刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第83話

 首都高速を走行する一台の、白い高級車があった。目的地は無論、自衛隊の市ヶ谷駐屯地である。秋の空には高く日が昇っていた。晴天である。

 走行していることさえ感じさせない静かな車内で十条姫和は幾分戸惑いの表情をつくった。

 ちらり、と隣りに座る衛藤可奈美を一瞥した。その可奈美が不意に口を開く。

 「……あの、防衛省で護衛って一体なにがあるんですか?」

 戸惑いがちな口調で可奈美はいう。

 彼女の疑問は正しい。……なぜならば、日本の中でも有数の「安全地帯」といえる自衛隊の駐屯地である。――そこに一体なぜ、折神朱音を護衛する必要があるのだろうか?

 膝の上で手を軽く包んだ朱音は目線を下に落としながらいう。

 「これから、ある重要な人物と面会することになっています」

 

 「面会?」姫和は問たわしげに呟く。

 

 「そうです、面会――正直なところ何が起こっても不思議ではない。だから、あなたたちに同行をお願いしたいのです」

 意外にも素直に本音を吐露する朱音に、二人の疑問が深まった。

 

 「私たちでお役に立てるんですか?」

 そもそも、自衛隊の中枢まで来ても護衛をつけなければならない。それで刀使二人が戦力に加わっても意味があるのだろうか? 可奈美は、その疑念を一言で言い表した。

 

 「……貴女たちでなければダメなんです」

 断固とした声で、そう告げる朱音。

 

 「私たちでなければ……」

 そこで、姫和はハッ、と息を呑む。

 (そういうことか……小烏丸)

 脇に置いた御刀へと意識を向ける。黒瑪瑙塗りの鞘が、車窓から射す日差しを反射していた。間違いない。相手はこの「千鳥」と「小烏丸」に関係するものだ……と。

 

 

 ◇

 防衛省――と、掲げられたプレートの衛門には厳重な警備が敷かれていた。分厚いゲートの前には幾人もの自動小銃を携えた自衛官が佇んでいる。事前の連絡があった為、軽い検査を終え、車一台分の幅が生まれた間を車両が通行する。

 

 この国の防衛の要というべき市ヶ谷駐屯地は行政上の関係もあり、いく棟もの建築物が肩を並べている。沿道の街路樹に沿いながら、ある場所で車は停った。

 

 「では行きましょうか」

 そう言うと、折神朱音は車から降りた。

 目前には巨大な建築物があり、その玄関ホールの前に二人のフロックコートを着込んだ壮年の男二人が出迎えた。

 可奈美と姫和は未だうまく事情を飲み込めていない侭、朱音の背中を追った。

 男の一人が、

 「お待ちしておりました。ご案内致します」

 と、先導するように前を歩き出す。

 

 

 吹き抜けの広々とした玄関ホールはガラス張りのエレベーターや、その他遮蔽物全てが透明な壁などによって構築されていた。万が一の場合、姿が四方から見えるように設計されているらしい。

 

 ――おかしい

 

 姫和は素直にそう思った。

 

 それに応呼するように、

「すごいピリピリしてるね」

 と可奈美は敏感に周囲の緊張感を感じ取っていた。柱廊に佇む自衛官たちは皆フル装備で何十人も立ち、その手にはやはり自動小銃が携えられていた。……まるで戦場のようである。

 

 視線を前にやると、長船の制服をみつけた。

 「刀使もいるんだ……」

 可奈美は硬い表情で呟いた。

 明らかに、警戒というにはオーバーな気さえした。だが、裏返せばそれだけ「何者かの襲撃」に対し備えているのだという確信が強まった。

 

 「ご苦労様です」

 朱音がそう告げる。……と同時だった。

 

 「あっ、……孝子さん、聡美さん!」

 可奈美は小走りで駆け寄る。そのエレベーター扉の前に長船の見知った顔に声をかけた。

 以前、舞草の里の襲撃を受けて以来――久々の再開と言えた。

 「お久しぶりです」姫和も軽く会釈をした。

 

 「どうしてここに?」

 可奈美の問に、

 「私たちは昨日付でここに配属されたんだ」

 孝子が静かに応える。

 

 傍らにいた聡美は、大きな三つ編みを肩から垂れ下げた髪を揺らして、幾分声を潜めるように「気をつけてね」と付け加えた。

 

 この先に待っているであろう相手を指していることは間違いない。

 

 「「…………。」」

 可奈美と姫和は顔を見合わせながら、この先に一体なにが潜んでいるのか……覚悟をしなければいけない、と瞳を合わせて確かめあった。

 

 

 ◇

 地下何十階もの電子数字を示しながら、エレベーターは降りてゆく。

 やがて、エレベーターの数字が消えてゴンドラががたん、と音を立てて停止した。

 扉が開くと、細長い廊下が続いていた。床面にまで蛍光灯が設置されており、機械的な壁面を眺めながら、隔壁の前で朱音が立ち止まる。

 

 生体確認をしているのだろうか?

 隔壁の近くに設置されたパネルには彼女の瞳の虹彩から、顔認証……あらゆる確認作業の末にようやく隔壁は切れ目を見せて開きだした。

 

 

 「――行きましょうか」

 背後の二人にではなく、独り言のように自らに言い聞かせているようだ。

 

 隔壁の向こう側には、無限にも等しい巨大な白い空間が広がっていた。まるで、あの世を連想させるかのような、虚無的空間が広がっていた。

 この無限にも等しい空間の中央に鎮座しているのは、古代出雲大社を模したような木造の高床式の本殿があった。

 

 建築学的にいうところの「大社造り」である。

 田の字線と、その線上の交点に九本の柱を建てる建築方式である。

 屋根の頂点はクロスするような置き千木に、それを留める鰹木。珍柱が社を貫くように一本あり、蔀戸があった。

 

 まるで天空を貫く、とまで賞賛された古代の社がなぜこんな地下の空間に?

 益々深まる疑念を真っ先に払拭したのは《千鳥》と《小烏丸》だった。……甲高い金属の共鳴音が御刀が収まる鞘の内部から響いた。

 

 「「――ッ、」」

 二人は咄嗟に御刀の柄に手をかけて、構えをとる。

 以前にも同様の共鳴はあった。……それは、隠世と現し世が接触した四か月前のタギツヒメが活動し始めて以来のことである。

 

 しかし、

 「ふたりとも、構えを解いて下さい」

 静かな語調で咎める。

 

 「拝顔を賜り、光栄です。――タギツヒメ」

 

 「えっ?」

 

 「なっ!?」

 

 可奈美も姫和も朱音の放った単語に衝撃を受けた。

 

 しかし、少女たちの動揺を裏腹に蔀の奥からは女性の声がした。

 「その名前の者は別にいる」

 

 「ではなんとお呼びしたら?」

 

 「タキリヒメと呼ぶことをさし許す」

 

 「……承知しました。私は――」

 

 「折神朱音、そして衛藤可奈美、十条姫和」

 

 出鼻をくじかれた、と朱音は内心で臍をかむ。しかしそれを表には出さずあくまで淡々と会話を続ける。

 「タキリヒメ。率直にお伺いします。貴女は私たちに仇なす者でしょうか?」

 

 「質問は許さぬ。イチキシマヒメを我に差し出せ。お前たちの手にあることはわかっている。人の真の敵はタギツヒメ。そしてイチキシマヒメの理想に人は耐えられぬ」

 

 「だから貴女に従え、と?」

 

 「我はタキリヒメ。霧の中を彷徨う者を導く。人たちの求める最良の価値を見出そう。タギツヒメは力を得ている。時間は限られている。隠世から召喚されし、禍々しい力――」

 

 「異世界の来訪者たち、ですか」

 

 「貴様たち人間には選択の余地などない。我に従うのみだ」

 

 まるで会話にならない。否、そもそも対等の存在だと思ってすらいないのだ。

 

 「最早一刻の猶予などないのだぞ――それを憶えておけ。人よ。騒乱のときは近い」

 

 

 

 ◇

 「ねぇ、百鬼丸おにーさんっ」

 

 「うーむ?」

 店先で腕組みをしていた百鬼丸が片眉を上げる。

 「このストラップ可愛いでしょ?」

 ふんわり、長い撫子色の髪を翻しながら、手に持ったストラップを見せびらかす。猫と苺大福を合体させたマスコットキャラクターの鈴ストラップが左右に小さく揺れる。

 

 「ううむ? 美味しそう、かな?」

 束ねた後ろ髪をボリボリ掻きながら、珍妙な顔をして答える。

 

 「むぅ~~~~っ」ぷっくりと、白い柔らかな頬を膨らませて眉間に可愛らしい皺を作る。どうやら、返答内容を間違えたらしい。

 

 「すまん、訂正する。焼いたらもっとうまそうだな」

 爽やかな笑顔で親指をグッと立てる。百鬼丸からすればパーフェクトな回答内容だったらしく、鼻を膨らませていた。

 

 その態度にカチン、ときたのだろう。燕結芽はつかつかと靴を鳴らして百鬼丸に近づき、思い切り拳を固め胸板を殴った。

 

 「ばか! 美味しそうじゃなくて可愛いもん!」

 

 「あはは、そうかそうか。可愛いんだったな。うむ、覚えた。うむ」

 痛痒すら感ぜぬ風の百鬼丸は、ポカポカと殴りつける結芽の手首を優しく片手で受け止めて、反対の手で頭を撫でる。

 

 「~~~~っ、ばかぁ」

 気持ちよさそうに目を細め、毒気を抜かれた結芽は口を尖らせて罵倒する。しかし言葉の強さとは反対に心地よさに満ちた声音だった。

 

 「百鬼丸おにーさん。店の奥も見てきていい?」

 

 「ああ、いいぞ」

 結芽の手首を開放してやり、百鬼丸は微笑みかける。

 

 「ありがと、百鬼丸おにーさん。大好き♪」

 小悪魔的な薄笑いを浮かべながら、結芽は踵を返して店の中へと消えていった。ロリコンでなくとも、今の表情には蠱惑的なものが漂っており、同性異性関係なく惹かれていただろう。

 

 ――この百鬼丸(馬鹿)でなければ。

 

 「いやはや、楽しそうだなぁ」

 のどかな言い方で、百鬼丸は肩をすくめる。人並みの幸せをこれから取り戻せる少女への純粋な気持ちだった。

 

 …………と。

 

 後方から忍び寄る足音。

 

 『百鬼丸さん、ですよね?』

 

 聞き覚えのある声が背後からした。

 

 「ううむ? そうだが――」

 

 「よかった。本当に〝偶然〟ですね。こんなところで出会うなんて……」

 

 振り返ると、平城学館の緑の制服を身にまとった小柄な少女がいた。

 

 「おお、清香か!? 久しぶりだな。本当に偶然な……」

 

 「〝そんなこと〟よりですね、どうして元親衛隊の燕さんと一緒にお買い物をされているんですか?」

 

 突然の再会に喜び話しかけた最中に言葉を中断させられ、詰問された。

 

 「えっ?」

 

 「答えて下さい」

 顔は満面の笑みだが、明らかに作り物の仮面にしか見えない。ニコニコしている下には明らかに怒っている。……普通の人間ならば気が付く。この百鬼丸(馬鹿)でなければ。

 

 「ああ、預かっているんだよ。今日一日。結芽の好きなとこ……」

 

 「結芽? ずいぶん仲がいいんですね。百鬼丸さんは女の子を下の名前で呼ぶんですか?」

 

 「えっ、うむ? たぶん、そうだが――なあ、怒っているのか?」

 

 「怒ってませんよ。さあキチンと答えてください」

 

 「……う、うむ。基本的にはそうだが」

 清香の威圧に気圧されながら、百鬼丸はしどろもどろに話す。

 

 「じゃあ、百鬼丸さんは燕さんをどう思っているんですか?」

 

 「ど、どうって……そりゃあ刀使だよ」

 

 「ん? 意味が判らないですね。私は燕さんが異性としてスキなのかどうか聞いたつもりだったんですよ?」

 更にニコニコと笑顔が強まる。

 

 思わず、百鬼丸は、

 (ヒエッ、なんだ……今日の清香はコワイぞ)

 頬から冷や汗を流した。

 

 「よ、よくわからんのだ……なあ清香。もう許してくれんか? おれはただ、今日一日をあいつの好きなように過ごさせてやるつもりで付き添っているだけなんだ」

 困ったように眉根を潜めて、懇願する。

 

 きゅん、と思わず百鬼丸の困ったハの字眉に胸の奥が締め付けられた。

 

 (……っ、そんな表情、反則ですっ)

 薄い胸の前で両手を握り締める。

 

 これも、惚れた弱みだろうか。これ以上、こんな困った表情をさせたくないという気持ちともっと彼を困らせたいという二律背反を抱えながら、清香は自らの怒りが沈静化していくのが分かった。

 

 「……………はぁ~っ、分かりました。私も言いすぎました」

 そっぽを向きながら、清香がボソリと呟く。

 

 その様子をみて難を逃れた百鬼丸はホッ、と軽く安堵する。

 「そいつはよかった……ああ、そうだ!」

 突然大声で叫んだ百鬼丸に、少女はビクンと肩を震わせて驚く。

 「どっ、どうしたんですか?」

 「この前、清香が言ってただろ? おれの腕が云々って……」

 

 

 四か月前、ショッピングモールでの虐殺事件の際、百鬼丸の義手ではなく、彼の直接の温もりを感じられる手を握りたいといった覚えがある。

 「……はい、言いましたけど」

 

 「うん、おれの右腕が戻ったんだよ。ほら――」

 差し出された腕はゴツゴツと骨ばって男らしく、皮膚も日に焼けていた。節くれだった指に分厚い掌の皮。……清香は無意識に、その細い指で百鬼丸の生の腕を触っていた。

 

 「あったかいんですね、百鬼丸さん」

 

 「ああ、そうだろ。おれの取り戻した肉体だからな」

 

 あはは、と愛想笑いを浮かべながら清香は続ける。

 「そういう意味でいったんじゃないですけど……でも、よかったです。百鬼丸さんの腕が戻って」

 

 「うむ、だろう」

 

 清香は彼の皮脂から放たれる体臭を嗅ぎながら、右手を自然と自らの頬へ持ってゆき、そのまま頬で彼の掌の熱を感じた。

 

 「このまま、少しいいですか?」

 

 「う、うむ? うむ、いいぞ」怪訝に眉を曲げながらも、頷いた。

 

 剣を握り、巨大な相手と日々を戦い抜いた男の手。この手でどれほど多くの刀使を――少女を救ったのだろうか?

 もしかすると、自分のように彼に惹かれる少女が大勢いたっておかしくない。……たぶん、あの燕さんだって……

 

 清香はしばらく逡巡に耽った。

 

 

 ◇

『ねぇ、百鬼丸おにーさんっ、このアクセサリーとシール可愛いかな?』

 

 店の奥から大量の苺猫大福のグッズを抱えた結芽が声を弾ませながら、百鬼丸の元まで戻ってきた。

 

 

 「――なっ!?」

 結芽は思わず、目前の光景に大量のグッズを床に落とした。

 

 以前、鎌府の実験棟で出会った調査隊のひとり――優れた剣術の使い手、六角清香。彼女は今、百鬼丸の手を握り締めて自らの頬に当てている。

 

 燕結芽はこの瞬間、彼女が抱いている「特別」な感情を悟った。

 

 「清香ちゃん、だよね? 〝私の〟百鬼丸おにーさんになにしてるのかな?」

 

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