刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第89話

百鬼丸はすぐさま立ち上がり、網フェンスに沿って走り出した。頬を切る冷風が激しく、束ねた後ろ髪が強く嬲られた。――

 「よォシ、いくぞ」

 遠く、緩慢な速度で動く観覧車やゴンドラの影が地面に繊細に落ちた。それを踏んで、百鬼丸は両脚の速度をはやめる。秀光の思考の残滓を《心眼》によって探る。

 気配を感じた。それに誘われるがまま、遊園地と傍を走る道路の区画を遮る金網フェンスと、なだらかな斜面の芝生へ目を動かす。

 

 ……あそこなら、必ず連中も車で通過する。

 

 既に、《心眼》によって秀光の粗方の逃走経路は分かっていた。背の高いフェンスへ一気に距離を詰め、どこか出口がないか並走しながら探した。

 

 と、目線を斜め下に意識を向けると、黒色のレクサスが山道の緩いスロープ状になった道路から出てくるのが見えた。一刻の猶予もない、百鬼丸は確信すると右足の加速装置に若干の力を込め、跳んだ。靴裏に穴があり、周囲に真っ白な蒸気が噴射される。

 うかうかして居られない。

 左手に沿って4・5メートルはあるフェンスの上部を掴むとそのまま、ハードル障害物を超える要領で飛び越す。

 加速装置の勢いを利用して、車道へと身を投げた。

 

 空中へと大胆に身を浮かせた百鬼丸はそのまま道路へ激突するように、体が自由落下を始めた。

 

 

 ◇

 (――しまっ、た!! 加速後の落下場所を考えてなかった!!)

 勢いよく飛び出した末のことで、全く以後の考えを持っていない。

 

 と、浮遊感を味わっていると左車線に、ちょうど長距離トラックが走行していた。身を大きく逸らして受身をとるように貨物の上部へ転がる。追跡する車の後ろを捉えながら、その侭、腕に巻いた包帯の結び目を噛んで引っ張る。スルスル、と解ける――

 上膊には切れ目があり、乱暴に口で銜え引き抜く。

 白刃が晒された。

 と、同時に激しい風に体も晒された。

 それを加味して滑りをよくする為、舌で刀身を舐める。鋼の甘い味が充ちた。

 「――このド畜生」と、思わず歯噛みした。

 120km/hで走行する車に対し、こちらは80km/hほど。百鬼丸は視線を固定しながら後続車の長距離貨物トラックの荷台で追う形となった。……速度が足らず、標的を追う形となった。……肉の厚い銀刃が、西日に反射する。

 

 眼を眇ながら、腰ベルトに義手を差込み屈んだ姿勢から前進した。

 烈しい風は、耳元で轟音をたてながら絶え間なく襲いかかる。

 しかしそれにも構わず、長方形の荷台を遮二無二進む。

 シュー、シュー、という間欠的な音が聞こえる。

 加速装置の影響だろう。百鬼丸の体が沸き立たつように熱い。大腿部から放熱された湯気を感じる。空冷と共に、循環した人口血液を利用している為、否応なく彼の体内温度が上昇する。

 だが今はそんなことに思考を裂く余地はない。

 そう割り切ると、車影を目視で追い続けた。

 と、突然その車の後部座席のドアが走行中にも関わらず勢いよく開き、半身を乗り出す姿があった……

 

 男の横顔と視線が瞬間、百鬼丸の視線と絡んだ。

 

 「――ッ!?」

 

 『相見えたかったぞ、百鬼丸――』

 無精ひげに紛れた口端が、残忍に歪む。新鮮な殺意の孕んだ眼差しに、彼が常人成らざる人物だと悟らされた。

 

 

 ◇

 十臓は走行中のドアを開いたまま、側道を走る中古車を満載したキャリアカーへと飛び移った。片足と片手だけで器用に移動しながら、車を固定する部品を軽々と《裏正》で壊すと、キャリアカーのクレーン吊り上げ金具を引っ張る。

 そこに片足を乗せると、フロントガラスへおもむろに裏正を突き刺し、腕を大きく振り上げた!!

 

 

 「なっ、正気か、コイツ!?」

 加速装置を準備していた百鬼丸は危うく、驚愕に停止するところだった。

 

 質量のある曲線を大気に描き錐揉みしながら、破砕音を響かせた。道路構内に散々舞い散った鉄くずのスクラップ達は、容赦なく周囲へ落下した。

 

 ◇

 頭上から、不意に異音が聞こえた。

 

 某かの金属の軋む異音が響き渡る。ベアリング(軸受け)部分に亀裂が発生し、空中でバラバラになるのではないかと予想された。

 青い道路標識は、皓々と光を投じている。車線の白い線を何度も越境し、蛇行を始める。頬を切る風が次第に強さを増し、それに比例して苛立ちが募る。百鬼丸は、一時的ではあるが加速装置と左腕から引き出された《迅移》にて、二つの加速効果を得ていた――

 

 しかし、彼はそれで満足はしない。更に隣りを走行していた車両を見、フロントガラスを残忍な刃で貫き、百鬼丸のいる方向へと、軽々と1t近い重量を投げつけた。

 

 危うくのところで躱し続けた百鬼丸は、不快な感覚がして、頭を振りむける。

 眼前、突如空中を浮遊する車輌の影が顔に覆いかぶさった。

 「――チッ」

 舌打ちしながら、運転席に人影を捉える。

 (厄介だッ)

 と、肚の底で怒鳴った。

 《無銘刀》を構え、迷わず迫り来る車輌を真っ二つに切り裂いた! と、同時に運転席の男の首根っこを掴み、救出した。

 「はぁ……はぁ……」息を喘がせながら、右手に掴んだ男をトラックの助手席扉を開き、無理やりブチ込む。

 

 ヴォォン、という熱風と共に、背後で塵灰の舞い上がるのを感じた。肩越しに振り返ると切断された車輌が中央分離帯と無人側道に飛んでゆき、そのまま紅蓮の炎華を咲かせた。

 頬に伝う血に気がついた。……赤黒く重い血滴は額から質量を持って落ち、五セント硬貨ほどの大きさで広がった。

 

 滴る血をベロで舐め取り、百鬼丸は目線を彷徨わせる。

 

 ……獬豸(かいち)の如き形相にて、百鬼丸は十臓を睨みつける。

 

 剥き出しの牙から怒りの程が伝わる。

 

 「返せェ、返せッ!!」

 吼える。

 少年は、ただその一心にて咆哮するのだった。

 

 

 手首でぐるり、と回した《裏正》は怪しい紅を閃かせながら十臓はせせら笑う。明らかな挑発。

 と、傍らを通り抜ける度に標識や電子表示板の柱を斬り裂く。後続の百鬼丸へと槍の如く逼迫して尖り来る……!

 身を躱しながら、百鬼丸は必死に左腕の刃で捌きつつ周囲の車輌を守る。

 

 標識や掲示板の柱は見事に被害を出さず、あさっての方向へと飛んでいった。

 

 

 「フッ、はははは!! そうやって理性を保っているつもりか? それで俺に本当に勝てると思っているのか? なぜそこまで人を守る?」

十臓の問に対し、百鬼丸は、

 

「おれは人なんざ死んでも構わねぇ!! だが刀使の守りたい連中だから守るだけだッッ!!」

吐き捨てる。

 

 

 『お、おい誰だ!? な、なんなんだこの状況!! 誰か上にいるのか?』

 トラックの運転手が怒鳴る。

 

 カチン、ときた百鬼丸は突然前進を始め、フロントガラスに拳を叩きつけた。

 「うるせぇ、あと少しで別の車に移動してやるから我慢しろッ!!」と、逆ギレした。

 

 

 

 

 午後五時三〇分……

 左側に見える海岸線沿いに灯る外灯は点々と光を投じ、ラッシュアワーに混み始める車列を照らし上げた。

 合流車線から接続された部分などは更に混乱を極めた殺人的な混雑に巻き込まれるだろう。東名高速から首都高に至るまでのルートは、夥しいヘッドライトの群れに埋まっていた。

 

 彼らのようなごく普通のドライバーは知らないだろう。

 この道路には現在、二匹の「獣」が放たれた事実に……

 それは、荒魂にすら慣れた生活を送る人々ですら想像も及ばない「破壊」の権化たちであることを……。

 

 百鬼丸と十臓の激闘からはや一〇分後、警察車両が続々と高速道路へと流れ込み始めた。近隣の警察署はもとより、管轄が神奈川県警から警視庁へと移行した瞬間でもある。

 

 

 ◇

 

 僅かな時間――どこにも逃げ場のない状況――後続車輌は停滞し、次々と玉突きの事故を起こした。

 ひしゃげたガードレールが、目立ち始める。

 

 『今すぐ走行を中止しなさい……繰り返す……』

 警察車両から繰り返しの警告が叫ばれた――だが不運なことに、周囲は地獄絵図さながらの阿鼻叫喚にて、サイレンや警告の声すらかき消されていた。五台ほどが百鬼丸と十臓を追跡する格好となった。

 

 

 だが、真っ赤な猿面の顔貌は一切動じることなく、クレーンに掴まり、手当たり次第に切り刻んでゆく。警察車両も、度重なる渋滞と被害に連動して追尾する数が足りていない。

 並走するレクサスの窓を下ろして、

 「こんなに被害を増やされては、隠蔽だってできないぞ」秀光は低く愚痴る。

 それを聞き流しながら十臓は戯れに笑う。

 土面をバラバラと裂くように《裏正》の切っ先を突きたて、走行速度に合わせ舗道コンクリートを抉り取る。無数の亀裂が走った線から崩れてゆき、近づくことも容易ではない。

 『では皆殺しだ』

 と、簡略に告げた。

 

 ◇

 

 (あっちのほうが速度がいいな……)

 百鬼丸は、横を通り過ぎる警察車両を発見し、すぐさまトラックから飛び移った。パトランプをとっかかりに、身を低く屈めた。

 少年は、追尾する警察車両のV字型の赤いランプ部分に平伏しながら、機会を窺っている。……飛び出すタイミングを間違えれば、あの車を追うことすらできない。

 薄暗く、寒い。吐く息も白く凍てつく程だった。しかも、車両の速度に合わせている為に体感温度は尚低い。

 ……しかし百鬼丸は例外である。彼の大腿部に仕込まれた加速装置の熱量は、高温を放つ為、逆に丁度良い塩梅である。

 《で、どうするね?》

 愉しげに笑うジョー。

 目を眇め、苛立ち混じりに舌打ちをする。

 「今、考えているッ」

 呻くように応えたものの、実際はなんの手立てもない。

 

 

 考えろ、考えろ……今、すべき最善のルートを選びとるんだ。

 

 焦る気持ちを抑えて、百鬼丸は自問する。とにかく現状を打破しなくては――

 

 《ボクに一つ、いい考えがあるんだがいいかな?》

 

 「…………。」

 

 《無視、か。まあいい。――それより、彼らの側道に走る車両が何か分かるだろう?》

 

 百鬼丸は意識を前方に頭を向ける。

 車列の詰まった間、視界の端に、楕円形の巨大なタンクを積んだ車両を視界に収めた。

 《液体窒素を積んでいるようだね。……どうだい? アイツを使うのは?》

 

 「あれで奴の動きを封じるのか? でも可能か? ……いや、奴をおびき出してそのまま液体窒素のタンク内部へぶち込めば……或は勝機はある、か」

 腑破十臓は確かに強く、また外道である。それ故、この世界の全てを傷つけることも厭わないだろう。だが同時に、彼には現代のありとあらゆる知識が不足している。

 

 ……と、なれば機会は一回のみ。

 

 加速装置を十分に冷却しながら、膝を曲げ――その反発を利用して加速へと転じる。ジュン、と霧散した白煙は再び放たれた矢の如く一直線に十臓たちを目指した。

 ソニックブームに似た現象が周囲に発生し、走行車両たちの車窓が小刻みに震える。

 

 「うぉらららららあああああああ」

 威勢良く叫びながら、わずか3・5秒の間に距離を縮める。加速を調節しながら、最も十臓に肉薄している警察車両を足場に定め、降り立った。

 更に眼前を前に《心眼》の応用を試み、相手の「次の一手」を先読みした。

 十臓は、クレーンから手を離し別の車両へと飛び込む映像が脳裏を掠めた。――直後、プシュッ、という破裂音と共に唇に生暖かい感触が伝う。

 「!?」

 右手で確認すると、鼻血が吹き出していた。

 

 《ありゃりゃ、百鬼丸くん。君、脳みそを酷使しすぎたようだね。あまり能力の酷使は体に良くないよ》

 

 「うっせぇ、黙れ!!」

 それに構わず百鬼丸は、戦術を組み立てる。

 

 

 ◇

 

 (なんだ、なんだこいつはッ……!!)

 十臓は軽い畏怖すら覚えた。

 次々に障害物を超えて、こちらに確実に近づく。まるで地獄の門番のように執拗で諦めが悪い。――成程、これが噂に効いた〝百鬼丸〟なのだ、と合点がいった。と、同時にこの場で決着をつけたい欲求に駆られた。

 

『秀光、奴とここで決着を付けるぞ』

 脇を走る車窓へ言い放つ。

 

 視線を外さず、そう告げる十臓に最早ため息しか出ない……。

 「ああ、勝手にしてくれ。……奴を始末するもよし。ただ私は先に拠点へ戻るぞ」

 言い残して、アクセルを踏む。

 

 グルン、と《裏正》が大弧を描く。

 (面白い、面白いぞ、百鬼丸ッッ!! ここまで血が滾るのは久々だァ……お前が地獄の使者でも構わぬ。心ゆくまで破壊をしようぞ!!)

 

 再び戯れに十臓はキャリアカーの残り三台を無理やり片腕で引きちぎり、投げ飛ばす。ゴロゴロと車体が回転しながら百鬼丸を目掛けて殺到する。道路に突き刺さり、オイル臭い香りを漂わせたかと思うと、一瞬光が閃いた。衝撃波が空気を震わす。

 天を焦がす紅蓮と黒炎が立ち上った。

 

 つい、暗さに気がついて十臓は空を仰ぎ見る。

 夜空になっていた、天を焦がす煙と炎は烽火のように上へ上へと燻る。

 

 「……あっはははははは、はははは」

 

 横顔を、焔の残照に当てながら十臓は高らかに哄笑する。

 

 「再びの地上を踏んで、殺戮を繰り返す。破壊、殺戮……いい味だ。なぁ《裏正》。お前が俺の邪魔をしたことは咎めはせぬ。だから、その身に多くの血肉を刻んでやろう」

 

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