刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第93話

垂示(すいじに)(いわく)殺人刀(さつじんとう)活人剣(かつじんけん)(すなわち)上古(じょうこの)風規(ふうき)(これ)今時(こんじの)枢要(すうようなり)(しばらく)(いえ)如今(にょこん)那箇(なこか)(これ)殺人刀、活人剣。(こころみに)(こす)(みよ)

 

 

                   ――――碧巌録第十五則《雲門の倒一説》。

 

 

 

 1

 午後六時半。

 東京都、湾岸線沿い。十一月の朔風は殊に激しさを増し、帰宅時の人々に容赦なく吹き付ける。……しかし、この日だけは普段の日とは異なる様相を呈していた。上空には幾つもの報道ヘリが旋回し、サーチライトを照射していた。

 警察庁所属、特務作戦機動部隊が護送車を連ねて首都高の一定区間を規制した。金網の貼られた車窓から鈍色に光る機動隊員のゴーグルが外灯に反射する。

「おや、随分早い登場だな」

 STTのD分隊隊長、田村明は皮肉に口端を歪めて大規模な人員展開を図る彼らを一瞥している。

 元々、STTと特務部は同じ警察組織の所属であるが、警視庁と警察庁の管轄の違いにより微妙に現場でのニュアンスが異なる。時折連絡が行き違いになることが多く、ひとえに行政の縦割りの弊害とも言える……。

 護送車の扉が一斉に開く。

 中から続々と硬い足音が木霊する。

 特務作戦機動部隊の隊員たちは、手に自動小銃を抱えていた。――あれは、M4カービンだろうか? 恐らく米軍との武器供与条約の観点から、与えられた装備なのだろう。

 関東一円を覆う積層雲が急速に発達し、夜の帳を更に濃く深くする。

 

 道路を含む規制は全て終えたようだった。

それを見計らったかのように、

 『用意開始ッ!!』

 という、指揮官風の男の声と共に前列四五名ほどの特務作戦機動部隊の隊員たちが、透明なシールドを重ねて配置し、古代の戦術の……まるでファランクスのように堅固な守りにつく。盾の隙間から銃口が覗いている。

 

 これには、思わず明も、

 (おいおい、奴さんは本気かよ……)

 と戦慄せざるを得なかった。目算でも、二百人近い精鋭の部隊が橋の上に展開している。STTとは全く別種の秘匿された組織に属する連中の洗練された動きに、明も銃把を握る手が強くなる。

 

 「我々はどうしましょうか?」福田が、丸っこい顔で訊く。

 「――うん、まあこっちはD分隊でここら辺の守りを指定されてるからな。奴さんの邪魔にならないように展開するとしようか。フォーメーションはAで……」

 業務を思い出して、明は自分が何故だか惨めな気分に陥った。

 

 2

 ……深海の底に沈んだように、静かで穏やかな心地がする。目を開きたくないと思えるような逸楽の眠りを少女――燕結芽は貪っていた。

 「うぅ……んっ……」

 目を擦りながら、未だ判然としない滲んだ視界を瞬く。

 (ここ……どこ?)

 浅縹色の瞳を凝らして渇いた喉に生唾を飲み込む。小刻みに揺れる座席、窓から去来するトンネルや外灯の光。間違いない、車の後部座席に閉じ込められている。首を巡らして御刀を探すも、手近には無い。

 そう現状を把握すると、結芽は自らの手足の自由が効かないことに今更思い至った。五指には全て結束バンドがされており、手足首には拘束具の金属質をした枷を嵌められていた。

 

 ジャラリ、という枷の鎖が擦れ合う音がした。

 「おや? もう起きたのかい?」

 それに気がついたのだろう。運転席越しに、穏やかな男性の声がする。まるで大事なガラス製品の工芸品を取り扱うような細心の配慮の含んだ態度である。

 

 (何なの、このおじさん――)

 

 幸い口を塞ぐガムテープや猿轡などはされていない。

 一体なんのつもりだろう? 相手の行動に理解ができない。敵である自分を真っ先に排除すべきではないか? 結芽は素直にそう思った。だが、運転手の男はバックミラー越しに穏やかな表情を浮かべるだけで、一切危害を加えるつもりすらないようだ。

 

 「おじさん、悪い人でしょ? ……私を倒したあのおじさんはどこにいるの?」

 

 「ん? 十臓のことを言っているのかい? 彼は今百鬼丸と戦っているんだが――安心してほしい。君の命を奪ったり怪我をさせることはしない。……自由は奪ってしまうが、計画の為だ。少しの間だけ我慢して――」

 

 「そんなこと、どうだっていいよっ!! それより、百鬼丸おにーさんが戦ってるって本当?」無意識に震える口調で、訊く。

 「……ああ、本当だ。だけど君は勘違いしているよ。君が命を救われ、彼に恩義を感じるのは解る。でも、奴は、生まれた時からそうプログラムされていたみたいに、自動的に刀使を救った―ーと言っても過言じゃないんだ。無論、奴にも複雑な事情はあるだろうがね」

 結芽は、秀光の声など一切届いていなかった。急いで、身を起こし車の後部窓を確認する。しかし百鬼丸と十臓の姿は見えない。

 「……どうしようっ、百鬼丸おにーさんがこのまま戦うなんて、だめ」

 撫子色の柔らかな甘い香りを漂わせる髪を振り乱して、首を振る。

 ――どうしよう

 少女は考える。

 もし、双葉の言葉が本当ならば百鬼丸はこの先戦い続けることによって必然的に寿命を縮めざるを得ない。まして、敵は強敵ばかりである。

 

 「くるま……車を止めてっ!!」

 急ぎ食ってかかるように、結芽は運転席の秀光へと怒鳴り飛ばす。

 だが、一切の沈黙を守り、むしろ醒めた眼差しで再びバックミラーで一瞥する。

 

 『奴は、燕結芽という少女を救ったと思っていなんだ。……病弱な〝刀使〟を救ったことに対して満足しているんだ。解るだろう? 君にはその違いが。燕結芽』

 秀光の冷淡だが、明瞭に語られる言葉によって一瞬にして結芽は瞠目の後に沈黙してしまった。

 

 

 百鬼丸おにーさんが?

 言葉の意味を噛み締めるように理解してしまった。

 途端、えっ、という微かな動揺の響きを持った声が無意識に口端から溢れる。氷で胸を突き刺されたような衝撃だった。

 

 「う、嘘だもん……そんなこと……」

 ふるふる、と首を振って酷く動揺を示す結芽。――有り得ない、百鬼丸おにーさんがそんなこと。私を見てくれて、私だけを見て助けてくれたんだから……そうじゃなかったら、あんなに傷ついてまで戦わないから……

 百鬼丸に対しての記憶を辿り、思えば思う程に「疑念」という、蜘蛛の糸にも似た巧妙な不安に駆り立てられる。

 

 少女の内心を読み取ったように、秀光は更に追い打ちをかける。

 「だったら、今日一日で君……燕結芽という一人の人間として彼は取り扱ったかな? 奴はずーっと、君を〝刀使〟としての燕結芽として大事にしてきたんじゃないかな? いいや、君だけじゃない。奴には人間の個人々々の区別が付いていない節がある。個人=個体として認識しても、それは〝刀使〟だからだ。刀使じゃなければ意味がないようだ。嘘だと思うならそれでも結構だよ。奴に直接確かめてみるといい」

 

 すっかり先程の威勢を失った結芽は、静かに座席へと身を沈める。

 

 「思い当たる節があるようだね。……余り心配しなくてもいい。コチラの目的は百鬼丸にあるんだ。それに親衛隊の皆と会いたいだろう? あんな奴よりも、君にはその世界が合っているんだ」

 (……親衛隊? うん、そうだった。真希おねーさんにも、寿々花おねーさんにも、夜見おねーさんにも会いたい。紫様は……)

 次々とフラッシュバックする思い出に懐かしさがこみ上げてきた。今は頭の中がグチャグチャだから、どうしたらいいか分からない。

 

 「みんな……」

 微かに涙に滲んだ声で呟く。光を失った昏い瞳には、脱走の意思がない。

 

 

 その様子を眺めた秀光は、少女に対してやりすぎた、と自戒しつつも百鬼丸という悪しき象徴から彼女の執着心が揺らいだことに対し、満足を覚えた。

 

 ――貴様は刀使という神聖な象徴に近づくべきではないんだ! この私と同じようにッッ!! 

 秀光はハンドルを強く握り、アクセルを踏み込む。

 激しい憎悪の炎を宿しながら、首都高の長いトンネル区間へと車を滑らせてゆく。

 

 

 

 3

 首都高に設置された防音障壁へと飛び、そこを足がかりにして遥か真下の警察車両の上にしがみつく百鬼丸に向かい十臓は壁を蹴って殺到する。

 

 大振りの一閃が百鬼丸の頭上に深紅に燦く。

 考えるよりはやく体が動き、警察車両から離れていた。真っ二つに美しく両断された車両はそのままガソリンが気化し、十臓の握る日本刀《裏正》の放つ火花に引火して派手な火焔を上げた。

 

 なんちゅう規格外な奴なんだ、と百鬼丸は内心思いながら、浮遊する体を路上で停止させる為に右手に握った《無銘刀》をアスファルトに突き立てる。ガガガガガ、と耳ざわりな音を奏でながら、片足のスチームで体の保つ速度を減速させた。

 

 「はぁ……はぁ……今更だけど、奴といいジャグラーといい、異世界の来訪者は全部あんなヤバイやつらばっかなのか?」

 と、軽口のように胸の人格へと語りかける。

 《だろうね。》

 百鬼丸は、束ねた後ろ髪を翻して周囲を素早く確認する。後続車両が一台もないことから察するに、交通規制が完了したとみて良い。……おまけだが、空から時折サーチライトの光が数条差し込んで眩い。

 

 紅蓮と黒炎に塗れた中から、一個の人影が現れる。

 グロテスクな人骨と鎧の中間を模したような、十臓の真の姿。

 焔の残照を浴びながら、悠然とした足取りで百鬼丸へと近づく。まさに殺戮マシーンと呼ぶにふさわしい光景だった。

 

 「なぁ、一つ質問だが液体窒素を積載したタンク車から距離ってどれくらい離れてる?」

 

 《うーむ、そうだね。高速道の目印から察するに7・8キロメートル後方だね》

 ジョーの言葉に耳を疑いたくなった。

 

 「まじかよ、そんなに離れてんのかよ……」

 早く結芽を救出せねばならないのに、こんなところで足止めを食らっている暇はない。臍を噛みながら、百鬼丸は左腕の刃と右手の地面に突き刺さった刀を引き抜き、構える。

 

 「仕方ない、とりあえず相手してやるから掛かってこいッ! 話しはそれからだッ!!」

 そう豪胆に言いながら、脳裏では十臓を倒す為の作戦を練り始めていた。

 

 

 この日の夜は長く、破壊と殺戮の第二ラウンドのゴングが鳴るが如く、車両の焼け焦げる香りが周囲を圧倒した。

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