刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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説明回です。


第9話

 

 

 「俺は一体どこに来たんだ?」

 ステインはその鋭い眼差しを左右に彷徨わせ、一人つぶやいた。

 

 ――日本標準時23時8分。

 横浜港。

 深夜の貨物コンテナを吊るクレーンが、巨大な彫像のように幾つも聳えている。小山がいくつも並ぶ正体は、積載貨物を満載した貨物船とコンテナ群である。

 春の海風は殊更に冷たく乾いていた。

 三白眼を細め、ステインはこちら側に近づく人影を敏感に察知した。

 背中に交差させた刀をふた振り、柄に手をかける。

 こつ、こつ、と軽やかな靴音はステインの半径10メートルほどの所で停止した。

 「……誰だァ?」

 低く渋い声で誰何する。

 周囲を囲むのは無機質な四角形のコンテナばかり。頭上を強烈な外灯が白く皓々と照るばかりである。

 遮蔽物の角から華奢な影が出る。

 「わたしは折神家親衛隊所属、橋本双葉。貴方こそ何者? スペクトラムファインダーに反応があったから来たけど、荒魂に取り憑かれた人間?」

 「ああ? 荒魂だと……?」

 ステインは腰を低く、警戒態勢を崩さず相手を見やる。

 「知らないの? 変わった人。どこから来たの?」

 少女は生気の失せた瞳で問う。

 ――双葉、と名乗った少女はまだ年頃が一三、四ほどでミディアムヘアの後髪を適当に手で払う。

 「娘、ひとつ訊く。この場所に〝ヒーロー〟はいるか?」

 大の男からヒーローという単語を聞くとは思わなかったようだ。双葉は一瞬ポカンとした顔だったが、やがて相手の意を理解すると、

 「ふっふふふふ。なにそれ、おじさん本気?」

 ひとしきり腹を抱えて嗤ったあと、無機質な面に戻り「馬鹿みたい」と吐き捨てる。

 「……一応きくがお前に〝個性〟はないんだよな?」

 「こせい? 人格てきな意味で?」

 ステインは失望したように頭を逸らす。

 その反応をみて双葉は肩を竦めて、溜息を漏らす。

 「あーあー最悪。変なおっさんにまさか端末が反応するなんて」

 踵を返した……その瞬間。

 

 ――迅、と凍てつく外気を縫いステインは双葉の背中を目掛けて二刀を抜き放ち、袈裟斬りにする。

  その筈だった。

 

 「――あっぶな。おっさん、刀使に普通の刀剣で闘い挑むって頭オカシイね。結芽さんなら喜びそうだけど」

 刀身の幅が広く、太い御刀が斬撃を受け止めた。

 『小豆長光』

 それが、双葉の御刀の名である。かつて、戦国大名上杉謙信が愛用したことで有名なひと振り。

 「ほぉ……面白い」

 口からはみ出す長い舌をちらつかせる。

 

 (なんなの、このおっさん)

 双葉はしかし、内心焦っていた。

 確かに反応こそしたものの、《写シ》を貼る前だった。下手をすれば死んでいた。

 「ちっ、はーーっ」

 鍔迫り合いの最中だが息を整えると《写シ》を貼る。

 体表に貼られた透明な膜は、刀使にとって最大の防御である。

 それをみたステインは目を眇め、笑う。

 「ほぉ……それがお前の個性か」

 「だから、さ。なんなのソレ」

 御刀でステインを弾き返し、相手に向かい正眼に構える。

 「って、あれ? いない?」

 双葉の視界からステインが消えた――

 「ハズレだ」

 (下? しまっ……)

 屈んだステインは双葉の真下から突き上げるようにキザギザの刃で頭を貫こうとした。

 「まずっ」

 右腕を盾に、なんとか頭を守り刀の軌道を変えた。だが代わりに右腕が消えた。

 「ほぉ、面白いな、その個性は」

 言いながらステインは反対の腕でもう一筋、攻撃を繰り出す。

 (まじで速いッ!!)

 左手に持ち替えた御刀でなんとか防ぐことに成功こそしたが、意識が朦朧とし始めた。ひとえに、写シを破られた影響である。

 「片手で俺を倒せるとでも?」

 ステインは回し蹴りで双葉の脾腹を撃ち抜く。

 「……っ、ぐはっ」

 スキを衝かれた、と咄嗟に思った。

 写シは完全に剥がれ、地面に転がる。

 ステインは倒れた双葉の腕を切先で軽く切る。うっすら、服の下から覗く白い皮膚の上から線が浮かび、真紅の液が溢れる。

 刀身に付着した血を長い蛇の如き舌で舐めとる。

 「ひとつ、お前にいいことを教えてやる。お前がこの世界について全て俺に教えるまで動けない……いいな?」

 睥睨しながら、命ずる。

 (うごっ……けない?)

 体中が凍りついたように、指先一本動かせない。

 ひどく動揺した双葉は視線だけを上に持ち上げ、今更危ない人物と出会ってしまった不運を感じた。

 

 

 「……そこまでだ、犯罪者」

 凛呼とした響きが、湾内の一角に広がる。

 ステインは肩越しにその方角に視線を投げる。

 「残念だが、お前には折神家まで同行してもらう……」

 「誰だてめぇ」

 「折神家親衛隊第一席、獅童真希。後から援軍で全員揃う。その前に降伏しろ」

 真希、と名乗った少女が身から放つ威圧により実力の程を示す。

 (チッ、分が悪い)

 すぐさま納刀すると、逃げる為の算段をするべく周囲をみた。

 だが、コンテナ群の上から声が降る。

 「申し訳ございませんが、貴方に逃げ場なんてありませんわ」

 ワインレッドの髪を後ろに結び、頬から肩先にまで緩やかにウェーブする毛先が激しい風に煽られている。

 「親衛隊第二席、此花寿々花、推参」

 コンテナから飛び降り、流星のように夜闇に紛れ、青い筋の刃だけが空から滑るように落ちてくる。

 寸前のところでステインは身を躱す。

 「あはは、すごーい♪ おじさん、強いね♪ 次は私と遊ぼーよ」

 背後から別の凶刃が襲う。

 早業で納刀した一本の鯉口を切り、応戦する。

 「誰だテメェ……」

 流石に疲労の色が混ざった口調でいう。

 「第四席、燕結芽―――私、退屈で死にそうーもっともっと、遊ぼうよ、おじさん」

 今まで対峙してきた相手のどれとも異なる、異様な鋭さを誇る斬撃がステインの肝を冷やす。

 何度も結芽の攻めを避け続けた。

 青白い火花が何度も舞い散りる。

 が、

「チエックメイト、ですわ」

 不意を衝かれ寿々花の御刀《九字兼定》がステインの喉元に伸びる。

「あ~あ~、つまんないーーー」

 真横から子供っぽい文句が聞こえる。

 「どうする、犯罪者」

 真希が淡々とした口調でステインを問い詰める。

 深い溜息を洩らしながら、

 「なにが目的だ?」

 己の不利を悟り、手にした武器を地面に投げた。

 「それは紫様が決めることだ。大人しく従え」

 すっかり意思沮喪した。

 不意に、ステインは地面に転がる双葉の手元をみた。彼女の携帯端末から援軍要請を示す画面と共に、位置を発信していた。その抜け目なさに対して僅かに感嘆する。

 真希が、

 「貴様の名前を教えろ」

 尊大な物言いで訊ねる。

 「――俺か? 俺はステイン。別名〝ヒーロー殺し〟だッ!」

 独特の威圧感とも迫力ともつかぬ圧力に、包囲した筈の親衛隊の面々は背筋がゾッ、とした。

 (コイツ、もしやわざと捕まったのか?)

 真希の見立ては正しかった。

 

 ステインはこの「ヒーロー」無き世界に来てしまったことに、一種の絶望を感じていたのである。

 かくして、《ヒーロー殺し》ステインが折神家の陣営へと連行された。

 

 

 

 

 2

 

 ちゃぶ台を境に、対座する百鬼丸と可奈美と姫和。

「それで貴様の話が本当だったとして、それを信じろ……と?」

 民泊の一室、畳で正座をした姫和が腕を組んで睨みつける。

「ああ。だが信じろとは言わない。信じるもなにも、それは君らの自由だ」

二〇年前の相模湾岸大厄災から六年後に、荒魂を含むノロの完全消滅を図る為の御刀が秘密裏に製造され、かつ完成していた事――。また、その刀鍛冶は数振りも製造をしていたということ。

「有り得ない。仮にそれが事実だったとして、その《消滅》という定義はどうなる?」

 百鬼丸の顔を見ながら、彼の目前に《小烏丸》を突き出す。

「それにもう一つ。これはその大厄災のとき、母、十条篝が使用した御刀だ」

 ……鉾両刃造の珍しい刀身の小烏丸は、古代日本の真剣と刀を合わせたような特殊な形状をしている。刀の先端から中程までを両方に刃がついている。

「なぜ、御刀ではノロまで祓うことができずにいる? 説明がつかない」

 

 百鬼丸はしばらく考えたが、

「いや、言うより見てもらう方が早いだろう」

 と、言いながら口で噛んで左手の肉鞘を抜いた。

「「……っ!?」」

 可奈美と姫和のふたりは驚いた。

 小太刀よりはやや長い刀身が、百鬼丸の左腕から現れたのだ。人体を利用した仕込み刀。

 (まさか……)

 姫和は呆然としながら、百鬼丸の顔を窺う。

 飄々としながらも、その表情には憂いを帯びているように思われた。

「もとは、普通の太刀ほどの大きさがあったんだが、川に流す時、無理やり棺桶に詰めたもんで、水に浸かって結局、この長さにまで折って短縮したのさ」

 可奈美が、

「え? どうして刀を棺桶に詰めて川に流すの?」純粋に聞く。

 百鬼丸は皮肉な笑みを口元にたたえ、

「赤子のおれを一緒に流すときに、何らかの餞別として詰め込んだのさ」

「そんな……」

 可奈美は言葉を失った様子で俯く。

「おれは四十八箇所を荒魂どもに奪われている。だから……ホレ」

 百鬼丸は目を見開き、指を瞼の裏側にまで突っ込み目玉をほじくり出す。

 ゴロン、と大きな飴玉ほどの眼球がちゃぶ台の上に転がる。

「……っ、こ、これは?」

 普段では絶対にみせない明らかに狼狽えた姫和。

 「おれは完全に目が見えていない。これはあくまで脳の電気信号で微弱に視界を確保する為の道具だ。それに……」

 百鬼丸は自らの四肢すらも、作り物であることを教えた。

 「この右手も左同様。ただ、この義手は便利でさ、活性細胞を皮膚に利用しているから、普通の人間の皮膚と遜色がない。あとは、手足を動かす際には、脳の微弱な電気信号によって自由に指先と足先を動かすことができる。足の武器は……まあ、追々教えるよ。」

 「で、でも耳とか声とかは大丈夫なんですよね?」

 「いいや、全部《心眼》とテレパシーだ。だから、直接君たちの心と対話をしている状態だ」

 ふたりは百鬼丸の過酷な境遇を知った。

 

 「……それで、私たちはお前にどう協力すればいい?」

 幾分戸惑いの消えぬ瞳で、百鬼丸に向き直る姫和。

 「いいや、別に協力ってほどでもない。それに、おれから体を奪った連中を仮に他人がぶっ殺しても、おれの肉体は帰ってこないらしい。直感で判る」

 「う~んと、それが分からないんだけど、なんで荒魂を他人が討伐しちゃダメなのかな?」

 可奈美が百鬼丸の左腕の刀に改めて興味しんしんにいう。

 「一言で云えば、おれの肉体は荒魂連中にとって最高の依代なんだと。連中がこの現し世で活動するときは何らかの制約がかかってくる。だが、おれの肉体は隠世との親和性が高く、かつこの世で棲む限り荒魂連中の力を増殖させる特異体質らしい」

 「……そんな」

 「つまり、他人が倒した所で荒魂連中から吐き出されるのはおれの骨か脂肪くらいだろうな。あくまで、おれがおれ自身で、この《無銘刀》で斬らない限り意味が無い」

 そう言って可奈美の前に差し出した左腕の刀身には、奇妙な文字文様が刻まれていた。

 視線を下に可奈美は、

 「百鬼丸さん、これは?」

 「これは、荒魂のノロを分離させておれの肉体だけを抽出する文字らしい。そもそも、おれも詳しくは知らん。だが、この刀の作用は絶大で、コイツに斬り伏せられた荒魂で四散しなかった奴はいない。無論ノロも、だ」

 

 姫和がひと呼吸置いて、

 「つまり、お前の体を取り返す際に発生する何らかの反作用によってノロも同時に消えるという事だな?」

 「概ね正しい。しかしおれにも正確なことは分からん。ただ直感と経験に従っているからな」

 「だが、大変だな。もし他の刀使に四十八体倒されれば」

 「そうだな。まぁ、〝タギツヒメ〟っていう奴をトップに四十八の荒魂どもは色々とやっているみたいだ。だから……」

 言葉を引き継ぐように姫和が、

 「扇の要であるタギツヒメを中心にしている荒魂どもを殺す。そのために一緒に行動をしたい、だろう」

 片眉を上げ、百鬼丸に答えを促す。

 「ご明察」

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