刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第85話

 「あの、高津学長――」

 内里歩は不安げな顔つきで、廊下をゆく高津雪那に声をかけた。あの修練場での演説から二日。時間が経過するごとに強まる「強さ」への憧憬。もしかしたら、その鍵が見つかるかもしれない。そう思い、親友には内緒で雪那に接触を図った。

 

 「あら? 貴女は――」

 意外にも物腰の柔らかな反応で、歩に返事をした。

 

 昼下がり。等間隔に配置された窓から薄い陽の光が斜めに射し込む。

 

 「わ、わたし一年の内里歩っていいます。前に、近衛隊について……説明があって……その、わたしでも強くなれるのかなって思って……それで、お話を……」

 緊張して途切れとぎれになりながらも、なんとか自分の気持ちを伝えることができた。

 

 険しそうだった雪那の表情は、一転して〝嘘〟みたいに微笑を湛え始めていた。

 「なるほど、貴女も刀使として――強くありたいと、そう願うのね?」

 

 「はい……」

 

 「いいでしょう。ここでは、詳しい説明ができないから後で部屋に来なさい。そこで詳しい説明をするわ。ええっと、名前は……内里歩。いいでしょう。覚えたわ。貴女はなかなか見込みがある娘ね」

 ヒールを鳴らして大股で移動し、歩との距離を縮める。ゆっくりと、顔を近づけた。

 毒々しい赤の唇を曲げ、歩の肩に手を置いた。耳元まで唇を寄せ、

 「大丈夫。安心して。きっと貴女も〝強く〟なれるわ……」

 口端を歪に、彼女はそう言った。

 

 

 

 夕暮れ、雪那の言葉に従い内里歩は応接室の一角に置かれたソファーに座っていた。

 対面には執務机がある。歩は膝の上に拳を乗せて、息を詰めるように体中を緊張で強ばらせていた。

 現在、室内にはふたり以外に人はいない。

 (どうしよう……わたし、美弥に何の相談もなくここに来ちゃったけどいいのかな?)

 一番の親友の顔が思い浮かんだが、すぐに頭を振って雑念を追い出した。

 

 すぐ目先にある執務机から、

 「それで、貴女――名前はなんというの?」

 声がきた。

 

 ごくり、と生唾を飲み込み口を開く。

 「わ、わたし内里歩って言います! 中等部一年生です!」

 元気よく返事できた、と彼女は思った。

 

 雪那は椅子に腰掛けながら、思案するように歩の姿を丹念に眺める。

 「――そう、内里歩。なぜ貴女は私に声をかけたのかしら?」

 

 「えっと、それは――」

 突然、話の本質を衝かれて動揺した。いや、質問こそ予想していたものの改めて聞かれると心臓が破裂しそうな位に混乱してしまう。

 

 そんな歩の様子を見てとったのか、雪那は軽く頭を左右に振ってため息をつく。

 「いいえ、ごめんなさい。そう緊張しないで頂戴。大体の予想はついているわ。近衛隊について、でしょう? 貴女が聞きたいことは?」

 鋭く射竦めるような眼差しで雪那は見据える。

 

 「は、はい……」

  縮み上がってしまいそうなほど怖かった。でも、正直察してくれて助かったと安心もしていた。

 

 雪那は椅子の背もたれに身を預けながら、

 「理由を聞かせて頂戴。なぜ貴女は近衛隊に興味を持ったのかしら?」

 率直に訊いた。単純な疑問のようだった。

 

 (言わなきゃ……わたしの思いを)

 震えていた拳を頑張って落ち着け、喋りだす。

 

 「実はわたし、数ヶ月前にあのショッピングモールでの荒魂討伐に参加していたんです」

 

 へぇ、と雪那は興味を持ったようで背もたれから前のめりの姿勢になった。

 

 「……そのとき、わたしのせいで危うく他の刀使も親友も失う所だったんです。実戦がこんなに怖いだなんて思わなくって……」

 

 「それで刀使が厭になったの?」

 

 「い、いえ!! むしろ逆です! わたしはもっと強くならなきゃダメだと思ったんです。あのとき力があれば、きっと多くの人を助けられたのにって思って……」

 気恥ずかしさを誤魔化すように含羞む。

 

 その少女の様子を見ていた雪那の表情が翳った。

 

 「…………そう、貴女もそうなのね。〝力〟が欲しい、そう思ったのね」

 彼女の脳裏には、約二〇年前の相模湾岸大厄災の記憶が甦っていた。あの時、己の無力さと否応なく対面させられた苦い苦い記憶。

 

 もしかしたら、この「力」に対する執着は自己実現とでもいうのだろうか? 雪那はそう思い至って、軽く鼻を鳴らして自嘲してみせる。

 

 沙耶香を最強の刀使として育成しようとしたのも、同じ『御刀』に見込まれたことを抜きにしても、彼女を嘗ての自分に重ねていたとでも?

 

 …………認めたくはないが、そうなのだろう。

 

 現に今、目の前で緊張しながらも戦場での己の無力さを語る少女が嘗て、戦線を離脱した過去の自分のような気さえする。

 

 改めて確かめるように、

 「貴女は〝力〟が欲しいのね?」

 断固とした言い方で聞いた。

 

 雪那の問に、少女は一拍だけ沈黙した。

 

 だが、緊張がうそのように、背筋を伸ばして歩は雪那を見返す。

 

 「はい! わたし、どんなことをしてでも強くなりたいんですっ! それで衛藤さんにも認めて貰いえるように……追いつけない位強い(百鬼丸)にも一目を置いてもらえる存在になりたいんですっ!!」

 明るくどこまでも無邪気な声音で、歩は瞳を輝かせた。

 

 その、底抜けの明るさに雪那は憎愛の混ざった複雑な感情で歩に視線を合わせた。

 「――そう、わかったわ」

 言いながら、雪那は自然とこの少女にも過去の自分の残滓を感じ取っていた。

 

 

 ◇◇◇

 

「轆轤さん、は今日誰かと一緒に来たんですか?」

 「うん、連れと共に来たんだが、生憎〝奴〟には予定があるからね……ははは。全くこんなところで時間つぶしというのは、私には似合わないんだがね」

 苦笑いを漏らしながら、パタン、と本を閉じて百鬼丸に顔を合わせる。

 「君も誰かと来たのかい?」

 「――はい、え~っと、今はどこでなにをしてるか判らないんですが……一緒に来ました」

 小悪魔的な少女は今頃、どこぞを楽しそうに出歩いているだろう。

 「そうか、君も時間つぶしか」

 「ですね……」

 肩を竦めて、首を振る。疲れきった顔で遠くのアトラクション群を眺めた。日常の人々の憩いを百鬼丸は網膜に焼き付けるように見ていた。

 「時間潰しに私と話でもするかい?」秀光は缶コーヒーを鞄から取り出してトップルを押し開く。香ばしい匂いが周囲に漂う。

 「…………大丈夫ですか?」

 「ああ、いいさ」

 「轆轤さんは何を読んでいるんですか?」

 手に持った一冊を目の高さまで持ち上げ怪訝に眉を潜め、

 「コレかい?」

 と、聞いた。

 「はい」

 青色の表紙のシンプルなデザインの本だった。ツルリとした表面には白い文字でタイトルが記されていた。

 「〝ライ麦畑でつかまえて〟サリンジャーだね」

 「じゃあ、こっちは?」

 百鬼丸はベンチに置かれた一冊を指差す。

 「こっちは〝アルジャーノンに花束を〟だ」嬉々とした口調だった。

 「本が好きなんですね」

 それを見透かしたように百鬼丸がいう。

 頬を軽く緩め「あはは」と秀光は笑って頷いた。

 

 「そうだね。今の――こんな仕事をしていなかったら、自由にどこか別荘でゆっくりと読書でもしたいと思っていたんだ……それは嘘じゃない。ただ、大人には責任も立場もある。いつまでも、子供では居られない。だからこうして本を読むことで毎日をごまかしているのかもしれないね」

 コーヒーを一口啜り、長い余韻を味わうようにしばらく黙っていた。彼の横顔が寂しげだった。

 

 その時、ちょうど遠いレールのジェットコースターから『きゃー』という、女性の楽しげな声が中央広場に木霊した。

 

 断続的に聞こえる楽しげな悲鳴を無視して、

 「いいですね。おれはあまり本を読まないから分からないですけど……その二冊はどんな話なんですか?」訊く。

 キョトン、と目を丸くした秀光は固まった。

 「興味があるのかい?」

 「ええ、まあ……」

 百鬼丸は前屈みから背中を真っ直ぐに伸ばして、本を見る。

 「意外だな……君みたいな若い子は本なんて読まないと思っていたが」

 「おれも、どうしてそう思ったのかわかんないんです。ただ気になって」

 百鬼丸の表情を読みながら、秀光はコーヒーに口をつける。

 ――そうか

 と、一言つぶやき無意識に喋り出した。

 

 

 ライ麦畑でつかまえて……、ホールデンという繊細な少年の一人がたり。

 

 アルジャーノンに花束を……知的障害を背負った男が、新薬によって天才となっていく過程と、新薬の効能が失われ次第に知能が退化する話。

 

 

 と、概要だけを伝えればこんな内容だった。

 だが秀光という男は、それだけでは味気ないと思った。

 

 「君は、他人との軋轢を感じる時はあるかい?」

 

 「軋轢? ですか? ……すいません、よく分かりません。おれは――人と違うのが当たり前みたいなもんなんで」

 

 「ははは、そうか。うん……なるほど。だったら聞き方を変えようかな。君は自分が〝孤独〟だと思ったことがあるかい?」

 

 「――まあ、はい」

 

 「そうか。だったら君はこの二冊を手に取っても後悔はしないだろう」

 

 「どういう意味ですか?」

 

 「昔の人が言ったんだ……〝本当の孤独を味わいたいなら、ひとりではなく、街中の雑踏の中に身を置くべきだ〟とね。そうすると、本当の孤独を味わうことができるんだ。孤独っていうのは、相対的なもので――つまり、誰かと比べることで、より一層それを自覚するものらしい」

 

 「なるほど……」

 百鬼丸は己の掌を開いて、じっと眺めた。

 心当たりがある、というよりも彼の人生の大半は他者との交流をいかに避けるかに費やされたと言ってもよい。荒魂退治に奔走していたのも、この化物としての自分を知られたくないから……だけではない。本当の意味での孤独を感じたくないからだった。

 少なくとも、一人での孤独は苦しくはなかった。

 そして、孤独というのは他者がいうほど悪いものでもなかったのだ。ただ「本当の孤独」さえ知らなえれば。

 

 百鬼丸の物思いを横目に秀光は尚説明を加える。

 「ライ麦畑の方の主人公は、周囲を敵だと思って何でも攻撃してしまう思春期の少年でね。彼は本当の〝無垢〟なもの、イノセンスを追い求めていたんだ。……無力でどうしようもなく弱い自分を自覚したくなくて――本当は自分が臆病なのに、それを誤魔化すみたいに悪態をつく少年でね。それは今の私から言わせてもらえば彼は純粋な少年なんだと思うよ。大人になると、色々と鈍感になるからね」

 

 「じゃあ、アルジャーノンの方は?」

 

 「コッチはまた別の意味で純粋な主人公だね。チャーリーという知的障害者を持っていてね。彼があるとき、ネズミのアルジャーノンに投与された知能を上げる薬を投薬してもらって天才になる――そういう筋書きだね。それまで、周囲から馬鹿にされても分からなかった主人公も、知能の上昇と共に人間の悪意や社会の理不尽を知るようになって、やがて天才になった瞬間、それまで自分を馬鹿にしていた人々は、知的障害のときと同じか、それ以上にチャーリーを忌諱するんだ。……やがて、投薬の効果が切れて徐々に知能が低下していく……」

 

 「悲しいお話なんですね」

 

 「結局、人間は誰かを馬鹿にしたり祭り上げるのも同等の行為で、しかも忌諱される対象者は等しく孤独を感じる。ただ、天才になったからと言って幸せな訳じゃない。知らなくてもいいことだって見えてしまう。〝何か〟を持ちすぎるということが果たして幸せなのか? それは私には分からない」

 

 百鬼丸は秀光の話を聞きながら、不意に口をついて喋っていた。

 

 「特別な力って何なんですかね……おれは、少なくとも欲しくはなかった、と思います。同じ年の奴らみたいに遊んだり、勉強したり、家で家族と過ごしたり……多分そういう生活が本当の〝幸せ〟だと思いたいです。今更、心底羨ましいとは思わないですけど、でもおれも一度でいいから体験はしてみたかったですけどね」

 

 ――特別な力

 

 誰も頼んでやしない。誰も、欲しいと言ってない。

 

 だのに、おれには〝特別〟な力が宿っている。

 

 

 秀光は一瞬、心底軽蔑した冷たい眼差しで百鬼丸の横顔をみやりながら、憎悪に口端を曲げる。だが僅かな時間で表情を取り繕い、微笑む。

  

 「でも、君にもあるかもしれない特別な力は誰かが欲しいものかもしれないとしてもかい――?」

 

 「そんなの、そいつにくれてやりたいですけどね……あはは」

 

 「…………そうか」

 

 「――? どうしたんですか?」

 

 「い、いいや。何でもないよ」

 慌てて否定した秀光だったが、溢れ出る憎悪を堪えるように、口元を手で覆い隠す。今にも咬み殺さん勢いを理性で封じ込めた。

 

 

 「おれにも、もしかしたら普通に生きる人生だってあったのかなあ……」

 ボソりと百鬼丸が遠く、ジェットコースターや観覧車などのアトラクションの構築物を眺めながら寂しげに呟いた。

 

 …………と、その時だった。

 

 ドォオオオオオン、という盛大な爆発音がテーマパーク内に反響していた。地鳴りが酷く、地震とすら錯覚された。しかし地鳴りは一瞬にしておさまり、代わってどす黒い煙幕が天へ入道雲のように立ち上った。

 平日ではあるが、疎らにいる人々が一斉にその方向へと意識を向かわせた。

 

 「――っ!?」

 百鬼丸は急いで、その爆発の原因を探した。

 

 現在地のゲート前から一二〇メートル先の中央庭に設置された『鏡の迷宮』と題された季節限定の迷路だった。四方八方を鏡張りにした古典的な設備だ。しかし、このような迷路で爆発というのは理解できない。発火するような装置など一切取り扱っていない筈である。

 

 「どういうことだ?」

 百鬼丸は嫌な予感がして、ベンチから立ち上がった。

 

 「何かが起こったみたいだね……じゃあ、私は失礼するよ」

 冷静な調子で秀光は荷物を仕舞い、立つとベンチから去ろうと歩き出した。あろうことか、彼は『鏡の迷宮』の方向へとゆこうとしていた。

 

 「だ、大丈夫ですか? 今は混乱していて、轆轤さんも連れの人と一緒に逃げた方が……」百鬼丸は、大声で叫んで制止する。

 

 が、秀光は肩越しに振り返って、

 「いいや。大丈夫だよ。私は大丈夫だ――その二冊は、君にプレゼントするよ、また会おうか……〝百鬼丸〟」

 そう言い残すと、秀光は混乱するテーマパークの職員たちの間を通り抜けるようにして姿を消した。

 

 (百鬼丸……? おれは名乗ってないのに何で名前を知ってるんだ?)

 轆轤秀光という男の残した疑念と言葉と、二冊の本が百鬼丸の思考を混乱させた。だがそんな瑣末なことに構っている暇はない。

 

 百鬼丸は燕結芽を探しに、動き出そうとしていた。

 

 

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