ゲンドウ、再び   作:被検体E-1n

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新生活

 かつてジオフロント内で生活の全てが完結していた自分がこの地上都市部に生活用の家を買うなど、想像も出来なかった。それもこれも、全てはシンジとの穏やかな生活のためだと思うと、ようやく手に入れたこの親子の時間が何よりも尊いものだと身に染みる。

 ゲンドウが新築のリビングにてこれまでの苦労とこれからの生活に思いを馳せながら朝食をとっていると、テーブルの向かいに立つひとり息子(シンジ)から声が掛かった。

 

「今日から僕は登校だけどさ、父さん今日は帰る時間遅くなりそう?」

 

 情けない事に、家仕事に全く適性のない自分に代わり家事を買って出てくれたシンジが夕飯を作ってくれるというのだ。

 

「ああ。だが早く帰れるように最善を尽くそう」

 

「あまり無茶しないでね父さん。…じゃあ行ってきます!」

 

 輝かんばかりの息子の笑顔に朝から癒されたゲンドウは、少しでも早く帰れるよう冬月に仕事を丸投げ(・・・)する覚悟を決めた。

 

「シンジは今日が転校初日か…そういえば彼女も今日が本部への転属日だったか」

 

 コーヒーを飲みつつスケジュール管理を行うための端末に手を伸ばし、数日以内の予定を確認して自身の発言に間違いがないか確認する。

 

 

――

 

 

「―本日付けをもってネルフ本部直属となります、葛城ミサト一尉です」

 

 ネルフ本部内、司令室に声が響いた。

 15年前に一度、救助された彼女に会ったきりの冬月は、運命的な再会とその変貌振りに驚いていた。

 そんな冬月をよそに一刻も早く仕事を終えたいゲンドウは、事務的に伝達事項のみを伝えるのであった。

 

「葛城一尉、既に通達してあるように君の本部での役職は対使徒戦(・・・・)における作戦立案、及び取り纏め提言し、一部権限によるエヴァの作戦運用を行う作戦部長だ。セカンドチルドレンとは既知のようだがファーストチルドレンはまだだろう。円滑な作戦を遂行するために顔を合わせておくようにしたまえ。他に質問はあるか?」

 

「いえ。了解しました」

 

 はつらつとした外見に凛と通る声、強面のゲンドウからも一切視線を逸らさない、確固たる意志を感じさせる瞳。その姿からは、かつてセカンドインパクトで父を失ったショックから塞ぎ込んでいた少女を連想できる者など居ないだろう。

 

「まあ未だ使徒は現れてはいない故に形だけの作戦部長になっているだろう、暫く空いた時間を使い本部内の構造に慣れておきたまえ。以上だ」

 

 そう言うが早いかミサトを呼びつけたゲンドウは、すたすたと部屋を立ち去ってしまった。

 

「…はぁ。碇のやつめ、行くのはせめて葛城君が部屋を後にしてからにして欲しいものだ」

 

 ようやく親子で暮らす準備が整ったと近頃は以前にも増して勤勉に働いていたというのに、息子という存在が今までより身近になった途端にこの調子ではこの先どうなるのか不安で仕方ない。

 そう頭を抱える冬月に声をかけようかミサトが迷っていると、司令室に別の人間が入ってきた。

 

「失礼します。司令、ダミープラグの件についてなので…す…副司令、あの…碇司令はどちらに?」

 

「…碇の奴ならもうおらん」

 

 目的の人物がいない、妙な空気の司令室に困惑するナオコに、投げやり気味に冬月から返事がかかる。

 が、ちょうどこの部屋に来たのがナオコで好都合であった冬月は、彼女に用件を伝えた。

 

「丁度いい、ナオコ君、彼女がこれから作戦部長を務める葛城君だ。ドイツ支部からの転属になる。本部内の案内をしてもらえるかね?」

 

 元々ここがネルフになる以前からジオフロントに精通し、ここの最高幹部の一人でもある。案内なら彼女が適任だろうと思っての判断であった。勿論この事を伝えるべき役目は本来はこの場における最高責任者(ゲンドウ)の仕事のはずである。

 

「あら副司令、それなら私以上に適任がいますわ」

 

 

――

 

 

「で、私が呼ばれたわけね」

 

 突然母さんからの呼び出しがあった時は何事かと思った。ただでさえ時間も人もないスケジュールの中で勝手に動き回る母さんに、頭痛を起こしそうになる最近なのだが、その頭痛の原因になり得る人物が更に増えるとなるとこの先が思いやられる。

 

「そうよ。だって二人は同じ大学時代の友人でしょ、積もる話もあるだろうしゆっくりミサトちゃんを案内してあげなさいな」

 

 ナオコに連れられてきたミサトは屈託のない笑顔でにぱにぱと旧友でもあるリツコに手を振ってきた。

 ここまで来たらミサトを放り出すこともできないリツコは、こめかみを押さえつつこの日のスケジュール調整を頭の中で行い始めた。

 

「そゆことっ!久しぶりね~リツコ!私達の仲なんだしぃ~、案内はちゃっちゃと済ませちゃって今夜はパァッとやるわよパァッと!」

 

 明るく快活な彼女に振り回されることはリツコも嫌ではなかった。が、それは学生時代の話であり、今となっては自分も彼女も責任ある立場の人間であるはずなのだ。

 そして何より酒癖の悪いミサトに「再会を祝して二人で祝賀会だ」と振り回されると決定されたようなこの状況では、一日で唯一心の休まる時間でもあるレイの見舞いにはもう向かえないだろう。

 

「はぁ…本当にそう言う部分は変わらないのね」

 

 呆れてもう何も言えない。一時はこの明るさで周囲との円滑なコミュニケーションを行おうとする彼女なりの処世術なのだと勘違いしていたが、絶対にこれは素である。でなければこの後に披露される酒癖の悪さはなんだというのであろうか、問題を連れてきた母は既に退室して再び本部のいずこかに姿をくらませてしまっていた。

 

「早速案内よろしくぅ~。あっ…リツコ、私早速ファーストチルドレンに会いたいんだけど場所分かる?」

 

 本当にどうして彼女が作戦部長になれたのかが分からない。確かに奇抜な発想をするがなにも葛城ミサト(ビールバカ)である必要があったのだろうか、そもそも作戦部長という事は今後エヴァの運用にも関わってくるという事。つまりはレイとも密接に関わるという事であり、彼女(ミサト)の馬鹿がうつらないか本気で心配になってきたリツコは苦し紛れの言い訳をミサトに放った。

 

「あなたも報告は聞いていると思うけど、先日のシンクロテストで彼女は負傷しているの。今は面会謝絶よ」

 

「でも司令には顔を合わせておくようにと言われたわ」

 

 逃げ場がなくなった。

 

「…今は絶対安静にしなければならないの!顔を合わせたらすぐに他の部署の顔合わせにいくわよ」

 

 とにかく今はレイから彼女の馬鹿な部分を遠ざけるのが先決である。まじめな時以外ミサトは碌なことを起こさないのは経験上分かっている。

 

「分かったら返事!私だって時間がないんだから!」

 

「なぁによケチンボー、本当に融通の利かないところは変わらないんだから!」

 

 頬を膨らませ抗議するミサトだが、そんなことはお構いなしにとリツコは歩き出してしまった。

 

 

 

――

 

 

 一方地上都市、第三新東京市立第一中学校にも、新たな出会いと生活に期待し胸を膨らませる少年が一人。

 

「―碇シンジです。よろしくお願いします。」

 

 

 

 


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