ゲンドウ、再び   作:被検体E-1n

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歓待

――――

 

 アスカ来日から数日後 

 

 

 「―んもぉ~ホントに疲れたわ。この一杯がなけりゃ私干からびて死んでるところよ。」

 

 口の周りを泡まみれにしながらジョッキを下すミサトは、本来よりも増えた仕事を猛スピードで終え、処分を回避できた愚痴を叫びつつ次の一杯を注文していた。

 

 「ちょっとミサト、アタシの歓迎会なんて言ったくせに何なのよこの小っさい飲み屋は。このエリートパイロットであるアスカ様にはこれで十分だってこと!」

 

 そんな情けない姿を晒すミサトに本来はこの場の主役であるはずのアスカが突っかかり、彼女との懇親会にと呼ばれてきた面々は苦笑しつつそれぞれ手近な者と会話をする。

 一方そのアスカの言葉を受け、ミサトはよよと涙を流しながらジョッキを呷り弁明を始める。

 

 「だっでッ仕方ないじゃない、この場は私の驕りだって言ったは良い物のッ、この前減俸を食らった直後だからお給料は減ってるし、(ルノー)とか他のローンもまだまだあるのにっ、贅沢なんてできないわよぉ~」

 

 この場に呼ばれているのは全てネルフ関係者であり、他のエヴァパイロットは勿論のこと、管制関係で関わるであろう発令所のオペレーター達等も顔を出していた。

 アスカの怒りは知らぬことだがこの飲み屋はネルフ関係者御用達の店でもあり機密事項や警護、チルドレンの保護に関しては太鼓判を押せるほどの店でもあった。そしてミサトのポケットマネーで貸し切りにしてあるためにこの歓迎会自体に掛かった金額を知ればアスカも黙らせることが出来たのであろうが、当のミサトは酔っぱらいながら向かいに座るリツコに泣き言を言うばかりであった。

 

 既に酔いが回りまともにろれつが回らなくなり始めてるミサトにアスカは呆れ、長机を囲むように座る他の面々に気を向ける。目に付いたのは自分以外のパイロットである二名であった。両者ともにあまり周囲の輪には溶け込まず、机の隅で食事を突きつつ何やら会話をしていた。

 

 「―そうなんだ、僕はあまり漫画とか読まないから何かお勧めがあったら―」

 

 「ちょっとあんた達、アタシの歓迎会なんだからこの主役のアスカ様を迎えようって気持ちは無いわけ!」

 

 前回は淡白な会話しか出来なかったため、今度こそ自分が来たという事を見せつけてやろうと二人の合間に割って入る。

 

 「ご、ごめん惣流さん。」

 

 「あんたバカァ!?、こういう時はよろしくお願いしますでしょ!」

 

 反射的に謝ってきたサードに吠えると、どかりとその近くに腰を下ろし空いたグラスを突き出す。

 その行動に理解が追いつかないシンジとレイは頭上に疑問符を浮かべつつ双子のように首をかしげる。そんな二名の顔を見ていると数日前の港での怒りがぶり返し、再びサードに対して声を上げる。

 

 「なにボケっとしてるのよ!飲み物を注げって事よ!」

 

 「あっ、ごめん…ドイツ式の挨拶なのかと…」

 

 とぼけた顔でとぼけた事を言うこの馬鹿(サード)に対し、怒りが沸くどころかこれからやっていけるのかすら心配になる。そして同時にドイツのおかしな挨拶だと思われた一連の行動に更に苛立ちが募る。

 

 「Bist du bescheuert(アンタバカァ)!?――」

 

 「あぁ…分かんないけど多分罵倒されてる。

 

 ドイツ語で怒り散らすアスカをなだめるために、シンジとレイはいそいそとアスカのコップに飲み物を注ぎ、取り皿に料理を並べ始めた。

 

 が、結局アスカの苛立ちは飲み会の終盤に加持が訪れるまで続く羽目になった。

 

 

――――

 

 

 一方先程までの飲んだくれた姿はなりを潜めたミサトは、わいわいと騒がしくする子供たち(チルドレン)を肴に酒を呷っていた。

 

 「あれじゃあ王様ね。」

 

 「女帝の間違いでしょ?」

 

 ミサトのつぶやきを訂正するようにリツコが言葉を続ける。確かに視線の先でチルドレン二名を顎で使い、歓迎とは名ばかりの接待をさせられている姿が映る。タタミが苦手だと声を上げ、他の者よりも多めに重ねた座布団にふんぞり返る姿は、見る物が見れば微笑ましくも滑稽に映るだろう。

 そんな暴君に対してぺこぺこと世話をする小間使い(チルドレン)を見やるとミサトは青ざめつつもほっとしたように声を出した。

 

 「碇司令が来なくて安心したわ。あんなシンジ君の姿見せられたら、まぁ~た恐ろしい目に合いそうな気がするもの。」

 

 最近は仕事で碌な目に合ってないミサトは減俸を食らった時の叱責を思い起こして身震いする。しかしミサトの言葉が引っ掛かったリツコはミサトに対して疑問をぶつける。

 

 「…?、シンジ君のあんな姿を見せても司令は怒らないと思うわよ?」

 

 「リツコ、それ本気で言ってる訳ぇ!?、あの碇司令よ!シンジ君の事となると目の色を変えるあの碇司令!」

 

 どうやらミサトの中ではゲンドウに多大な偏見があるようだと、リツコは本部の先輩として苦言を呈する。

 

 「あなた司令に対してどんなイメージ持ち合わせてるのよ。ミサトの処分は民間人を戦闘に巻き込んだことが原因でしょう、身から出た錆よ。シンジ君に因果関係は認められないわ。

 それと、…あまり大きい声で司令の事を悪く言わない方がいいわよ。」

 

 最後の方に小声で呟かれた忠告にミサトの動きが止まる。

 

 「ちょっと、それ脅してる訳?こんな下らない会話まで記録される訳ないでしょうに。」

 

 冷や汗を垂らしながらもネルフ本部に着任してからの発言を一瞬で振り返り、まさかそんなはずはと思い直す。しかし正面に座るリツコの顔は本気であった。

 

 「…マジなの?―」

 

 一瞬の沈黙の後に再びリツコが口を開く。

 

 「盗聴の類とは違うけど、―碇司令、結構信奉者(シンパ)が多いのよ。あなたの不用意な発言で私まで巻き添えを食らうのは御免よ。」

 

 「あのお堅いオーラの塊みたいな人に!?」

 

 下手な事を言うなと言った直後に驚きの声を上げたミサトに対して頭痛を覚えるリツコであったが、取りあえず彼女にも理解できるようにあらましを伝えることにした。

 

 「良いことミサト、あなたは知らないでしょうけどこのネルフ本部での暗黙の了解があるのよ。いえ、あったと言うべきね―」

 

 神妙な顔をして話し始めたリツコに、いつの間にか酔いは抜け続きを促す。

 

 「―『司令への要件は、緊急でない場合は可能な限り月初めに提出しろ』よ。―」

 

 「…はい?、何それ?」

 

 真剣な顔して何の事やらと思えば資料提出についてであり、頭上に疑問符を浮かべるミサトに対しリツコは続ける。

 

 「―ミサト、シンジ君が以前までは司令と離れて暮らしていたことは知っているわよね。」

 

 「まぁ、そのくらいは知ってるわよ、今は同じ家で生活しているってこともね。」

 

 話が繋がらないながらも取りあえず問いに対しては知っていると返答をした。

 

 「その離れていた時シンジ君と決めたルールらしいのよ。『月に一度必ず電話をする』って。」

 

 「じゃあ、つまり月初めって…」

 

 なんとなく話が見えてきたミサトに応えるようにリツコが答えを口にする。

 

 「そう、シンジ君と司令が電話をする可能性が低い期間の事よ。」

 

 「えぇ~…、息子との時間を邪魔されたくないと。でも組織のトップとしてはそんな事してた方が嫌われるんじゃないの?」

 

 何となく理解は出来た。あの厳めしい図体からは想像できない程に子煩悩な姿に何だかもやもやするミサトであったが、気を取り直して話の続きをリツコから伺う。

 

 「―逆よ。いかな組織の長で在ろうと、子供を愛する気持ちを忘れない姿に心打たれた職員も居るのよ。それに司令の口添えもあってネルフの育休産休の取得率は男女共に高水準、休暇中の福利厚生に職場復帰の手続きまでスムーズ。子を持つ親なら言う事なしのホワイト職場ね。」

 

 「…あの見た目からは想像できないわね。」

 

 話を聞いたミサトの感想には半ば思う所が無いわけでもないのかリツコも目を伏す。

 

 「まぁ、人は見た目じゃ推し量れないってことよ。

 それにミサト、司令の信奉者が最近急激に増えたのよ。あなたが原因の一部でもあるんだから気をつけなさい。下手な事を言って部下にそっぽを向かれたら目も当てられないわよ?」

 

 「え?、ドユコト?」

 

 リツコの通告の意味が分からなかったミサトは、目を点にして首を傾ける。ついでに理解したくないと再び手元に寄せた酒を飲み始める。

 

 「以前勝手な判断でシンジ君をエヴァに乗せたでしょう?第三使徒の時よ。あの時のエヴァケージ内での司令の姿が忘れられない整備スタッフが居るそうよ。おまけに話に尾ひれが付いて広まっているわ。」

 

 「ア、アレネー――」

 

 もはや馬鹿の顔になって酔い直そうとジョッキを傾けるミサトをよそに、リツコは話を続ける。

 

 「それにミサトがエヴァに乗せた民間人、つまりネルフ職員の子供二名(トウジとケンスケ)の処分について、寛大な処置を貰ったって彼らの親が噂にしてたわよ。『司令は偉大だ』って。おかげで内のスタッフにまで感染者が出て下手な事は言えないわ。―ちょっとミサト、聞いてるの?どこに耳があるか分からないってことよ。」

 

 「ハイ、キイテマストモ。」

 

 機械のように酒を流し込むミサトの顔から表情は消えていた。

 懇親会の喧騒をよそにミサトはしばらくの間動けずに固まっていた。そんなミサトに呆れ、リツコは他の参加者の下へ行ってしまった。暫くして加持が訪れるまで彼女の思考は石のように止まったままであった。

 

 

――――

 

 

 「―んもぅ~家にまで送らなくたってッ、らいじょうぶだってぇのにぃ~ヒック―」

 

 酔っ払いまともに歩くことすら困難になったミサトを背負い加持は歩く。遅れて参加した飲み会は混沌の様を見せていたが、どこか懐かしさを覚える温かさがあった。この第三新東京が戦場になったなど嘘かと思えるほどに、そして背中に感じるこの暖かさもその感情に拍車をかけていた。

 

 「―まるで昔に戻ったみたいだ。」

 

 「…ちょっとぉ、わたしはアンタとなんかァー」

 

 いつの間にか感情が口から零れていたようだ。しかし自分の声に反応するミサトの考えている事とは少し違った。

 

 「いや、違うんだ葛城。昔の、セカンドインパクト前の事を思い出したんだ。街は平和で俺はいつも仲間と走り回っていた。当時は弟も一緒でな、こんな風に疲れて歩けなくなった弟を背負って帰ったもんさ…」

 

 ふと口にした言葉がどういう訳か立て続けに転がり出た。思い返す温かさがとても好きで、そして大嫌いだった。

 

 「加持君…そんな話初めて聞いた。弟さんって―」

 

 「―死んだよ。セカンドインパクトの混乱でな、亡骸を見る事さえ叶わなかった…」

 

 食い気味に答えた後に話すべきではなかったと後悔する。しかし時は戻らない。何とかその場を誤魔化すように話題を逸らしたような話を始めるが、ミサトは沈黙を貫いたまま家の近くまで着いてしまった。

 

 「―ありがとう加持君、ここからはもう行けるから。」

 

 ふらふらと背中から降りるミサトに肩を貸し、立てるかを確認する。そしてそれぞれ帰ろうとする二人だったが、物陰からネルフの黒服、保安部の男が近づいてきた。何事かと咄嗟に仕事モードへと身構える二人であったが、どちらかと言えば用事がありそうなのはミサトに対してのようだ。サングラスで表情は読めなかったが、顔に付いた大きな傷跡から中々の修羅場を潜り抜けて来たのだろうと身構える。

 

 「…作戦部長殿―」

 

 何か緊急事態なのかと姿勢を正すミサトに対し遠慮がちに言葉を続ける。

 

 「―碇司令は立派な方です。そう考えている者は少なからず存在します、私を含めて。ですので可能であれば悪し様にするような発言は控えて頂きたいのです。」

 

 「…ひゃい。」

 

 どうやら先ほどの店の警備を担当していた者の一人だったようだ。先程までの緊張感は霧散してしまった。

 

 しかし加持はこの男に関して喉に引っ掛かりを憶えるような疑念を抱いた。

 

 「なぁ、君は保安部の所属なんだよな。」

 

 「ええ、そうですが。如何されましたかリョウジ特殊監査官。」

 

 目の前の黒服はこちらにネルフの身分証明を見せつつ答える。

 

 「いや、何でもない。こんな遅くまでご苦労さん。」

 

 加持の挨拶に一礼すると保安部の男は夜の闇に消えて行った。

 

 「はぁ、心臓止まったかと思ったわ。で、加持、彼が何か気になったの?」

 

 ミサトは先程までの酔いはどこへと言うほど素面になっていた。勿論もろもろの原因を考えれば自分が蒔いた種と言えなくもないのだが、リツコに忠告された当日に声がかかるものかと動揺していた。

 そして加持の行動に思考を移す。

 

 「俺は職業柄人の顔を覚えるのが得意でね、ネルフのデータベースに乗っているスタッフの顔はほとんど覚えているつもりだったんだが。」

 

 「保安部の見た目ってほとんど似たような格好だから、誰かと混同してるだけじゃなくて?」

 

 確かにその可能性も考えた。しかしそれだけではあまりにも納得がいかない。

 

 「いや、それはない。あんな顔の傷、一度見たら忘れないさ。それにネルフの身分証は間違いなく本物だった。」

 

 「つまりどういうこと?」

 

 加持の背中に汗が流れる。自分はネルフに対し何か大きな勘違いをしているのではないかと。そしてこの疑問を口にする事の危険さを、ミサトを巻き込むわけにはいかなかった。故に嘘をついた。

 

 「つまり…大きな配置換えかデータベースの更新があったってことだろうさ。また勉強のし直しだよ。」

 

 やれやれと頬を掻きつつ加持はその場を離れ、ミサトも気にはなったが疲れに負けて家路へと着いた。

 

――

 

 

 街灯の下で紫煙を吐き出し考えを纏める加持に一つの疑念が生まれる。

 

 「俺の知らない保安部員(ライフガード)か。ネルフは、碇司令は何を考えているんだ…」

 

 

――

 

 

 

 

 

 「冬月、やはり私もセカンドの懇親会に―」

 

 「仕事だ」

 

 

 

 

 

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