ゲンドウ、再び   作:被検体E-1n

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理想と現実

――

 

『どう、シンジ君。少しは慣れたかしら?』

 

「はい、どうにかなりそうです」

 

 通信用のスピーカーからリツコさんがこちらの様子をうかがってきた。戦い(あれ)から数日後、僕は再び決戦兵器(エヴァンゲリオン)に搭乗していた。と言っても実際に動かす訳ではなく、バーチャルの訓練の様な状態だ。

 エヴァの特性も何となく把握できたし、第三新東京の兵装地図もおおよそ覚えてきた。今なら動き自体はスムーズにこなせるだろう。ただ…

 

「…あの、プラグスーツってこのサイズしかないんですか?」

 

『あら?少しきつかったかしら』

 

 どうにもこのピッチリしたパイロットスーツだけは慣れそうにない。

 

 

 

 ――

 

 

 

 第三新東京地上都市、二週間前に大規模な戦闘があったとは思えないほど人々はその暮らしに順応していた。しかし、戦闘の爪痕は都市のそこかしこに観られ、想像以上のスピードで復興されつつあるが、未だに戦いの壮絶さをまじまじと物語っていた。順応している住人達もその現実から目をそらすように街の状態を話題に上げようとはしていない。まるで戦闘と言う行為がなかったと思い込むように生活をしていた。そしてそれはシンジたちの通う学校、第三新東京市立第壱中学校も同じであった。

 

「何や、ずいぶん減ったみたいやなぁ」

 

 久しく登校してきた少年、鈴原トウジが教室に入って出た感想は誰もが見ようとしていない現実を捉えていた。教室内の机の数が三分の一ほど減っていれば、嫌でも目に付くだろう。

 

「疎開だよ、疎開。みんな転校しちゃったよ。町中であれだけ派手に、戦争されちゃあね。」

 

「喜んどるのはケンスケだけやろなぁ、生のドンパチ見れるよってに」

 

 トウジの疑問に答えた少年、相田ケンスケは自身の手に遊ばせた国連仕様のVTOL《UN重戦闘機》の模型を見つめながら生徒の減った教室内を見渡す。

 

「まあね…トウジはどうしてたの?こんなに休んじゃってさ。この間の騒ぎで、巻き添えでも食ったの?」

 

「妹のやつが瓦礫の下敷きになってもうて、命は助かったけど、ずっと入院しとんのや。うちんとこ、オトンもオジイも研究所勤めやろ?オカンやて勤め先から手ぇ離せんらしいから、今職場を離れるわけにはいかんしな。俺がおらんと、あいつ、病院で一人になってまうからな。」

 

 軽はずみで聞くべきでなかったか、とケンスケは思ったが次にトウジの口から飛び出した言葉に興味を惹かれ、先ほどまでの重い感情をおしのけて好奇心が顔をのぞかせた。

 

「しっかし、あのロボットのパイロットはほんまにヘボやなあ!むちゃくちゃ腹立つわ!味方が暴れてどないするっちゅうんじゃ!」

 

 そう、今や公然の秘密、話題の中心。件のロボットについてである。

 

「それなんだけどさ、実は俺すごいことに気づいたかもしれないんだよ」

 

 何やら訳知り顔で得意げに語りだすケンスケにトウジも興味を惹かれ、人影の少ない教室内で話題が熱を帯びてゆく。

 

「実はあのロボットのパイロットってさ…」

 

 

 

――

 

 

 「使徒再来か、あまりに唐突だな。」

 

 

 薄暗い空間に数人の人間が同じ卓を囲んでいた。しかしその空間に本当に存在しているのは議席の端に位置するゲンドウのみであり、その他の人間『人類補完委員会』のメンバーはホログラムによる参加であった。

 

 

 「15年前と同じだよ。災いは何の前触れも無く訪れるものだ。」

 

 「幸いともいえる。われわれの先行投資が無駄にならなかった点においてはな。」

 

 「そいつはまだ分からんよ、役に立たなければ無駄と同じだ。」

 

 「左様。今や衆知の事実となってしまった使徒の処置、情報操作、ネルフの運用はすべて適切かつ迅速に処理してもらわんと困るよ。」

 

 右から左からと言いたい放題の議題は今回の「使徒再来」についてである。

 受け取る人間によっては顔を顰めかねない傲慢な物言いだが、ことこの場に居る者達にはそれが許されるだけの立場と実力があった。

 

 「その件についてはすでに対処済みです。ご安心を。」

 

 しかし、世界の中枢に位置すると言っても過言ではない委員会の小言を受けてもゲンドウは涼し気に対応を続ける。いや、もしかすれば思う事が無いわけでもないのかもしれないが、そのような事をおくびにも出さないだけの胆力がゲンドウにはあった。その程度の腹芸が出来ないようでは彼らと渡り合うことが出来ない。そしてその能力の高さは委員会の面々も信用していた、そのような人間でなければ「計画」を進めることは不可能なのだ。

 

 「しかし碇君、ネルフとエヴァ、もう少しうまく使えんのかね?」

 

 「零号機に引き続き、君らが初陣で壊した初号機の修理代。国が一つ傾くよ。」

 

 が、信用しているからと言って計画の全てをゲンドウに丸投げしているわけではない。各メンバーにはそれぞれ委員会以外に世界の重要なポストがあり、その方面で各々「計画」のために動いている。

 今回の騒動でかろうじて世界は救われたが、ネルフが粗末な対応を行えばそのしわ寄せは彼らへと向かう。小言の1つや二つは甘んじて受け入れるのがこの場を穏便に収める唯一の方法なのだ。

 

 「聞けばあのオモチャは君の息子に与えたそうではないか。」

 

 受け入れるべきなのだ。

 

 「人、時間、そして金。親子そろっていくら使ったら気が済むのかね?」

 

 受け入れるべきなのだ。

 

 「しかもサードチルドレン登用の正式な手続き無しに民間人である息子を乗せたらしいな、下手な橋は渡らないでほしいものだよ。

特に君のように器用ではないだろう息子君にはね」

 

 我慢ならん。

 

 自分やネルフに対する小言なら甘んじて受け入れよう。しかしあの場においてシンジを乗せた事は妥当な判断のはずだ。それに本来ならば今回はあの子はエヴァに乗せるつもりはなかったのだ。

 

 ゲンドウの中で怒りの感情が膨らんでいた所に意識を引き戻す話題が出される。

 

 「それに君の仕事はこれだけではあるまい。『人類補完計画』、これこそが君の急務だ。」

 「左様。その計画こそがこの絶望的状況下における唯一の希望なのだ。『人類(われわれ)』のね。」

 

 そう、自分は彼らとは違いこの計画を止めるため(・・・・・)にこの場所にいるのだ。

 

 「いずれにせよ、使徒再来におけるスケジュールの遅延は認められん。予算については一考しよう。」

 

 それまで愚痴のぶつけ合いの場になっていた空間がようやく口を開いた議長によって落ち着きを取り戻す。

 特徴的なバイザーを着けた老人、彼こそが人類補完員会、そしてこの世界を裏から支配する組織ゼーレの首魁、キール・ローレンツである。

 

 「では、後は委員会の仕事だ。」

 

 「碇君、ご苦労だったな。」

 

 キールの決定に口を挟む者はいない。今回の報告と議題について決定がなされた瞬間に会議は終わりを告げ、各々自分の持ち場に戻るためにホログラムから姿を消す。

 そして最後に残ったのは議長であるキールとゲンドウの二人のみである。

 

 「碇、後戻りはできんぞ。」

 

 「分かっている。人類には時間がないのだ。」

 

 最後のホログラムが消える直前に交わした会話はゼーレとゲンドウの共通の認識であった。しかし両者には決定的な溝が存在する。

 

 「あなた方の言う人類(われわれ)には、一体どれだけの人間が含まれているのですか…」

 

 残されたゲンドウがこぼした疑問は誰に聞かれることもなく闇に溶けていった。

 

 

――

 

 

 家に着いた時既に時計の針は午後10時を指していた、シンジはもう寝てしまっただろうか。

 仕事が仕事であるゆえに帰りが遅くなることも、時に帰宅しない日が続くこともある。しかしせっかく夕飯を用意してくれた息子を待たせ、帰宅したというのに顔も合わせずに過ごすなど、今のゲンドウにとって看過できるものではなかった。

 幸いなことに玄関から漏れたリビングからの光に安堵の息を漏らし、先ほどまでの疲れを感じさせない足取りで帰宅を告げるゲンドウであったが、テーブルに着く息子の表情を見て固まる。

 

 「…お帰り、とうさん」

 

 昨日までの覇気が無い。とはいえシンジはユイに似ているため線が細く、普段から溌剌としているわけではない。時間が時間であるために眠いだけかもしれないと思いたい。しかし、あまりに様子がおかしいことは一目見ただけで分かった。

 帰宅が遅くて怒られたことは無い。恐らく学校で何かあったのだろう。よく見れば頬に絆創膏らしきものが見えた。

 

 「ああ、ただ今。…シンジ、学校で何かあったのか?父さんで相談に乗れるなら話を聞くが。」

 

 恐らく喧嘩でもしたのだろう。自分にも経験が無いわけではない。息子の少年らしい一面が見えたことに、おかしな事だが父親としての喜びが感じられた。

 そう、これだ。自分が求めていたのはこの何気ない親子の会話なのだ。シンジも年頃の少年なのだ、それを私が正しく導いてやらねばならない。

 頬に負った傷から察するに大した怪我ではない。些細な衝突で喧嘩になり、仲直りするにはどうすればいいのか悩んでいるのだろう。

 

 「父さんも昔に喧嘩別れした友人が居た。しかし彼女とは仲直りする前に二度と会えなくなってしまったんだ。そんな悲しい思いをシンジにはして欲しくはない。

 さあ、父さんに何があったか教えてほしい」

 

 まずは共感から入ることにした。話題に出た彼女はセカンドインパクトの混乱の中で消息を絶ったらしい。こんな重い話とは思わないが、この歳の子供にとって喧嘩とはいえ友人を失うのは辛い事だろう。さらに言えばシンジは越してきたばかりでこの辺りにまだ慣れていない。

 そうしてシンジの目の前に着き返事を待っていると、ゆっくりとシンジが口を開いた。

 

 「違うんだ父さん、僕が聞きたいのは…その…」

 

 何か言い淀んでいる様子だが黙って続きを促す。シンジなりの成長をしようとしているのだと。

 

 「…あの怪物っていったいどうやって倒されたの?」

 

 想像していなかった質問がぶつけられた。

 

 「それは、エヴァが…」

 

 想定外の事態に混乱する脳から口をついて飛び出した言葉に、場は更に混乱する。

 

 「だって僕は気絶していたんだよ!それなのに戦う事なんて出来るはずないじゃないか!」

 

 「ま、待ってくれシンジ、父さんも混乱しているんだ。一から話してくれないか?」

 

 更に混乱する事態を避けるために、まずはなぜそのような質問をしたのか尋ね、ひとつづつ説明してもらう事にした。

 

 

 

――

 

 

 ―て事があったんだ。でも僕は気絶していたんだから戦ってないって言ったんだ。でも鈴原君は話を聞いてくれなくて…でも父さんは言ったよね?運が良かったって。軍隊の人達が勝ったんだよね?」

 

 全て勘違いだった。自分に対する嫌悪感で、今すぐに自分を殴り飛ばしたい衝動に駆られる。

 『シンジを正しく導く』だと?、この子をこんな状況にした原因は自分だった。俺は最低だ。

 

 「違うんだシンジ、運が良かったというのは…」

 

 縋るような目で自分を見つめてくる。こんなはずじゃないと、自分の無実を証明してくれと。

 

 「…運良くエヴァが暴走して…敵を殲滅したんだ。―」

 

 少なくともシンジは悪くはないと、そう伝えるためにエヴァの暴走を明かした。そう、お前は戦ってなどいなかったと、お前は何もしていなかったんだと(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 しかしその言葉を受け取ったシンジにとって、その言葉の意味は違った。

 

 お前が何もしなかった、出来なかったせいでトウジの妹に怪我を負わせたのだと、自己に対する無力感と嫌悪に心が覆われた。最早その後に続くゲンドウの必死なフォローも耳に届いてはいなかった。

 

 「そっか…ごめんね、こんな事に時間取らせて、夜遅いのに。僕もう寝るね…」

 

 「シンジ…」

 

 ふらふらと自分の部屋に戻るシンジにかける言葉をゲンドウは持ち合わせていなかった。その甘すぎる見通しが、自身の父親としての不甲斐なさが、声を掛ける事を止めてしまった。

 

 「…違う…悪いのはお前じゃないんだ…」

 

 その言葉は、息子に言いたかったことなのか、自分に言い聞かせているのか、どちらにしようと最早知る由も聞く者もなかった。

 

 

 

 

 

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