ゲンドウ、再び   作:被検体E-1n

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転校生

「今日、転校生が来るんだってさ」

 

「知ってる!どんな子かな!相田は何か知らない?」

 

「さぁ?でもネルフ関係なのは間違いないだろうね」

 

 教室内はこの日、新たに加わる自分たちの仲間の話で持ちきりであった。

 朝の教室に段々と集い始めた彼ら生徒たちは、日常の退屈を消化するための話題に飢えており今回のターゲットは転校生に決定したようだ。

 

 元々ここ第三新東京市は、ネルフの前身である人工進化研究所(ゲヒルン)を中心とした研究機関がひしめく土地であり、それ故に最新技術の宝庫でもあった。そしてそこに目を付けた日本政府が『第二遷都計画』を承認することで更なる発展を遂げ、ゆくゆくは日本の中心都市になる予定なのだ。たとえその計画の裏でゼーレが動いていたとしても彼ら生徒たちは知る由もないであろうが。

 つまり何が言いたいのかというと、この第三新東京は未だ対外的には発展途中であり他所からくる人間と言えばこの土地の開発を主に受け持っているネルフ関係者に他ならないと言っても過言ではないだろう。

 事実、今現在教室内にいる生徒達だけであっても両親もしくはそのどちらかがネルフとの何らかの関係のある仕事をしている者達である。自然、彼らの勘繰りの方向もそちら方面へ向かったとしても何らおかしくはない。

 

 

 「うぃ~す、おっ!いいんちょ、おはようさ~ん」

 

 がやがやと騒がしく熱を持ち始める始業前の教室に、ガラガラとドアを開き新たに生徒が入ってきた。

 髪を短く切り揃え体育でもないというのに朝から学校指定のジャージを着こんだ男子生徒。何やら教室内がいつもと違う様子であることに困惑している彼にも声がかかる

 

 「よう鈴原、おまえ今日の転校生について何か知らないか?」

 

 「なんや、今日はやけに騒がしい思うたら転校生が来るんかいな」

 

 寝耳に水といった反応を見せる彼だがこの教室内の喧噪の原因が分かると一転、自分も会話に混ざり騒がしい生徒の一部になり果てる。

 

 「ケンスケの奴はなんか知っとるとちゃうんか、転校生はカワエエ子やとええなぁ~」

 

 まだ見ぬ転校生に勝手な思いを馳せるが、そんな彼に残念な知らせが入る。

 

 「残念だけどトウジ、転校生は男子なんだよなぁ。と、いう訳でご愁傷さま」

 

 情報を伝えたのは先ほども他の生徒から質問を受けていた相田という少年である。彼はこの学校内でも随一の情報通と言われるほどの情報収集と処理を行う能力を持ち、今も机に置かれた自身の携行型コンピュータに何かの入力を行っている。

 

 「なんや野郎かいな。ほんなら解散や解散、ホンマ朝からようそんな事で盛り上がれるでぇお前ら」

 

 転校生の性別が分かった途端に手のひらを反した反応で席に着くトウジ。

 

 「なによ相田、さっきはネルフ関係者ってことしか分からないとか言ってたじゃない」

 

 「他に何か無いのかよケンスケ」

 

 しかし他の生徒は新たな情報に食いつき、自然トウジと呼ばれた少年の近くに席を置く相田少年の机近くまで集まってしまう。

 

 「いや、さっきは学校(ここ)のデータベースにアクセスしてたからさ、それに確実にネルフ関係者かどうかは分からないよ。それよりももっと面白い情報が入ってきたんだ。ほら」

 

 そう言うと彼らに今まで入力を行っていた端末の画面を見せつける。

 

 「なんだこれ、名前と性別と年齢以外真っ白じゃねーか」

 

 一人の生徒が疑問を飛ばす。それもそのはずだ、本来学校の管理する生徒のリストには、各生徒の住所や性別、血液型やこれまでの素行による特記事項などが書き込まれているはずなのである。勿論この情報は本来学校関係者以外に見られることのないように保護されているのだが、この相田ケンスケと言う少年の趣味でもある情報収集によって学校内部のデータベースにハッキングを行い、この場に居る生徒に開示されてしまったのだ。そしてそうであるにも関わらずほとんど明かされることのない転校生の情報に、生徒たちの熱はさらに加速する。

 そこへいつの間にか画面を覗く壁の一部となったジャージの少年、鈴原トウジが声をかける。

 

 「まだ転校してきたばっかなんやから手続きが終わってないとちゃうんか?」

 

 彼の意見に納得しかける周囲の生徒達だが、再びケンスケから疑問の声が挙がる。

 

 「本当にそう思うのか?それにしてはあまりにも情報が無さすぎると思わないかい?いくら何でも顔写真すらないのは大げさすぎるとはおもわないか?」

 

 自然と彼の言葉に耳を傾け静かになる生徒達だが、再び投じられた燃料に疑問の炎が燃え広がる。

 

 「もしかしてすごい身分の子なのかも!」

 

 「ぃや~ん♡もしかして玉の輿?」

 

 「どこかの国の王子様とかか?」

 

 「でも名前は日本人だぜ、ほら『碇シンジ』って」

  

 「政府の重役の息子だとか」

 

 「でも普通こんなにしてまで情報を隠すか?」

 

 ああでもないこうでもないと議論を飛ばしている彼らの教室に始業の鐘が鳴り響く。

 

 「あなた達!いつまでも喋ってないで席に着きなさい!」

 

 学級委員長の檄が飛び彼らは各自席に着き始めるが、それでも疑問は尽き果てることは無かった。

 そしてその疑問の答えがこの教室にやってくるという興奮を隠せずにいた。

 

 

――

 

 

 「では入ってきなさい」

 

 担任の先生から呼ばれた。静かな教室内であるにも関わらず異様な熱気のようなものを肌に感じる。ここでも僕は異物なのだろうか。

 シンジはかつて自分が住んでいた土地の事をおもいだす。しかしそれは自身が望まなかったゆえに起きたことなのだと言い聞かせ、新しい教室の戸に手をかける。

 

 教室に入った途端に熱烈な視線に晒される。こんな経験は今までにない為に緊張で委縮してしまった。

 一瞬、シンジの脳裏には唯一の家族であるゲンドウの姿が映った。

 

 ―そうだ、僕はここから新しくスタートするんだ。ここから全てを始めればいいんだ。父さんとだってうまくやっていける。そのために第三新東京(ここ)まで来たんだ。―

 

 一呼吸置き落ち着いたシンジは、大きく息を吸い込むと快活に教室内に初めての挨拶を行った。

 

 「碇シンジです。よろしくお願いします」

 

 

――

 

 

―放課後―

 

 自己紹介の後、思っていたよりも教室内の反応が淡泊だった事に不安を覚えたが、席に着いた途端に周囲の生徒からの質問攻めを食らい、心配のしすぎだったと安堵した。しかし飛んでくる質問の数々が身に覚えのない物ばかりで辟易としてしまった。それによって再び周囲に対して警戒心を抱いてしまったシンジであった。特に眼鏡をかけた相田と言う同級生には事あるごとに質問され、自分は何もしていないにもかかわらず学級委員長に二度も注意をされてしまった。

 

 「まったく父さんってば僕の身分証明くらいしっかりと提出しておいてよね、だいいち王子様って何なんだよ」

 

 件の少年に熱のこもった視線と共に見せつけられた自身の学校登録名簿の画面を思い出す。その後なぜか相田という少年は職員室まで呼び出しを食らっていたが、見かけによらず中々やんちゃな生徒なのだろうと勝手に納得をし、夕飯の買い出しのために下校するシンジであった。

 

 

 

――

 

 

―数日前、ジオフロント内―

 

 「おい碇、シンジ君の保護のためと言いつつ何も学校登録用のデータまで書き換えるのはやりすぎだろう。これでは逆に見つけて下さいと言っているようなものだ。そして何より職権乱用が過ぎる」

 

 あきれ果てて愚痴に近い事までゲンドウに言う冬月だが、彼の言葉もどこ吹く風と聞き流し、むしろこの場合は聞こえていないゲンドウは、シンジとの生活を円満に送る準備は完了したと言わんばかりの堂々とした態度で執務机に構えていた。

 

 「安心しろ冬月、むしろそのようなあからさまな状態で罠とも気づかずに近寄る馬鹿はいないだろう(・・・・・・・・・)

 

 

――

 

 

 シンジが転校してきた日の放課後、特別指導室に呼び出されたケンスケは、もう二度と遊び半分でハッキングを行わないと心に誓うのであった。

 

 

 

 

 


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