ゲンドウ、再び   作:被検体E-1n

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雷神の槍

―――

 

 「―エバーパイロット二名は防御陣形で展開、フロントは零号機、バックは初号機。狙撃手は戦自が担当します。何か質問はある?」

 

 工事が進む狙撃ポイント建造地が映される作戦室にて、ミサトはチルドレンたちに作戦の概要と質疑応答を行う。

 

 「はい、資料にある陽電子砲にはトリガーらしきものがありますが。」

 

 「ああ、レイ、それは私がリツコに無理言って取り付けさせてる保険よ。基本的には陽電子砲本体に備わっている自走システムで照準を行うわ。」

 

 レイが指さした資料には確かに引き金やグリップらしき部品が見受けられる。それもエヴァのパレットライフルの部品を無理やり取り付けたような歪さだ。そしてミサトの返答にあった保険と言う言葉にシンジが反応を示す。

 

 「それって僕らが狙撃をする可能性もあるってことですか?」

 

 「あくまでも保険よ。あなた達は守る事だけを考えなさい。」

 

 ミサトの戦闘指揮は確かなものであると経験上シンジは理解していたため、これ以上突っ込むのは野暮だと作戦を了承した。

 

 「時間よ。二人とも着替えて」

 

 

――

 

 

 地上迎撃都市の外れにある施設に運び込まれた陽電子砲を囲むように、ネルフ内外のあらゆるスタッフが全速の改造作業に勤しむ音が響いている。

 

 「それにしても凄い拡張機能ですね先輩。これならエヴァ用のアタッチメントも大掛かりな改造をせずに取り付けられます。特にあの基部にある取付部(ハードポイント)のおかげで超出力用の変換器が着くのはありがたいです。」

 

 監督者用の足場に立つ伊吹マヤは、持ち込まれた自走式陽電子砲の拡張性の高さに感嘆の声を上げ、横に立つ戦自研の責任者も満更ではなさそうにしている。しかしリツコの目はマヤよりも深く陽電子砲の特徴を捉えていた。

 

 「あの取付部、自走砲用にしては少し大きすぎる気がするわね。まるであの大砲が自走するのではなくて、違う自走システムに取り付けるための物にね…そちらも持ち込まれれば良かったのでは?」

 

 「い、いえ、アレはまだまだ試作段階の物ですから…」

 

 リツコの鋭い切り込みに冷や汗を流す開発責任者であったが、その場を何とか切り抜けようと苦し紛れの言い訳を始める。しかし揚げ足取りのように零してしまった言葉をリツコは見逃さなかった。

 

 「アレとは一体何の事ですか?本作戦遂行のために出し惜しみなどしてはいられないのですよ?」

 

 「む、無茶を言わないでください!私の権限が及ぶのは陽電子砲(この子)までなんです。」

 

 今回ネルフは戦略自衛隊に対して強制権を適用していない。それどころか形としては借りを作っている現状、リツコはこれ以上踏み込むのは愚策と断じ、再び改修の指揮へと意識を戻す。

 

 「この作戦が終わったら是非お話し伺いたいですわ。」

 

 「生きて帰れればですがね。勿論その時は私からも質問させていただきますよ?」

 

 

――――

 

 

「ケーブルの接続急げ!時間が無いぞ」

 

 各地から集まった変圧ケーブルの束に多くの作業員が群がる。日は既に落ちていた。

 

 「でっけぇよなぁ。あれがエヴァンゲリオンねぇ…」 

 

 作戦開始位置に安置された試作陽電子砲に寄りかかり、一人の戦自隊員が隣に待機する同期にぼやく。

 

 「そうっスね。しかもパイロットは中学生らしいっスよ。」

 

 「マジか!ってことは俺ら子供に守られんのかよぉ。」

 

 作戦開始まで時間を潰そうと話題にした内容に思わぬ返答で感情を乱される隊員である。特にエヴァのパイロットが中学生であるという部分に引っ掛かり、自分の現状を嘆く。

 

 「俺らはよぉ、セカンドインパクトの地獄を見て来ただろ。んで紆余曲折あって戦自に入ったじゃねぇか―」

 

 「半ば強制っしたけどね。碌に働き口もないし。」

 

 二名の隊員はこれまでを振り返るように橙から紺色へと変色する空を見上げ、同じような境遇を振り返る。

 

 「それでも俺らの家族、延いては将来の子供らを守りたいからわざわざ国連軍じゃなくてこっちを選んだわけじゃねぇか。違うか?」

 

 「違わないっすけど、それより中学生ってことは丁度インパクト世代じゃないっすか。四季とか知らないんだろうな~」

 

 同期の呑気なような寂しいような言葉を反芻し、言いたいことを頭の中で纏めると再び口を開く。

 

 「そんな俺らからしたら庇護対象である子供に守られるってのが気に入らねぇんだよ。何よりそんな自分の不甲斐なさに腹が立つ。」

 

 「まあまあ、今だけっスよ。アレ(・・)の完成までの辛抱っすから。ほら、照準器の最終チェックするっスよ」

 

 「はぁ、だと良いんだけどよぉ。」

 

 二名の隊員は、誰にも聞かれることのない愚痴を残し、作業へと戻っていった。

 

 

 

――――

 

 

 

 色々な作業をする人々、戦自の部隊が待機するテントを眼下に見下ろし、エヴァ搭乗用に立ち上げられた足場(タラップ)に座り込むチルドレン、碇シンジは湾を挟んだ向かいで照らされる使徒を眺めながら待機時に渡された―レーションを食べていた。

 そんなシンジの落ち着き払った態度に、初めての実戦という極度の緊張下に立たされた綾波レイは疑問を抱く。

 

 「碇君は、死ぬのが怖くないの?」

 

 シンジは隣から掛かった声に振り向き、口の中に残った食べかすを飲み込むと声の主、綾波レイからかけられた言葉に疑問を持つ。

 

 「どうしてそういうことを言うんだよ?」

 

 隣の足場から少し身を乗り出したレイにシンジは質問を返す。

 見たところ、今まで彼女はシュミレーション上でしか戦闘を行ったことが無く、そしてようやく動かせた零号機を即実戦投入と、初めて実戦を迎えた時の自分とはまた違ったベクトルの不安材料がある。しかし、こんな時に女の子にかけていい言葉なんて自分には湧かず、どうしたものかと迷うシンジに返答が来る。

 

 「わたしは怖い、ここで負けたらリッちゃんが…ネルフの、学校のみんなが死んじゃうから。わたしには他に何もないから、それを失くすのが怖い。」

 

 綾波の疑問は思っていたより単純で、シンジは返答には困らず口を開いた。

 

 「僕も怖いよ、凄くね。」

 

 「じゃあ何故、そんなに落ち着いていられるの?」

 

 不思議そうにシンジを見つめる紅い瞳は、少し震えていた。

 

 「綾波と同じだよ。皆がいるから、父さんが居るからここまで来られた。だから綾波は死なないよ。君を、皆を僕が守るから。

 ―時間だ、行こう。」

 

 言葉を返す前に、設置されたプラグにするりと入り込んでしまったシンジを見つめることしかできなかったレイは、もしかしたらこれが彼との最後の会話になるかもしれないと感じ、不安な気持ちを誤魔化すように自分の腕を握りしめ、そして零号機のプラグへと乗り込む。

 

 「―わたしも、碇君みたいに強くなりたい。」

 

 

――――

 

 

 「どうやら始まったようだな。」

 

 「ああ。」

 

 冬月の言葉と同時にネルフ発令所内の空気が変わる。

 現場に向かったミサトを含む実行部隊とは別に、本部にはネルフ司令部とバックアップのメンバーが残り、モニターに映し出される直上都市の戦闘風景を眺めていた。

 

 「とは言え私たちはあくまでもバックアップ、戦場で戦果を挙げるのは戦自の方々なのですから、ここからゆっくり見物させてもらいましょう。」

 

 今回はあくまでも協同作戦なのだからと高みの見物を決め込むナオコに思う所が無いわけでもないゲンドウだったが、それよりも憂慮すべき事態があるとモニターを食い入るように見つめる。

 

 「目標内に高エネルギー反応!」

 

 下層のオペレーターの声と同時に戦場に動きが見られた。

 大丈夫だと、今回は初号機は銃手ではなく盾役なのだからと。戦自との無茶を通した協同なのだからと自らを納得させた景色が無残にも吹き飛ばされてゆく。

 

 「敵シールド、ジオフロントへ侵入!」

 

 『第二射、急いで!』

 

 『ヒューズ交換!再充填開始!』 『銃身、冷却開始。』

 

 一瞬の狙撃戦の後、伝達される情報は絶望的な物ばかりである。

 

 「外したか…」

 

 そこへ更に追い打ちをかけるような言葉が届く。

 

 

 『こちら第二特殊重迫撃水陸機動師団、試作陽電子砲(ライフル)の自走機能が著しく損傷、最早我々に照準機能なし、至急援護されたし!こちら―』

 

 

 そして攻撃の要であった戦自の損耗が想像以上に激しい様子に、見物を決め込もうとしたナオコさえ天を仰ぐ。

 

 「碇、どうする」

 

 「ああ…」

 

 冬月の言葉に意識を取り戻すゲンドウ、しかし既に攻撃手段は作動せず、刻一刻と迫るタイムリミットに答えを決めあぐねている瞬間、発令所の画面越しに声がかかる。

 

 

 『僕が撃ちます』

 

 山間に巻き上がる爆炎を裂き、陽電子砲を抱え上げる初号機がモニターに映された。

 一瞬の静寂の後、全てが動き出した。最も判断が速かったのはナオコである。

 

 「ま、想像通りね。シンジ君、狙撃位置の特定と射撃誘導への諸元は全てこちらで入力するから、あなたはテキスト通りにやって。最後の誤差修正だけは手動になってしまうけど、訓練通りよ。出来るわね。

 …かまいませんね、司令?」

 

 こちらに断りもなく事後承諾のような形を取られたが、何より言い出したのは他ならぬシンジだ、断る理由は無い。この場においてあの子は残された希望なのだ。

 守ると言いながら結局は毎回息子に助けられていると感じざるを得ないが、それでも以前よりはマシだと再び自分に喝を入れる。

 

 「シンジ…生きて帰ってこい。」

 

 『はい!』

 

 再び活力を取り戻した現場に今まで以上の熱気が駆ける。それは発令所も例外では無く、MAGIに向かい高速入力を行うナオコ、そしてリツコや他のスタッフ、組織の垣根を超えた現場の救助活動を行う戦自含め、未だに諦める物は一人としていなかった。

 

 『目標に再び高エネルギー反応!』

 

 その伝達と同時に開始されるカウントダウン。めくれ上がる山肌の中心に仁王立ちする零号機の合間を縫うように陽電子の槍が打ち出され、空気を切り裂きながら使徒を貫いた。

 たった数十秒、しかし人類の存亡を賭けた戦いは、なんとか人類側の勝利で一端幕を下ろした。

 そんな組織の奮闘を眼下にどこか一線を引くようにゲンドウが口を開く。

 

 「間に合ったか。」

 

 「良いのか碇?」

 

 今回はネルフ的には借りを作る形で戦自に協力要請をしたはずが、最終的に戦自側がネルフに対し貸を作るように見える構図に収まってしまった。戦自の尻拭いをしたつもりはなかったとしても、意気揚々と使徒との戦闘に顔を出した彼らの顔に泥を塗ったと捉えられてもおかしくはない。

 そんな結末を憂慮する冬月に対し、少なからず首の皮が繋がったゲンドウは気にした素振りもせずに返事を返す。

 

 「問題ない。これで戦自(彼ら)にも老人(ゼーレ)共にも、エヴァの兵器としての絶対性が見せつけられただろう。時間稼ぎにはなる。」

 

 本来狙った目的とは違う結末だったが、これはこれでやりようはあると納得し、ゲンドウは席から立ちあがる。

 

 「…だと良いがな。」

 

 今後も続くであろう外部組織との軋轢や、頭上の老人共に思いを馳せる冬月だが、今は一時の勝利に心を休めようと落ち着きを見せ、司令部の席から去ろうとするゲンドウの肩へ手をかける。

 

 「さて、これから戦後処理だ。…今日は逃がさんぞ、碇。」

 

 「………あぁ。」

 

 

――――

 

 

 ー熱いー

 

 高温にまで熱されたLCLの熱が思考を鈍らせる。以前にも同じような事があったなと、他人事のように感じながらプラグ内のインテリアに身を預けるレイ。既に零号機とのシンクロは切れ、回収を待つばかりだが、先程の攻撃で焼け付いた装甲が癒着し、プラグから脱出が出来ずにいた。

 

 「でも皆を守れたから、それでいい。」

 

 そのまま意識を手放しそうになった瞬間、周囲の環境に動きが生じ、高温のLCLが排出される。

 そうだ、以前はリッちゃんが、自分の大切な人が助けに来てくれた。まだわたしを想ってくれる人がいるから、だから。

 

 ―まだ、死ねない―

 

 ガコと無機質な金属音と共に涼しい風が頬を撫でた。

 息を切らしながら、両手に酷い火傷を負いながら助けに来てくれた人に目を凝らす。

 

 「碇君…」

 

 声を聞いて安心したのか、レイの無事な姿を見て呼吸を落ち着かせたシンジは肩を震わせて泣きはじめる。

 

 「何故、泣いているの?」

 

 勝ったのだから、宣言通り皆を守ったのだから、目の前の少年がなぜ泣いているのか理解できないレイは率直な疑問をぶつけた。

 

 「皆を、戦自やネルフの人達を守り切れなかったから、もし綾波まで駄目だったらって、それが怖くて―よかった。」

 

 優しい彼は、先ほどの戦いで吹き飛ばされていった仲間のために泣いているのだと気づき、彼の言う『皆』は自分が想像するよりもはるかに大きい人数に対して使われていたのだと思い至り、その裏表無い温かさが自分にも向けられていると思うと、何故かそれがとても嬉しかった。

 

 「碇君、私はまだ生きているから、そんな悲しい顔をしないで。」

 

 確かに少なくない犠牲の上の勝利だったが、何とか今を生きる権利を『皆』で勝ち取ったのだ。ならば悲しんでいては散っていった者達も浮かばれないだろう。

 

 「だから、碇君は他のみんなのためにも生きて―笑っていて。」

 

 レイの手が痛ましいシンジの掌を優しく包み込んでゆく。

 

 「綾波―ありがとう。」

 

――

 










第二特殊重迫撃水陸機動師団は作者の勝手な捏造です。名前だけはまた出るかもしれませんが、あまり突っつかないで頂けると助かります。
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