燕結芽の後を追跡していた。……いわゆるストーキングである。

 

 事も無げにストーキングをしている清香は背後を振り返って、

 「…………ほのちゃんはどっちの味方なんですか? あの燕さんの味方なんですか?」

 瞳の光がない眼差しで尋ねた。

 

 「えっ、いや……そうじゃないけど。なんだか今日の清香すごく怖いよ……」

 肌が粟立つ。ゾワッ、と背筋に悪寒がはしった。――先程までの楽しかった休日はこの瞬間をもって強制終了した、と美炎は悟った。

 

 「コワイ? ふふっ……そんなことより、今はもっと重要なことがあるんです」

 六角清香は明らかに暴走している。しかも時間の経過と共により悪化していた。

 

 (あ~わかった。これはちーねぇとは違うタイプで怒らせちゃいけない人だ)

 美炎は半ば恐怖しながら、無言で何度も頷く。ヘタに刺激してもいいことはない。

 

 友人の意外な一面に畏怖を覚えた美炎を他所に、店先の看板に身を屈めながら遠くに目を細める。

 「あそこは……」清香が前方に注意を向けて呟く。

 

 最近流行りの「苺大福猫」というマスコットキャラクターグッズの専門店であった。ゴテゴテとした装飾の外観に一見して、ファンシーな印象を与えた。

 「百鬼丸さんが自分からあんなトコロにいく筈がない……」

 ギリッ、と清香が歯噛みする。

 明らかに苛立ちの様子で、睨んでいた。

 

 「――こんなことしてる場合じゃない」

 ぼそっ、と呟くと清香はそのまま隠れるのを止めて立ち上がり、足早に二人の消えた専門店へと後を追った。

 

 (ふぇええええ、今日の清香は本当におかしいよー)

 美炎は両手に持ったクレープの甘い香りを感じながら、泣きたくなった。

 

 ――でも、このまま置いていくとマズいことが起きる気がする。

 

 と、内心で思った。そう決意すると、

 

 「待ってよーー」

 動き出す。今の普通じゃない親友を見過ごせない。――そう思うと、美炎は小走りに駆け出した。

 

 絶え間ない人波を縫うように、美炎は体を縦に横に忙しく変えながら、清香の背中に続いた。……不思議であるが、清香は全く誰とも接触することなく、自由自在に体を効率よく角度を変えて目的地まで一直線だった。

 

 こんな下らないトコロで彼女の剣士としての実力の片鱗を拝んだ美炎は、複雑な気分だった。普段のオドオドした彼女らしくもない、現在の淡々とした言動には呆気にとられるより他ない。というよりコワイ。

 

 

 しかし、人が多すぎる。少しでも気を抜けばたちまち目前から友が消えそうな程に人が溢れ、何度も転びそうになった。

 

 「ねぇ、待ってって……きゃっ!?」

 

 美炎は両手が使えず、路端の石に躓き盛大に転んだ。

 

 普段であれば、簡単な体重移動によって体勢を立て直すこともできるが、手がふさがっており、このまま地面にぶつかる……筈だった。

 

 

 ――目を瞑った美炎は、誰かに全身を抱き支えられる感覚に、目を思い切り見開いた。

 

 『おっと、大丈夫ですか?』

 男性の優しそうな声音である。

 

 「へっ……」

 

 珈琲の香ばしい香りに思わず頭を上げると、眉目秀麗な男の顔が眼前に現れた。

 その男は、やや縮毛気味の毛先の黒髪に、野心家的な目の鋭さを持っている。全身黒で統一された服装。

 

 美炎は思わず、彼の優れた容姿に目を奪われていた。――が。

 

 手元の「ぐしゃり」という、不愉快な感触に目線を落とすと、相手のフロックコートに食べかけのクレープが二つとも潰れていた。

 

 「あっ、ご、ごめんなさいっ!!」

 慌てて相手の腕から離れて、謝罪した。いかにも高級そうな外套はクレープの汚れが目立っている。

 

 (あ~っ、もう、わたしのドジ! またやっちゃった……)

 普段から調査隊の面々からも「そそっかしい」だの「ツメが甘い」だのと好き放題に言われているのだが、普段は意に介すこともなかった。

 

 だが、今回はマズい。

 クリーニングで済めばいい、しかし最悪は弁償も……。

 

 不安げな眼差しで美炎は男をみる。

 

 「お怪我はありませんでしたか?」

 しかし、予想外にも男は穏やかな口調で柔和な微笑みを浮かべながら尋ねた。

 

 「は、はいっ! あの、それよりその洋服を汚しちゃってごめんなさい!」

 

 「ん? ああ、コレですか。いいえ、別に構いませんよ。それより貴方に怪我がないことが分かって安心しました。ここは人通りも多いですから、気をつけて下さい。それに、こちらも貴女のクレープを台無しにしたのですから、奢らせて下さい」

 

 「へっ、ぜ、全然そんなことないです! わたしの方が本当は弁償しないといけないのに……」

 

 男はワザとらしく首を傾げて、

 「なぜですか? 貴女のように〝可愛らしい〟お嬢さんにぶつかってしまったのですから……」

 

 美炎は、男の放った「可愛らしい」という部分に耳ざとく反応した。

 

 (えっ、今この人わたしのこと可愛らしいっていった? ちょ、ちょっと待って――今絶対にいったよね?)

 

 生まれて以来、美炎を評する言葉は「男らしい」「がさつ」のいずれかであった。まさか女の子らしい言葉で形容されることに慣れていないのである。

 

 「可愛らしいって、そんな……やっぱりわたしって可愛いですか?」

 

 「えっ? ……ああ、ええ。そうですね……」

 若干引き気味で男は頷く。

 

 (そっか~、わたしも女の子らしいって意味だよね!)

 男から背を向けてニヤニヤしながら、ゴホン、と咳払いをする。それから踵を返して、

 「あの、お名前を聞いてもいいですか?」

 

 男は目をパチクリとさせて、驚いた。

 「――ええ。オレの……私の名前はジャグラー。ジャグラス・ジャグラスと申します」

 慇懃な態度と言葉遣いで告げる。

 

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