ゲンドウ、再び   作:被検体E-1n

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決戦前夜、第三新東京市

―――――

 

 

 「―以上が現在本部直上に位置する第五使徒の暫定能力となります。」

 

 「エヴァを出撃させていたらと思うと、ぞっとしますね。」

 

 作戦室は重い空気に包まれる。ゲンドウの判断で出したダミーバルーンは一瞬にして蒸発し、攻勢をかけた一部迎撃システムは鉄壁の防御の前に敗れ去った。空飛ぶ最強の矛盾、それが第五使徒に下った結論である。

 

 「司令の慧眼には畏れ入るわね。で、問題の防護壁は?」

 

 圧倒的な力を見せつけてきた第五の使徒は、何故かネルフに直接荷粒子砲を撃たず、その身の一部を変形させての侵攻を行っていた。

 

 「現在目標はわれわれの直上、第3新東京市ゼロエリアに侵攻、直径17.5mの巨大掘削物がジオフロント内、ネルフ本部に向かい穿孔中です。」

 

 「直下に荷粒子砲を撃ってこないのは幸いだったわね。で、到達予想時刻は?」

 

 「あ、明朝午前0時06分54秒、その時刻には22層全ての装甲防御を貫通して、ネルフ本部へ到達するもの、と思われます。」

 

 ネルフに残された時間は十時間足らず。それだけの時間で敵への対策と準備、そして殲滅を行わなければならない。こうしている今現在も、刻一刻とその時は迫っていた。

 

 「初号機は良いとして、再起動した零号機はどう、いけそう?」

 

 可能な限り動かせるエヴァをうまく運用するため、ミサトは確認を取る。

 

 「再起動自体に問題はありませんが、フィードバックにまだ誤差が残っています。とても実戦には。」

 

 返ってきた答えはあまり芳しくない物であったが、この場合は動いただけでも良しと自分を納得させ、作戦を練ってゆく。

 

 「まあいいわ。時間もないし、ちょっちやってみたいことがあるの。」

 

 自分達が持ち得るカードを最大限生かさなければならないこの現状に、特務機関と言う立場でありながら少なくない打撃を受けるであろうことを予見していた。

 

 

――

 

 

 「目標のレンジ外、超長距離からの直接射撃かね?」

 

 「そうです。目標のA.T.フィールドを中和せず、高エネルギー収束帯による一点突破しか方法はありません」

 

 司令室にて幹部三人に対して今回の作戦を提示するミサト。つい先日この場で見せた情けない姿とは打って変わり、彼女が本来持つ柔軟で大胆な天才性を感じさせる作戦であった。

 

 「MAGIによる回答は、賛成2、条件付き賛成が1。私も葛城一尉の作戦を支持します。」

 

 そして本部の中枢システムを一手に担うナオコの支持が入り、作戦決行を焦るミサトに対し、司令部側の二名は押し黙ったままだった。

 彼女が簡易的に作成した資料に対し、唸りながらも一応の納得を見せる冬月は、この短い時間で勝率8.7%という数値を導き出したミサトの作戦で良いと思っている。しかし、隣に座るゲンドウは、紙束を手にしながらどこか違う事を考えているように見える。

 息子が来てからと言うもの、最近仕事を投げるスパンが短くなりつつあるゲンドウに対し一抹の不安がよぎる。

 そしてまさかこんな時まで息子の事ばかり考えているのではと、恐る恐る隣を見やる冬月であったが、それは杞憂に終わった。

 

 「本部で開発中の陽電子砲では出力が足りないが、どうするつもりだね。」

 

 答えのわかりきった質問を投げかける。そしてその問いに、作戦の承認が貰えると思っていたミサトは、一瞬たじろぎつつも用意していた返答を行う。

 

 「戦自研で開発中の試作陽電子砲台を徴発しようと考えています。」

 

 「やはりか…」

 

 どこか納得がいかない様子の返答に、作戦を振り返る。確かに作戦の穴も大きく、ネルフに対して対抗意識の高い戦略自衛隊とは軋轢が生まれるだろう。

 しかしこの作戦が最も成功率が高いのだと、納得してもらうためにミサトが声をあげようとした時である。

 

 「徴発には私が出向こう。葛城君には随伴してもらう…それで問題ないか。」

 

 組織の長が腰をあげる姿に驚愕する。それはミサトだけでなく、その場にいる他の幹部にとっても同じ事であった。何でもない事のようにしているのはゲンドウただ一人である。

 

 「…は、はい異存ありません。」

 

 ミサトの返事を聞く前にゲンドウは動き出していた。

 

 「冬月、ナオコ博士、司令部の引継ぎを任せる。」

 

 「結局こうか…」

 

 冬月には最近聞きなれた台詞であったが、今回は満更でもなさそうであった。そして普段からこうであれば良いのにと、口から出かけていた言葉を喉の奥に押し込んだ。久々に見た頼もしい彼の背中に、無粋な事は言うまいとしたからだ。

 

 そうしてミサトを引き連れ司令室を後にした二人をよそに、現状の現場指揮が回ってきた二名はため息をつく。

 

 「副司令も、もっと碇司令に文句言って良いんですよ。」

 

 冬月が最近過労気味なのを知っているナオコは、ゲンドウに対してもっと現場に残ってもらえるように冬月に働きかける。しかし、いつもゲンドウの文句を言いつつも仕事を引き受ける冬月は、実のところ特に不満はないと返事を返す。

 

 「いや、私はこれでも奴を気に入っていてな、碇と居ると退屈しないで済む。研究室に居た頃よりも充実しているよ。程々にはして欲しいがね。」

 

 「確かに、あの人は興味深い方ですからね…いろいろと(・・・・・)。」

 

 かつての教授時代よりも若々しく見える冬月に、悪友のような二人の関係に、どこか羨ましそうに返事をするナオコ。その胸中は誰にも知られることは無く、いつものように業務へ戻る司令部であった。

 

 

――

 

 

 ところ変わり、戦略自衛隊の研究施設へと向かうネルフ専用VTOLの中、ミサトは釈然としない心持ちでゲンドウと向かい合っていた。

 本来の予定とは違う状況に口を開けず、目の前の仏頂面の上司が何を考えているかもわからず、先日の件もあり非常にやきもきとしていた。

 

 「…私のやり方が気に食わないか。」

 

 「えっ、あっいえ…何と言いますか。」

 

 唐突な質問とその内容にしどろもどろになる。誰だってそうだろう。目の前のこのいかつい男に、自分が気に食わないかと問われれば答えづらい。何より彼は自分の上司なのだ、答えられるはずがない。

 

 「私や君の立場は気にしなくていい。正直に答えたまえ。」

 

 そういわれても言いにくいことは言いにくい。昔母に、怒らないから正直に言いなさいと言われ正直に自分が行った悪戯を話したところ、烈火のごとく叱られたことを思い出す。

 そもそも司令からは第四使徒の件で減俸を言い渡されたばかりである。

 ふと司令と目が会う。まっすぐにミサトを見つめる視線が、少し震えているように見えた。そして彼も人間だと思い直し、正直に自分の意見を伝えようと口を開く。

 

 「司令は、司令の判断には異存ありません…ただ、ただ―」

 

 喉まで出かかっているというのに言葉が出ない。まるで魚の骨が刺さったように、口を閉じ、押し黙ってしまう。そのまま数十秒の時間が流れ、奇妙な沈黙が場を支配していた。

 そんなミサトの姿をゲンドウは黙って見ていた。しかし、時間は無限ではない。ゲンドウは彼女の答えの後半を聞くことなく、現場への到着を告げられる。

 

 「行くぞ、支度をしたまえ葛城一尉。」

 

 「…はい。」

 

 答えを待たず立ち上がりタラップへ向かうゲンドウに、ミサトは黙って着いて行く事しかできなかった。

 

 

――

 

 

 「これはこれは、わざわざ緊急事態だというのにご足労いただき―」

 

 目の前の男は嫌味を隠そうともせずに取って着けたような敬語で出迎えてくれた。しかしそれについて文句をつける筋合いはない。例え世界が誇る特務機関であり、少なくとも二度、人類を救っていたとしても彼らには関係ない。いや、知らされていないのだ。彼らから見たネルフ(わたしたち)はただの税金泥棒なのだろう。

 

 「歓迎感謝します。早速ですが連絡していた物の実物を見せて頂きたい。」

 

 そんな迎えの嫌味など意に介さず、手っ取り早く結論を述べるゲンドウに出迎えの男はギョッとする。いい気味だ。

 渋々ながらも案内しないわけにはいかず、研究所奥の巨大な施設へと二人は案内される。時折案内役がぶつぶつと何かつぶやくが、はっきりとは聞こえないのでミサトは追求しないことにした。

 

 通された開発施設は様々な機器や設備の駆動音で溢れ、スタッフたちは縦横無尽に駆け回っていた。そしてその更に奥、施設の責任者がいるであろう部屋にたどり着く。

 ゲンドウに着いてきたミサトは疑問に思う。なぜここまで回りくどいやり方をしようとするのか、ネルフの権限を最大限生かそうとしないその姿に。

 

 出された飲み物に手を付けず、しばらく待ったところで戦自の開発責任者らしき人物と、もう一人高官らしき人物が出てきた。

 

 「ほう、久しいですな。実に十数年ぶりですかな碇『所長』、いえ、今は司令でしたな。」

 

 先に口を開いたのは開発部ではなく、高官らしき人物の方であった。しかも彼の口ぶりからすると司令とは既知の仲らしい。

 

 「ええ、そちらも御変わり無いようで。早速ですが、連絡した通り―」

 

 「しかしですなぁ、我々もネルフとの共同戦線と言われますと…」

 

 彼らの会話から聞き逃せない言葉が聞こえた。『共同戦線』と。おかしい、この場には兵器の徴発に来たのではないのか。時間も差し迫る中、のんびりと交渉している暇など無いと、焦りから口を挟む。

 

 「司令、我々の目的は陽電子砲の徴発です。悠長に事を待っている暇などありません。」

 

 時間が無いのだ。こうしている間にもネルフに、人類に残された時間は砂時計のように目減りする。なのになぜこの人はこんなに悠々としていられるのかと、ミサトには理解できなかった。

 

 「そうだ葛城君。その為に私が直接出向いたのだ。」

 

 しかし帰ってきた答えは尚更彼女を混乱させる。

 そんな様子を見かねた戦自の高官は、ゲンドウに彼女のことを尋ねる。

 

 「ふむ、利発そうなお嬢さんだ。碇司令、こちらは?」

 

 「部下がとんだ失礼を。彼女はネルフ本部の作戦部長を務めている葛城一尉です。」

 

 「なるほど…。さて、話を戻しましょう。我々もご存じのとおりネルフに対する意識が強い組織でしてね、私の一存ではどうにもならないと言いますか…」

 

 自分の知らないところで話が進んでいく。相手の値踏みするような視線が実に腹立たしかった。

 

 「ここであなた方に力を貸していただければ、必要に応じて今回に限り我々の技術提供もさせていただきます。悪い話ではないと思いますが。」

 

 「ネルフに恩を売る、という事ですかな。」

 

 「そう思っていただけると。」

 

 しばらく沈黙が続く。互いの落としどころを探っている。権限を使えば簡単に済むことを。

 ゲンドウはどこか焦っているように見えた。本来特務機関であるネルフの技術は門外不出だ。それを提供してでも戦自と協力体制を築こうとしているのだ。

 そもそもエヴァの有用性を示さなければならないネルフが、外部との協力で使徒を殲滅したとなれば、対使徒として、特務機関としての立場が揺らぐ。その危うさくらい司令には分かっているはずである。であればどうして。

 

 「エヴァには…初号機には、息子が搭乗しています。」

 

 「なっ…そんな、では噂はやはり本当だったと。しかも碇司令の息子さんとは…」

 

 ゲンドウは立ち上がり頭を下げていた。

 なんとなく彼の人となりが分かったような気がしたミサトだが、やはり好きには成れそうにないことをはっきりと自覚した。

 

 苦手なのだ。司令としての彼ではなく、父親(・・)としての彼が。

 シンジを初めて初号機の前に連れて来た時の姿に、つい数日前の子供に頭を下げる姿に、自身の父親を重ねてしまう。いや、もし私の父がこうであったならと、思わずにはいられない自分に嫌悪し、司令のそんな姿から目を背けてしまっていた。

 

 

――

 

 

 「これが噂の試作陽電子砲ね。」

 

 「興味深い配置です。ネルフの物とは設計思想から違いますね、ここなんてほら。」

 

 リツコとその部下である伊吹マヤが、戦略自衛隊の開発部ごと借り受けたポジトロンライフルを眺める。

 そんな二名の姿を、出向してきた戦自の開発責任者が見つけ、声をかける。

 

 「お~い、お初にお目にかかります!赤木リツコ博士ですよね!わたくし―」

 

 今回の作戦は、今までにない戦略自衛隊との共同戦線と言う事態になり、ネルフや外部で少なくない混乱が起きている。

 

 「碇司令も無茶しますね。」

 

 「そうね、でもこれを無理やりエヴァ仕様に改造するよりは手間が省けそうね。裏でどんな取引があったかはさて置いて。エヴァ二機による防衛が出来る分守りは盤石ね。」

 

 近づいてきた戦自開発部の責任者と作戦の打ち合わせをするため、準備に取り掛かるネルフ開発部は、今までにない熱気に覆われていた。

 

 「マヤ、私たちもうかうかしていると足元掬われるわよ。」

 

 「はい、ネルフの技術力を見せつけましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

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