ゲンドウ、再び   作:被検体E-1n

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Don't throw the baby out with the bathwater.

 

 

––––––––

 

 

 「ラッキー!加持さんにショッピング付き合ってもらえるなんて!」

 

 目の前でくるくると回りながら両手に水着を持ち、ああでもないこうでもないと目移りするアスカに声を掛ける。

 

 「何だぁ…ここ、水着コーナーじゃないか…。」

 

 わざわざ呼びつけてまで買い物に付き合えと言われたが、十四歳の少女ともうすぐ三十にもなる男とでは通報案件である。

 一応立場上は彼女の保護観察と言い訳は立つが、世間の目にはそうは映らんだろうと自嘲する。

 

 −俺ももうそんな年齢か…−

 

 「ねぇねぇ、これなんかどう?」

 

 そんな自分の思いも知らず、目の前の少女は無邪気に先ほどまでとまた違う水着を手に取る。

 

 「いやはや、中学生にはちと早すぎるんじゃないかな?」

 

 どうも先ほどから露出度の高いものを選んでいる節があるアスカだが、さすがにその年齢で着るような物じゃあないだろうと苦笑いし、それとなく別の物を勧める。しかしその水着の何かがアスカの琴線に触れたようだ。アスカはその水着をじっくりと選定し、買い物かごへ放り込んだ。

 

 「せっかくの修学旅行だもん。パーっと気分を開放しなきゃ。」

 

 「そうか、アスカの水着姿が拝めるとは、シンジ君は幸せ者だね。」

 

 とりあえず場を取り繕うために放った言葉だが、どうもそれはアスカ的にはイマイチな言葉であったようで。

 

 「えぇ!?あんなバカシンジにぃ!それよりクラスに鈴原も居るじゃない!選ぶ水着間違えたかもぉ。」

 

 明から様に気分を損ねた様子だったが、かごから水着を戻す様子はなく、どうやら買うことは決定したらしい。

 そしてそんな未来を忘れるように自分に対しアスカから質問が投げかけられる。

 

 「ねぇ、加持さんは修学旅行、どこ行ったの?」

 

 あまり聞かれたい内容ではなかったため、少し眉をひそめながら答えてしまう。

 

 「ああ、俺達そんなのなかったんだ。」

 

 その言葉に対し、きょとんとした顔で「どうして?」とアスカは問い返す。修学旅行の話題が出ていたため、どうしても彼女が悪いわけだはないのだが、やはり不機嫌さを隠すことは出来ずに口を開いてしまう。

 決して忘れられない思春期の記憶。友を、家族を、知人を、仲間を、そして何より忘れられない記憶。自身のせいで失った弟を思い出す。

 

 「セカンドインパクトがあったからな。」

 

 

––––––––

 

 

 ネルフ内にて定期的なエヴァのシンクロチェック終了後、三人のチルドレンはプラグスーツのままミサトの前に呼び出された。

 わざわざ呼び出すほどなのだからどれほどの内容なのだろうと各々が思案し、そしてミサトから伝えられた内容にアスカが噛み付く。

 

 「えーっ、修学旅行に行っちゃ駄目ぇ!?」

 

 「そっ。」

 

 ミサトの返事は短く、それがもうすでに覆らない決定事項だということを実感させた。されど納得がいかないと身を乗り出しアスカは抗議する。

 

 「どうして!」

 

 「戦闘待機だもの。」

 

 次にいつ現れるかわからない使徒に対して、こちらが呑気に旅行に行ってる場合ではないのだと正論を叩きつける。が、やはり腑に落ちないと感じるアスカは悪あがきを続けるも−

 

 「そんなの聞いてないわ!」

 

 「今言ったもの。」

 

 「誰が決めたの!」

 

 「作戦担当のあたしが決めたの。」

 

 −そのあがきは全て正面から叩き落された。

 残る二名のチルドレンは黙ってその様子を聞き入れていたため、アスカの矛先はその二人へとも向かう。

 

 「シンジ、ぼうっと立ってないで、ちょっとなんか言ってやったらどうなの!男でしょう!」

 

 「いや、僕は多分こういうことになるんじゃないか、と思って…」

 

 シンジの全てを受け入れたような言葉に、アスカは使うか迷っていた最後の手段を切り出す。

 

 「シンジ!ちょっと碇司令に頼んで何とかしてもらいなさいよ。」

 

 「えぇ、無理だよ。」

 

 一抹の望みにかけた発言であったが、シンジがこの様子では恐らく話は通らないだろうと諦め、更にその隣にいるレイへと声を掛ける。

 

 「ちょっとファースト!あんたからも何かないの?」

 

 先ほどから微動だにしないレイに対し、シンジも気になり声を掛ける。

 

 「綾波、どうかした?…綾波、綾波!?」

 

 「し…死んでる。」

 

 修学旅行に行くことができないショックでレイは硬直してしまっていた。

 そんなコントのようなやり取りに眉間を押さえ、そして懐から3枚の紙を取り出しチルドレンへと見えるように向ける。

 

 「ま、三人ともこれをいい機会だと思わなきゃ。クラスのみんなが修学旅行に行っている間、少しは勉強ができるでしょ?あたしが知らないとでも思ってるの?」

 

 差し出されたプリントには三人の学校内での成績が載せられていた。数学や英語はかろうじて高得点を取れているアスカに対し、シンジとレイの成績はあんまりにもあんまりな物であった。

 それを目にしたレイは、遂に立っていることは出来なくなってしまったようだ。

 

 「アッ!綾波!綾波ぃー!」

 

 シンジに抱きかかえられられながら意識を手放したレイは、薄れる意識の中でクラスメイトの幻聴を聞いた気がした。

 

 『みんな!お土産買ってくるからね!』

 

 『いやぁ、三人とも残念だったね。』

 

 『お前らの分まで楽しんできたるわ、ナハハハハー!』

 

 

––––––––

 

 

 ジオフロント内に設けられたプールに水しぶきが立つ。白い水着を身につけて優雅に泳ぐレイを尻目に、プールサイドの机では学校から配布された追加課題とにらみ合うシンジがいた。

 そんな二名の様を見つつもアスカは別の方向へと視線を向ける。本来実験施設の一部であるプールサイドに可能な限り観葉植物や飾り付けなどを配置し、出来る限りレジャー施設らしさを醸し出そうとしているも、隠しきれない実験施設らしさが逆に悲しかった。これは修学旅行に行けないと知っているゲンドウからのせめてもの計らいであり、プールサイドには非番のネルフ職員が屋台の模擬店らしきものを出しているが、そんな様を無視するように宿題に熱中するシンジと、宿題から目を背けるために泳ぎ続けるレイの姿がただただ悲しかった。

 

 とりあえずプールに入る前に近くにいるシンジへと声を掛ける。

 

 「何してんの?」

 

 見上げるシンジの顔は、この場に合わせてご機嫌な水着を着ているにもかかわらず、ありありと不機嫌な様が映し出されていた。

 

 「理科の勉強。」

 

 「ったく、お利口さんね」

 

 アスカの嫌味にヘソを曲げたのか、シンジは「なんだよぅ」と呟くと再び視線を問題用紙へ戻してしまう。

 仕方ないと、先輩として人肌脱ぐため、アスカはシンジのプリントに勝手に数式を書き込んでいく。

 

 「どれどれ、何やってんの?ちょっと見せて…この程度の数式が解けないの?はい、できた。簡単じゃん。」

 

 目の前で鮮やかに解かれていく問題に、さすがのシンジも気を取り直し、アスカに対して感心した視線を向ける。

 

 「どうしてこんな難しいのができて、学校のテストが駄目なの?」

 

 今目の前で起きた出来事が信じられず、素朴な疑問をぶつけてしまうシンジだったが、どうやらアスカにとっては都合が悪い事だったようだ。苦虫を噛み潰したような表情をしつつ答えてくれた。

 

 「問題に何が書いてあるのか、分からなかったのよ。」 

 

 あまりにも流暢に日本語を話すため、これまで気づかなかったが、アスカは漢字の読み書きが未だに怪しいという事実だった。そんな会話の中で既に彼女がドイツの大学を卒業し、その想像以上の優秀さに素直にシンジは賞賛を送る。

 そんな二人の様子が気になったのであろうか、プールから顔を出していてレイが身を乗り出し、とてとてとシンジの座る机へと近づき、そして勉強の話だと気付いた瞬間「模擬店に焼きそばがある」と棒読みで通過しようとした。

 

 「あんたもシンジと同じくらい成績が悪いんだから、少しはこいつを見習って宿題を進めたらどうなの?」

 

 が、すんでのところでアスカに首根っこを掴まれ猫のように強制的にシンジの隣に座らされる。

 困ったようにシンジへ助け舟を求む視線を送るが、シンジの苦笑いが逃げられない現実を直視させた。

 

 「ファースト、ちょっとこの問題は何て書いてあるの?」

 

 そんなレイに対し問題を出すようにアスカが質問をぶつける。プリントに目を落としたレイは渋々その文章を読み上げアスカに伝える。

 

 「熱膨張に関する問題…。」

 

 それ以下の説明文はさっぱりだったレイはそこで読む事を止める。

 しかしそこまで聞いたアスカは問題なく設問を理解し、二人に簡単に解説を行う。

 

 「熱膨張?幼稚な事やってるのね。とどのつまり、ものってのはあたためれば膨らんで大きくなるし冷やせば縮んで小さくなる、って事じゃない。」

 

 「そりゃあそうだけど。」

 

 その程度の事なら知っていると言いたげなシンジだが、そこから下の計算式が解らないと言い出せばもっと面倒になる事は目に見えていたため、黙っておく事にした。レイも同じ考えのようである。

 そんな二人の固まった様を見て冗談の一つでも言ってやろうとするアスカであったが、−

 

 「あたしの場合、胸だけ暖めれば、少しはオッパイが大きくなるのかなぁ?」

 

 「そ、そんな事聞かれたって、わかんないよ!」

 

 「しらない…」

 

 −馬鹿には通じなかったようである。

 

 「もう、何なのよ!あんたらはここで必死にプリントとにらめっこしてればいいじゃない!」

 

 ただ恥をかいただけで終わったアスカは、顔から蒸気をあげてずんずんとプールサイドへと向かってしまった。

 そんな様子を見てシンジの口からはため息が漏れるが、そこへ気分を切り替えたアスカからの声がかかる。

 

 「見なさいあんた達!バックロールエントリー!」

 

 飛び込み台から後ろ向きに回転し、ただプールに落ちただけである。しかしそんな様子に興味を惹かれたレイは、再び席を立ちプールへと向かってしまった。

 お前は勉強をしろ。

 

 

––––––––

 

 

 「−危険過ぎる!15年前を忘れたとは言わせんぞ!」

 

 目の前で人類補完委員会の一人が声を荒げる。それもそうだろう。自分とて同じ気分なのだ。

 ゲンドウは薄暗い会議室の中で先ほど報告の上がった使徒についてと、その殲滅方法を打診する。

 

 「これはチャンスなのです。これまで防戦一方だった我々が、初めて攻勢に出るための。」

 

 悠長な事をしていれば、火山内で蛹の状態で発見された使徒が羽化してしまうのだ。そうなればマグマの中を平然と泳ぎ回る使徒を相手にしなければならない。その装甲の強度と脅威度は想像に難くない。

 

 「リスクが大きすぎるな。」

 

 不満の声は議長たるキールローレンツからも挙げられる。だが、その事については既に織り込み済みだ。もともと決めていた返答の言葉を伝え、会議を落ち着ける。

 

 「勿論、要請はA-17『使徒の捕獲』です。しかしそのリスクに対する対価はあまりにも少ない。私は人類を滅ぼすリスクを避け、要請を変更。使徒の殲滅へと目的をシフトします。異論はありますか?」

 

 議題に挙がった使徒の捕獲という内容だが、そのリスクの高さから委員会の難色を避け、殲滅へと目的をシフトする。そもそも前回でも捕獲は失敗し、殲滅へと作戦は切り変わったのだ。避けられるリスクはこちらとて避けるべきであろう。

 そのゲンドウの決定にキールは首肯し、作戦を承認する。すぐさまゲンドウは手元のパネルを操作し、作戦部へと承認の手続きを行い、次の議題へと話は移る。

 

 「して、アダムの件はどうなった?」

 

 議会の誰が言い出したか、未だに見つからない『アダムの本胎』である。こればかりはゲンドウもお手上げであり、状況を読めなくしている一番の原因なのだ。見つかるならさっさと見つかる、見つからないのなら永遠に出てこなくてもいいと思っている次第である。

 

 そんな中委員会の一人がゲンドウへと疑問の目を向ける。

 

 「使徒は毎度振れる事なく第三新東京へと向かっているのだ、まさかネルフが既に発見している何て事は無いだろうなぁ?」

 

 「まさか、あり得んよ。」

 

 これに関しては完全な濡れ衣だ。もし自分たちが見つけているのならば、隠し立てする事なく報告を上げるだろう。不服な事であろうとここにいる者たちに隠し事は通じづらい。何より自分の膝元にはこの男たちが送り込んだ加持(特大の鈴)が付いているのだ。まず隠す事は無理だろう。それでなくともこの場にいる者たちに内心では反目を掲げ、裏で工作を行っているのだ。明るみに出ないように冬月を含む極少人数で(・・・・・)

 

 が、隠し事が難しいと理解しているキールは、ゲンドウの得意分野が裏工作だとは知りつつも、現状での離反はないと判断したのかこの件を終わらせた。しかし会議が終わる時にはいつも声をかけられる。

 

 「碇、我々も手を尽くしてはいるが見つからない事だけが事実だ。ネルフとてくれぐれも頼むぞ。」

 

 「ええ、理解しています。」

 

 それを最後に各委員会のホログラムは消失する。

 嫌な会議だったとゲンドウは首を鳴らし、作戦が中継されるであろう発令所へと足を向ける。そしてその途中、ネルフ内の入り組んだ廊下の、その更に奥まった暗い影へと声を飛ばす。

 

 「彼の様子はどうだ?」

 

 影からはゲンドウに聞こえるか、それとも聞こえないかの声が返ってくる。

 

 「暫くは様子を見た方が良いでしょう。向こうも我々に感づいている節があります。」

 

 返事の主、顔に傷のある保安部員(ライフガード)が影から半身をのぞかせる。そしてその返事に対し、ゲンドウもまた作戦継続を告げ、影からの声は聞こえなくなった。まるで廊下には元々ゲンドウしかいなかったと思わせるほど、痕跡は何一つ残ってはいなかった。

 

 

––––––––

 

 

 「これが使徒?」

 

 水着から着替えた各チルドレンが整列し、ミサトからのブリーフィングを受ける。見せられた画像は、使徒というにはあまりにも弱そうだった。

 

 「そうよ。まだ完成体になっていない蛹の状態みたいなものね。

 今回の作戦は捕獲を打診したんだけどね、上からの通達で殲滅ってことになったから。サクッと終わらせて温泉に入りましょ。」

 

 しかしサクッと倒すと言っても相手はマグマの中である。どう倒すのかとシンジは疑問を口にした。

 

 「どうやって倒すんですか?マグマの中で。」

 

 その言葉に反応したのはミサトではなくリツコであった。

 

 「新型のD型装備で潜行(ダイブ)を行うわ。それと、技術開発部(ウチ)の新兵器が形になったから実地テストもついでに行うつもり、頼んだわよ。」

 

 そのリツコの言葉と共にモニターには新型の実体剣が投影される。プログナイフより長く、取り回しの良さそうな長剣。画像下部にマゴロクと記載されていた。

 その洗練された姿に目を輝かせたアスカが我先にと躍り出る。

 

 「はいはーい!私が潜りまぁす!」

 

 手を挙げ意気揚々と、既に剣を振り回す自分を夢想し、虚空に向かって「やぁ」「たぁ」などと掛け声を上げるアスカに、ミサトも肯定の言葉を送る。

 

 「元々D型装備は正式採用型しか取り付けられないから、アスカが出撃するのは決定事項よ。」

 

 そんなミサトの言葉に増長したアスカは、残されるチルドレン二名に対して哀れみの言葉を向ける。

 

 「悪いわねぇ、天は元々このアスカ様が選ばれる事を知っていたらしいわ。それに、洗練された武具というのは洗練された戦士が身に纏うのよ。ま、先輩が戦うところを見てあんた達も勉強なさい。」

 

 尊大なのもここまで来れば最早天晴れと言う他ないだろう。呆れる事もなくレイは自身の疑問を挙げる。

 

 「私は?」

 

 その一言で言わんとする事がわかったミサトは、零号機は本部で待機、初号機に同行してバックアップを行うよう告げた。

 

 数刻後、着ぶくれした、まるで洗練という言葉からはかけ離れた姿の二号機前にシンジとレイは集合していた。あとはアスカを待つばかりである。一応先ほど搭乗用ハッチの方から彼女の悲鳴が聞こえた気がしたが、一向に現れない。

 そうして待っていると意を決したように物陰からアスカが姿を現した。その姿は目の前の二号機の姿と瓜二つ、まるで洗練された姿とはかけ離れたものであった。

 

 そうして間抜けな姿でどうどうと、少しむくれながら歩くアスカを目にし、遂にレイが吹き出してしまった。

 

 「…ぷっ、洗練されたっ…戦士っ。」

 

 先ほどまでアスカが息巻いて放っていた言葉を思い起こし、レイは必死に笑いをこらえる。それを聞いてしまったシンジもつられて吹き出してしまい、場には居た堪れない空気が流れた。

 

 「ちょッ!綾波、笑っちゃあっ…ダメだってッ!…ブふッ!」

 

 そうして丸まりながらぷるぷると震える二名に対しアスカが苛立ちを解放させる。

 

 「あんた達!何笑ってんのよ!乙女の覚悟に水を差さないでちょうだい!」

 

 真っ赤になって怒るアスカであったが、その言葉が逆に二人のダムを決壊させた。

 

 「おッ、乙女の覚悟ってッ…」

 

 「やめてっ、僕ら作戦前に死んじゃうよぉ!」

 

 二人のあんまりな対応にぶるぶると肩を震わせるも、こんなスーツと弐号機だから笑われるんだと気持ちを切り替え、さっさと作戦を終えるために弐号機へと乗り込んでしまった。

 

 

––––––––

 

 

 揺られるロープウェイが緑に包まれた山を背景に進む。中に乗り込んだ人間は二人、他には誰もおらず、ここで行われる会話は他の誰にも抜かれる事がないという事を現していた。

 

 「A-17`の発令ね。それには現資産の凍結も含まれているわ。」 

 

 外の景色を眺めつつ、まるで一般人と遜色のない格好をした女性が加持へと話題を振る。

 

 「お困りの方も、さぞ多いでしょうな。」

 

 まるで他人事のように返事を行う加持に対し、女性は先ほどよりも明らかに語気を強めて問いかける。

 

 「何故止めなかったの?」

 

 ネルフの発令したA-17`また、その他の強権を用いた作戦遂行には絶対的な権限があった。そこにもたらされる不利益などまるで無視するかのようにネルフは突き進むのだ。例えそこでどのような戦いがあったとしても、一般人の眼に触れることは決してない。側から見れば強権を振りかざし、ただ財産をかすめ取っていく存在のようにしか映らないのだろう。ネルフの内情を知りつつも、それ以外で苦しんでいる蚊帳の外の人間も理解できてしまう。そんな加持だからこそ、自らの心を守るために他人事のふりをしてしまうかもしれない。

 

 「理由がありませんよ。発令は正式なものです。」

 

 その発言の意味を知っているであろう女性もまた、世界の歪な有り様に眼を伏してしまっていた。

 

 「でもネルフの失敗は世界の破滅を意味するのよ。」

 

 だからこそ、加持はその言葉に対し確信的ではない、自身の願いを基にした憶測を語ってしまう。そこに所属する友人達や戦う子供達を信じたいがために。

 

 「彼らはそんなに傲慢ではありませんよ。」

 

 ただ一つ、懸念することがあるとすれば、それは最高責任者である碇ゲンドウについてであった。故に加持は今後の身の振り方を懸念する。

 ふと眼下を通り過ぎる林の中で、何かの影が動いた気がした。

 

 

––––––––

 

 

 「なんですか?あれ。」

 

 火口付近にしゃがみ待機する初号機の中で、頭上を通り過ぎる幾つもの線をシンジは眼にした。

 

 「国連(UN)空軍が空中待機してるのよ。」

 

 ミサトの返答にさらに補足するように、「作戦終了までね」とオペレーターから通達される。

 頭上をはるか高く飛ぶ戦闘機達を見上げ、アスカもシンジと同じようにつぶやく。

 

 「手伝ってくれるの?」

 

 「いいえ、後始末よ。」

 

 「私たちが失敗した時のね。」

 

 その疑問にはリツコと、その補佐に来ていたマヤが答えた。

 失敗時の後始末など聞き及んだのは初めてであったため、その内容には皆目見当がつかないアスカは、作戦開始までの時間に余裕がまだあることを確認し、疑問を投げ返す。

 

 「どういうこと?」

 

 一呼吸置いた後、あまり言いたくないであろう内容をリツコは伝える。

 

 「使徒をN2爆雷で熱処理するのよ。私たちごとね。」

 

 その返答にアスカはひどいと嘆くが、それよりもシンジにとっての疑問も湧いてきた。

 

 「そんな命令、誰が出すんですか!?」

 

 「…碇司令よ。」

 

 想像はしていたが、そのあんまりな返答にシンジは押し黙ってしまう。しかし、それでも後に続くようにミサトはシンジへと声をかける。

 

 「司令だって本心からではないと思うわ。でもね、組織の立場としてこうせざるを得ないのよ。」

 

 だからこそシンジをエヴァに乗せたくなかったのかもしれないとは、口が裂けても言えなかった。それを言うには、あまりにもシンジの上げた戦果が大きすぎたのだ。

 そして、それ故にミサトは作戦へと意識を向ける。

 

 各方から準備が完了したと報告が入り作戦開始の合図を告げる。

 

 初号機と、マグマへ潜行(ダイブ)していく弐号機で何かしらやり取りをしている様子だ。聞けば先ほどの本部でのやり取りを謝罪しているようだが、アスカは聞く耳を持たず、完全に無視を決め込んでいた。

 

 そうして作戦は順調に進み潜行していく弐号機は、予定よりは多少深くなってしまったものの、無事に使徒と接触することに成功した。そして対流を利用し、流れるような太刀捌きで使徒を両断した。動きづらいD型装備でありながら本部で述べたような優雅な所作で。惜しむらくは、その光景を目にしたのがたった今殲滅された使徒のみであると言うことである。

 

 そんなつつがなく終えられたように見える作戦だったが、切断された使徒の有りえない生命力が、最後の一撃を弐号機へと繰り出した。

 勿論朽ち始めていた肉体に、弐号機を傷つけることは叶わなかったが、その振るわれた一撃は弐号機を吊り下げるケーブルへと深刻なダメージを与えた。

 

 

––––––––

 

 

 引き上げられながらも、最早地上までは到達できないだろうという事はケーブルの様子を見るだけで理解できた。

 

 せっかく自分の活躍で使徒を殲滅できたというのに、本当に残念だなと独りごちた。

 

 唯一の救いといえば、そんな無様な死に顔を誰にも見られる事がないという事だろう。

 

 肩の力を抜き最後の時を待つ。対流の激しいマグマの中では通信はノイズだらけになってしまうが、それでも最後くらい言いたい放題言ってやるのだ。

 

 「バカシンジ!アタシは宣言通り優雅に勝ったんだから!あんたも無様晒すんじゃないわよ!あんたが負けて人類が滅んだらアタシが殺してやるんだから!」

 

 「ミサト!ビールばっかり飲んでないで少しはペンペンの相手をしてあげなさい!それか飲むなら本場(ドイツ)の奴にしなさい。」

 

 「リツコ!マゴロクの出来は最高よ!これがあれば他のヘボパイロットだって使徒に遅れを取らないんだから!あとファーストに勉強を教えなさい!」

 

 「それから…、それから…。」

 

 最後に言い漏らした事がないかと思考し、まだまだ言い足りないと気づき膝を抱える。

 

 覚悟はしてきたはずなのだ、理解はしているはずなのだ。それなのに次から次へと言葉が浮かんでしまう。胸の奥でつかえてしまう。  

 

 思い起こすのはユニゾン訓練。あんなに喧嘩したのに、あんなに揉めたのに、思い出せたのは何故か楽しかったという想いばかり。

 

 それだけではない。今までのがむしゃらに打ち込んだ学問とは違う、級友と過ごした学校が、家までの何気ない帰り道が、初めて出来た友達が。そのすべてが輝いていた。

 

 もっと話したかった。修学旅行だって行きたかった。それなのに、それなのに。

 

 

 「…しにたく、ないなぁ。」

 

 

 その言葉を最後にワイヤーがちぎれる。衝撃のあとに軽い浮遊感。

 

 あぁ、私はここで終わるのだ。

 

 そう思うと涙がLCLに溶ける。

 

 沈み始めた弐号機に再び衝撃が走る。

 

 見上げれば初号機がいた。専用装備も付けずに、この灼熱の中飛び込んできたのだ。

 

 いまいち現実感が湧かず呆然と初号機を見上げていると、接触回線で通信が入る。モニター越しのシンジはひどい顔をしていた。

 

 『なんでそんな簡単に諦められるんだよ!少しは生き延びようとしろよ!天才(エリート)なんだろ!先輩なんだろ!だったら僕の前で格好良く立っててくれよ!』

 

 ぐずぐずに泣きながらも必死に弐号機を掴むバカがいた。どれだけ初号機が焼けただれようと、どれだけ高温にその身を焦がそうと。決してその手を離さない男がいた。

 

 「…なによ、助けに来るならもっと格好良く登場しなさいよ。泣いてちゃ顔が台無しじゃない、…バカシンジ。」

 

 とりあえずこの命はまだ繋がったようだ。

 

 ならば少しは、そう、ほんの少しはこの目の前のバカを見直してやろう。

 

 

––––––––

 

 

 「いやぁ〜、シンジ君が飛び込んだ時はどうなるかと思ったけど、終わり良ければすべて良しね!」

 

 そんな能天気なミサトの声が温泉旅館に響き渡る。なに言ってんのとアスカから蹴りが入るが、そのアスカも心なしか少し嬉しそうだ。

 そうしてパイロット二名と現場責任者一名が旅館の玄関で荷物を待つ。どうも加持が何かしらを送ったというのだが、到着が遅れている様子だ。

 待っている間、温泉を目の前にしてお預けを喰らっているアスカが段々イライラし始めた。これが加持からの荷物でなければ既に爆発していただろう。

 

 さらに待つこと数分、温泉宿の引き戸が開けられ、荷物の載せられた台車とそれを押す少女が現れた。

 どう見ても綾波レイである。

 

 レイは三人の前で止まると荷物に何か合図を送り、その横で待機する。

 荷物である段ボール箱が少しガタガタと動き、バンと蓋を開き一匹の鳥が姿を現した。

 どう見てもペンペンである。

 

 しかし、どうやらその微妙なイリュージョンはアスカの逆鱗に触れてしまったようだ。

 

 「アタシが待ってた荷物が本当にお荷物(・・・)じゃぁい!」

 

 玄関先で恥も醜聞もなく取り乱すアスカに慄き、ペンペンはミサトの後ろに、レイはシンジの後ろに隠れた。

 その人を小馬鹿にしたような動きは更にアスカの気に障ったようだ。彼女の背後には修羅が浮かび上がった(ような気がした)。

 

 「アタシらは命を懸けて戦ったってぇのに!こちとら死にかけたってぇのに!お前らはアホかぁ!」

 

 まぁまぁと、シンジとミサトによって窘められたアスカは、慌てて段ボールから荷物を取り出したレイとペンペンから本命のお風呂セットを受け取る。

 

 「フンッ!あるならさっさと渡しなさい!」

 

 乱暴にタオルや着替えを掴んだアスカは、どすどすと足音を立てて我先に温泉へ向かう。しかし女湯の暖簾をくぐる直前で立ち止まり、ぬるりと振り返った。

 

 「何突っ立ってんの、あんた達も入るんでしょう?」

 

 その言葉に顔を喜びに染めた一人と一匹は、いそいそと女湯の暖簾をくぐり、そして一匹は放り出された。

 

 「あちゃぁ、シンジ君ペンペンをよろしくね。」

 

 そう言うとミサトは申し訳なさそうにシンジに一匹を託し、残された一人と一匹は「仕方ないよ」と目配せをして男湯へと向かった。

 

 

––––––––

 

 

 「はぁ、極楽極楽。」

 

 今回の作戦行動があったためか近辺一帯は封鎖され、そのため訪れている温泉はネルフの貸切状態であり、露天から眺められる景色を独り占めしている状態であった。鳥はいるが。

 

 「風呂がこんなに気持ちいいものだなんて、知らなかったなぁ…」

 

 これまでの自分にとって風呂とは体についた汚れを流すためのものであり、それ以上の意味を持たなかった。それを教えてくれたのは、皮肉なことに非日常の象徴であるエヴァンゲリオンであった。

 

 「父さんも来ればよかったのに…。さすがに無理か。」

 

 今頃本部で作業に追われている父のことを想像し、無茶は言えないなと一人呟く。

 湯船に浸かり一日を振り返っていると、シンジの元に隣の露天風呂から声が届く。

 

 「シンジ!聞こえる?」

 

 アスカが大声で呼びかけて来た。そんなに大声を出さなくても聞こえるが、言うと怒られるので普通に対応する。

 

 「…ん?、なに?」

 

 「持ってきたボディシャンプー無くなっちゃったから、そっちの貸して!」

 

 どうやら持ってきた洗浄剤がなくなったようだ。日頃から詰め替えておけよと思ったが、言うと怒られるので普通に対応する。

 そして隣に投げ込むために容器を振りかぶると、再び声が聞こえた。

 

 「…あ、あと、今日の事は礼を言っておくわ!」

 

 「…あー、うん。どういたしまして。」

 

 普段の彼女からは考えられないほどしおらしい対応だが、普通に対応する。怒られるので。

 

 「何よ!このアスカ様が感謝してるのよ!少しは嬉しそうにしなさい!…そっ、それと。」

 

 なんだか調子が狂う。いつもなもっと高圧的なのだ。もうこんな対応せずにシャンプーを投げ込んで良いだろうか。

 

 「−それと特別にこのアタシをファーストネームで呼ぶ事を許可してあげるわ!」

 

 何だそんな事か。ファーストネームなら既に委員長や学校の友人達が呼んでいるじゃないか。と考えたが言うと怒られるので普通に対応する。

 

 「わかった!じゃあ投げるよ、アスカ(・・・)!」

 

 放物線を描いて投げ込まれた容器は、カコンと音を立てて隣の露天に落ちたようだ。

 

 「いたぁ!、ちょっと、どこ投げてんのよ!ヘタクソ!」

 

 どうやらアスカにぶつかってしまったようだ。彼女の声はよく響く。

 そうして暫くきゃあきゃあと隣の露天からの声が辺りに響き渡る。

 途中で「青春ね」などと婆臭いことを言うミサトの声が聞こえてきた。

 

 −あの人作戦以外だと結構ポンコツだよな。−

 

 なんだか最近ミサトに対しての評価が下がり始めてるシンジであった。主にユニゾン作戦後から。

 

 そんな中でもアスカの声はよく通るので、綾波ともどうやら一悶着あったのだろう声が聞こえてきた。

 

 「−ちょっ、わかったって!わかったから離しなさいよレイ(・・)。これで良いんでしょう。」

 

 素直じゃないなとは思いつつも、彼女は確かに天才パイロットの自負に裏打ちされた実力を持つ。最近は、あの対応がプライドの裏返しなのだろうという事がわかってきた。

 そう思うと、やはり大学を卒業していてもまだまだ自分たちと同じ子供なのだなと実感し、シンジはペンペンとともに夕日を眺めていた。

 

 

––––––––

 

 

 使徒殲滅後、ネルフでの膨大な業務を終え、帰路に着くゲンドウ。

 目元には隈があるが、それでも大きな仕事を片付けた達成感と充実感の中、家路へと向かう。

 そうしてネルフの入り口へと向かうと、丁度シンクロテストを終えたシンジに出会った。同じように家に帰る途中だったのだろう、久しぶりに二人で帰り道を歩む。普段であれば専用の送迎車を使うのであるが、こういう時間も悪くない。

 そうこうしている内に玄関までたどり着き、そして玄関にかけられたものを手に取ったシンジが固まる。それは修学旅行から帰ってきた級友からのお土産であった。

 途端に自身の胸中を後ろ暗い想いが駆け抜ける。本来であればこの子は友人達と旅行に行っていたのだと、自分はこの子から思い出を一つ奪ったのだと、そう確かに実感した。

 他の何かでその心を埋めなければならない。紙袋を片手に、寂しそうに笑う息子に他の思い出を約束しなければならない。そんな保証はどこにもないというのに、つい口を突いて言葉が飛び出した。

 

 「シンジ、修学旅行()の件は済まなかった。私はお前に背負わなくてもいい重荷を背負わせてしまっている。」

 

 そんな事ないよとシンジは笑うが、自分の中で納得が付かないのだ。だからこそ言葉を続ける。

 

 「…だから、そうだな。この戦いが終わったら、何処か旅行へ行こう。私たちの、最初の思い出を作りに。」

 

 その言葉を聞いたシンジは、本当かと目を輝かせた。もちろん本心からの言葉だ。だからこそこの場で約束を誓う。

 

 「約束だよ!とうさん!」

 

 「ああ、約束だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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