東祖谷山村から、詳細は分からないが、平家のお姫様が不義の恋で、東みよし町貞広の槙山家に逃げてきました。
しばらくかくまわれていましたが、追っ手が到達、収穫したばかりのタカキビをうずたかく積んだところに隠れて難を逃れますが、そのときに足を怪我して、その傷が元で亡くなります。
行政がまとめたホームページが↓これです。
https://www.town.higashimiyoshi.lg.jp/docs/838.html
この辺を追っかけていて、自分なりにファンタジーっぽい要素も入れて、お話にしてみたくなりました。
平安の時代が終わり、武家の時代が始まろうとする頃。平家と源氏が相争うていた。平家は一時政治の頂点を謳歌していたが、ほころび始めれば速く、京都から西に源氏に追われ落ち延びていった。
そのうちの一派。高松は、壇ノ浦の合戦にて影武者を立て、四国の奥地へ落ち延びていった者達がいた。今も名が残る首切り峠では、源氏の追撃を恐れた村人により平家の残党は捕らえられ、斬首されたこともあったようだが、同じ美馬のわずか西、三頭山を越えてきた者達は、阿波国に無事逃れ、一時の休みの後、今の東みよし町桟敷峠から東祖谷山村落合から九鬼、久保、菅生へ抜けた者、もう一派は東みよし町稲持(いなもち)周辺にしばらく休憩し井川町井内西から小祖谷に見張りを置き、同様に東祖谷山村に落ち着いた(一説によると東祖谷山村の京柱峠から土佐へ逃げ延びた者もいたという。)。
さて、本編のお話は、その平家の落人が東祖谷へ落ち着き、平の国盛公(教経)亡き後、さらに時代は下り、平家の名を隠し阿佐と名乗ってさらに時代が過ぎた頃。源氏の追っ手も追いすがりはしたが、何せこの山奥、帰ると言っても、東祖谷落合から吉野川周辺まで至るまで急な山を3つもこえなければならない。そんな事情もあり、平氏と和解して住み着く者も多かった。安徳帝がご存命の折には、力をつけ京の都を奪還し、平家の再興を祈願していた平氏だが、安徳帝が崩御され、時を重ねるうち、東祖谷の地や剣山周辺で鍛錬し山岳最強武士を自認していた兵士達も、静かな生活を好む者が多くなっていったのは、誰も責められない時代の流れだった。
そう言った中で時代も進み、平氏と名乗ることを隠しつつ、阿佐と名乗った平国盛を祖とする家に可愛らしいお姫様が生まれた。白い梅の花が満開の頃に生まれた姫なので、春姫と名付けられた。阿佐家には世継ぎの男子はすでに生まれており、名を菊皇と言った。阿佐の家に生まれた2人のお子達はすくすくと東祖谷の村で大きくなっていった。ちょうど同じくらいの歳に阿佐家に仕える庭番にも子どもが生まれ、名を綾丸と名付けられた。高低差が大きな土地柄ではあったが山の幸も川の幸も豊富に採れたので、それらを存分に食べて大きくなっていく3人であった。安徳帝が奉られているという、栗枝渡の方には谷を大きく越えていかねばならず、ちょうど同い年くらいの子どももいないので、この3人はいっしょに山河を駆け巡り大きくなっていった。
「菊皇様、アケビじゃ!・・・よう熟れたのが、ほれ、そこに。」
庭番の子の綾丸が猿のように木を登っていき、ツタで絡みつき爆ぜているアケビの実をツタごと引き寄せ採っている。阿佐の嫡子である菊皇が下に垂れ下がるアケビを、綾丸が鉈で切るのを待って受け止めた。
「春よ、ほれ、美味そうじゃのぉ。中の黒い種は出して白いところを食うのじゃ。」
春と呼ばれた女の子がアケビの割れ目を大きく割き、その中の白い中に黒い粒が浮かんでいる、小さな布を丸めたようなものを口に含んで、黒い粒に見えた種を吐き出し食べている。頭の上で縛った髪が可愛らしい。きらりと光る雅な髪飾りが、このあたりの子どもとしては珍しい。色あせてはいるが紫の地色に朱色の髪飾りや扇子が舞っているような柄である。なにやら元はもっと身分の高い女性が着るような着物だった。たぶんその生地を直した物かもしれない。
「どうじゃ、甘かろう。今日は、おおけな柿も栗もたくさん採れた。日も傾いたし帰るとするか。」
口の端からこぼれんばかりにアケビをほうばった春は、一生懸命口の端を上げて笑みを返した。その仕草は、可愛らしく長兄の菊皇と綾丸から交互に頭をなでられていた。菊皇は、簡易な束帯のような着物で足の方は短く切られ、動きやすくされた衣服である。綾丸は、他の農民のような着物に股引のような物を履き、足首から膝にかけて白いさらしの布を巻いていた。あけびを食べ終わった春姫が、両の手を伸ばした。すると、菊皇と綾丸が顔を見合わせる。両手を伸ばしたまま春姫は綾丸に抱きついた。
「綾丸よ、今日はおまえが当番だな。」
菊皇がにっと笑ってそう言った。まんざらでもない表情の綾丸と、満面の笑みの春姫だった。
菊皇は今日の獲物たち(といっても秋の実りだが)を入れた袋を背負い、綾丸は春姫をおんぶして、山の斜面を幾ばくか下ると皆が通る細道に出た。その道を下る。もうそろそろすると、厳しい冬が来る。大人達が、峠をいくつも越えたところにある、大きな川縁の村で炭や織物などと米や食べ物を交換してくる。この東祖谷の地は、余りにも奥深く物売りもほとんど来ない。南の土佐の方から塩漬けの海魚をまれに持ってくるぐらいだった。
3人は急な坂をいくつか下り、集落が見えるところまで下ってきていた。すぐ下に阿佐の家の立派なかやぶき屋根が見える。平国盛公を祖とする菊皇と春姫の家であった。綾丸の家は、平国盛公の時代から続く庭番である。ここに居を構えた頃から阿佐家を裏から支える忍びの者の家であった。医療、武術、化学等に長け、古くは陰陽師の流れもくんでいるようだった。菊皇と春姫を護る役目もあり、菊皇達が山に行くときは必ずついて行くようになっていた。
東祖谷の地は、深い渓谷を主とする土地で、山々の尾根のわずかな平坦なところを切り開き、住居としている。屋島の合戦から落ち延びてきた者達は、それぞれ東祖谷のそう言った地形の街道沿いを中心に散らばり見張りを兼ねて、家を建てていた。源氏の追っ手も幾度か招かれざる客として東祖谷の地に到達していたが、追っ手が小規模だった点とすでに年数が経っていること、あまりの山深さに帰るにも多大な努力を必要とすることから、平家と離れた場所を中心に、自らの郷里に帰らず居着く者もいた。時代が進めば、そう言った禍根も薄くなり、農産物の交換や行き来も増え、街道沿いであれば宿屋や店を営む者も現れてきていた。もちろん、武家の家系であれば武術や馬術の訓練は欠かさず行い、阿佐家の声かけで安徳帝の剣を立てかけた、と言ういわれから剣山と呼ばれるようになった山系で大規模な野戦を模した訓練を行っていた。いついかなる時も有事を忘れず、機あれば名を上げ京に立ち戻る、それが一族の一致した思いであった。綾丸の家、加えて他2軒は、そうした阿佐家の意思を尊重し、世代を超えて付き従う忍びの集団であった。
「綾丸今日も世話になった。これはおまえの取り分だ。」
そういって、菊皇は、背負った袋を降ろし今日の獲物の山の幸を分けた。
「こんなに、これは多うございます。うちは家族も少なうございますゆえ。」
綾丸は、いくつか菊皇の袋に返そうとした。
「いや、今日の働きも見事だった。おまえがおらなんだら、あの山の鬼に、わしらは喰われておったろう。」
ここ四国は、まさに封印の地であった。空海上人が剣山を中心に八十八カ所の寺を建立し、人々を歩かせ巡らせることによって、強大な封印となっていた。もしくは、本州から見れば巨大な結界でもあった。平国盛公がこの東祖谷の地に向かうのを決めたのも、綾丸の先祖の陰陽師の導きであった。四国の山深くに、地龍の力溜まりがある、そう言う占いの結果で東祖谷の地を平家再興の地と定め、そこで隠れ住み、力を溜め、京をもう一度、源氏から我らの手に取り戻そう、その強き思いで東祖谷まで逃げ延びてきた。しかし、土地に力があればそこに住むものすべてに益はある。人、動物、植物、そして物の怪達。以前は、人の住むところへも降りてきて、人々を驚かして追い払おうとした物の怪達だが、綾丸の先祖達の努力と、古から伝わる術の力でもって、山奥へと物の怪達は追いやられていた。しかし、人々がその物の怪達の領分に入ってくると話は違う。山に薪や食べ物を採りに入った者が、神隠しに遭って帰って来なかったり、食い殺された哀れな死体となって見つかることも多かった。
「ありがとうございます。しかしながら私は、菊皇様や春姫様をお守りするのがお役目ですゆえ・・・。」
「素直ではないのぉ。そんなことでは春姫に嫌われるぞ。」
無邪気に菊皇のそばで、菊皇の右肩に手を置いて片足立ちをして、草履の裏を見ていた。村の長老達が建礼門院徳子様によく似ていらっしゃって、見目麗しくなられるだろうと盛んに言っていた。耳まで真っ赤にして綾丸は、両手で捧げ上げるようにして菊皇から分けてもらった物を自らの腰に付けた袋に入れた。ふと、綾丸は何かの気配を感じ、小石を拾い、小さく口元でなにやら唱えその小石を春姫の上に向かって投げた。次いで、左手の上に草の葉を取り、それに息を吹きかけ、ひらり、と飛ばす。一寸ばかりの草の葉は、ひらり、ひらりと風もないのに舞い、春姫の頭の上で何かに張り付いた。
「ぎゃああ!!」
聞こえる者が聞けば、何か動物の断末魔のような、人ならぬ者の叫び声がした。上に投げた石は、その人ならぬ者を貫き、一寸ばかりの緑の草の葉は、その何者かに張り付いたあと、みるみる大きな布のように何者かを包み込み、次の瞬間、緑の炎を上げて燃え上がった。
「先ほどの場所で逃げておれば命までは取らぬ物を。」
綾丸は、右手と左手で印を結び、人差し指と中指で空を切った。緑色の炎を上げ燃えていたものは斜めに袈裟懸けに切られ、風に吹かれて消え去った。
「・・・あの鬼は、まだあきらめていなかったのか・・・。」
「春姫様はまだお小さいとはいえ、かなり強い力をお持ちです。物の怪もあきらめきれなかったのでございましょう。」
綾丸はそう言って、2人を阿佐家の門の前まで連れて行った。そこには春姫の乳母が心配そうに待っていた。
「皆様お帰りなさいまし。」
そう言って、菊皇と春姫を門から中へ迎え入れる。綾丸は庭番の子なので、ここから先は入ることが許されない。そのまま家の中に入っていこうとする春姫の手を取って、乳母は自分の方を向かせて、春姫の両の肩を持って諭すように言った。
「菊皇様や綾丸殿がついているから大丈夫とは思っておりましたが、先ほどの物の怪には肝を潰しました。あれほどこの牡丹が今日は、嫌な予感がすると申しておりましたのに。春姫様、お約束ください。この牡丹の言うことはこれからちゃんと聞くと。」
「うん!、わかった!。」
まだ小さい春姫に牡丹の言うことが理解できたかどうかは、定かではない。今日も、菊皇と綾丸が山に入ると聞き、大泣きに泣き、駄々をこねた末、2人に付いてきてしまったのだ。すぐに牡丹の手を振り払って走って菊皇を追おうとする春姫をぐっと押さえて、目を見て牡丹はもう一度ゆっくりと言っていた。
「春姫様、あなたはこの阿佐の家のご長女様なのですよ。いずれは、平家を支える身。お分かりですか?」
「牡丹の言うことは、いつもいつも繰り言ばかりで面白うない。」
そう言って、今度こそ乳母の牡丹の手を振り払って駆け出して行ってしまった。
「春姫様!」
大きなため息を吐き、門の外にいる綾丸に牡丹は、ゆっくり声をかけた。
「綾丸、今日は良い働きをしてくれました。あの化け物は、数日前から春姫様に目を付け、さらって取って食おうとしていた化け物。この阿佐家の結界は破れなかったようですが、このわたしでも遠ざけるのに難儀していました。春姫を護ってくれてありがとう。」
牡丹はそう言って、綾丸の頬を撫でた。母とはまた違った良い心地がするものだと、綾丸はにっこり笑って頷いた。綾丸は、牡丹に一礼して、自らの家に向かって、道を降りて行った。家の前で、父親が腕組みして待っていた。この時代にしては背が高く、その鍛え上げられた体躯は、他の者とは違っていた。しかも、ただただ大きいだけではない。見えている腕や頬には、古傷がありただ者ではない雰囲気を放っている人物だった。
「・・・ふむ、見事仕留めたようだな。術に関しては、お主の右に出る者はこの里にはおるまい。」
それだけの、ただならぬ気配を放つ男が、目を細め微笑んでいた。
「綾丸よ、我らは庭番。阿佐の家が京へ討って出る暁には、陰になり地慣らしをし身を挺して護り、そして矢面に立たねばならん。これを機に慢心することはならぬ。より一層の鍛錬を積むのだぞ。」
大きな手で綾丸の背中を押し、家に迎え入れていた。間もなく日が落ちる。東祖谷の里の夜は早かった。人ならぬ者や神々の時間が始まろうとしていた。