ゲンドウ、再び   作:被検体E-1n

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逃避の果てに

 第四使徒を撃破し、シンジが家出した。出張先から帰還する途中で保安部からの連絡が入る。

 身動きの取れないネルフ高官用のVTOLの中で、ゲンドウは苛立たし気に体を揺するばかりである。

 

 「司令、ご子息は保安部がガードについているため安全です。」

 

 「当たり前だ!」

 

 苛立ちのあまりらしくもない大声を上げてしまう。だが当然だ。シンジの身にもしもがあった時、そんな事が起こらないように、ネルフの保安部の中でも選りすぐりをあの子のそばに置いているのだ。失敗は許されない。そんなことが起きれば物理的に彼らの首は跳ぶだろう。

 このような場合、本来は落ち着いて対処するべきだと分かっていながらも、事態の把握が出来ていない事をご誤魔化すように眉間に皺をよせるばかり。 

 

 何が原因だ。自分が出先にいる間に第四の使徒との交戦があった事は聞き及んでいる。だが思い出せない。前回の自分はこのとき何を行っていたのか、記憶を探り思い至る。

 

 そうだ、あの時俺はレイを、彼女を通してユイばかりを追っていた。前回のシンジが何を感じ、何に傷ついていたのかなど考えもしなかった。チルドレンの管理など他人に任せ、自分は自分の目的の事しか考えていなかった。

 

 ―そんな様では同じ轍を踏むだろう。また全てを失うぞ― 

 

 「フッ…」

 

 自嘲するように乾いた笑いが零れる。

 暗い未来をどうにかしようと足掻き続けた結果、再び同じ過ちを犯そうとしている。悪夢の自分が発した言葉通りだ。

 そう思考が暗い方向へ落ちて行こうとした時、手元の通信機に連絡が入る。今は心理的に拒みたい気分であったが、自身の立場がそれを許さない。落ち着きを取り戻すためにゆっくりと息を吐き、受話器に手をかける。

 

 『碇、戻り次第本部へ顔を出せ、私からは以上だ。そちらは何かあるか。』

 

 「何故だ、ここで用件を言えば済む話だ。」

 

 冬月からの連絡に、自身の不機嫌を隠そうともせず切り返す。そして本部にこの男が居ながら何故シンジの身を保護に向かわないのかと不満が溢れる。

 

 『…やはりな、その機のパイロットには通達済みだ。お前の是非に関わらず一度本部に来てもらう。以上だ。』

 

 ガチャリと一方的に通信は切られ、受話器を握りしめたままゲンドウは固まる。

 

 お前に、お前に親の気持ちなど解るものか。

 

 怒りと不安がないまぜとなった心中を表すようにゲンドウの眉間に深く皺が刻まれる。奇しくもその表情は夢の中に現れたかつての姿によく似ていた。

 

 

――

 

 

 どこまで辿り着いたのか分からない。電車に乗り、街を歩き、お腹がすけば自動販売機の飲み物で空腹を誤魔化した。かれこれ二日ほど徘徊しただろうか、初めから大した金額の入っていない財布は底をつきかけている。周囲の景色は第三新東京の都市部からは随分と離れ、周囲を見渡しても山や田園風景が広がるばかりである。

 

 何をしにここまで来たのだろう。

 

 たった数日前まで父さんと過ごした日々が随分前の事のように感じる。もしくはこれまでの生活が夢であったなら、目覚めた時に以前預けられていた家ならば、どれだけ心は楽だろうか。

 あそこでの生活は何もなかった。楽しくなかった、しかし同時に苦しくもなかった。ただ流れるままに同じ日々を過ごすだけで、ここでの生活のように感情の起伏に一喜一憂することもない。

 今まで避けていた他者というノイズが、感じたことのない思いが、シンジの心を惑わせていた。

 

 歩き、歩き、歩き続け、誰もいない、ノイズのない方向へ進み続け、遂に道は絶たれた。

 崩れた道路は深くへこみ、大地へと巨大な傷痕を見せる。夕闇が照らすその傷痕は巨大な足跡の形をしていた。

 

 自分はもうここから逃げられないと、エヴァに乗った瞬間からこの責任が付きまとい続けると確信した。

 道路の端にへたり込み、シンジはもう立つことはできなかった。

 

 

――

 

 

 ネルフ本部内、司令室に向かうゲンドウ。普段の余裕ある立ち振る舞いからは考えられない怒気をまき散らし、すれ違うスタッフ達は通路に余裕があるにもかかわらず道を開ける。勢いのままずんずんと進み、辿り着いた自身のデスクにバンと手を叩き付け立ち止まる。

 

 「冬月、直接話したい事とは何だ。」

 

 普段以上にぶっきらぼうな様に、普段以上にあきれ返る。

 

 「ふぅ…シンジ君が心配なのだろう?」

 

 「そうだ!」

 

 つい先日までこの男が纏っていた不敵な様は鳴りを潜め、今はただの獰猛な獣にしか見えない。まるで初めて出会った時か、それ以上の暴力性を身にまとっていた。

 そして間髪入れずに帰ってきた返事に眉一つ動かさず冬月は対応する。

 

 「ならまずは落ち着いて座れ、今のお前をシンジ君に会わせた所で碌な結果にならないことは目に見えている。」

 

 余裕のないこの男を今の息子に会わせれば、きっと計画は破綻する。遠からずそうなるだろう予感があった。通話越しに感じた事は間違っていなかったと目の前に帰ってきたゲンドウを見て確信した。

 

 冬月の厳とした態度にいくばくか落ち着きを取り戻したゲンドウは、執務室の机に着く。

 

 「子供の居ない私ではお前のような親の気持ちは解らん。」

 

 その言葉にゲンドウはむっと怒気を膨らませたが、怒りが碌な結果を生まないことは先程のやり取りで思い返し、理性でそれを抑え込み黙って続きを促した。

 

 「分からんが、大学で教鞭を取っていたこともある。教育についてはお前より理解しているつもりだ。

 今のシンジ君には考える時間が必要だ。そしてそれはお前も同じだ、碇ゲンドウ。」

 

 そう言うと冬月はため息のように笑い、副司令としての顔に戻る。

 

 「まずは第四使徒とこれまでの経緯の詳細な報告からだ。葛城君を呼ぼう。」

 

 

 ―内線で呼ばれたミサトは、厳めし気な冬月と不満そうに机で腕を組むゲンドウが醸す空気に当てられこの部屋に来たことを後悔した。

 

 ―どうりで赤木博士が居ないわけね。

 

 ちなみにゲンドウが執務室に入った時に報告に来ていたナオコは、最高幹部の一角であるにも関わらずビビッて逃げ出していた。

 

 

――

 

 

 「――以上が作戦部からの第四使徒における地上迎撃戦の顛末になります。何かありますでしょうか。」

 

 普段以上に空気が重く、増してその空気を作り出すゲンドウがゆっくりと思巡し、口を開く。

 

 「エントリープラグに搭乗を許した一般人はパイロットのクラスメイトだと言ったな。彼らを呼びたまえ、少し話がしたい。」

 

 「はい、ですが全ては私の責任で―」

 

 「そうだ葛城一尉。君の軽率な判断でエヴァ、パイロット双方を危険に晒したことは追って沙汰を伝える。だがその一般人を如何にするかの裁量は私にある。」

 

 ミサトの言葉を途中で切り、有無を言わせぬ態度で通告する。

 

 結果的に勝利したとはいえ、機密の塊であるエヴァに一般人を乗せ、初号機を大破寸前まで持ち込んだことは事実であった。何より作戦部長としての行動を私情によって阻害したのは自分自身の行動であることは間違いない。そして巻き込む形となってしまった初号機パイロットのクラスメイトに、どんな裁定が下るかなど考えたくもない。

 

 顔をうつむけるミサトに、速やかに行動を取るようにゲンドウは促し、震える手でミサトは保安部へと連絡を取った。

 

 「碇…」

 

 「分かっている」

 

 司令と副司令の会話が何についてかは想像に難くない。ミサトは自身の唇をかみしめ審判の時を待った。

 

 

――

 

 

 ネルフ保安部に連れてこられた少年二人は青ざめていた。当たり前だろう。自分たちの取った行動が人類を危機に晒した。そしてその人類を守っている機関の長の前に連れてこられたのだ。只では済まない事は肌で感じ取れた。

 

 「君たちか。」

 

 短く低い声が発せられる。これからどんな結末を辿るかなど想像もしたくない。あまりの恐ろしさに膝が震え、視線は定まらず、この恐ろしい部屋から一刻も早く逃げ出したかった。一人だったら恐怖に叫び、跪き、みっともなく命乞いをしていただろう。しかしそうもいかない理由があった。二人の少年、トウジとケンスケを挟むように立つ二人の男性、彼らの父親がこの場にいた。正確には呼び出された彼らに着いてきたのだ。

 そう、彼らの父親はネルフのスタッフであり、先の作戦行動の顛末も知っていた。そして呼び出された二人に変わり、自分たちが処分を受けに来たのだ。

 

 「司令、この度は不肖なる我が子のためにお手を煩わせてしまい、大変申し訳ありませんでした。しかし愚かと言えど我が子です。処分なら私が如何様にも受けます。今後二度とこのような事故を起こさせないように誓いますので、なにとぞ寛大なご措置をお願い申し上げます。」

 

 「私も相田さんに同じです。エライバカ息子ですがそれは私の教育が足らんかったためです。あまつさえ私怨でパイロットを傷つけるなど、本来はあってはならん事です。家でしこたまぶん殴って聞かせますので、私だけの処分で堪忍していただけないでしょうか。」

 

 怯える少年二人と違い、頭を下げる両者の父親は堂々としていた。それだけの覚悟と信念をゲンドウに感じさせた。そして二人目に息子の嘆願を告げた鈴原父から気になる言葉を拾った。

 

 「私怨でパイロットに傷をつけたと言ったな。それは―」

 

 「いっ碇殴ったんはワシです。あいつが妹をッ―」

 

 「こんのバァカ息子がぁぁぁ!」

 

 トウジが弁明をする前に父親の鉄拳が彼の頭頂を貫き、ゴチリと鈍い音とともに彼を床に縫い付けた。

 

 「お前はなんも理解しとらん。避難せっちゅう時に何を遊び呆けて、サクラの怪我見て何学んだんじゃボケ!アホ!いったい何人に迷惑かけたらきがすむんじゃコラ。お母ちゃんあれだけ泣かせるなっちゅうたの、忘れたんか!、ワシとお爺にどれだけ心配させれば気が済む!おどれ理解しとるんか!」

 

 終いにはトウジに馬乗りになり胸ぐらを掴んだところで、さすがに見ていられない相田父と司令室警護の保安部が止めに入った。鈴原父は泣いていた。

 

 事の始終を見ていたゲンドウは胸にチクリとした感情が芽生える。かつて親の愛を否定した事を思い出していた。

 自分はどうだろうか、親として、シンジにとって恥ずかしくない人間であろうとした。果たしてそれが親の務めなのかと、目の前で涙を流す鈴原父を見て考える。息子のために自らを省みず、時にその拳で、痛みを以て教えなければならないと、愛故に拳を握らなければならない姿に、今までの逃避と何も変わらない薄っぺらな行動を恥じた。

 恥を顧みず子供のために自らを差し出す姿に、その親としての二人の父親の姿にゲンドウは感銘を受けていた。探していた答えの一つを、見つけた気がしたのだ。

 

 「その辺りにしておきたまえ。」

 

 言葉には力があった。ネルフの司令を務めるだけに、一言で場を掌握するだけの風格がゲンドウにはあった。そこに先ほどまでの怒気は無く、ただ真っ直ぐな眼差しがあった。

 鈴原父とそれを抑える周囲の人間や、先ほどまでのやり取りを見ている事しか出来なかったミサトでさえ、空気が変わったことに気づいた。

 

 「鈴原トウジ君、私はネルフ本部司令、碇ゲンドウだ。」

 

 「い、碇って…」

 

 名前を聞き、トウジの顔がみるみる青ざめてゆく。同じくそれを聞いていたケンスケも同じであった。

 自分たちはとんでもない人間の息子を傷つけたと。

 だがゲンドウはそんな様子は意にも介さず言葉を続ける。

 

 「話はパイロットから、シンジから聞いている。」

 

 「ち、違うんです、トウジを唆したのは俺なんです、こんなタイミングで転校してきて、最初の避難の時にいなくなったのは碇がパイロットかもしれないって。だから碇を傷つけた責任は俺にもあるんです。」

 

 先程まで震えていたケンスケが声をあげる。トウジがパイロットを恨んでいると知っていて止めなかった自分にも、いや、今回のシェルターからの脱走を扇動したのは自分だと、半ベソかきながらも立ち上がる。

 そんな両者に向かいゲンドウは自分の席から立ちあがり向かい立つ。

 

 「いや、あの子を戦場に立たせた責任は、最高責任者である私にある。すまなかった。」

 

 ゲンドウは頭を下げていた。その姿に、トウジ達やその父やミサト、冬月ですら目を見開いていた。

 

 「つまり、君の妹が怪我をした原因も、不十分な対策で事に当たった我々に、私にある。故に、本来罰を受けるべきは私にあるのだ。あの子を、シンジを許してあげてほしい。」

 

 組織の最高指導者が頭を下げている現実にトウジ達の頭はパンクし、二人は頷くことしかできなかった。

 

 「よって今回の事は不問とする、だが次は無いものと思いたまえ。以上だ。」

 

 静まり返った司令室の執務机に、再びゲンドウが腰を付ける。

 

 「「寛大なご配慮、ありがとうございます!」」

 

 呼び出された二名の親は最大限の感謝とともに、息子達を連れ司令室を後にした。

 

 残されたミサトはこれにて一件落着と胸をなでおろし―

 

 「葛城君、君は残りたまえ。」

 

 「ひゅッ」

 

 ―ては貰えそうになかった。

 

 先ほどまでの様子を静観していた冬月は、少なからずゲンドウが成長したことを感じ、心の中でミサトに対し十字を切った。

 

 

――

 

 

 どのくらいこの場に居座っていただろうか、少なくとも座っていたコンクリートは冷たくなくなっていた。

 一度腰をつけてしまえば今まで溜まっていたであろう疲労が噴出し、もう立つことはできなかった。いっそこの場で全て終わらせようかとも思案したが、そんな勇気は沸いてこなかった。何より、ずっと同じ場所に居て鋭敏化された感覚のせいか、先ほどから自分の周りに気配を感じる。そんな人の前で出来るはずもなく、みっともなく声をあげた。

 

 「さっきからそこにいることは分かってるんですよ、いい加減出てきたらいいじゃないか!」

 

 こんな時代だ、セカンドインパクトの煽りを受けたホームレスか何かだと、とにかくこんな山の中にいる人間は普通じゃないと思った。普通じゃない者達なら、自分を終わらせてくれるんじゃないかと、そう思って叫んでいた。

 

 途端自身の周囲は照らされ、想像よりはるかに多い人達が現れた。皆ネルフ保安部の人間だった。

 シンジの前に出ることを許されたためか黒服の彼らに手厚く保護される。乾いた喉を渡された飲み物で潤し、空いていたお腹を差し出された食糧で満たす。

 一人でいることに限界を感じ、周囲の助けに簡単になびいた自分の子供じみた家出に恥ずかしさで一杯になった。

 他人の事を心を揺るがすノイズだ何だと逃避しながら、結局はその他人に助けられた事に自分の稚拙さを恥じる。そして空腹が満たされると思考は正常に戻る。彼らは父の部下であり、ずっと自分を見守っていてくれたことを、例え傍にいることが叶わずとも父が守ってくれていたことにようやく思い至り、涙が止まらなかった。

 

 「家までお送りします、どうぞ。」

 

 言われるがままだった。疲れ果てて声は出ない。黒服の運転手の人もそれを察してか語りかけては来なかった。

 

 

――

 

 

 家まではそんなに時間は掛からなかった。随分と歩いていた気がしたが、徒歩で迎える範囲などたかが知れていたのだろう。

 家が見えてくると緊張が走る、窓から明かりが漏れていた。父さんになんて言われるか、それだけが気がかりだった。

 

 玄関の前に立ち数分が過ぎた、このドアノブに手を掛ける事が、エヴァに乗ることよりも何倍も怖い。しかし、もうここまで来た。逃げたら今度こそ次は無いと自分に言い聞かせ扉を開いた。

 

 父さんが居た。玄関でずっと待っていたのだろうか、表情が読み取れない。違う、自分が目を合わせたくないのだ。言葉が出ない、扉を開けたまま一歩後ずさる。

 

 「シンジ…おかえり」

 

 優しいいつもの父さんだった。拒絶されることが怖くて、失望されることが怖くて、目を背けて逃げ出そうとしたのは自分だった。

 

 いつだって父さんはここにいた。僕を待っていてくれた。僕が立って歩き始めた頃から、父さんは僕が来るのをずっと待ってくれていた。

 

 一歩踏み出す。もう恐怖はなかった。

 

 「ただいま。」

 

 

 




仕事は全て冬月に投げました
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