ゲンドウ、再び   作:被検体E-1n

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白昼の洗礼

 

 ぼんやりとした日差しが周囲を照らしている。今この場が朝なのか夕暮れなのか分からない中、周囲に響くアナウンスの音に、突如まどろむ意識がクリアになってゆく。

 

 「ここは…」

 

 周囲を見渡せばどこか見覚えのある景色に違和感を覚える。どこかで見た事があるような気がしたのだ。少し考えて――

 

 「ああ…この場所は」

 

 自分がなぜこの場に居るのか理解できない中、ゲンドウは周囲に意識を配り、そしてあり得ない状況に戦慄する。何故なら今自分が立っている場は、かつての自分がシンジを置き去りにした駅のホームであったからだ。

 だがおかしい、今回の自分はこの場所には来ていないはずなのだ。

 

 ―楽しいか、父親ごっこは―

 

 こんな場所でもあるにも関わらずクリアに聞こえてきた声には聞き覚えがあった。いや、聞き間違えるはずなどありえない。風と共に目前を電車が過ぎ去った。先程まで人影のなかった、線路を挟んだ向かいのホームにそれは居た。

 

 日陰に立ち、素顔が見えなくとも間違えるはずはなかった。なぜならそれは――かつての自分だった。

 そしてそこに立つ自分は先程と変わらぬ冷たい口調で再び口を開く。

 

 ―ユイの次はシンジ、相変わらずわが身可愛さか―

 

 「違う!」

 

 反射的に言い返していた。

 自身の心中を見透かしたように向かいのホームに立つ自分はぬるりと笑った。

 

 ―いや、何も違わない。逃避する先が変わっただけだ、お前は何も変わっていない―

 

 まるで自分こそ全てを知っているとでも言いたげな姿に苛立つ。しかし返す言葉が出てこない。

 自身をあざ笑うような、蔑むような、憐れむような、そんな声色に、その姿に怯んでいた。なぜならそれは紛れもない自分自身の言葉だからだ。しかし、しかしと向かい立つ自分を見つめ返す。

 

 「俺は、ただあの子を傷つけないためにー」

 

 ―なら何故シンジを呼び止めなかった。理解してやろうとしなかった?

それが逃避だと言っている。現実に向き合わず、都合の良い家族像を追いかける父親ごっこだ―

 

 息が苦しい、胸が詰まる、体に力が入らない。恐らくこれは夢だ。空中で溺れるような感覚にこの空間が明晰夢だと結論付けた。だがこれが夢だというのならば、この向かいに立つかつての自分は、自分の深層意識なのだろうか。

 

 ―そんな様では同じ轍を踏むだろう。また全てを失うぞ―

 

 「そんな...ただ俺はあの子に...」

 

 自分はあの子と本当の家族になりたかった。そう、自分は(・・・)

 

 しかし、俺はシンジにどうなって欲しかったんだ?

 

 思考にスピードがかかりはじめると共に周囲の世界が眩い光に飲み込まれ、意識は急浮上を始める。

 

 

――

 

 

 「嫌な夢だ…」

 

 ベッドから身を起こし、信じたくない気持ちと同時に今の自分の現状を顧みる。あの子と共に過ごしたいと思った。そのために用意したこの場が、とても薄っぺらな物に見えてしまった。

 

 時間を確認し、手早く着替えてリビングに向かう。普段ならシンジと共に朝食を取った後に仕事に向かうのだが、今日はそんな気分にはとてもなれなかった。

 

 いつもより早く目覚めたのは、今日から暫く出張で家を空けるからだと自身に言い聞かせ、書き置きだけを残し空港へと向かう。

 

 

――

 

 

 「起立!礼!」

 

 クラス委員長の号令で朝のホームルームが始まる。自分がこの学校に転入してきた頃より減った机に心がざわつく。昨晩の父さんとのやりとりに答えが出せないまま、会話が出来ぬまま、父さんは出張に出てしまった。

 答えの出ない自問自答に、教卓に立つ先生の言葉は耳に届かず、視線が周囲を彷徨いある一点で止まった。

 

 それは窓際の席、雲一つない空と同じ髪色をした少女。こんなに目立つのに何故気づかなかったのだろうと思っていると、ホームルームを終えたクラスの女子たち数人が彼女に歩み寄る。

 

 「綾波さん、久し振り」

 

 どうやら彼女が件の綾波さんらしい。確かに聞き及んでいた通り、特徴的だ。細やかな水色の髪に深紅の瞳、白磁のように透き通る肌。そして何より、場合によっては奇異に映りかねないその身体的特徴を引き立てるほどの美少女だった。

 

 しかしその美貌も身体の至る箇所に施された包帯等の医療処置で隠れてしまっている。いや、この場合はそんな姿になってなお可憐であると言った方が正しいだろう。

 

 だが今のシンジにとってそんな姿は二の次だった。彼女は自分と同じパイロットだ。何か話が聞けるのではないかと椅子から腰を上げ―

 

 「この前の戦闘の時は大丈夫だった?怪我はもういいの?」

 

 ―ることが出来なかった。

 

 自分の失態のせいで他人が傷ついた。彼女の纏う包帯が、儚げな姿が先日の出来事を想起させる。

 昨日自分を殴り飛ばした彼は先程から目を合わせてくれない。いや、目を合わせられないのは自分だろう。両者の間を相田と言うクラスメイトの視線が往復しているが、どうにもばつがわるそうで話しかけては来なさそうだった。

 

 

――

 

 

 時間は過ぎ、昼休みに差し掛かる頃、教室には居られないと屋上で一人弁当を取り出した。

 

 「変わらない…」

 

 つい数週間前に父さんに向かって切った啖呵が嘘のように鳴りを潜め、再び孤独の味を噛みしめる。ふと背後に気配を感じ振り返ると、いた。自分と同じエヴァのパイロット、綾波レイが。

 突然のことに口を魚のようにぱくつかせる自分をよそに、彼女は端的に用件を伝える。

 

 「…非常召集…先、行くから」

 

 それだけ言い放つと、踵を返してすたすたと行ってしまった。呆気にとられる自分を他所に周囲の景色が以前の避難時と同じようにざわつき始める。

 

 『ただいま、東海地方を中心とした、関東・中部の全域に、特別非常事態宣言が発令されました。速やかに指定のシェルターに避難してください。繰り返しお伝え致します―』

 

 

――

 

 

 

 「目標を光学で捕捉、領海内に侵入しました。」

 

 オペレーターからの報告と同時にネルフ内発令所の主モニターに映像が投影された。海面に揺らぐ陽炎の中、のったりとしたスピードで新たなる使徒が飛行している。

 

 「総員、第一種戦闘配置」

 

 ゲンドウがネルフに居ないため、現場の最高権限を委譲された副指令、冬月が号令をかける。瞬く間に第三新東京市は普段とは異なる一面、要塞都市へと変貌し、対使徒迎撃兵装を稼働させる。

 

 「碇司令の居ぬ間に第4の使徒襲来…意外と早かったわね」

 

 画面に映る使徒は迎撃に対して何ら反応を見せず、戦闘の対策を決めあぐねるミサトから恨み節のように声が上がる。周囲からも使徒侵攻の不定期さから、前回消耗した迎撃設備の復旧不足に状況は以前と変わらず劣勢であることが報告される。

 

 「委員会から、再びエヴァンゲリオンの出動要請が来ています」

 

 言われずともそのつもりだとミサトは待機状態の初号機に意識を向かわせた。

 

 「訓練通り、頼むわシンジ君」

 

 

――

 

 

 『小中学生は各クラス、住民の方々は各ブロックごとにお集まりください。第七――』

 

 事務的な放送がシェルター内のスピーカー各所から流れている。周囲を見渡しても、だだっ広いシェルター内で暇をもてあそぶ子供と怪訝そうに寄り合う大人たちが目に付くばかりで退屈な時間が過ぎてゆく。

 地上の戦闘騒ぎの騒音も、ジオフロント内に居を構える特殊シェルターには届かず、かといって戦場の様子が報道されるわけもないまま、暇だ退屈だと声をあげる者が増えてきた。それはここにも一人。

 

 「ねえ、ちょっと二人で話があるんだけど…」

 

 シェルター内で不満を募らせるケンスケは友人であるトウジに耳打ちで話しかける。普段から彼のミリタリー趣味を知っているトウジはその一言で大方を察した。

 

 「…お前、まさかとは言わんがのう」

 

 「そのまさかなんだよ、手伝ってくれよぅ」

 

 投げた疑問に対する返答は嫌な方向に的中した。妹の件があるトウジにとってみても、確かに地上の戦いは見過ごせないものである。しかし、自分の妹が大けがを負うほどの戦場に物見遊山で向かい五体満足で帰ってこられる保証はない。それは何より自分の妹が証明していた。

 

 「トウジだって本当は気になるんじゃないのか?避難の時、碇をあんなに焚き付けてたくせに」

 

 ケンスケはトウジの痛い部分を突いた。自分が難癖をつけて殴り、引っ込みがつかない事を見越して彼のシンジに対する感情をうかがう。最悪の場合は一人でも動いたのだろうが、この言葉が彼の行動を決定づけた。

 

 「ケンスケ、お前ホンマええ性格しとるわ」

 

 そこそこ長い付き合いになるからこそ今度は自分が焚き付けられたことにトウジは気づいたが、それでも自分の感情に嘘をつけないのは確かであった。

 

 「碌な死に方せんぞ」

 

 「死ぬなら本物をこの目に焼き付けてからさ」

 

 この軍事オタクはきっと死んでも治らないだろうと諦めをつけ、トウジは重い腰をあげた。

 

 

――

 

 

 『出撃、いいわね?』

 

 ミサトさんからの伝令が下る。良いも悪いもない、やるしかないのだ。

 ネルフに来る前、鈴原君は僕に対して叫んでいた。

 

 ―またヘマしでかしたらタダじゃ済まさんからなボケ―

 

 そう、もう失敗できない。前とは違い訓練も積んだ、火力のある武器もある。初めてだからと言い訳はできない。そして何より―

 

 「行けます」

 

 ―父さんに失望されたくない。自分は出来るという事を、せっかく手に入れたこの場所を、証明しなければならない。

 自然と体に力が入る。エヴァに乗った時の高揚感か、それとも射出時にかかる単なるGの影響なのかはもはやシンジに区別はつかない。

 

 射出先の地図を確認し、手持ちの武器を確認する。同時にガクンと全身に衝撃が走り、地上都市に到着したと実感する。

 

 『初号機、A.T.フィールド、展開確認』

 

 緊張する。以前のものとは違う、失敗を恐れる緊張だ。自然と呼吸は荒くなる。

 

 「目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ…」

 

 大丈夫だ、訓練通り対応すればいい。

 

 『シンジ君、敵のA.T.フィールドを中和しつつ、パレットの一斉射、練習通りよ。

 ただ、今回の使徒の攻撃方法が不明な点を踏まえてまずは3連バーストで様子を―』

 

 ミサトさんが何か言ってる。そうだ、使徒を倒す。力任せに引き金を引いた。

 

 「うをぉぉぉぉぉぉ!」

 

 ビルの影から飛び出し使徒と対面する。弾丸は全て当たったはず。手ごたえは―

 

 『バカ!爆煙で敵が見えない!』

 

 ミサトさんからの通信と同時に黒煙を切り裂き二鞭の閃光が走った。

 一瞬の後、自分がビルに叩き付けられたと気づく。

 

  失敗した。

 

 急速に周囲の景色が灰色になってゆく。世界から音が消えた。

 

 

――

 

 

 「予備のライフルを出すわ。敵は恐らく中距離型よ!3ブロック後退して受け取って!」

 

 先程からシンジの反応が鈍いことに気づき焦りを見せるミサト。発令所内は転んだまま震える初号機に不安そうな表情の者が増えてゆく。

 

 「ッ!、可動出来る兵装ビルは使徒に対して攻撃を!初号機から少しでも気を―」

 

 ミサトが少ないリソースで対応するより早く、再び使徒の鞭のような器官が瞬いた。

 気づけば初号機は再び宙を舞い、今度はむき出しの山肌に叩き付けられる。

 

 「アンビリカルケーブル、断線!」

 

 「EVA、内蔵電源に切り替わりました!」

 

 「活動限界まで、後4分53秒!」

 

 オペレーターから上がる報告は望まない物ばかり。うまくゆかない現状にミサトは歯噛みをする。

 作戦を練り直すために高速で現状を脳内処理するミサトへ隣に立つリツコが訝し気にモニターを指摘する。

 

 「初号機の動き、何かおかしくないかしら」

 

 そう、先ほど叩き付けられた山肌から何故か動かない、動けないように見える。

 

 「葛城一尉!これを!」

 

 その言葉とともに初号機の視覚データが手元のモニターに転送される。

 

 「この子達!何故こんな所に?」

 

 

 ――

 

 

 

 体中が痛い。でも、ここで逃げる訳にはいかない。そう自分を鼓舞し立ち上がろうとした時、視界の端に違和感を感じた。クラスメイトがいた。

 

 おかしい、呼吸がうまく出来ない。立たないと、でも動けない。動いたら彼らが―

 

 ―お前のせいで妹が怪我したんやヘボパイロット―

 

 「どうしてここにいるんだよ!」

 

 意識を彼らに持ってゆかれている中、初号機に影が差した。気づけば既に使徒は眼前に迫っていた。

 二度も攻撃を受ければなんとなく慣れる。もしくは極限の緊張感が生み出した類稀な集中力で二本の鞭を受け止めた。

 

 訳が分からないままエントリープラグのハッチが開く。ミサトさんが彼らを回収すると判断したらしい。二人が自分の背後に来たのが分かる、それと同時にエヴァとの繋がりが鈍くなったようで痛みが若干和らいだ。

 

 ようやく動ける。

 

 周りの皆が何か言っているようだ。特に僕を殴った鈴原君は何やら騒いでいる。

 大丈夫だよ。今度は負けない。

 

 

 僕はいらない子じゃない!

 

 

 「だぁぁぁあああああああああああ!」

 

 ナイフを装備して傾斜を疾走する。無我夢中だった。途中でお腹に熱いものが奔ったが関係ない。この場で彼らに証明しなければならない。

 気づけば使徒にナイフを突き立てていた。行ける。自信から確信に変わった。

 

 

――

 

 

 そこから先はあまり記憶にない。使徒に勝てたはずなのに何故かミサトさんに叱られた。

 

 ―どうしてですか?ちゃんと戦ったのに。

 

 頬が熱い。そう言えば鈴原君たちはどこへ連れていかれたのだろう。まあいいや。

 

 ―使徒を倒したのに、どうして誰も僕を褒めてくれないんだろう?

 

 今は家に帰りたくない。きっと父さんにも叱られる。

 

 「あぁ、そう言えば今は父さんが居ないんだった…」

 

 なおさら帰る理由はなくなった。

 

 泣きたくなんてないのに、ただ必要とされたかっただけなのに、今は誰にも会いたくない。

 

 そのまま熱い頬を濡らし、誰もいない方向へと歩き始めた。

 

 

 

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