刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第97話

 ……眠りの泥濘から、全身を包む小刻みな揺れを感じていた。

 おれは目を薄く開きながら浅く眠りの淵から回復した。頭は鈍器で殴り続けられているみたいに、断続的に鈍痛が襲って容易に身動きがとれない。

 慙愧の念が途絶えぬ中、失意の感情がヒタヒタと浸水するみたいに胸中をドス黒く満たす。救うべき相手が求めた答えすら出せず、おめおめと敗残を晒す。

 (おれはこんなにも弱かったんだな……。)

 求められて手を伸ばし、掴んだと思ったものは虚空だった。そんな虚しさが時間と共に膨らんでゆく。加速する後悔と反省、自傷気味の嘲り。

 糞ッ、

 と、心中で強く叫ぶ。最早いまとなっては遅すぎた。

 ガタガタと体が左右に僅かに動く。意識と無意識の狭間を漂いながら、歯噛みをしつつ一旦思考に区切りをつける。

 「ふぅ……」

 小さく息を吐くと必死で寝返りをうつ為に半身を転がす。

 ふにっ、ふにっ――という、心地のよい感触が首筋に感じられた。

 (――なんだ?)

 怪訝に思いながら、おれは緩やかに首に接触する瑞々しい感触を掌で撫でて確かめる。

 

 「ひゃっ!?」

 可愛らしい声が上がるのが聞こえた。

 内心で、

 (はて?)

 首を傾げたくなった。

 どこかで聞き覚えのある声音である。――懐かしくて、悪い気分がしない。

 正体を確かめるべく、おれは片目を上げた。

 車窓から射し込む微光に重なって、可憐な人影が見えた。判然としない視界を瞬くと今度はしっかりと視認できた――――

 「か、可奈美!?」

 仰天したおれは唐突に声をあげて驚愕した。

 …………よく知っている人物だった。いいや、というよりも、知りすぎている人物でした。

 

 現役刀使の中でも無類の強さを誇る少女、衛藤可奈美。

 

 (幻かな?)

 

 未だ夢の中から脱しきれていないのかもしれない。

 

 

 おれは改めて掌に広がる柔らかで素晴らしい感触を確かめるように一撫でした。無駄な毛が一切ない肌。程よい肉付きの部位。視線を下に向ける。……太腿だ。

 白の素肌とニーハイの黒のコントラストが芸術的である。しかも、この分かれ目は俗に言う「絶対領域」であった。

 五指の先が沈む柔らかな肉の心地よさ。

 ゴクリ、とおれは緊張の唾を呑む。

 現状を整理しよう。

 可奈美さんの太腿を触っている=HENTAI的な状況。……これは非常にマズい。

 「よ、よぉ……」

 おれは気軽に笑いかけながら(多分引き攣った笑いだと思う)、場をごまかす様に会釈する。

 「…………っ!!」

 少女は柔下唇を噛み締め、眉をハの字に曲げながら満面を紅潮させ、くりっと大きな琥珀色の目の端には涙が浮かんでいる。

 「……お久しぶりです」

 苦しい言い訳をするように、おれは勇気を絞り出して挨拶をする。挨拶はキホンで大切である、古事記にもそう書かれている(多分)!

 

 「…………っさんの馬鹿」

 

 「えっ? ごめんないさい。聞こえませんでした」

 「百鬼丸さんのばかーーーーーーーーっ!!」

 

 バシィ、という小気味良い打擲音が響き渡る。

 とても素晴らしい快音だった。おれの視界は思わず白黒しちゃったね、まったく。

 

 

 2

 

神奈川に所在の置かれた横須賀米軍基地(横須賀海軍施設)には、米国の大規模な軍事施設が密集していた。

 比較的穏やかな陽気の神奈川南部、その海岸に面した立地は首都圏を含む防衛拠点としても機能していた。

 日米安全保障条約という外的要因により、日本政府はこの基地において強制権を有してはいない。

 

 簡易ゲート前に、白のステップワゴンが停車して身分確認を行った。

 許可されたあとで、ゲートのバーが上がる。潮風をもろに受ける立地では、うみねこの鳴き声が騒がしく聞こえる。

 車内で百鬼丸はなぜ、可奈美と一緒にいるのかを粗方聞いた。

 話しによれば、昨夜の「事件」で気絶した百鬼丸を発見したのが、後発出動した特別祭祀機動隊……つまり刀使である可奈美であった。

 救命部隊が一応の処置を施したものの、油断できる状態ではなく一時は病院の集中治療室へと運ばれた。――だが、面倒なことに世間の目があったために、生命の窮地を脱した後の百鬼丸が病院に留まることは不可能だった。

 とすれば、移動させる必要がある。

 そんな訳で昨夜から、百鬼丸に付き添う形となった可奈美だった。早朝に車で出発して横須賀へも赴くハメとなった。心なしか目の下に疲労の痕跡がみえた。

 話しを聞き終わってから百鬼丸は、

 「――すまん。可奈美に迷惑をかけた。長い時間悪かった」

 「ううん。私も一度鎌府に帰って支度して戻ってきたから、平気だよ」

 首を小さく振りながら否定する。

 「怪我は……」

 「一応は動ける。だけど、あと少しだけ治療が必要らしい」

 座席に腰を落ち着けながら、百鬼丸は頭を逸らす。

 「可奈美……さん、とはお久しぶりだよな」

 気まずそうに車窓へ目をやりながら、百鬼丸は痛む右の脇腹へ手を添えて尋ねた。

 「うん……そう、だね。大体4ヶ月ぶりくらいかな? ……あはは、あんまり私たち変わってないよね」空虚に明るい笑い。

 「…………ああ」

 「…………。」

 「…………。」

 重く沈殿した、気まずい雰囲気が車内を覆い尽くす。

 たった四ヶ月の間に、二人は本来多くを語るべき事柄があるにも関わらず――いざ相手を目前にすると、どうにも上手く言葉が紡ぐことができない。

 それはなぜだろう?

 (仲がいいからって言っても、可奈美ってどこか冷めてるよね)

 昔、冗談交じりに友人に言われたことがあった。その時は軽く受け流せた可奈美だったが、今になって解る。友人の言葉は本質を衝いていたのだ、と。

 ハの字に眉をしかめながら、膝の上に置いた両拳を固く握る。

 「「あの――」」

 言葉が被った。

 「ど、どうぞ……」

 「い、いやソッチが先でいい」

 「…………。」

 「…………。」

 (いまの私が、百鬼丸さんにはどう見えるんだろう?)

 絶えず胸の奥で湧いてくる疑問を直接、百鬼丸にぶつけたいと可奈美は思っていた。だが、先程の言葉の重なりが、その疑問を口にする気力を削いだ。

 「ねぇ、百鬼丸さんが聞きたかった事って何かな?」

 微笑を浮かべながら、もう一度訊ねる。

 「ああ、姫和は一緒じゃないんだな」

 「姫和ちゃん? いまから合流するんだよ。でもどうして?」

 「いや、アイツに聞きたいことができたんだ」

 「へぇ、どんなこと?」

 「〝タギツヒメ〟について……かな。あの夜も含めてもう一度……」

 車窓に映る百鬼丸の、珍しく弱気な表情を見つけた可奈美。

 ずきん、と少女の胸中が疼いた。

 (――あれ? なんだろう)

 初めて味わう感情。……これまで精神的にタフで、実際に強かった少年が憂鬱と失望の混ざった複雑な面をしている。

 …………落胆したのだろうか。

 あれほど、焦がれていた剣術の相手でもある百鬼丸の戦意が全く消え入りそうな様子に。

 

 (私って、自分勝手だ……本当はまず最初に百鬼丸さんの気持ちを察してあげないといけないのに、どうして最初に手合わせのことが思い浮かんじゃうんだろう)

 可奈美は自分自身の内側に潜む、どこまでも冷徹な己の影に対し、つよい軽蔑を持った。

 

 「って、おい可奈美聞いてるか?」

 突然、目前に現れた百鬼丸の顔が心配そうに、こちらを窺っている。

 「――うわぁっ!! あ、あはは……ごめん、もう一回言ってもらっていいかな?」

 「おいおい、大丈夫か? もしかして、何か悩みとかあるのか、可奈美?」

 「う、ううん。全然ないよ!」

 「本当か?」

 「うん」

 そっか、と百鬼丸はそれ以上言及はせずに頷いて納得した。

 

 「ねぇ、百鬼丸さん。その傷って、あの事件で戦った相手にやられちゃったの?」

 不意に話題を逸らすように可奈美は、迂闊にも事件について問うてしまった。

 言ってから「しまった」という顔で口を抑える。

 しかし、百鬼丸は意外にも「ははは」と苦笑いを浮かべながら、否定する。

 「おれは轆轤秀光っていう野郎にやられた。もっとも、腑破十臓とかいう異世界の来訪者相手にかなり苦戦したんだけどな」

 「腑破十臓……」

 「なんだ、知ってるのか可奈美?」

 「えっ!? ううん、全然。初めて聞いたかも」

 「そうか。とにかく……まぁ、おれは連中を倒す算段をせにゃあならんのだ」

 腕組みをしながら、百鬼丸は憂いを帯びた横顔で俯く。

 「……そっか」

 頷きながら、可奈美は「腑破十臓」と呼ばれた男、というより化物のことを考えていた。

 ずきん、ズキン……と、胸を脈打つ鼓動の高鳴りと、淡い疼きが軽い酩酊感すら与えた。

 

 戦いたい、早く手合わせしたい。

 

 あの神社でのわずかな斬り合いと、血の匂い。

 

 知らず知らず、可奈美は脇に置いた千鳥の白柄を握っていた。それに気がつき、堪えるように成長中の胸の辺りを握り締める。

 

 「…………。」

 百鬼丸は、可奈美の少しおかしな様子を一瞥しながら、何かをいうべきか迷っていた。しかし、結局は黙したまま時間だけがいたずらに過ぎてゆく。

 

 

 3

 

 様々な軍艦が停泊する中でも、一隻だけ場違いに小型のフェリーが肩を並べているのが見えた。

 太平洋の海と、濃い群青の空。朝陽が煌きながら海原を照らし上げている。

  

 眩しさに目を細め百鬼丸と可奈美は軍港を歩きながら、フェリーの前に佇む人影を発見した。

 ふたりはその人物をよく知っている。

 現在、政界で話題の渦中にある人物……、なにを隠そう折神朱音である。

 「お二方ともお待ちしておりました」

 柔らかな物腰と表情で出迎える朱音。

 「あっ、百鬼丸くんと可奈美ちゃんだ! あの時以来だねー」

 隣りにもよく見知った女性――恩田累が大きく手を振る。

 

 あの時……つまり、四か月前の逃走中に匿ってもらっていた時期を指すのだろう。しかし、百鬼丸としては理不尽な思い出しかなく、口を「へ」の字に曲げて不快感を示す。

 「あっ、もしかして怒ったかな? あはははは……君は見かけによらず――」

 

 「ああああああああああ、はいはいいぃいいいい、ストップ、ストップ! わかりました。大変お世話になりました。ありがとうございます!」

 慌てて百鬼丸は声を荒らげて、必死に頭を下げる。

 あの時に不本意とはいえ、色々やらかした。それを、折神朱音の前で晒されるのは心情的には最悪だ。だから遮るのだ。

 

 そんなやりとりを横目に、朱音は「ふふふっ」と口元を上品に覆い忍び笑いをする。ひとしきり笑い終わると、

 

 「では、向かいましょうか」

 と告げた。

 

 

 朱音の言葉に困惑する百鬼丸と可奈美。

 

 「えーっと、どこに向かうんですかねぇ」

 可奈美と顔を見合わせていた百鬼丸はおずおずと質問を発する。

 

 「〝ノーチラス号〟と言えば理解して頂けるでしょうか?」

 そう言いながら、小型フェリーを指差す。

 

 つまり、現在海上で航行しているであろうノーチラス号(原子力潜水艦)の海域までフェリーで移動するというのだ。

 

 「マジか……」

 げっそりとした様子で百鬼丸は、項垂れる。

 ノーチラス号にも理不尽に遭ったおかげで、これまたいい思い出がない。全くひどいものである、と百鬼丸は愈々、口元を「へ」の字に曲げてしまった。

 

 しかし、そんな百鬼丸の不満を横目に可奈美は、新たな人物を発見したようで「あっ」と声をあげて、大きく両腕を振った。

 「お~い、姫和ちゃ~ん!」

 (姫和!?)

 そういえば、先程車内で可奈美が合流云々と述べていた気がする。

 百鬼丸も釣られてフェリーの甲板上、柵で覆われた辺りを一瞥する。

 

 燦く海面の反射に溶けそうな小さな影。

 濡羽色の髪が長く、海風の風に浚われて靡いていた。

 どこか遠くを見つめる眼差しが、その少女特有の雰囲気を纏っている。凛とした佇まいに、深緑の制服――。

 十条姫和は、百鬼丸たちに気がついたように、意識と頭を声の方に向ける。

 途端――、嫌そうな顔で目を細める。先程の眉目秀麗で、クールな佇まいの少女の姿はなく、年相応の表情だった。

 

 「なんだ、アイツの顔……」

 視線がかち合った百鬼丸は思わず、不満を吐く。

 「あはは……思い切り顔に出てるよね」

 可奈美も苦笑いしながら、首肯する。

 

 明らかに百鬼丸の姿を見つけた瞬間にその変化が生じたのだ。

 「普通、ここは感動の再開とかだよなぁ?」

 首を傾げながら百鬼丸はブツブツと文句を言い続けた。

 

 そんな百鬼丸を知ってか知らずか、姫和は遠くから大きく口を開いて何かを語りかけている様子だった。

 

 「おい、可奈美。アイツなんて言ってるんだ?」

 「うーん? えっとね、〝くたばれ、馬鹿者、変態、犯罪者……〟だって」

 「…………軽く悪口どころの騒ぎじゃねーな、おい」

 斯くて、百鬼丸と刀使たちとの再開は果たされた。……もっとも、それは本人たちが望む形ではなかったとしても、である。

 

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