ゲンドウ、再び   作:被検体E-1n

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水面の杭

――

 

「…家じゃない」

 

 壁も床も天井も、染み一つ存在しない真白い空間にただ一つベッドが置かれていた。

 

 ズキズキと頭が痛む。どうやらここは医務室らしい。少しダボつく患者衣を整えて身を起こしたが現状の理解が追いつかない。

 

 「…確か、ロボットに乗って…誰かに会ったような…」

 

 そこから先の記憶が曖昧だ。頭痛がより激しさを増す。

 

 

――

 

 

 『シンジ君、敵は前方の市街地以東より向かってきているわ。さっきレクチャーした通り、あなたの身はエバーが持つATフィールドが守ってくれるの。だから今は落ち着いて、シンクロすることだけに意識を割いて』

 

 通信でミサトさんからの指示が入る。操縦は想像していたよりもはるかに単純で、想像していたよりもはるかに難しかった。

 

 想像した通りに動くと言えど、何カ月も訓練を積んだわけではない。思考に僅かでも雑念が入れば思い通りにいかなくなる。ただ幸いだったのはこのロボット自身が持つバリアーみたいなもので僕自身は守られているという事だろうか。それも本当に稼働しているのか確信が持てないが、この際当たって砕けろだ。父さんの、その仲間の仕事を信じるほかないだろう。

 ただ、シンクロして動くと分かった時でさえどよめきが起こる。この失敗兵器が信用できるかは別問題だ。

 

 「せめてマシな武器は欲しかったなぁ…」

 

 『聞こえてるわよ』

 

 どうやら声になって漏れていたらしい。

 

 「えっとぉ…」

 

 『技術開発部のリツコよ』

 

 まずい、開発者の人に聞かれていたようだ。この戦いを切り抜けられたとしても、こういった人達の顰蹙を買えば後が怖いというのは定番だ。

 

 「す、すみません」

 

 『良いのよ、こっちだって間に合わなかったことに負い目を感じてはいるのよ。それに緊急事態だからと言って民間人に乗ってもらう事自体が問題だと思うわ』

 

 何やらトゲのある言い方だ。どうもこのリツコさんと言う人にとって僕は招かれざる客らしい。

 

 『ごめんなさいね、あなたに対してイライラしているわけではないの。どちらかと言えばその原因を作った方に対してよ』

 

 画面の向こうからミサトさんの『ヒィ』という情けない声が聞こえてきた。

 

 『その辺にしたまえ。だがシンジ君、この状況だというのに随分と落ち着いているな』

 

 「いやぁ、寧ろ現実感が追いついていないと言いますか…」

 

 今度は別のモニターから初老の男性が話しかけてきた。僕の返答に満足いったのか『結構結構』と言い残し再び通信は切られる。再びミサトさんからの通信が入る。

 

 『シンジ君さっきの説明は覚えているかしら』

 

 「はい」

 

 恐らく武器の事だろう。一通りの説明は聞いていたために肩に装備されたウェポンラックから折り畳み式のナイフを取り出す。本来ならば余りにも巨大な刀身に、鉄塊とでも形容する場面なのだろうが、このナイフを手に持つ巨体からすると余りにも心もとない装備だ。

 

 『あくまでもそれは護身用よ、今回あなたが先陣を切る必要はないわ。あなたは目標との間に存在するATフィールド。これの中和を考えていればいいの。オッケーかしら?』

 

 「…はい」

 話している内にズシンズシンと巨大な足音を立てて近づいてくる存在が目に入った。どうやら始まるらしい。

 それを察してかモニターの向こうからも息をのむ音などが聞こえてくる。

 

 『各防衛設備、斉射!』

 

 その掛け声とともに周囲のビルから光の線が描かれ、目標に一気に向かってゆく。こんな事態でもなければ夕闇を染め上げるその光景に見入ってしまっただろう。

 

 『効果が見受けられません。目標ATフィールド未だ健在です』

 

 あんな機銃掃射を受けて無傷らしい。歪な黒い巨体に貼り付けたような仮面が銃弾を跳ね除け、だんだんとこちらに迫ってくる。

 

 怖い、恐怖で身がすくむ。

 

 覚悟をしたとは言え、その場ですぐに戦えるようになったわけではない。

 今は戦う事ではなく動くことに集中するのだ。

 そうして敵から距離を取ろうとしたとき、不気味な面が一瞬輝いた。驚き転んでしまう。モニター越しに発令所のざわめきが聞こえるがそれどころではない。

 運よく転んだことで頭上を閃光が通り過ぎていった。そして一瞬の後、背後に十字に輝く巨大な火柱が立ち上る。

 

 

 「反則だろ…」

 

 

 こっちはナイフが一本なのに対して向こうは飛び道具と銃が通用しない身体。余りにも装備に差がありすぎる。

 

『避けてッ!』

 

 背後の光景に気を取られていたために通信がおろそかになっていた。顔をあげれば既に目の前に無気味な顔が近づいている。

 まずい、そう思った時には既に遅く、腕を捻りあげられていた。

 

 「ぐぅぅッ…」

 

 痛い痛い痛い、痛みが直接反映されるなんて聞いてないよ。なんでこんな目に遭わなければならないんだ。

 

 痛みに任せて何度も何度もナイフを振りかぶる。しかし訓練を受けたわけでもない体術はあまり効いているとも思えず、すぐにナイフを持つ右手まで掴まれてしまった。痛みの中で目を見開けば、敵の筋肉が異常に肥大化し、両の腕を思い切りねじあげられる所であった。まるで体ごと引き裂かれそうな痛みに、先ほどから出していたくぐもった声が絶叫に変わる。

 

 「…ぁぁぁぁぁああああああああああああああああッ!!!!」

 

 

 『シンジ君落ち着いて!それはあなたの腕じゃないのよ!』

 

 画面越しにミサトさんが何か叫んでいるがそれどころではない。腕が、僕の体がちぎれる。

 痛みに思考が支配され、もはや戦いどころではなくなった。ただこの痛みから逃れようと敵を振りほどこうとした瞬間、「ボキリ」と歪んだ音が鳴り響いた。次の瞬間、これまでとは比べ物にならない激痛が体を駆け抜ける。

 全身から力が抜け、放心状態となったシンジに追い打ちのように攻撃がかけられる。

 

 頭が痛い、まるで杭を何度も打ち付けられているようだ。

 あまりの痛みに負け、どこか他人事のように自分について考ええるが最後、燃えるような痛みの中で意識を手放した。最後に目にしたのは光り輝く杭が、自身の右目を貫く瞬間であった。

 

 

――

 

 

 

 「初号機パイロット、反応がありません!」

 「頭部破損、損害不明!」

 「活動維持に問題発生!」

 

 そこかしこから湧き上がる報告に焦りを強くするゲンドウ。もはや一刻の猶予もない状況に居ても立ってもいられず檄を飛ばす。

 

 「作戦を一時中断、パイロット保護を最優先!プラグを強制射出しろ」

 

 「だめです、信号拒絶、受信しません!」

 「初号機、完全に沈黙」

 

 まずい、非常にまずい。このままではどうにもならない。敵は倒れ伏した初号機から一時的に興味を失ったようだが、それもいつまで続くか不明だ。八方塞がり、もはやここまでか。

 

 眼下ではオペレーターやスタッフたちの対応もむなしく、既に諦めの雰囲気になってきている。

 

 「…ユイ、頼む」

 

 それでも希望を捨てるわけにはいかず、握りしめた拳からは血が滲んでいる。

 

 「シンジ君は!?」

 

 「モニター反応無し、生死不明!」

 

 沈黙した機体の状況は刻一刻と悪くなり、打つ手もなくなったその時、画面越しに、いや、画面越しとは思えないほどの咆哮が空間を震わせた。

 

 

 ――VWooooooooooooooooooo!!!!!――

 

 

 

 眠れる鬼が目を覚ました。

 失った右目は深淵を思わせる闇が覗き、残る左目は暁のごとく輝き始める。顎部の拘束具を引きちぎり覗く隙間には、何十にも重ねられた特殊装甲の断面が無数に並び、本来そこにあるはずのない歯を思わせた。

 打ち付けられたビルの壁面から、幽鬼のごとくゆらりと立ち上がるその姿は、見る者に畏怖を抱かせる。

 

 「初号機…再起動」

 

 「そんな、あり得ないわ!」

 

 眼下に広がるスタッフの驚嘆にも関わらず、ゲンドウとその隣に立つ冬月は落ち着きを取り戻し一息ついた。

 

 「勝ったな」

 

 「…ああ」

 

 そこから先の光景は余りにも一方的であった。本来エヴァには備わっていない自己修復を単独で行い、如何なる攻撃をも初号機はいなし、避け、そして絶対の防壁とも言われるATフィールドさえ引き裂き反撃を行っていた。余りに凄惨な蹂躙ともいえる光景に、最後のあがきとばかりに自爆を行う使徒に対し憐れみを抱きそうになるほどだ。

 しかしゲンドウの瞳に喜びの色は見られない。破壊されつくした都市の、爆炎の中心に佇むその姿に、輝くその瞳に慄いていた。

 

 ー又、あの子を戦場に送り出すのかー

 

 そう告げられている錯覚を受け、今すぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちに襲われた。下層から響く勝利の叫び声さえ耳に届いてはいない。

 

 今回は上手く行った、しかし次までこう上手く行くとは限らない。この現実は少なからずゲンドウ自身の心にさざ波を立て、悔いを残した。

 

 

――

 

 

 

 

 

 ー…ンジ…シンジ…ー

 

 誰かが呼んでる、でも、父さんじゃない。

 

 -…シンジ…シンジ…-

 

 先生でもおばさんでもない。…誰だ?

 

 でも、嫌な感じはしない。なんだかすごく懐かしい気がする。

 僕は、僕は…

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 …ンジ、シンジ!」

 

 目を覚ますと父さんがいた、いつの間にか眠っていたみたいだ。何か懐かしい夢を見ていた気がする。

 父さんの顔はとても心配そうで、ぼんやりする頭でどうにか安心させるために笑って見せる。

 

 「あはは…おはよう」

 

 そういうと父さんの中で張りつめていた何かが決壊したのか、強く僕を抱き竦めてきた。痛いよ父さん。

 

 「目が覚めたと聞いて来てみれば、再び意識を無くしていたのだ、心配するに決まっているだろう!」

 

 父さんの後ろに立つ医者らしき人のネームにネルフのマークを見つけた。どうやらあの戦いもロボットも夢じゃなかったようだ。

 

 「特に後遺症なども見られませんし、気を失ったのは記憶の持続性に対する混乱の様なものでしょう。気を失った人が目覚めた時に知らない場所にいると稀に起こるんですよ。まあこの様子なら経過を見てすぐに退院できるでしょう」

 

 「だってよ父さん…そろそろ離してほしいな」

 

 「…ああ」

 

 「では、私は失礼します」

 

 そう言うと僕の容体を診てくれた医師は退室し、部屋に残されたのは父さんと僕だけになった。

 

 「何かおかしな所は無いか」

 

 「大丈夫だよ。先生?もそう言ってたし」

 

 「そうか…」

 

 「そう言えば僕は気を失っていたけど、どうやって怪物(アレ)に勝ったの?」

 

 そもそもここにいる理由を思い出した僕は、父さんに純粋な疑問を投げかけた。

 人類側の最終兵器に乗っていたにもかかわらず気絶して、それでいて尚自分が病院にいるという事はあの怪物に誰かしらが勝利したからだろう。ここが死後の世界でもなければ。

 

 

 「それは…運が良かった。ただそれだけだ」

 

 回答はシンプルで、ただそれ以上は教えてくれそうにもなかった。

 

 それでも、いつも口数は少ないが父さんはちゃんと僕の事を見てくれている。今はそれが分かっただけで十分だった。

 気が付けば頭痛は消えていた。

 

 

 

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