堅牢な造りの
「随分と深くまで潜るんだな」
冬月の口から零れたのは素直な感想だった。このエレベーターに乗ってから既に数分が経過していたからだ。
「ご心配ですか?」
そんな冬月に言葉を投げかけるゲンドウは、彼とは逆に落ち着き払っていた。
しかし、この場においては落ち着かない冬月の言動こそ正常な物だろう。本来人類が決して辿り着くことのない場所、人類の始まりの地とも言える場所、セントラルドグマへと向かっているのだ。魂の故郷とも言える地に近づいているというのに、落ち着ける人間など居る筈が無いだろう。
だが冬月はこの男を信用すると決めたのだ。必要以上に心配することなど無いと、自分に言い聞かせた。
「いや、そこまでの不安はないな」
言い終ると同時にエレベーターが止まった。このエレベーターで下りることの出来る限界まで到達したようだ。
チンという、この場には不釣り合いな軽快な音が鳴ると扉が開き、広い空間へと二人を連れだした。
「人類誕生の地か…だが、
薄暗い空間を進みがら視界に映る景色は、まるでこの世の果てのようにただ何もない世界。唯一物らしい物と言えば、二人が歩いている通路と、その通路の両端を這うように奥へと伸びる何かのパイプだけだった。
黙って進むゲンドウが立ち止まり、冬月は目的地に着いたことを理解した。
「ここから先はお話しした通り、この世界で最も危険な機密を守っている区画になります」
そう言うとゲンドウはカードキーを機械に通した。
多くの機械や歯車が連動する音が響き、巨大な扉のロックが一つ、また一つと外れてゆく。
まず目に入ったのは巨大な顔だった。
いや、顔以外にも手、背骨らしきもの、足や身体のパーツらしき物の残骸。そのどれもが人知を超えた巨大さを有していた。
「こうして見てみると、本当に人生が変わるな。人はどこまで愚かになれるのだろうな」
冬月は別に人類に対してどうこう思ったことはあまりない。元々人付き合いが多い性分でもなかったからだ。しかし、これほどまでの物を作り、これから何を行うのかを知ってしまったのならば、最早人類の罪深さを笑うしかないだろう。
「ですがこれが真実です。我々は神を模倣してしまった。もう後戻りは出来ません」
眉間に皺を寄せ、複眼巨人の亡骸を見上げながらゲンドウは語った。
すると二人の間にもう一つの影が近づいてきた。
「まあ、冬月先生じゃないですか。所長がお客様を連れてくるなんて仰るから、てっきり私は息子さんでも連れてくるのかと思ってたわ」
そう言いながら歩いてきたのは、少しクセのある髪に着流しの白衣を着た女性研究員。E計画のメンバーでもあり、バイオコンピューターのスペシャリスト、赤木ナオコであった。
「まさか、シンジをこんな危険な場所にまで連れては来れない」
ナオコの冗談を真に受けるゲンドウだが、冬月にはそれよりも見過ごせない事があった。
「おい、待て碇。お前の息子の話よりもだ、赤木君までこんな計画に参加しているのか!?」
開いた口がふさがらないと言ったような冬月だが、そんな反応が愉快だったのか、ゲンドウの代わりにナオコが返事を返した。
「あら、こんな計画だなんて。冬月先生だってそれが目的でここまでいらしたのでしょう?」
ナオコの口調は、まるで全てが愉快だとでも言いたいような明朗なものだった。
それもそのはずだ。彼女は生まれついての研究家であり、三度の食事より未知が好き。そんな女性だ。
彼女にとっては今、ここで好きなことに全力で打ち込める事、人、物、金の全てが揃っていた。この研究施設は天国と言っても過言では無いのだろう。
そしてナオコはゲンドウに何らかの目配せをした。
それにゲンドウは頷き、ナオコが巨人の説明を始めた。恐らく先程の目配せは、冬月に話しても良いかの確認だろう。この場所はあまりにも危険な機密が多すぎる。
「我々は先の巨人を『アダム』と呼称しています。そしてそのアダムの肉片から、アダム自身の復元と人為的な制御を試みています。まさに...」
話を続けようとしたナオコを止め、冬月が語り出す。
「話には聞いているよ。『E計画』。まさしく旧約聖書に記された、アダムの骨より生れたエヴァか...。
『死海文書』に記された大いなる外敵には『使徒』。怪物に随分と洒落た名前を付けるものだな。詩でも書いてみたらどうだね」
部外者のはずの冬月が知りえない情報を話し出したことに驚き、ナオコはゲンドウに詰め寄る。
「所長!一体どこまで話したんですか!?さすがにこれは笑えませんよ!」
そんな剣幕のナオコにゲンドウは表情を変えずにいい放つ。
「問題ない。冬月先生には来月より
しかしナオコもここで引き下がるわけにはいかない。
「ゼーレには伝えたのですか?いくら所長といえども不用意に計画を部外者に伝えるなど…」
「既に伝達済みだ。全てにおいて問題はない。老人たちにも認可は取ってある」
もはや言い返すことはなかった。むしろ冬月ほどの優秀な科学者が味方に付いてくれるならば心強い。ナオコは一人そう納得した。
しばらくドグマ内のエヴァ建造施設を見て回り、ゲンドウと冬月は再び上層のジオフロントに戻り、ナオコはまだ作業を続けるためにドグマに残った。
ーー
地上ではないが、明るい光に包まれた空間に戻ると、どっと疲れが出てきた冬月であった。
「いやはやまさか、この目で神話を目撃するとは思わなかったよ。やはり何歳になろうと新鮮な発見は心踊るな」
「お気に召して貰えて何よりです。冬月先生の協りょ...」
返答しようとしたゲンドウを遮り冬月が答えた。
「先生なんぞ付けなくてかまわん、来月から君は私の上司だ。それに...」
冬月が何を言おうとしているのか察したゲンドウは、同時に同じ言葉を繋げた。
「「我々は共犯者なのだから」」
二人の共同戦線はここから始まる。そのために準備出来る事を、残りの数年で片付けなければならない。たとえ修羅の道を歩こうと、その先に家族の平穏があるのならばゲンドウは止まらない。
だが、まずそのためには英気を養う必要がある。
「冬月、今夜は家に来い。久しぶりにユイも会いたがっている」
「お前が会わせたいのはシンジ君だろう。ここに来るまでに何度も馬鹿みたいに写真を見せおって」
「なんだと、そもそもシンジの...」
ゲンドウの息子自慢を聞きあきた冬月は、ジオフロントの天井を見上げながら溜め息をついた。
しばらくは多忙でも平穏な日々が送れそうだ。