刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第84話

 「ねぇ、どーして清香ちゃんが一緒にいるのかな?」

 剣呑な眼差しで問い詰める結芽。……自然と、柄にまで手が降りていた。通常の五箇伝所属の刀使ならば無闇矢鱈な御刀の抜刀は禁止されている。しかし親衛隊などに限っていえば例外だった――少なくとも、これまでは。

 折神家というバックがあればこそ、治外法権的なやり方も通用したが現在は事情が大幅に異なる。

 世間からの刀使の風当たりは強く、またさらに五箇伝への規制や監視などを求める声も大きい。

 しかし燕結芽はそんな世間の動向など一切頓着せず、《ニッカリ青江》に触れようとした。

 

 「――ちょうど、私も燕さんとお話したいと思ってました」

 にこっ、と微笑みながら清香も同様に御刀へと触れようとした。尤も、相対する彼女の行動雨原理は至極単純であり、親愛の情を抱く相手との時間を邪魔されたことのみに起因する。

 

 ファンシーなキャラクターグッズが周りを囲む状況で、少女とはいえ一流の剣士同士の牽制が辺りから異様な雰囲気を醸し出していた。当然、この周囲にお客はおろか店員ですら恐れ慄き近寄ろうとしない。

 

 ただひとり、百鬼丸のみが悠然と首を左右に振り、ふたりの様子を伺っていた。

 

 無論、ここで抜刀して斬り合いなぞ演じた日には、重い処罰も免れない。それは、百鬼丸も承知している。

 

 「ふ~む」と、いささか間の抜けた声で顎を撫で付けて片眉を上げる。

 原因が恐らく己にあることは、ふたりの言動から察せられる。とすれば、自分にできることはこの微妙な距離感で生まれる緊張をどこかへ逸らすだけだ。

 

 結芽はくふっ、と三日月に曲げた唇から、

 「ちょうど良かった。あのとき、清香ちゃんの実力が全然見えなかったけど、今なら本気でやってくれそうだから期待しちゃうかも」

 おちょくるように挑発した。

 

 心底醒め切った目で結芽をみやりながら、

 「……そうですか。では、いつでもどうぞ」冷静な口調で、しかしそれ以上に無機質に応じる。

 重苦しい沈黙。

 店内では相変わらず有線のBGMが流れているが、そのキャピキャピした音楽とは対照的に、両者の威圧は高まる。

 

 

 『ヴぁうっくしょん!!』

 と、一拍の間を置いてくしゃみが店内に反響した。

 

 緊張と集中を最高位までもっていったふたりの少女剣士は唐突な音に思わず、肩をビクッ、と跳ね上げて反応してしまった。――その反応を目敏く捉え、口端を曲げる百鬼丸。

 

 ブッ、とそれに続いて臭音が漏れる。

 

 「ああ、すまんスマン。おれの屁の音だった。うーむ、臭いなぁ。あははは!!」

 盛大に笑い、近くにいた清香の肩に腕を回す。

 

 「えっ!? ちょっ……」

 思わぬ方向から不意を衝かれ、すっかり毒気を抜かれた清香。

 

 一方、結芽も同様に目を丸くパチクりと瞬いて予想外の出来事に呆気にとられていた。

 

 いちど断ち切られた集中というのは、回復するまでに相当な時間が必要となる。それも、剣士の本気の集中ともなれば尚更である。しかも、屁とくしゃみでは、馬鹿らしくて争う気力すら削がれて力が入らない。

 

 「ふっ、ふふふふ」

 思わず、清香は忍び笑いを漏らして背中を丸める。

 

 「っっっ、も~~~~!! 百鬼丸おにーさん!! 不潔っ」

 結芽は反対に、本気の闘いを望んでいたようで、百鬼丸が水を差すような行為に怒りを顕にした。

 

 「あははは、すまん。本当にスマンな。悪かった! このとおりだ!」

 両手を合わせて、拝むように謝罪する。

 

 「もうっ、最悪!!」

 唇を尖らせながら、結芽は柄から手を離していた。

 

 「いや、本当にゴメンな」

 困ったような微笑を浮かべる百鬼丸。

 

 ふたりとも、思わず、

 (なんで、こんな人のために争うことになったんだろう……?)

 と、心底不思議に思った。

 

 

 ◇

 流石に、あのまま店内に居座るのも悪いとおもいそそくさと外に出た百鬼丸。

 清香もその後を追うように出てきた。結芽はまだ奥でなにかをしているようだった。

 

 「それで、どうしたんだ?」

 

 「えっ……あの、本当に偶然百鬼丸さんを見つけて……後を追ってきました。ゴメンなさい!」

 お辞儀の見本のように、頭を下げた。

 

 「ああ、なんだ。そんなことか。それだったら清香にも連絡とかしておけばよかったかな。うん? そもそも、連絡先なんて知らんが……まあいいか」

 

 じーっ、と渋面をつくりながら百鬼丸を睨む。

 

 「ど、どうした?」

 

 「いえ。別に。百鬼丸さんはやっぱり百鬼丸さんだって、再認識したところです」

 

 「おれは一分一秒だって変わりはしないぞ――多分」

 

 「私の知らない部分もあると思いますけど、でも……ううん、それでも百鬼丸さんです」

 

 「そうか」

 

 「はい」

 懐かしい気分になる。あの時……荒魂に襲われ、仲間の刀使が負傷した最悪の状況で突然現れた彼は、旋風のようにすぐに姿を消す。捉えようとしても、恐らく無理だろう。

 

 「ん? 休暇ってことは今日は暇なんだよな?」

 

 「えっ? はい……」

 

 「だったら、一緒にこれからどこかに行くか?」

 百鬼丸は善意百パーセントで提案する。本当に悪気のない顔と態度だった。

 

 思わず清香はズッコケそうになった。

 (それだと、燕さんが……)

 と、喉元まで出掛かった言葉を危うくのところで飲み込んだ。先程まで斬り合いをしようとしていた相手だったが、百鬼丸の空気の読めない発言により途端に可哀想になった。

 

 ――きっと燕さんは今日のために色々と楽しみにしてきたんだろう。それは分かる。だからこそ、第三者が……まして同じ感情を抱いた人間がいるべきではない。

 

 清香は短い逡巡から覚めて、首を小さく左右に振る。

 

 「いいえ。あの、私今日はほのちゃんと……美炎ちゃんと遊びにきているので」

 

 「ああ、そうか。それは残念だ」

 

 「あっ、で、でも!」

 

 「うむ?」

 

 「もし、今度時間があったら、……今度は私と二人っきりでどこかお出かけとかしてもらっても大丈夫です……か?」

 上目遣いで、若干涙ぐみながらいった。

 

 だが間抜けそのものだった顔の百鬼丸は一変する。ゆっくりと口角を釣り上げて、

 「モロチン……じゃない、もちろんだ! どこでもいいぞ!」

 親指をグッ、と立てる。

 

 「よ、よかった~」

 ほっ、と胸を撫で下ろすように安堵する清香。

 そして、つまらない下ネタを無視、というより聞き流して百鬼丸の肩越しから現れる、店から出てきた燕結芽を発見し、急ぎ足を引く。

 

 「――じ、じゃあ、私はこの辺で。燕さんに、今日は邪魔しちゃってゴメンなさいって伝えておいて下さい! そ、それじゃあ――」

 と、慌てて六角清香は走り出す。

 途中振り返り、

 「また、こんど」

 というように口を動かして少しだけ寂しそうな笑顔を残していった。

 

 

 「あ……」

 ぽかーん、と後に残された百鬼丸は小さく手を挙げて困惑した。

 何か急用でもあったのだろうか? うんこか? よく判らない。

 首を傾げていると、百鬼丸の肩をトントン、と小さく叩く感覚がした。目線を落として振り返ると、結芽が買い物袋を両手にもって立っていた。

 

 「あれ? 清香ちゃんは?」

 

 「うむ? さっき走ってどこかに行った。なんでも、急用があるらしい。それと……」

 

 「それと?」

 

 「〝今日は邪魔しちゃってゴメンなさい〟だってさ」

 

 

 その言葉を聞いた結芽はどこかバツが悪そうに「そっか――」と呟き俯いた。暗い前髪の陰から、

 「ねぇ、百鬼丸おにーさん」と、呼びかける。

 

 「はいはい、なんでしょうか?」

 

 「もしかしたら、また清香ちゃんに会えるかな?」

 

 「うむ? 大丈夫だろう」

 

 「私も今日は……悪いことしたと……思うから……」

 苦々しい口調で言葉を区切りながら、靴のつま先同士を軽くぶつける。素直に謝ることができなく、それに従って罪悪感に駆り立てられているようにもみえた。

 

 ふっ、と百鬼丸は結芽という少女の成長を嬉しく思った。以前の彼女は、文字通り死に物狂いで闘い、その命を散らす瞬間まで他人に頓着できる状況ではなかったのだ……

 その彼女が、ようやく他者に対して歩み寄ろうとしている。嬉しくない訳がない。

 「そっか、そっか! うむ、えらい! 結芽はえらいぞ!」

 百鬼丸は嬉しそうに破顔しながら、グシャグシャ、と結芽の柔らかな桜の花弁にも似た撫子色の髪を撫でる。

 

 「うぅ~、もう子供扱いしないでよ」

 弱々しい力で反抗するも、気持ちよさそうに目を細めている少女は、このなんとも言えない心地よさがあと少しだけ続けばいいな、と願った。

 

 しかし彼女の意思に反して百鬼丸はヒョイ、と手を引っ込めてしまった。

 

 「あっ……」

 物足りなそうな、切ない表情を浮かべて百鬼丸の腕を目で追った。

 

 「うん? どうした?」

 

 「えっ、う、ううん。全然なんにもないけど!? それより百鬼丸おにーさん」

 

 「はいはい?」

 

 「じゃーん、これなんだと思う?」

 結芽が得意げに手に握り締めた紙切れを百鬼丸に差し出した。

 

 「どれ? 拝見っと……」

 結芽から差し出された紙切れを受け取り眺めると、『遊園地へご招待。二名様』と記されていた。

 

 「これは?」

 「さっき、抽選で当たったんだ~」

 自慢げに慎ましやかな胸を張って言った。

 

 「へぇー、そりゃあ凄いなあ」

 

 「えっへへ~、そうでしょ~」

 

 「うむ!」

 

 「今から行こうよ、遊園地」

 

 「おファッ!?」

 百鬼丸は素っ頓狂な叫びを上げた。

 

 「まさか今から本当にいくんですよね」

 

 「うん♪」

 

 「oh……」

 

 

 ◇

 関東一円には、遊園地を含めたテーマパークは各地に点在している。その中でも、特に集客力が桁違いな世界的キャラクターのテーマパークは、今回の話とは全くもって無縁である。

 神奈川の沿岸部に最近オープンしたばかりの遊園地は、立地や交通も相まってわずか二年目でも莫大な利益を得ているという。

 

 ジェットコースターや、観覧車などの花形アトラクションをメインに、中央の莫大な大きさの広場では四季に応じた催し物をしている。

 今回は『苺大福猫』を含めたキャラクターとのコラボを開催し、更に「鏡の迷宮」という巨大な迷路がある。

 四方八方を鏡に囲まれながら、自力でゴールまでゆく迷路アトラクションである。

 規模が規模だけに、子供はもちろん大人でも楽しめる構造となっていた。

 

 …………無論、現在の百鬼丸には無関係である。

 

 「なんだ……なんなんだ……」

 グロッキーになりながら、百鬼丸はベンチに腰掛けて項垂れる。

 

 電車を乗り継ぎ一時間弱。

 駅と直通のメインゲートをくぐると、結芽はすぐさま百鬼丸の腕を引っ張って、ジェットコースターへと赴いた。

 

 最初こそ「ふっ、俺様に怖いものなんてねーぜ」というクサいセリフを吐きながら、余裕を見せていた百鬼丸だったが、列に並ぶ辺りから次第に顔が青くなっていった。終いには、「やっぱりやめない?」と、情けない態度で、隣りのウキウキとはしゃぐ結芽に懇願した。――しかし、結芽は「えぇ~、百鬼丸おにーさんはジェットコースター怖いの?」と疑わしそうに目を細めた。

 

 百鬼丸はその言葉に対抗心を燃やして、

 「いいや、全然怖くない。むしろ何回でも来いだ!」

 と、余計な一言を零した。

 

 

 ◇

 「ヴェ……うっぷ……気持ち悪い……」

 口元を押さえながら、百鬼丸は吐き気を堪えていた。

 余裕をブッこいた。その結果がこのザマである。

 クラクラと、まるで二日酔いに似た感覚に陥りながら、ベンチでひたすら吐き気と格闘していた。

 結芽とは一旦別行動をとることにした。

 『おれは疲れたから、好きなとこで遊んでおいで。疲れたら、メインゲート近くのベンチに集合だぞ』と言い残して百鬼丸はトイレへとダッシュした。

 

 ……余談だが、犬の着ぐるみをきたおっさんにゲロをぶっかけて平謝りをしたことは、誰にも言えない秘密である。

 

 リン、リン、と手に持った鈴の涼やかな音色が鳴る。

 電車移動中、結芽が『お揃いだよ』と念押しして手渡された苺大福猫のストラップである。招き猫に似ていなくもない――。本当にこのシリーズのキャラクターがお気に入りなんだなぁ、と年相応な少女の趣味に微笑ましく思う。

 

 だが一方で現実はといえば、

 

 あぁ……来るんじゃなかった……情けない……。

 

 現実は非情だった。半ば自暴自棄になりながら、膝の間に頭を埋める。

 遊園地とはゲロを吐きにくるところなのだろうか? と半ば自問してしまう。

 

 『お隣、いいかな?』

 男性の低い落ち着いた声がした。

 

 青い顔を持ち上げ、「えぇ……」と力なく頷いた。

 

 「おいおい、随分と顔色が悪いじゃないか……買ったばかりだから、ほら。水でも飲みなさい」

 男性からペットボトルが手渡された。

 

 「あ、スイマセン」

 頭を下げながら、水を一口含む。冷たい潤いが喉を流れてゆく。

 

 「いやいや、全く。はしゃぎすぎだぞ。ハメを外すのもいいが、ほどほどにしないといけないぞ」男性は、苦笑いしながら窘めた。

 

 「あっ、はい――そうですね」

 百鬼丸は色々思うところがあったが、それを飲み込んで肯いた。

 

 ベンチの隣りに腰掛けた男性は、黒革の鞄から本を二冊取り出して、読書しようとしていた。 

 

 それを横目で窺いながら、

 「あの、改めて水ありがとうございます。お名前を聞いてもいいですか?」

 気分が回復して、呼吸を深くついた。

 

 「ん? 私のかい?」

 

 「はい」

 

 困ったように、首を斜めに傾げ、それから無言で柔和な笑みを零す。

 「私は轆轤秀光だよ」

 

 

 ◇

 百鬼丸と別れてすぐ、原宿の雑踏に紛れながら、清香は重要なことに気がついた。

 

 「あれ? ほのちゃんどこに行ったんだっけ?」

 気まずい冷や汗が頬を滑る。

 


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