ゲンドウ、再び   作:被検体E-1n

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少年の戦場

――

 

 突然現れ、父さんの役に立たないかと問われたときは何事かと思った。だってそうだろう、こんなただの中学生が世界を舞台にして仕事をしている父の、一体どんな仕事に役立つのかと。

 思考はぐるぐると脳内をこだまするが答えなんてさっぱりだ。ただ父さんの事を何も知らない僕が、父さんのことを知るチャンスが回ってきた。今はそう思うことで自分を納得させる。

 そんな意味のない思考を十分も繰り返すうちに、次第に隣に座るミサトの唐突な来訪の謝罪や、自身のネルフ内の立ち位置などの自己紹介の声さえ耳に届かず、たまに返事を返すだけとなってしまったシンジ。

 しばらく車に揺られていたが、一度大きく車体が揺れたことで意識が戻る。どうやら車がリニアに乗ったようだ。

 

 「お父さんからは仕事の事、何か聞いてたりする?」

 

 「…あ、世界を守る大事な仕事だと…聞いてます」

 

 言葉に詰まる、そうだ、僕は知らない。知っているのはただ父さんがネルフで重要な仕事をしているということだけ。ともすればこの女性の方が僕の知らない父さんの一面を知っているという事でもある。そう思うとなぜか胸にもやもやとした感情が沸き起こり、顔をうつむけてしまう。

 気恥ずかしい。そんなことで他人に嫉妬してしまう自分の矮小さが何より恥ずかしかった。

 

 「まあ、あまり大っぴらに言って良いことではないしねぇ…そんなに落ち込まないでシンジ君、ただ確認したかっただけだから。

 それと、私を呼ぶときは『ミサト』でいいわよん」

 

 フォローしてくれたのかそうでないのか良く分からない言葉の後に気になる言葉が続いた。『確認』と、確かに彼女は言ったのだ。一体何の確認なのか、そう思っていると思いがけない名前が彼女の口から飛び出す。

 

 「『綾波レイ』について聞いたりもしてないの?」

 

 「どうして綾波さんの名前がここで出るんですか?」

 

 今までネルフの仕事について語っていた口から突然クラスメイトの名前が出たものだから混乱する。

 そもそも僕は彼女との面識は一切ない。他のクラスメイトからはかなりの美人で特徴的な見た目をしているという事自体は聞き及んでいるが、こちらに越してくる少し前に大きい怪我をして入院していると聞いたため、一度も会った事がないのだ。

 そんな彼女と父の仕事にどんな接点があるのか、増々疑問が増えるばかりである。

 

 「なるほどね、分かったわありがとう。この話の続きは本部に着いてからにしましょう」

 

 そういうと黙って考え事を始めてしまったミサトさんに、先程の疑問について答えてもらえなかった事を不満に思うが、何やら深刻そうな顔故に話しかけることが出来ず、奇妙な沈黙が場の空気を支配してしまう。

 眼下に広がるジオフロントも、ついこの前訪れた時とは違う雰囲気が漂っていた。

 

 

 

――

 

 

 「主任!、何処に行かれるのですか!?」

 

 背後からかかる部下の声に一瞥をくれて、今にもスキップしてしまいそうなほど軽い足取りで持ち場を離れるナオコ。すぐにでも目的地に向かいたい気持ちを抑え、背後から恨めし気にこちらを見つめる部下たちに、仕方ないとばかりに口を開く。

 

 「頼んでた助っ人が届いたのよ。超大型新人よ」

 

 嬉しさのあまりついらしくない冗談まで添えてしまうが、ナオコが舞い上がるほどの人物だという事にスタッフ達もさほど悪い気はせず、一体どんな人物が来るのかと猫の手も借りたいほどの現状から目をそらしつつ期待する。

 

 「だから私は彼を迎えに行ってくるわ、暫くこの場はよろしくね」

 

 そう言うとナオコはウインクしながらこの場を去っていった。今この場を最も離れてほしくない人物が消えた部屋の住人たちは、即座に自分が持つ仕事が増えたことを悟り絶望する。

 

 「…逃げやがった」

 

 プシュと味気ない音とともに閉じる扉へと驚愕と恨みのこもった視線が向けられ、この場を離れるわけにもいかないスタッフには、扉の閉じる音が地獄の入力作業(デスマーチ)の始まりを告げる音に聞こえた。

 

 

 

――

 

 

 

 「―えっと、つまり…僕しか乗れない巨大ロボットに乗って、人類の敵である怪獣を倒せってことですか?」

 

 「まぁ概ねその通りでいいわ」

 

 協力と言えどまだ14歳の自分が出来ることなど雑用等だと思っていただけに、目の前に座るナオコと名乗った女性に説明された内容に未だ現実感が持てない。そもそも乗員がごく限られた人物にしか務まらないなど欠陥もいいところだろう。そしてそのパイロットになり得るのが父の職場の身内である自分しかいないとなれば、あまりに出来すぎた内容にテレビ番組のドッキリさえ疑ってしまう。

 

 「他にパイロットとかって居ないんですか?」

 当然の疑問だが一応質問を投げかける。

 

 「居るには居るわ。あなた以外に二人」

 

 想像以上に少ないがどうやら居るらしい。含みを持たせた言い方に黙って続きを待つ。

 

 「…一人はドイツ支部だから立地の関係上直ぐには来れない、そしてもう一人は怪我を負って入院(・・・・・・・・)。今はリハビリ中よ」

 

 人類を守るという言葉をお題目に掲げているにしては随分と杜撰な状態ではないかと思う。そして怪我を負ったもう一人と言う存在が気になった。

 

 「もしかして…綾波さんですか?」

 

 先ほどミサトさんに聞いた話から推測してみたが、どうやら当たりのようだ。先程までやわらかい表情をしていたナオコは一瞬で鋭い表情に変わりミサトを睨んだ。

 

 「パイロットの情報は特2級機密よ、おいそれと人に吹聴してはならないわ。葛城一尉」

 

 動揺したミサトさんが何やら弁明を始める。この様子から察するにどうやらミサトさんよりも彼女の方が立ち位置的には上のようだ。暫く何らかのやり取りがあったがどうやらお咎めは無いらしい。話の内容は専門用語やら機密保持が何やらでさっぱり分からなかった。

 

 「すみません。ただの憶測です」

 別に聞いた情報からの想像でしかない内容がまさか的中するとは思わずに叱責を受けたミサトを擁護する。

 

 「まぁいいわ。結局あなたも知らなきゃならないことなんだし」

 

 その後、何度か質問や説明などがあったが、本当に自分がこんな事に関わってよいのか不安になる。

 なまじ自分の行動が職場での父の顔に泥を塗ってしまうのではないかと。

 そんな思いをおずおずと質問を試みる。

 

 「…あの、もし失敗したら」

 

 「負けた時のことは考えなくていいわ。誰もあなたを責めたりしないわよ…失敗すれば人類は滅びるんだから」

 

 ぼそりと聞こえた責める人など残らない発言に余計に心配になってきた。こんなに軽々しく引き受けてよい事ではない。雑用のつもりで来てみれば人類の救世主になれと言われたのだ。あまりに荒唐無稽な内容に頬がひきつる。

 そんなやり取りをしていると、突然館内に大音量の警告音(アラーム)が鳴り響く。

 

 ≪目標、沈黙から再始動。繰り返す、目標、沈黙から再始動。爆心地より根布川方面にて直進コースでこちらへ進行中。各員は持ち場に戻り給え≫

 

 「もう時間がないみたいね。シンジ君、あなたの乗る乗らないに関わらず一度此方に従ってもらうわ。

 葛城一尉、あなたには作戦部長として彼をケージまで連れて行きなさい。私は持ち場に戻って作業を続行します」

 

 そう言うが早いかナオコは混乱するシンジを一瞥して部屋を出て行ってしまった。

 

 「という訳よ、シンジ君。私についてきてちょうだい」

 

 表情は硬く、有無をも言わせぬ様子にこの場はミサトに従うほかなかった。

 

 

 

――

 

 

 

 巨大な館内を上へ下へと様々なスタッフが駆け巡る。中には自動小銃(アサルトライフル)を脇に抱えた警備員らしき姿まで見受けられる。暫くミサトに付き従っていると、次第に人影は少なくなっていき、最終的に巨大な自動扉の前までたどり着いた。

 

 「シンジ君、誰もあなたに無理強いはしないわ。ただ、これだけは忘れないで。今ここにいる全てのスタッフたちにとってあなたは、代わってもらう事が出来ないとても貴重な存在なの。出来る事なら私が出向いて戦いたいところだけど、それが出来ない。だから卑怯な言葉に聞こえるかもしれないけど、私たちにとって貴方は希望なの。お願い」

 

 複雑な表情をするミサトに返す言葉が出ない。自分は何の覚悟もないままここまで来てしまった。そんな態度を見透かされたようだった。

 しかしここまで来て逃げ出すほどの度胸も勇気もないシンジは、震える足取りで自動ドアを潜り抜ける。

 

 目に入ってきたのは、赤紫の冷却液に肩まで浸けられた一本角の巨大な横顔。アニメの主人公みたいだと一瞬でも呆けていた自分を殴ってやりたいほどだ。現実はそこまで甘くない。自分が想像していたよりも、話に聞いていたよりもずっと恐ろしい。ともすれば逆にその凶悪な横面に、敵のロボットのようだと感じてしまうほど。

 そこにかつてテレビの中に観た、人類を救うヒーロー像など見受けられない。あるのはただ合理的なまでに重ねられた装甲が織りなす一体の鬼。これこそが人類の最終兵器、汎用ヒト型決戦兵器エヴァンゲリオン。その初号機である。

 

 ぼうっとその巨人の横顔を見つめていると、頭上から声がかかった。

 

 

 「…何故お前がここにいる」

 

 

 息が詰まる。目的の人物のはずなのに、この人の役に立ちたくてここまで来たのに、なぜかその声色から見つかってはならない人物に見つかったと錯覚した。

 

 

 「父さん…」

 

 

 いつも家で見ている父とは違う、仕事をしている姿の父がいる。普段は見せない威厳のある姿に、自分を見下ろすその姿にしり込みしてしまう。

 

 

 

 「シンジ…お前はこの場に居てはならない!今すぐ帰れ!」

 

 

 

 自分の想像とは裏腹に、普段の父からは考えられない大きな声に萎縮し、そしてその内容に心を揺さぶられる。

 『…この場に居てはならない!今すぐ帰れ!』

 

 『…今すぐかえれ!』『…今すぐかえれ!』『…この場に居てはならない!今すぐ帰れ!』『…この場に居てはならない!』『…この場に居てはならない!』『…この場に居てはならない!』『…今すぐかえれ!』『…今すぐかえれ!』『…今すぐかえれ!』

『…今すぐかえれ!』『…この場に居てはならない!』 『…この場に居てはならない!今すぐ帰れ!』

『…この場に居てはならない!今すぐ帰れ!』『…この場に居てはならない!』 『…この場に居てはならない!今すぐ帰れ!』『…今すぐかえれ!』『…今すぐかえれ!』『…今すぐかえれ!』『…今すぐかえれ!』『…この場に居てはならない!今すぐ帰れ!』『…この場に居てはならない!』『…この場に居てはならない!』『…この場に居てはならない!』

『…この場に居てはならない!今すぐ帰れ!』『…この場に居てはならない!』『…この場に居てはならない!』『…この場に居てはならない!』

 『…この場に居てはならない!』『…今すぐかえれ!』『…今すぐかえれ!』『…この場に居てはならない!』 『…この場に居てはならない!今すぐ帰れ!』

『…この場に居てはならない!今すぐ帰れ!』『…この場に居てはならない!』『…この場に居てはならない!』『…この場に居てはならない!』

 『…今すぐかえれ!』『…この場に居てはならない!』『…この場に居てはならない!』

『…この場に居てはならない!』『…この場に居てはならない!』『…今すぐかえれ!』『…今すぐかえれ!』 『…この場に居てはならない!今すぐ帰れ!』『…この場に居てはならない!』『…この場に居てはならない!』『…この場に居てはならない!』

『…この場に居てはならない!今すぐ帰れ!』『…この場に居てはならない!』『…この場に居てはならない!』『…この場に居てはならない!』

 

 

  『この場に居てはならない!今すぐ帰れ!』

 

 

 

 …父さん、僕は必要ないの?

 

 

 

 その言葉に、幼いころの記憶が呼び覚まされる。

 

『おとうさんはぼくがいらないの?』

 

 かつて預けられた家で、何度も父を呼び止めようとした。自分は捨てられるんだと勘違いした。父も母もいなくなって、そんな僕を必要とする者なんていないと。勝手に思い込み、自らの心に蓋をした。

 それでも、それでも時間をかけて果たされた約束に、やっと自分の居場所が、自分だけの居場所(・・・・・・・・)が見つかると思っていたのに、突き放された。必要とされなかった。一人で舞い上がっていただけだ。なにがテレビのヒーローだ、何が父さんの役に立つだ、勝手に期待して勝手に落ち込んで、僕は馬鹿だ。

 

 

 …一体何のためにここまで来たんだ。

 

 

 心を絶望が覆おうとした時、ふと第三新東京で過ごした日々のことを思い出した。

 

 フラッシュバックする記憶が胸に突き刺さる。アスファルトの匂い、終わることのない夏、放課後の景色、夕日の帰り道、伸びる影。

 

 でもそこにいる僕はいつだって一人だった。

 

 そうだ、こっちに来て友達を作るって決めたんだ、友達と笑って、喧嘩して、仲直りして、一緒に遊んで、そしてその話を夕飯を食べながら父さんに話すんだ。

 なのに僕は、こっちに来てから何をした?

 

 

 『何もしていない』

 

 

 ただ誰かが何とかしてくれるのを待っていただけ。ひとりで学校に行き、ひとりで授業を受け、ひとりで弁当をつつき、ひとりで帰路に就く。確かに家には父さんがいた、一緒に暮らし始めた。でもそれだけだ。自分から動こうとせず、ただ受動的に起こっていることに流されてきた。それじゃあ前と変わらない。いや、むしろあっちに居た頃よりも駄目だ。必要ないからここでも一人だなんてなんて、なんて傲慢なんだ。必要ないなら、必要とされるまで働きかけなきゃいけないんだ。自分から動かなくちゃならないんだ、それはいつか?

 

 

 今だ!

 

 

「帰らない!話はミサトさんとナオコさんて人に聞いたよ。今僕の目の前にあるエヴァンゲリオン(これ)には、たった現在(いま)僕しか乗れないんでしょ。僕だって父さんのために何かしたいんだ!お願いだよ、父さん!」

 覚悟を決めた。人類の未来とか、人の希望なんてどうでもいい。そんなものは、今の僕にとっては耳ざわりの良い言い訳でしかない。

 僕は、自分の居場所を勝ち取るために戦う。そのためにここにいる。

 

 だから、

 

 僕は僕のために戦うんだ!誰にも邪魔はさせない。梃子でもここを動かない。

 

 だって僕は、そのためにここまで来たんだ。

 

 

 

 

 

 

 

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