ゲンドウ、再び   作:被検体E-1n

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調律

 

 

––––––––

 

 

 「碇のやつ、もう三日も休んでるけど大丈夫かな?」

 

 「せやなぁ、やけんシンジの家行ってみたんやが誰もおらんかったわ。もしかすると入院しとるんかもな。」

 

 学校帰りのトウジとケンスケが、ここ数日休んでいるシンジについて会話をしていると、少し前方を歩いている同じ学校の女子生徒に気がついた。しかも並んで歩く二人の片方は角度によって青く見える白髪であり、先ほど話題に上がったシンジに近しい関係者であるレイだと直ぐに分かった。

 

 「おいケンスケ、綾波と委員長があそこにおるけど、あいつら家の方向こっちと違うよな?」

 

 「そうだね、でもそれが何だってのさ?」

 

 友人の近況から突然、前方を歩くクラスの女子二人に話題を変えたトウジにケンスケは問い返す。

 その問いには答えず、トウジは目を細めながらじっと二人の女子の背中を見つめ続ける。

 

 「…怪しいとは思わんか?ケンスケ。」

 

 怪しいのはお前だ。などとは口が裂けても言えないケンスケだが、確かに前方を歩く女子、特にレイはシンジと同じエヴァのパイロットであったと思い至り、その旨をトウジに伝えようと口を開くがー

 

 「そういや綾波は碇とおなー」

 

 「おぉ〜い!委員長、綾波!シンジん所行くんかぁ!?」

 

 ーその言葉を聞く前にトウジは前方の二人に駆け寄って行ってしまった。

 

 「ー…っておいおい、俺を置いてくなよ。」

 

 既に二人に追い付き話し始めているトウジにため息を吐きながらも、何だかんだそんな彼の無鉄砲さに救われているなとケンスケは彼らを追うのであった。

 

 

––––––––

 

 

 「はぇえ、ちゅうことはこの前の呼び出しで負けてから、今日の今日までミサトさん家で特訓してたんか。分からん訳やな。」

 

 入院していると予想されていたシンジであったが、綾波の言によれば、現状はさして怪我もなく次の作戦時までの特訓を行っているとの事であった。

 そんな場所に行ってもいいのかとケンスケは思ったが、綾波が溜まったプリントを届けるために委員長の洞木ヒカリを案内しているのだから、自分たちが付いて行っても問題ないだろうと思考する事を放棄した。…が、別に綾波は特に何も考えていないだけである。

 

 「着いたわ、ここ。」

 

 そんなやり取りをしている内に目的の建物まで到着した。一見普通のマンションであるが、こんな場所でどんな訓練が行われているのだろうと、ケンスケは胸を踊らせる。隣に立つトウジは少し眉間にしわを寄せシンジを心配し、ヒカリとレイは何食わぬ顔で扉の前に立つ。

 綾波がそっとインターホンに手を添えると、「はぁい」と少し伸びた声が重なって聞こえたような気がした。

 どたどたと玄関に向かう足音が聞こえ、扉が開かれた。

 

 「げっ、何でアンタ達がここに来てるのよ!」

 「げっ、何でみんながここに来てるんだよ!」

 

 およそ何らかの特訓をしているようには見えない、時代錯誤のペアルックを着た二人が現れた。

 その姿を見るや綾波以外の全員が表情を変え、各々が言いたい放題口走る。

 

 「う、裏切りも〜ん!シンジはワシらの味方やなかったんか!」

 

 「今時ペアルックとはねぇ、何だかいやぁ〜んなかんじ。」

 

 「い、碇君!学校を休んでまでこんな事、不潔よっ!」

 

 それぞれの言葉を受け取ったアスカとシンジは、もじもじと顔を赤らめつつ同時に答える。

 

 「ちっ、違うよ、これは日本人は形から入るものだって、無理やりミサトさんが…」

 「ちッ、違うわ、これは日本人は形から入るものだって、無理やりミサトが…」

 

 まるで示し合わせたかのように同時に同じ内容を語る様子に固まる三人をよそに、綾波は微笑みながら言葉を投げかける。

 

 「…特訓は順調みたいね。」

 

 「「何笑ってるんだよ!」のよ!」

 

 そんな中、玄関先で声が響いたためか、中々戻らないシンジとアスカに何事かあったのかと心配したのか、家主であるミサトが顔を覗かせた。

 

 「二人とも何かあったの?…あら、シンジ君のクラスメイトの。いらっしゃい。」

 

 「ミサトさん、これはどういう状況なんですか?説明してください。ワイは今冷静さを欠こうとしています。」

 

 

––––––––

 

 

 「そうならそうと、はよ言うてくれたら良かったのに。」

 

 玄関で立ち話も何だからと、ミサトの家に上がりこんだ四人は目の前で特訓に勤しむパイロット二名をよそにミサトから説明を受ける。

 特訓と言うにはどうにも遊んでいるようにしか見えない様にケンスケは若干がっかりしていたが、ヒカリは目を輝かせて二人を見つめていた。

 そんな委員長の様子に、大方また少女漫画の影響だろうと予測を立てている綾波の足元に、シンジが蹴飛ばされてきた。

 

 「おっそい!アンタ本当に勝つ気あんの?」

 

 背中をさするシンジにかけられる声は、先ほどのもじもじとした姿とは打って変わって鋭いものとなっていた。

 腕を組み不機嫌そうに鼻を鳴らすアスカに、さすがに見ていられないとミサトが声をかける。

 

 「アスカの動きが鋭すぎるのよ。それにこれはユニゾンの訓練よ?確かにシンジ君の動きはまだぎこちないけど、大切なのは高得点を取ることじゃなくて互いの動きを合わせることよ。あなたはもっとシンジ君の動きを見てあげなさい。」

 

 たしなめる様な言葉であったが、それは自分に絶対の自信を持つアスカの逆鱗に触れるものであった。

 学校の友人たちに囲まれ心配されるシンジを見やり拳を深く握りしめ、わなわなと肩を震わせて先ほどよりもさらに大きな声でシンジに対して吠えた。

 

 「何でアタシがこいつの為にレベルを下げなきゃなんないのよ!どうしてアタシの努力を誰も見てくれないの!?アタシはこんなに頑張ってエヴァのパイロットにまで漕ぎ着けたのに!どうして親の七光りなんかでエヴァに乗ってる奴なんかに!アタシ一人で全部出来るわよ!それなのにどうして!?」

 

 今まで人前で貼り付けてきた仮面を剥がしアスカは金切り声を上げる。自分は天才だと言ってはばからないのは確かな努力による結果を持っているからだと、なのになぜ誰も自分を見ずに他のものに声をかけるのか。理解できないと叫んでいた。これまで溜め込んでいた鬱憤が爆発した。

 

 「それは違うわアスカ…」

 

 「違わないわよ!」

 

 ミサトの言葉もそこそこにアスカは否定の言葉を続ける。

 

 「だってそうじゃない!アタシやファーストみたいにマルドゥク機関に選出された訳じゃないんでしょう、そこの七光りは!自分じゃ何もできないくせに親の脛に齧り付いて!どうせ司令の前で言ったんでしょ!?ボクをエヴァに乗せてくれって。そこで乗せる司令も司令よね!こんなガキに甘すぎよ!」

 

 あまりの激昂ぶりにその場にいる全員が固まってしまった。そしてその言葉に対して何か言い返そうとするも、確かに最初にエヴァに乗ったのは自分の我が儘だと思い至ったシンジは、あの時ゲンドウに言われた言葉が脳内で反芻(リフレイン)してしまっていた。

 そのあまりな様に過呼吸を起こし始めていたシンジの肩を抱き、アスカに対しトウジも激昂する。

 

 「オマエ何様じゃぁ!!ボケぇ!」

 

 「あ゛あ゛ぁん!?」

 

 両者が並び立ち、一触即発と言っても過言ではない状態であったが、事の中心であるシンジがトウジの肩を滑り抜け部屋から駆け出してしまった。

 

 「シンジっ!ちょっ待てどこ行くんや!」

 

 玄関に向かって叫ぶトウジの言葉すら受け取らず、シンジは裸足のままミサトの家を出て行ってしまった。

 

 「ハンっ!分が悪いとなると逃げ出すとは、正にガキね。」

 

 そんなシンジに対して吐き捨てるような言葉を口にしたアスカに対し、ついにトウジも我慢の限界を迎えた。

 怒りの言葉を吐くよりも先に拳が放たれた。しかしその拳はアスカに刺さるよりも前に止められる。いや、正確には代わりの人物がトウジに殴り飛ばされたのだ。

 

 「ケンスケっ!お前なんでそんな奴を庇うんや!?やっぱり顔か?顔がええからなんか?見損なったで!」

 

 殴り飛ばされたケンスケは、流れ出る鼻血を気にする事もなくトウジとアスカの間に再び割って入る。

 

 「違うよトウジ、思い出せ。こんなんでもこいつは代えの効かないエヴァのパイロットなんだぜ?前回は碇の親父さんが全部背負ってくれたおかげで俺たちは許されたけど、今度という今度はそうはいかないだろう!?また親父達に迷惑かけるつもりかよ!せっかくサクラちゃんだって便宜を図ってもらったんだろ?俺だってムカつくけど、こんな所で棒に振るなよ!」

 

 そのケンスケの言葉に思う所があったのか、トウジは歯を食いしばり自分の頬を強く殴るとケンスケに対し謝った。

 

 「スマン、ケンスケ。」

 

 「いいって事よ。」

 

 そんな男二人の様を面白くなさそうに見ているアスカに対し、いくばくか落ち着きを取り戻したトウジは向き直り言葉をかける。

 同じようにアスカも少しは落ち着きを取り戻し、トウジに対し仁王立ちで言葉を受け付ける。

 

 「オマエ、天才(エリート)なんやろ?」

 

 「そうよ。」

 

 返事は短く、さらに続くであろうトウジの言葉をアスカは顎をしゃくり促す。

 

 「オマエ、シンジよりずっと早くエヴァに乗っとったんやろ?」

 

 「そうよ、小さい頃からエヴァのパイロットとしての英才教育を受けてきたのよ。たった数ヶ月前にパイロットになった奴なんかとは年季が違うのよ。」

 

 得意げに鼻を鳴らし答えるアスカに対し、再び苛立ちを見せるトウジであったが、先ほどのやり取りを思い起こし務めて冷静に言葉を紡ぐ。

 

 「だったら…」

 

 「だったら?」

 

 そこで力なく肩を落とすトウジにアスカは言葉をおうむ返しした。そしてさらに続くであろう言葉を待つ。

 

 「…だったらお前シンジの先輩やないか。お前ほど経験も何年も訓練積んだわけでもないのにシンジは命張っとるんや、先輩ヅラして偉そうにするなら少しはシンジの事引っ張ったらんかい!それでもエリートか?」

 

 その言葉は確かであった。さしものアスカもぐうの音も出ないほどの正論にさらされ、目を伏して状況を振り返る。

 確かにシンジは特訓が苦手であった。二日もかけて未だに完璧にアスカに合わせられてはいない。しかしそう思うアスカの方はどうであろうか、一度でも相手に合わせようと思ったかと、短くも濃密な特訓を振り返る。

 答えは否。自分一人で全てをこなしてきた彼女にとって他人とは異物でしかない。それも自分と競い合うであろうチルドレン(ライバル)であるならば尚の事だ。そうして今回の顛末に思い至る。

 トウジの言葉によって気付かされたのだ。互いに足を引っ張りあっていたのであれば勝利は危うく、次こそ人類は滅ぶという事に。

 よって腕を組んだアスカは大きく息を吸い込むと、不服そうに、本当に不服そうに言葉を吐いた。

 

 「………悪かったわよ。」

 

 「それはシンジに言ったれ。」

 

 アスカの謝罪を本当に受け取るべき相手をトウジは伝えると、事の成り行きを見守っていたヒカリとレイに声をかけ始める。

 

 「さっ、シンジ探しに行くで。ミサトさん、すんません迷惑かけましたわ。自分らはシンジ探しつつ家に帰りますんで、ここいらで失礼します。」

 

 そして放心状態で椅子にかけていたミサトに声をかけると、トウジは荷物をまとめ始め、それに合わせてレイやケンスケ達も荷物をまとめ始めた。

 そんな様子を見ているアスカに対し、トウジは再び声をかける。

 

 「何ぼさっとしとる、お前も探しに行くんや。お前が謝らな始まらんやろが。」

 

 普段のアスカであれば保安部が見つけるだろうと言葉を返したのだが、先ほどまでの惨状と、トウジのその有無をも言わせぬ言葉にわかったと肯定し、玄関まで向かって行った。

 

 残されたミサトは、自分の監督責任によって作戦が失敗するかもしれないと放心し、作戦終了まで封印すると誓ったビールのプルタブに指をかけた。

 

 

––––––––

 

 

 炎天下で闇雲に人間を探すのは愚かである。その為各々が心当たりのある場所を探す事に決めたのだ。

 アスカは支給された携帯に表示される地図を元に歩みを進める。拗ねた子供が逃げ出しそうな場所など一つしかない。

 

 「…居た。」

 

 予想通り、シンジは自宅の玄関の前で座り込んでいた。そんなアスカには気づかず、扉を背に体育座りで膝に頭を埋めるシンジにアスカは近づく。

 

 「ちょっと、このあっついなかあんたを探しに来てやったのよ?ちっとは言う事ないわけ?」

 

 そんな嫌味たっぷりのアスカの言葉に対しシンジは顔を上げ、震えながら口を開いた。

 

 「…あしでまといでごめんなさい。」

 

 そう言うシンジは腫れた目を擦りながらぽろぽろと泣き出してしまった。さしものアスカもバツが悪いためか、これにばかりは強気になれず、シンジの前にしゃがみ込んであたふたと慌て始める。

 

 「ちょっ、何泣いてるのよ。悪かったって、さっきのは私が悪かったわよ。あんただって頑張ってきたんでしょう?」

 

 「でもっ、君の言った通りエヴァに最初に乗ったのはぼくの我が儘だし、戦闘は下手だから君みたいにうまく戦えないし、そのせいで色んな人に迷惑かけて、ぼくはただ、ぼくは…」

 

 ぶるぶると震えるシンジの口から紡がれた言葉に焦りつつもうなづき返し、シンジをなだめようとする。しかし次に吐露されたシンジの想いにアスカは頭を殴られたような気分になった。

 

 「−ぼくは、ただとうさんに必要って言って欲しかったんだ。」

 

 衝撃だった。自分と同じ理由だった。ただ振り向いて欲しい人がいて、その為にがむしゃらに努力した。エヴァに乗る事だってその理由づけの一つに過ぎなかったはずの事をアスカは思い起こした。

 目の前でうずくまるのは自分だった。親に捨てられまいと必死にもがく幼いアスカだった。

 

 「ッ!ごめん。アタシ、あんたの事何も知らずに傷つけた。最低よ…」

 

 

–––––––– 

 

 

 

 しばらくしてシンジが落ち着いたのを見計らい、アスカはシンジの隣に腰掛ける、そしてアスカも自分の想いを口にする。

 

 「アタシもね、あんたと同じだった。ママにね、見ていて欲しかったの。だから他の子とは違うって証明する為に、ママの為に特別である為に努力した。でもママはアタシを置いていっちゃった。もう会えない。」

 

 そう言うアスカの目尻には涙が浮かんでいた。

 落ち着きを取り戻したシンジはそんなアスカを横目に口を開いた。

 

 「ありがとう、惣流さん。」

 

 そんな真面目な顔で感謝されるとは思っておらず、調子の狂ったアスカは顔を赤くしてシンジを突っぱねる。

 

 「…うっさい。でも、アタシと違ってあんたの父親は生きてるんでしょ。だったらもっとシャキっとしなさい。」

 

 「うん。僕、頑張るよ。」

 

 そうしてようやく互いのわだかまりが解けると、途端に喉が渇いていたと気がつく。炎天下で、日陰とはいえ外気に晒されていてはそうもなるだろう。それに気づくとシンジはアスカに声をかける。

 

 「泣いたら喉が渇いたよ。うちで少し休憩してからミサトさんの所へ戻ろう。」

 

 「それもそうね。…あと、あんたは靴を履きなさい。」

 

 それもそうだと苦笑するシンジは、手のひらを玄関のパネルに乗せて解錠する。

 

 「じゃあ僕はまず足を洗ってくるから、惣流さんは適当に何か飲んでて。冷蔵庫のものは好きに使っていいから。」

 

 「ふぅん、随分と上等な家に住んでるのね。」

 

 そう言うとアスカは、風呂場へと向かうシンジをよそにグラスを借りて冷蔵庫を漁る。ジオフロント内に支給された自室とは随分と格が違うと見せつけられたアスカは、自然と物色する手にも力が入る。

 

 「ちょっ、このご時世に随分いいもの食べてるじゃない。こちとら92%合成肉だってのに。果物ジュースに至っては100%、やっぱりお坊ちゃんね。そう思うとなんだかまたムカついてきたわ。」

 

 そう言うや否や、早速無遠慮に冷えたジュースをグラスに注ぐ。氷でかさを増すなどというせこい真似は勿論行わない。そうしてグラスを片手に碇邸の散策を始める。

 

 「フンッ!」

 

 左手で喉を潤し、右手で扉を(勝手に)開ける。一つ、二つとドアノブへと手をかけるが、さして面白いものがあるわけでもなく、三つ目のノブに手をかけた所で飽き始めたため、ここで止めておこうとするアスカだが、ふとリビングの方向から自分を呼ぶ声が響いた。

 

 「−あれ?惣流?おーい。」

 

 声とともにこちらに近づくシンジ。そして廊下の先でドアノブに手をかけるアスカを発見し、顔色を変える。

 

 「ちょッ、何やってんだよ!そこは父さんの部屋だって。勝手に開けちゃダメだよ!」

 

 シンジの必死の形相に心なしか嗜虐心をくすぐられたアスカは、ジュースを飲み干すと先ほどまでのやり取りなど忘れたかにようにシンジを煽る。

 

 「あらぁ?まさか碇司令の息子さんが、司令のプライベートを知らないなんて本当ですかぁ?」

 

 「なっ!?、関係ないだろ!日本には『親しき中にも礼儀あり』って言葉があるんだよ!」

 

 若干使いどころがおかしいような言葉を返すシンジであったが、正直に言えばゲンドウの部屋はいつだって気にはなっていた。しかし心のどこかで踏み込むことをためらっていたシンジは、父親の違う一面を目にしてしまう事を恐れてもいた。

 

 「鍵は…掛かってないみたいね。」

 

 そんなシンジの受け答えを無視するようにアスカはドアノブをひねる。そして開かれた父の部屋に戦々恐々としつつも、どこか好奇心が隠せぬシンジはついにアスカとともに部屋へと入ってしまう。

 

 「ふぅん、もっと物々しい部屋を想像していたけど、案外普通ね。あんた本当に知らなかったの?」

 

 「…うん。」

 

 アスカの問いになんとも素っ気ない返事をしたシンジは、部屋のただ一点。中央に鎮座するものに視線が注がれていた。

 

 「…ピアノ。」

 

 部屋の中心に一台、漆黒のグランドピアノが置かれていた。それはベッドや本棚がほんの少し乱れ生活感を感じさせるなかで、恐ろしいまでに完璧に整えられていた。その表面には塵一つ乗ってはいなかった。

 

 「このピアノが何だってえのよ。普通に司令の趣味なんじゃないの?…これかなり高いやつよね?」

 

 アスカが何の気なしに覗き込んだグランドピアノにはセカンドインパクトの煽りを受け倒産した高級ピアノメーカーの名前が刻まれていた。たまたまアスカが知っていたのはそれがドイツの企業であったからに他ならない。

 まるで引き寄せられるようにピアノに触れたシンジは、なんの気なく鍵盤に触れる。瞬間、均整のとれた音色が部屋に響く。

 

 「調律も完璧だ。…父さんの趣味、本当だったんだ。」

 

 まるで泣きそうな、それでいて笑い出しそうなシンジを横目にアスカは思考する。

 

 「…あんた、ピアノ弾けるの?」

 

 「え?、まあ、一応少しだけなら。」

 

 シンジの返答に「そっ」と味気ない返事をしたアスカは腕を組み、そしてシンジへと向き直る。

 

 「作戦変更よ。アタシがあんたのレベルに合わせてあげるわ。」

 

 突然何を言い出すのかと目を白黒させるシンジであったが、アスカの自信にあふれた様子に、ここで「いいえ」と言い出す勇気は無かった。

 

 「作戦変更って何を?」

 

 ただ残った疑問にシンジは言葉を投げかけ、それに対しアスカはくいっと顎を上げピアノを差す。

 

 「あんたピアノは弾けるんでしょう?だったらあんなおかしな創作ダンスじゃなくて、もっとまともな連携練習になりそうなものがあるでしょうが。」

 

 アスカの言葉に一度思考を巡らせうぅんと頭をひねり、そしてようやく彼女の言わんとすることに思い至る。

 

 「あっ!連弾かぁ。」

 

 そしてミサト宅へ帰宅後、アスカの説明により作戦内容の一部変更が為される。

 何故か帰宅後のミサトは泥酔していたためスムーズに話が通り、そして作戦部へと通達が行われたのだが、酩酊状態のミサトの説明は要領を得ず、結果ミサト宅の壁が破壊され彼女の室内に一台のピアノが運び込まれた。

 酔いから醒めたミサトは絶望した。

 

 「でも残り三日で連弾なんて出来るの?」

 

 シンジの素朴な疑問にアスカは胸を張る。

 

 「アンタバカァ?それが可能だからこのアスカ様は天才なのよ!」

 

 

––––––––

 

 

 「目標は、強羅絶対防衛線を突破。」

 

 ネルフ発令所内に緊張が走り、今まさに通達された使徒の姿がモニターに投影される。七日前にエヴァの前に立ち塞がった時と同じように、再生された身体を大きく翻す。

 

 「来たわね、今度は抜かりないわよ。」

 

 作戦の経過を元に、辛酸を舐めさせられた敵に対しミサトは一人呟く。そしてエヴァに搭乗し待機するチルドレン二名に通信を繋げる。

 

 「音楽スタートと同時にフィールド展開。後は作戦通りに。二人とも良いわね?」

 

 「「了解!」」

 

 この三日で完璧に仕上げてきたのであろう、二人の返事が重なる。

 

 『目標は、山間部に侵入。』

 

 伝えられた内容に作戦開始まで緊張しているであろうシンジへとアスカは通信を飛ばす。

 

 「いいわね、最初からフル稼動、最大戦速で行くわよ!」

 

 「分かってるよ。62秒でケリをつける。」

 

 そんなアスカの言葉に軽口でシンジは返答する。どうやら互いに肩の力は抜けたようだ。

 そのやりとりが終わると同時、ミサトから作戦開始を告げられる。

 

 「外電源切り離し(パージ)、発進!」

 

 ミサトの号令と共にエヴァの射出口にかけられたロックが外される。初号機と弐号機は空中へ高く飛び出し、互いに見やることもなく同じ動きをする。

 投げつけられたビーム展開幕により使徒の肉体は両断され、敵も二体に分裂する。そして互い違いに連携し飛びかかる使徒に対し、エヴァ両機も連携で応える。

 一方が駆ければもう一方も駆け、一方が跳べばもう一方も跳んだ。まるで舞うように、まるで向かい合う鏡のように、一糸乱れぬ統率で使徒を蹴り飛ばす。

 仕上げとばかりに二機は舞い上がり、再び融合を果たそうとする使徒のコアに全体重を乗せた攻撃を放つ。重なり合った衝撃は確実にコアへとダメージを与え、最後の瞬間、閃光が周囲を包み込んだ。

 

 発令所のモニターは白い光に占拠され、エヴァ両機を見失うが、直ぐにオペレーターから通達が入る。

 

 「EVA両機、確認!」

 

 エヴァの無事と残り使徒の消滅が確認された。それだけで発令所は沸くが、重なり合うように倒れこんだエヴァを見てミサトはため息をつく。

 

 「あっちゃぁ〜。」

 

 「無様ね。」

 

 前作戦の報告時にナオコが放った言葉と同じように、今度はリツコが言葉を吐くが、心なしかどこか嬉しそうでもあった。

 モニターに映された二機を見ていると、どうやらパイロット二名が何か言い合っている様子が映し出されていた。

 それを見て今度は冬月が頭を抑える。

 

 「また恥をかかせおって…」

 

 

––––––––

 

 

 「−以上が今作戦の報告になります。」

 

 数日後、ネルフに戻ったゲンドウの元にミサトが報告に来ていた。作戦結果を聞いてもイマイチ手応えに欠ける反応しかしないゲンドウであったが、ミサトに続いて伝えられた言葉に眉を動かす。

 

 「それと、こちらは今回のユニゾン作戦時に収録された音源となります。あまり関係はないとは思われますが、一応提出させて頂きます。」

 

 そうしてミサトから受け取ったデータチップを、まるで大切なもののようにゲンドウは手に取ると、早速机に設置された読み取り装置に差し込む。

 

 「そうか、では聞かせて貰おう。」

 

 今聞くのかよ、とミサトは想いはしたが口に出すことはなかった。ただ少し気まずげな空間に、子供たち(チルドレン)による連弾曲が流れ始める。

 しばらくして聴き終えたゲンドウは、閉じていた目を開き告げる。

 

 「拙いな。動きは固く滑り出しもぎこちない。音の調和を急ぐために黒鍵を捨てたな。全体で見ればまとまっているようにも聞こえるが、まだまだ練習不足のようだ。」

 

 「それは…」

 

 ゲンドウの講評になんと返して良いのか言葉に詰まるミサトであったが、そんな必要はないと言葉を続ける。

 

 「…だが、いい音だ。

 葛城一尉、作戦報告ご苦労。ついでに礼を言おう。感謝する。」

 

 「はっはい。勿体なきお言葉!」

 

 色々やらかしたような気がしたが、少なくとも首は繋がった事を確信したミサトは、今までにないほど整った敬礼と、心の中で作戦変更を伝えたアスカに感謝した。

 

 

––––––––

 

 

 「おはよう。」

 

 自分のクラスに久しぶりに登校したシンジはクラスの友人たちに囲まれ、「体は大丈夫か」とか、「今回もお疲れさま」などと労いの言葉を受け取っていた。

 そんな中、一人のクラスメイトが何やらきになる言葉を発する。

 

 「そういえばさ、今日転校生が来るんだとよ。このご時世に第三に越してくるとは珍しい奴も居るもんだな。相田は何か知らないか?」

 

 話題を振られたケンスケは、肩をすくめながらシンジの方へと目を配る。

 

 「いや、そういうのはもう辞めたんだ。でも、何となく心当たりはあるな。なぁ、ウワサのパイロット君。」

 

 そう言いつつシンジの肩に手を廻すケンスケの言葉に、なんとなく予想がついたシンジはため息をついた。

 そうこうしている内に朝のホームルームが始まり、担任の先生が新しいクラスメイトを紹介すると言い扉を開けた。

 入ってきた人物を見て、男子は歓声をあげ、女子は可愛いと各々が口にした。ケンスケはやっぱりねと予想が的中した事をシンジに目配せし、トウジは気に入らないのか窓の外へと顔を向けてしまった。

 そこにいたのは、シンジがつい先日まで同じ屋根の下で暮らしていた人物であった。

 

 

 「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしく!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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