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「おはよう」
「ああ、おはよう。」
いつも通りの朝を迎える第三東京。シンジとゲンドウもまたいつもと同じように朝食を摂る。静かだが、しばらく激務が続いていたゲンドウにとってこの時間は何事にも代えがたい物であった。
「ごめんね父さん、最近朝は同じような献立ばっかで。」
「いや、かまわん。それに日本人は昔から朝はご飯とみそ汁を摂取してきた。寧ろこれでいい。」
「そっか。」
そう言いつつ食後のコーヒーを啜るゲンドウであったが、もはやこの光景に慣れたシンジは何も突っ込みはしなかった。
「それよりも父さん、本当に今日学校に来れるの?」
「当たり前だ、進路相談だからな。」
そうやすやすと身動きが取れない父が、仕事に穴を空けてわざわざ進路相談に来るとは信じられなかった。なまじ今までの距離がある生活が当たり前だっただけに、嬉しさと困惑、そして少しの不安がシンジの胸を過ぎ去る。
「安心しろ、その為に今日は時間を作ってある。」
「本当!じゃあ学校で待ってるね。」
ゲンドウの返答を聞き、ぱぁっと華やいだシンジの顔に癒され、同時に胸にチクリとした痛みが走るが、その痛みを忘れるように残りのコーヒーを飲みほした。
―許せ、冬月―
――――
「あの…副司令。今日はご機嫌がよ…よろしいのですか?」
MAGIの整備と新装備の開発にと大忙しで徹夜明けのナオコが司令室に資料提出に来た時、副司令席には笑顔の修羅が一人で詰将棋を行っていた。
――――
眩しい朝日が差す坂道を歩き学校へと向かう。途中でトウジやケンスケと合流し、三人で学校へと向かうのが近頃の決まった流れだ。
「なあ碇、今日の進路相談ってお前は誰が来るんだ?やっぱり専用のガードとかそう言う人がいるのか?」
朝から元気なケンスケは、教室に着くや否や朝のホームルームまでの時間つぶしに、今日学校に来る親について質問しはじめる。そんな彼の目がキラキラと輝いているように見えるのは、彼が筋金入りの軍事オタクであり、ことこの街ではそういった話題に欠かず、まして身近にそういった話題の中心人物になりかねない自分がいるのだから、こうなるのも仕方がないのだろう。
「はぁ、今日はちゃんと父さんが来るよ。」
「え゛っ、碇司令って意外とフットワーク軽いんだな。」
驚きに顔が染まるケンスケに飽きれつつも満更でもないと思い、先ほどの返答に続きを繋ぐ。
「ううん、今日はたまたま時間が作れたみたいだよ。それとさっき言ってたガードの人ならほら、あそことあそこ…それとあそこにもいるよ。」
そう自分が窓から指さした先、校庭を超えた道路の目立たぬ位置に数人の黒服、『ネルフ保安部』の職員がちらりと見えた。そんな自分のあっさりとした反応に、窓の外を確認して固まるケンスケ。
「うおっ!ほんまや、よう気づくなシンジは。てかあないなガードマンがついとったら緊張とかせんのか?」
「大丈夫だよ。普段は死角だったり目立たない位置に居るし、いざという時には助けてくれるから。この前なんかも買い物のときに財布を忘れたら代わりに立て替えてくれてね、結構助かってるよ。」
そんなありがたみを感じさせないシンジの物言いに、ともすればただの便利な人くらいの感覚に、自分の中のエージェントやらのイメージを穢されたように感じたケンスケはシンジの足元で咽び泣いた。
「どうしてもっと有難みをかんじないんだよぉ~。俺だったらもっともったいぶって言うのに、何だよその『居ると便利だよね』くらいの感覚はぁ。俺だったら…俺だったらぁ~!」
「また始まったわ、シンジはこんななったらあかんで。」
そんなやり取りをしつつ、いつも通りの学校生活が過ぎて行く。
――――
時刻は午後の二時に差し掛かり、放課後も近づいてきたためかぽつりぽつりと校内には誰かしらの保護者達が見え始め、他の生徒達も心なしかそわそわしはじめていた。
そんな中、生徒や教員たちのそわそわとは異なり、何か物理的なそわそわとした音が学校に近づいてきていた。そしてその音は次第に大きくなると、そわそわと言う音からバリバリと空気を震わすほどの音へと変わっていった。
その音に真っ先に反応したのは、その音に最も詳しい軍事オタク、相田ケンスケであった。
「こ、この音は。」
もはや無視できぬほどの騒音をまき散らす原因に、生徒どころか教師たちまで集まり、窓際へと集まり校庭を見下ろしていた。
音の原因、ネルフのロゴを張り付けたヘリコプターは砂埃を巻き上げ校庭へと着陸し、未だにヒュンヒュンと空を切るローターをよそに中から一人の人間を降ろした。
「なんでうちの学校にネルフのヘリが?」 「誰、あの派手な登場した人。」 「どうなってんだ!俺にも見せろ。」
降りてきた人物に釘付けになる学校一同だが、一人だけ呆れて顔に手を当てている生徒がいた。そしてその生徒を見つけたのか、校庭を進む男は2-Aの教室に向かって手を振る。
「何やってんだよ、父さん…」
自分の想像の遥か斜め上を行く父の登場に、顔を覆ってしまうシンジ。そして周囲はその小さな呟きを聞き逃さず、教室内はどよめきに包まれる。
「あれ、碇の親父さんかよ!」「いや派手過ぎだろ。何者だよ。」「え?やっぱ転校してきた時の噂って本当だったの?」 「マジ!?じゃあやっぱり玉の輿!?」
もっと普通の登場を期待していた故に、顔を覆って塞ぎ込んでしまうシンジに代わり、シンジの父親がネルフの司令だと周囲にアピールする友人二人の声からシンジは耳をふさいだ。
「うう…皆が親が恥ずかしいって言う理由が初めて分かったよ。」
「「「「「いや、お前と同じにするな。」」」」」
今まで父親に対して抱いていた幻想に少しヒビが入った気がしたシンジは、周囲のクラスメイトが何故親をこき下ろすようなことを言うのか初めて理解したのであった。
――――
場所は変わり、戦略自衛隊駐屯地内の会議室にいくつもの画像資料や映像資料が持ち込まれる。現在この場では、ヤシマ作戦時にネルフへと貸し出された隊員たちの、その事後報告が行われていた。
―以上の理由から、我々がネルフへと工作を行ってまで情報を引き抜くメリットは薄いと思われます。MAGIは魅力的ですが、運用兵器に関してはこちらの火力には及びません。何か質問はありますでしょうか。」
投影された資料を前に報告をする士官は、以前の作戦の経過と今後のネルフへの対応を上層部へと通達する。資料を睨む戦自司令部は、眉間に皺を寄せつつ思考を巡らせ、報告を述べる士官へと質問を投げかける。
「だが今回我々は逆に借りを作る形となった。最終的に攻撃を行ったのはネルフのエヴァではないか。違うかね?」
「はっ!ですが准将閣下、彼らの敵は我々人間ではなく呼称『使徒』と呼ばれる敵性体で在ります。いがみ合うよりかは組織同士の融和を図る方が長期的に見て―」
「その長期的に見た場合の話だよ。―君はあのエヴァンゲリオンを我々が保有する現行兵器で止められると思うのかね?」
士官の言葉を遮り上官は自身が危惧する将来を伝える。それは万が一ネルフのエヴァと敵対した場合の想定である。しかしその言葉にうろたえはしつつも、自身の考えを士官は伝える。
「それに関しては考えが至りませんでした。しかし今回の作戦で判明した通り、我々が保有する陽電子砲でのATフィールドの突破が可能と判明しました。作戦によっては現行兵器で対応も可能かと考えます。また、該当兵器は稼働に電力を多く利用します。その為補給ケーブルを絶てば活動は数分と限られます。何より致命的なのはパイロットの希少性です。確認できるだけで国内に二名、それ以外でも多くて十人に満たない人数と思われます。最悪の場合はパイロットさえ制圧できればエヴァは脅威足りえないと分析します。いかがでしょうか?」
そんな士官の回答に対し、パチパチと手を叩きながら高官はくつくつと笑い口を開く。
「見事だ。見事に的外れだ。」
冷静な分析だと士官は自負したつもりだった。しかしこの分析は、席から立ちあがった高官によって正面から一刀両断される。
「なっ!何故でしょうか。」
「まず第一、エヴァは今回の目標のように同じ場所に動かず陣取ってくれるかね?我々が保有する陽電子砲に当たるために、今回のような日本中の電力を集める時間を待ってくれるかね?」
「そ、それは...」
「かの兵器の一番の強みは、その巨体に見合わぬ俊敏性とそれを活かした白兵戦だ。最早その威力は戦略級だがな。ATフィールドなど付加価値に過ぎん。」
最初の回答は現状の保有兵器での対処は難しいというものだった。
「そして第二、ケーブルを断って数分間暴れまわる、80メートルにも達する巨人の暴力を抑え込めるかね?先ほどの貴様の言葉を借りるならば、想定パイロットの数建造されたとして最大十体だ。十体のエヴァを抑え込むだけの戦力がこちらに存在するかね?」
「ぐっ…」
次の回答はエヴァの機体数と活動限界時間までにその巨体の暴力を抑え込むだけの戦力があるかと言うものだ。
「更に第三、貴様は最悪パイロットの制圧さえ出来れば良いと言ったな。最悪の場合とはパイロットが一人でもエヴァに乗り込んだ状態だ。つまり貴様の想定とは希望的観測に過ぎない。我が部隊に配属された時、貴様は何を学んだ!」
「作戦を立てる時は、『絶望的観測をせよ』です!」
次第に注意から叱責へと変わる言葉に震えぬよう、可能な限り大きな声で返答を行なう。士官は自身の甘さを再認識させられた。そしてその返事に呆れたように目を伏せる高官は、再び自身の席へと戻りこの反省会ともいえる報告へと意識を戻した。
「そうだ、それでよい。では話を戻そう。技術開発長、『
「まだまだ先になりそうですな。何よりバランサーとコックピットの問題が未だに解決しませんので。今のままではパイロットは使い捨てのパーツになるでしょう。」
言葉をかけられた技術開発長は悲観的に過不足ない意見を答える。そして追加で叱責された士官のフォローに回る言葉をつづける。
「まあ私もネルフの情報に大した旨みが無いとは思いますな。裏で何をやっているかはわかりませんが、元々あそこは研究機関。それも主にバイオテクノロジーを扱ったものであって、我々のような火器管制の工学屋とは方向性が違います。本体のバランサーにと今回私もあの巨体を如何にして立たせているのかと思いましたが、そのバランサーを担うソフトウェアそのものが存在しないと言いますからな。参りましたよ。」
伝えられた情報には今までにない貴重なものが飛び出していた。エヴァは巨大な生体兵器であり、バランサーや主な操作系などはパイロットとの神経接続によって担われるというものだった。
「ふむ、その情報は確かな物かね?」
「勿論、
全作戦の終了時にこの男はネルフからある程度の情報を抜き出していたようだ。確かに今回の作戦にて戦時にはネルフからの一次的な協力とある程度の技術情報提供を約束していたが、想像もしていなかった方向からの情報には高官も肝を潰した。何より情報源は、その道の者ならば一度は名を聞いたことがある赤木親子からのものだという事がその驚愕に一役買っていた。
「なるほど、理解した。ではこの辺りで本件は一旦終了とする。しかしネルフへの態度はこれまで通りでよい、決して警戒を怠るな。以上だ。」
高官の言葉によって報告会は幕を閉じた。会議室からは同席していた士官たちが退出して行くが、技術開発長と高官だけがその場に残る。
「しかし准将、私はどうもネルフが悪くは見えぬのです。確かに国連の名の下に予算を浪費しているとはいわれますが、あれほどの戦場を見せられてはそれも仕方ない事かと。」
「分かっている、分かってはいるのだ。」
今後について開発部と打ち合わせを行うために残った高官は眉間を指で押さえ、自分に言い聞かせるように開発長に答える。
「今回の作戦を認可したのは他でもない私だ。確かにネルフの技術情報は魅力的だが、私が今回作戦を了承したのはそれが理由ではないのだ。」
「では何故…」
前作戦を認可する時、この高官と共に同席していた技術開発長は素直な疑問をこぼす。
「ああ、それはな…、私が碇司令を信じたかったからだ。あの時の、自らの息子を想う瞳に、嘘はないとな。…フッ、笑ってくれて構わんのだぞ。」
「いえ、私も貴方の気持ちは分かります。」
そうだ、だからこそこの男に着いてわざわざ国連軍の技研から移籍したのだと、開発長は同意した。
「だがエヴァは違う。あれは危険だ。今は碇司令が指揮を執っているからまだいい。しかし、もしその技術が別の何者かの手に渡った時、もしネルフが我々と違う誤った道を選んだ時、我々はそれを止めなければならない。故に抑止力が必要なのだ。例の物、くれぐれも頼んだぞ。」
「はっ!この身に掛けましても完成させて見せます。」
そうした意識の確認を取った後、この場は真の解散となった。各々がその手に信念を握り、再び自身の部署へと戻って行く。
――――
同時刻、かつて花の都と呼ばれた大都会、旧東京に訪れたミサトとリツコ。そこでは日本重科学工業共同体による「
技術者達の制御を離れたジェットアローンは、市街地に向かい歩み始めた所をミサトと出撃したエヴァ零号機の手により止められ、瓦礫の中に立ちすくむ技術者達は自らの最期を感じ取っていた。
絶望に染まる技術者達の責任者、時田シロウは自身の運命を呪った。既に問題は自分の手を離れ、あんなにコケにしたネルフに助けられ、今までの努力を笑われたような気さえした。もはやこんな自分を使うものなどいないだろうと、責任者の立場にある自分の今後を予想し、今後の転落人生に思いを馳せている。そんな彼に近づく影が一つあった。
「無様ね。」
シロウに近づいた声の主、赤木リツコは膝をつく彼の姿に冷たく言葉を吐いた。
「わざわざ私を笑いに来たのか。」
ほとんどの人員や来賓が避難した中で最後まで現場に残ったのは、自分たちが行った嫌がらせへの返報だと感じ、わなわなと怒りと情けなさに震える。しかし助けてもらった手前、ここで恨み言を言うのは間違っているのだ。しかし、しかしと思考に捕らわれていると、再びリツコから声がかかる。
「そんな無駄な事はしないわ。私をミサトなんかと一緒にしないで頂戴。―あなた、もう行く場所が無いんじゃなくて?」
シロウとは真逆に落ち着き払った態度でリツコは言葉を続ける。焦りで思考がまとまらないシロウと違い、リツコはゆったりと口を開く。
「まあ、ある種のヘッドハンティングだと思いなさい。」
「ほっ、本当か!まさかネルフにッー」
思わぬ言葉に。かつて自分の技術を世界のためにと目指し、叶わなかった目標に近づけると舞い上がり掛けたシロウを、リツコは正面から叩き落す。
「そんな訳ないでしょう。あんな
舞い上がりかけた心をすぐさま地の底に叩き落し、おまけに研究成果の結果まで否定されたのだ。もはやシロウの口から言葉は出なかった。
しかし先ほどリツコから伝えられた嫌味に疑問を持つ。
「そんな、エヴァだって人型ではないですか。あなた方に出来て我々に出来ないはず…」
「逆よ。」
「えっ?」
何が逆なのか、我々の技術と何が違うのか、根本的な間違いを自分はしていたのではないかと、シロウの心がざわつく。
「逆とは…一体。」
「―あなた方とは順番が逆なのよ。
そしてだからこそ疑問に思ったわ。さっき止まった
「そ、それでは私はどうすればよかったんだ。」
自分が行ってきた研究は、こちらが一方的な対抗意識を持っていただけに過ぎなかったと伝えられ、今までの苦労は果てしない徒労に思えてしまった。もはや心は折れ掛かっていた。
「でも、あれだけの巨体を制御するシステムだけは見事だわ。あれは貴方の仕事かしら?」
「あ、ああ。制御プログラムと命令系統のアルゴリズムはほとんど私の研究成果だ。
しかし先程の騒ぎでプログラムは抹消され、もはや動かぬ金属塊となった巨体を見据える。ネルフのエヴァにより止められ、膝をつく姿が自分と重なった。そんなシロウとは裏腹に、返答に満足そうに頷いたリツコは懐から一枚の紙きれを差し出す。
「ここに連絡なさい。貴方の技術、嫌がらせよりもっとマシな使い方が出来るわ。」
「これは?」
リツコに手渡された名刺には、リツコ本人の名前ではなく別人の名前と組織名が記されていた。
「丁度この前知り合った研究者が貴方みたいな技術を欲しがってたのよ。話は通しておくから、後は自分で何とかなさい。」
「…何故―」
わざわざ呼びつけてネルフに当てつけを行おうとした自分に、ネルフから来た彼女が助け舟を出してくれる理由が分からなかった。
最早この場に用は無いと立ち去るリツコは振り向きつつ答える。
「私はもうエヴァに、
言いたい事はそれだけだと、最早この場に用はないと立ち去るリツコにシロウは感謝し続けた。
「!?―ありがとう…、ありがとう!」
――――
「いやはや確かに見事な理論ですな。」
数週間後、戦略自衛隊の開発部内に感嘆の声が響く。思わぬ収穫に興奮冷めやらぬと声を上げる技術開発長は、リツコの紹介で戦自研へと籍を移した時田シロウへと歓迎の言葉を贈る。
「そしてようこそ、我が特殊重迫撃水陸機動師団が誇る陸上軽巡洋艦開発室、
期待してくださった方々すみません。アスカは次回です。
トライデントを知らない方は検索してみて下さい。一応エヴァに登場した兵器です。超マイナーですが。