ゲンドウ、再び   作:被検体E-1n

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銀鱗に舞う朱

――――

 

 「第二の少女か、エヴァの操縦技術については申し分ないが性格に難ありと…」

 

 片手に持った資料に目を通しつつ、冬月が今日到着するパイロットの評価をしている。

 到着する少女、惣流・アスカ・ラングレーについて理解している情報は少ない。前回とおおよそ同じ流れをなぞっているというのにも関わらず、持ちうる手札が少ない。客観的に自分を見つめ直してみて初めて分かることが余りにも多く、現状が場当たり的と言わざるを得ない。最初のレイとナオコが生きている事だけが大きなアドバンテージだが、彼女らに対する一方的な負い目から余り深く接触はできていない。しかし時間は待ってはくれない。ゼーレに対する対策のためにも多くの情報を知っていかなければならない。

 

 「…冬月、多少の事なら目を瞑ろう。大学を出ていたとしてもセカンドはまだ子供なのだから。」

 

 「―ほう、大人(オマエ)の行動には目を瞑らなくても良いという事だな。」

 

 ―地雷を踏みぬいた―

 

――――

 

 「見えて来た!あれがオーバーザレインボウ!すっごいよ碇!」

 

 隣に立つ友人、相田ケンスケが双眼鏡を片手に興奮している。

 確かにケンスケの言葉通り、遠くの海上に何隻と言う数の戦艦や空母が並んで航行する様は圧巻の一言に尽きる。しかしあまり軍事面に興味を抱けない自分としては、物珍しさは在りつつも数分も見ていれば飽きる光景だ。そんな自分と同じ感想を抱くだろうもう一方の友人である鈴原トウジは、既に港の屋台で購入した焼きそばに夢中のようだ。

 

 「にしてもこんな炎天下の中で出迎えなんてしなくても良いんじゃないのかな?」

 

 二号機が到着する新横須賀港にて、シンジたちはセカンドチルドレンの出迎え準備をしていた。

 

 「何言ってんだよ碇、わざわざドイツから長い船旅を経て勝手知らない異国の地に来るんだろ?そこに歓迎の一つでもなけりゃやってられないよ。」

 

 確かにケンスケの言葉にも一理ある。しかし普段からこの少年との付き合いがある身としては、建前に隠された本音は既に透けて見えている。だがシンジがそれについて言及するより先にトウジから突っ込みが入れられる。

 

 「何言っとるんや、ムグ…お前が気にしとるんは、はイロッろ(パイロット)やのうて、モグ…新しいエヴァの方やろ。」

 

 「食べながら喋ると汚いよトウジ。」

 

 焼きそばを口一杯に頬張りながらケンスケの本音を当てて見せるトウジにケンスケは悪びれもせず、むしろその言葉を待っていたと言わんばかりの反応でシンジたちに語りはじめる。

 

 「ご名答!いやぁ、流石に本部にあるエヴァ二機じゃあ首が回らなくなってきたんだろうな。しかも噂によると初号機や零号機とは違う正式タイプらしいんだよ。つまり戦闘機で言う所のYF(試作)タイプじゃなくてー…」

 

 「どうせ噂やのうてまた親のデータ盗み見たとちゃうんか?お前も懲りん奴っちゃなぁ。」

 

 トウジの鋭い反応に一瞬肩をビクつかせるケンスケだが、周囲を一瞥した後に胸をなでおろしそんなことは無いと胸を張る。

 

 「まあ今回は父さんも二人の同伴許可をくれたんだし、それ以上はケンスケが可愛そうだよ。」

 

 「いや、こいつは甘く見たらあかんで。自分の欲望に正直な奴や、またいつか死にかける目に合うで。」

 

 「そうね。」

 

 シンジの擁護も空しく、トウジはケンスケに鋭く切り込みを入れる。そしてまた別の方向からトウジへの援護が入る。

 

 「相田君はそんな事を続けているといつか消えてしまうわ。」

 

 淡々とした声の主、綾波レイがすたすたと三人の近くへと歩み寄ってきた。背後には今回の軍港での出迎えに保護者として同伴しているリツコも付いてきている。

 そんなレイの放った「死ぬ」ではなく「消える」という、どこか含みを持たせた言葉に少年三人は戦慄し、背後に控えるリツコがその言葉に補足を入れる。

 

 「必要以上の詮索は自分の首を絞める結果になりかねないわ、次は誰かが助けてくれる可能性は低くてよ。」

 

 遠回しに釘を刺されたケンスケは、冷や汗を流しつつ無言で頷いていた。

 

 

――――

 

 

 港湾で時間を潰しながら近づいてきた艦隊は、水平線で見えた時より大きくなっていた。そうして近づいてきた空母や戦艦の様子がどこかおかしい事に気づく。

 

 「うわっ、何だあれ!」

 

 初めに声を上げたのは双眼鏡を手にしたケンスケであった。

 最も大きい空母の上に陣取る紅い巨人、エヴァンゲリオン二号機が起動していた。そして周囲を警戒するように甲板上で構えつつ水面を注視していた。

 

 「二号機が起動している!?いったい何が起こっているの!」

 

 リツコの困惑に対して答え合わせをするように水面がうねり、そして飛沫とともに乳白色の巨体が飛び出した。

 

 「なんや、鯨か?」

 

 「違う、使徒!」

 

 そんな港での困惑をよそに海上の戦闘は続く。その巨体を活かした体当たりを水中から不規則に繰り返す使徒に対し、二号機は防戦を強いられていた。しかし機体には未だに傷は無く、予測不能な方向からの攻撃に対しても華麗なステップでいなしていた。

 

 「凄い、あんなに細かく動けるなんて―」

 

 シンジの驚嘆をよそに遠方で戦闘を繰り広げる弐号機は、不安定なはずの足場など無いかのように水上の戦艦群を飛び回る。甲板に使徒の巨体が打ちつけられようと、紙一重で攻撃を躱す。しかし互いに決め手に欠けるためか、次第に戦況は膠着していくように見えた。

 

 「でも二号機にはプログナイフしかないわ、あれだけでは決定打には―」

 

 レイの不安が的中するように水面から飛び出した使徒の口が大きく開かれる。ナイフしか持たない二号機は、身をかがめると吸い込まれるように使徒の口内へと消え、使徒はそのまま二号機を飲み込みんだ。そしてそのまま海に戻ると思われたが、白い巨体は甲板に飛びついたまま動きを止めた。

 一瞬の後、その巨体がぶるりと震えたと思った瞬間、ずるりと滑り落ちるように使徒は海へと沈み、巨大な波飛沫が晴れるとそこには突きの姿勢で静止した二号機が立っていた。

 

 「一撃で倒したってのか…」

 

 カメラを片手に驚愕するケンスケ。艦隊は既に目視で全貌が確認できるほどに迫っていた。

 ケンスケと同じく驚きと心強さを感じるシンジは、これからの戦いでもきっと大丈夫そうだと新しいパイロットに期待をした。

 

――――

 

 接舷された港を見下ろし、眼下から見上げる複数名の恐らくネルフ関係者達を確認するとプラグスーツ姿のままずんずんとタラップを下りていく。エヴァンゲリオン弐号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレーは絶賛不機嫌であった。

 

 「ほえー…、赤いんか弐号機って。」

 

 甲板に安置された弐号機を見上げてトウジが声を上げた。その横にビデオカメラのファインダーを夢中で覗くケンスケと、ぼうっと立っているシンジの姿があった。少し離れた場所にレイとリツコが立っている。すると、突然高飛車な少女の声が響いた。

 

 「違うのはカラーリングだけじゃないわ。所詮零号機と初号機は、開発過程のプロトタイプとテストタイプ。けど、この2号機は違う。これこそ実戦用につくられた世界初の本物のエヴァンゲリオンなのよ。正式タイプのね」

 

 声の主、アスカはタラップを降りた先で待っていた歓迎の者たちに不躾な視線を送る。わざわざネルフ本部から招集があったにもかかわらず、迎えに来ていたのはアホ面を晒す男子(ガキ)が三人と無表情な女子が一人、唯一まともそうな女性は電話をしていてこちらにまるで興味が無い。せっかくの初陣だったというのに、あの華麗な戦闘の後の出迎えがこれなのかと心底落胆した。

 そして懸念はもう一つ。自身と同じアイデンティティを持つ適格者(チルドレン)は自分を含め現状三人、本部に居るのは男女一人づつだと聞き及んでいたため、この場に居る遠足気分のガキどもがそれだと思い至る。女の方(ファースト)は恐らく無表情な方だとアタリを付ける。では男の方(サード)はこのアホ面三人衆のどれかだろう。正直全員が外れであってほしい。

 

 「ファーストはそこの奴だとして、サードはどいつ?まさか、この根暗そうな眼鏡じゃないでしょうね?それともこっちの馬鹿面したジャージ男?」

 

 その身に纏うスーツの色以上に苛烈な眼光と言葉にケンスケは目を逸らし、トウジは鼻息を荒げ袖を捲り上げた。

 

 「なんやとお前!誰が馬面じゃ!ちぃとばかり腕が立つからって調子に乗んなや!」

 

 もはや一触即発とばかりの雰囲気となってしまった双方に割って入るようにしてシンジは声を上げた。

 

 「ま、まぁまぁ落ち着きなよトウジ!、また僕を殴った時みたいになったら大変だよ。あ、あと僕がサードチルドレンの碇です、いきなりこんな事態になって申し訳ないけどよろしく。」

 

 シンジに掛けられた言葉で少しは落ち着きを取り戻したトウジと困り顔で彼を嗜めるシンジを見やり、アスカは深いため息をついた。

 

 「エヴァで戦えない事を恥とも思わないなんて、所詮七光りね」

 

 先程まで海上で緊急事態に見舞われていたにも関わらず、危機意識の低いお子様たちに嫌気が刺す。特に自分と同じエヴァパイロットであるにも拘らず、ただ港から観戦していただけの二名にはパイロットの格を落とすような真似だけは御免だった。

 

 そんなやり取りを見下ろしながらに観察していた影がタラップを下りながらアスカへと声をかける。

 

 「そんなことないぞアスカ、シンジ君の使徒撃墜スコアは3だ、きっと彼は頼りになる。勿論ファーストの彼女もな。」

 

 飄々とした雰囲気を醸しながらシンジとレイに視線を送る男、アスカの保護観察役である加持リョウジがアスカのすぐ隣まで歩んできた。この場において誰よりも大人びた空気を漂わせる加持のチルドレン二名を庇うような言葉に、アスカは更に苛立ちを募らせる。

 

 「フンっ!最初の戦闘は暴走によるまぐれ勝ち、二度目は命令違反、三度目は外部組織との協力でしょ、純粋な実力ならアタシの方が上よ!」

 

 「あ、うん…惣流さんに勝てるように頑張るよ。」

 

 その自信は先程の戦闘を観れば分かるほど確かなものに裏打ちされていた。

 しかし苛烈としか言いようのない彼女の言葉と性格に、シンジはただ苦笑いする事しか出来なかった。

 

 そして先程からしていた電話を終えて騒がしい子供たちの方へと歩み寄るリツコから、発令されていた緊急事態宣言は解除されたと報告された。アスカの戦闘と活躍を一通り評価した後、リツコは鋭い視線をタラップを最後に降りる人物へと向けた。

 

 「葛城一尉!使徒迎撃の現場での対応は認めます。しかし連絡を怠っていてよ、今回は上手く行ったから良かったもの、下手を打てばエヴァもパイロットも失っていたところよ!」

 

 鋭利なリツコの言葉に身体を縮こまらせながら耳に入れるミサトは、上手く行ったのにまた処分されるのではと震えあがった。

 

 「だ、だってリツコ、艦長は頑固だしアスカは勝手に出撃するしで大変だったのよぉ…、おまけにこの後は使徒の戦後処理と弐号機受領の書類と無断出撃の始末書なんだから、ちょっとは優しくしなさいよぉ…―」

 

 へなへなと港にへたり込むミサトからは、発令所で見せる溌剌とした雰囲気など一ミリも見られず、いままで騒がしくしていた子供たちですら哀れな物を観るようにしていた。

 

 「管理職って大変なんやな。」

 

 「ミサトさんの場合は指揮官じゃあないのか?」

 

 「…おつかれさま。」

 

 「ミサトも少しくらい苦労したほうがいいのよ。」

 

 「―あはは…無事でよかったですね。」

 

 各々が好き勝手な言葉を投げかけ、最後にリツコがとどめを刺す。

 

 「この様子じゃ、また減俸を食らうかもしれないわね。」

 

 「しょんなぁ~…―」

 

 捨てられた子犬のような哀れさを纏うミサトの声は、堤防に打ち付ける波の音とともに消えていった。

 

 

 

――――

 

 

 

 「長旅ご苦労だったな」

 

 「いえ、とても快適でしたよ。土産の一つもないのが申し訳ないくらいです。」

 

 時は少し進み、ネルフ本部司令室にて加持へと辞令が渡されていた。

 

 「では君は来週より本部直属となる、くれぐれも宜しく。」

 

 「ええ、こちらこそ。―」

 

 ゲンドウの言葉にも動じず、加持は肩を竦めながら司令の机へと腰を掛ける。本来は部下が上司に対して決してあってはならない態度であったが、ことこの男に関してはそれがまるで自然であるかのように見えてしまう。

 

 「―しかしゼーレもこの頃躍起になってますからね、例の(アダム)が見つからなければ安心して補完計画を実行できないでしょうから。」

 

 「老人共には良い暇つぶしだろう。」

 

 加持の口から小声で吐き出された言葉にゲンドウは気にせず返答する。そんなゲンドウを横目にしながら加持はにこやかに腰をあげ挨拶とともに司令室を後にした。

 この場に残されたのはゲンドウと冬月ただ二名だけとなり、しばらく奇妙な沈黙が続いたのちに冬月から口を開いた。

 

 「今の所は盗聴器などは仕掛けてはないようだな。加持リョウジ特殊監査官、並びに日本政府内務省所属の工作員であり老人達(ゼーレ)の鈴だ。信用に足る男かね?」

 

 先ほどの加持の行動が工作員としての動きだと目を付けた冬月だったが、懸念した盗聴装置などは仕掛けられていないと確認をした。そして先程の行動がこちらへの工作(ちょうはつ)である可能性さえ見越したうえでゲンドウは彼を見逃した。

 

 「今はまだ泳がせておいて問題ない、老人会は溝攫い(ドブさらい)に夢中だ。何より彼の能力と立場は替えが効かない。暫くしたら私から声をかける。」

 

 「上手く行くといいがね。」

 

 運命は立ち止まってはくれない。

 

 

 

 

 

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