山吹色と白を基調とした制服は、特に胸部を強調するデザインを採用していた。一部界隈では「胸部偏差値高めの学校」として噂されていた。――岡山に所在を置く長船は、現在のところ研究開発部門が大忙しであった。
というのも、近年の荒魂頻発に応呼する形で進められた兵器開発が更に推し進められる形となった。
朝の爽やかな風が窓の隙間から流れ込む。近くの木にとまった小鳥の囀りが聞こえる。
青く澄んだ瞳が瞬きながら、頻りに目線を移している。
「ワーオ! 薫っ、薫っ、長船からS装備の最新ユニットサンプルが届いたそうデスヨ!!」
古波蔵エレンが子供のようにはしゃいで騒がしい。鎌府の玄関ホールには試作品であるストームアーマーが届いていた。
エレンに呼ばれた一際小さな、童女程度の背丈をした少女が欠伸を噛み殺しながら階段を降りてくる。
「あ~うるせぇなぁ……せっかく遠征から帰ってきた休日だってのに……って、うわぁ!! なんじゃこりゃあ! んで、ストームアーマーが玄関にあるんだよ」
益子薫は、まず非日常の光景に驚いた。少なくとも寮に運ばれるような代物ではない。いくら刀使関連の学校といえども、ここまで非常識なことはない。
そのストームアーマーは厳重な管理のもと運ばれてきた様子であり、その装備品は、どれも一点一点が高級なパーツである。
玄関ホール、特に刀使科の寮に運ばれたのには理由がある。
「やっぱり持つべきものは素敵なグランパですネ!」
その答えに目を細めた薫は、
「……いや、どう考えても私情だろコレ」と呟いた。
「ん~、でもこれカラ荒魂との戦いでスゴク楽になると思うんデスケド……」
「いや、だとしてもここに運ぶのは非常識だろ……」
「アハハ……確かに、そうですケド……これにも理由がアルんですヨ」
「理由――? なんじゃそりゃ」
寝癖のついた薄桃色の髪をポリポリと掻きながら首を捻る。
「――薫は昨日の首都高の事故を知ってますカ?」
薫の反応に苦笑いしたエレンは少しだけ声を真剣に潜め、訊ねる。
……昨日発生した大規模な首都高を含む事故。死者一二六名、負傷者五四〇名。立派な大事故である。しかも報道は生放送での中継で各局が争うように取り上げていた。
だが不可解なことに、朝からは一転して事故の扱いが小さくなっているのだ。
関東遠征を終えて夜中に帰ってきた薫も、当然だが送迎用の車のFMラジオで聞いた。幸いなことに、首都高を含む規制路線でなかったために容易に鎌府へと戻ることができたが……。
「ふぅむ……。」
考え込むように、顎に手をやる薫。
「確か過激派テロリストの仕業だと聞いたが……それにしても、事件後に特別祭祀機動隊を出すのは不可解だな。となると……まぁ、順当に考えて荒魂関連だった、と。んで、知られちゃまずい事情があったから、報道規制を敷いた、と」
眠たげだった目に機敏な光が宿る――。
エレンは同意するように頷きながら「だから、急いでグランパに頼んで新型試作のS装備を用意してもらいマシタ」と、S装備の機械的なデザインの籠手を両手にとって、差し出す。
「へぇ……前より少しだけシャープなデザインになって、黒色なんだな。でもあんまり変わった印象は受けないぞ」
エレンから籠手を受け取りながら、しげしげと眺める。実際、変更部分であるデザインと軽量化――それ位しか薫には分からない。
ちょい、ちょい、とエレンは手招きをする。
「?」
不信に思いながらも、玄関の扉のすぐ傍に簡易に設えられた台座のもとまでゆく。
(なんつーか、邪魔くさいとこに置きやがったな……)
などと薫は思いながら、鎧の胴当に相当するS装備のオレンジ色に輝く箇所を一瞥した。
「コレは従来のS装備と違っテ、バッテリーの消費量が極端に抑えられて長時間の行動が可能なんデスヨ」
瞳の中に星屑みたいなものがキラキラ光っているような具合で、エレンは饒舌にまくし立てる。
「――これをオレに自慢しょう……って訳じゃないよな」
「ハイ……実は、この新型試作品を既に綾小路武芸学舎が大規模に導入シマシタ」
「はぁ!? 何っ、どういう事だそれは?」
エレン曰く、元々新型機の改良は重要な課題であった。
技術力では長船と鎌府の二大巨頭と言われてきたが、近年は関東での騒動が多く鎌府では開発予算や十分な工期が確保できなかった。とすれば、自然と関西圏――長船と開発を志願した綾小路に任せられる。
「まさか、出し抜いた形で綾小路が導入した……そう言いたいのか?」
頬に冷たい汗が伝うのを薫は無視して、問うた。
珍しくエレンは厳しい表情で首肯した。
「伍箇伝の学長人事が突如変更されたのも薫は知らない筈デス」
「ああ、初耳だ」
「鎌府の代理学長を相楽学長に……公からは姿を消していた高津学長が新たな綾小路の学長に交換人事になったみたいデス」
「――はァ!? おい、そりゃあマズいんじゃないか……?」
ただでさえ悪名高い高津雪那を再び学長職に? しかも、綾小路武芸学舎に? 疑念が深まるばかりである。
「どうやら、今回の首都高の件といい伍箇伝の件といい関連がありそうだな……それで、いち早く新型試作品を取り寄せて、訓練をしようって計算か?」
「大正解デス薫っ、だから薫は大好きなんデスよっ~~」
祖父の血統譲りの長い腕を伸ばして、背の低い薫を抱きしめる。
「うぐっ……あ~だからヤメロ、抱きつくなぁ~~!!」
必死に抗議するも、メロン大に膨らんだ豊満な胸部に頭を挟まれて声は虚しく巨乳にかき消された。
「ん? 待て、そういやエターナルと可奈美の姿を見てないぞ」
「ああ、二人なら用事があって今朝方、横須賀に向かったみたいデスヨ」
頭上に乳置き場の如き扱いを受ける薫の頭。
「おい、いい加減その馬鹿チチどけろ」
「う~ん、薫をあともう少し抱きしめたらにシマショウ」と、快活に答えて再び両胸の間に薫を挟む。
(ちっ、……いつか憶えてろよ)
ビシバシと右左に頬をぶっ叩く胸を睨みつけながら、薫は怨嗟を内心で吐き捨てた。
2
「…………それで、何か潜入方法で提案があるって聞いたんだけど?」
腕組みしながら橋本双葉は目前の相手に詰問する。
獅童真希、此花寿々花とは一旦別れて場所を移した。……目前の相手、山城由依はニヤニヤしながら首から下に下げた一眼レフのカメラの画面を食い入るように見つめている。口端から涎を垂れ流しながら、変態な笑みを浮かべて……。
ぱっ、と双葉へ意識を戻した由依は「ごほん」と咳払いをしながら真剣な調子で頷く。
「はい、実はあたし気がついちゃったんです」
「何に?」
「実は――あたしが愛読している親衛隊のエロ百合同人誌の作者様が双葉ちゃんだってこと!!」
突然の言葉に、
「――ふぁっ!?」
全身が凍るような錯覚がした。それは、残酷な宣告だった。
一体いつバレたのだろうか? 少なくとも彼女の前でボロを出した覚えはない。とすれば……百鬼丸? いいや、有り得ない。この変態とは面識はなさそうだ。
(どういう事なの……?)
双葉は脳みそをフル回転させながら、しかし表面上は動揺を隠すために無表示を保っている。
「ふぅん、どんな確信があって言ってるの?」
冷や汗がダラダラな双葉。
そんな彼女の内心を知ってか知らずか、由依は更に続ける。
「はい。だって同人誌即売会に普通に手売りしてたじゃないですか、〝ツーリーフ〟先生っ!!」喜びを合わすように双葉の両手を握り締める。
「……ッ、し、証拠は? ねぇ、証拠は? どこ?」
由依の手を振り払うと、涙目で怒鳴る。こうなればヤケだ。証拠がなければ犯罪ではないのだ。
「はい、これです」
そう言って由依は、カメラの画面を指差す。……確かに、そこには双葉が大規模同人誌即売会で笑顔で薄い本を手渡している光景があった。
「っ、だって変装した筈なのに……どうして……」
「いや~今時、ベレー帽に伊達眼鏡っていうのは変装とは……」と、珍しく由依はツッコミをいれた。
「そう……わたしがツーリーフ、ツーリーフ!! 何? 文句ある? 仕方ないでしょ? あんな美少女に囲まれてわたしの理性が保てると思う? ねぇ? 抑えきれないリビドーをこうやって発散しちゃいけない法律でもあるんですか~?」
「双葉ちゃん……」
真剣な眼差しで、両肩に手を置いた由依。
「な……なに?」
その雰囲気に思わず、たじろぐ。
俯き加減だった由依は顔をあげて、涙と鼻血を流しながら首を振る。
「めっちゃ、めっちゃその苦労があたしには分かりますよ!!」
「――えっ? どういうこと?」
この変態で有名な少女にすらドン引きされると思っていた。
「あたしだって、毎日毎日刀使とかいう可愛い生き物に囲まれて、あまつさえ撮影禁止、接触禁止……こんな生殺し状態耐えられない!! だから、盗撮に手を出して性欲――ごほん、リビドーを発散させるに決まってるじゃないですか!」
「う、うそ……そんなの気休め、どうせわたしを慰めるためについた嘘でしょ?」
「じゃあ、これで信じてくれますか?」
由依は言いながら、カメラの画像切り替えを行った。
画面に映し出されたのは、瀬戸内智恵のスカート内部、肉付きのよい内股の辺りとパンツが撮影されていた。
ブッ、と鼻血が唇に流れる。
「――あなた、有能ってよく言われない?」
双葉は親指を立てながら半泣きで微笑む。完全に同志を見つけ、安堵する様子だった。
「これで分かってもらえましたか?」
「うん、信じる。そしてあなたに謝る。……これからは素晴しい協力関係を作りましょう。……いや、違う。――――よく考えたら、綾小路の潜入方法を忘れたわ」
双葉は今更ながら、首を振って現実にカムバックしてきた。
「ああ、それなら大丈夫。綾小路は個人の部屋に浴室がないから、大浴場があってそこから侵入すれば誰も不信には思わないはずです!」
由依はサムズアップをしながら、変態的な恍惚とした笑みを浮かべる。
「ごめんなさい、山城さん……あなたは本物……大浴場とか、ほんと尊い……判った。わたしとあなたは一蓮托生。必ず成功させましょう」
双葉は鼻血をティッシュで拭いながら、覚悟を決めた顔で頷く。
由依も頷き、二人は綾小路潜入作戦を決めた。
この変態的能力の二人が綾小路で色んな意味で大暴れするのは、今はまだ誰も知らない。