ゲンドウ、再び   作:被検体E-1n

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ネルフ再誕(:||)

「L.C.L.変化、圧力、プラス0.2」

 

「送信部にデストルドー反応無し」

 

「疑似回路、安定しています」

 

 人工進化研究所(ゲヒルン)、第一実験検査観察室内の各所から随時報告が上がり始める。

 汎用ヒト型決戦兵器エヴァンゲリオン。そのテストタイプである初号機の、世界初の起動実験が始まろうとしていた。

 

 室内にいるほとんどの研究員が画面の数値とにらみ合いをしている中、気の抜けた声が一つ上がる。

 

「碇、なぜここにシンジ君がいる」

 ひくひくと動くこめかみを抑えつつ冬月コウゾウは現場の責任者であるゲンドウに尋ねた。

 

「所長がつれてきたんです」

 

 しかしその質問に答えたのはゲンドウではなくナオコであり、当の本人は普段の仏頂面から更に顔を固くしたまま、ガラス越しの紫色をした巨人を眺めるままであった。

 普段のゲンドウであったのならば、息子であるシンジの自慢話を交えつつ冬月の小言を躱しているにもかかわらず、この日のゲンドウは彼の事を深く知らない研究員たちでさえ分かるほどに緊張している様子であった。

 そんな心ここにあらずといった様子のゲンドウに、冬月は再び声をかける。

 

「碇、ここは託児所じゃない。今日は大事な日なんだぞ」

 冬月の声にだんだんと怒りが混じってくるが、やはりゲンドウは気にした素振りさえ見せない。

 

「今日はユイ君の実験なんだぞ。理解しているのか!」

 

「…ああ、分かっている」

 

「いや、お前はちっとも分かっていない!」

 

 やっと返事を返したゲンドウをフォローするかのように、画面越しに冬月に声がかかった。

 

『ごめんなさい冬月先生、私が連れてきたんです』

 

「ユイ君、いくら関係者の身内といえどここは実験施設、万が一があったらどうするんだね。それに今回の実験は我々人類の未来が掛かっていると言っても過言ではないんだぞ」

 

 だがそんな冬月の考えを聞いてもユイの返答に一切の揺らぎはなかった。

 

『だからなんです。この子には明るい未来を見せておきたいんです』

 

 モニター越しといえど覚悟を決めたユイの瞳に冬月は否応なく黙らされた。

 

「ユイ、始めるぞ」

 

 暫く様子を見ていたゲンドウの一言により、全ての準備が終わった事を告げられる。先程まで慌ただしかった観測室は静まり返り、あとは実験開始の合図を待つのみである。

 

 

 

――

 

 

 

「始めてください」

 

「シンクロ開始(スタート)

 

 

「双方向回線開きます。シンクロ率21パーセントで安定しました」

 

「ハーモニクスすべて正常値、暴走ありません」

 

「プラグ深度変化なし」

 

 ゲンドウの合図とともに再び慌ただしくなる観測室、しかしユイと初号機の回線は安定値を保っていたために先ほどまでのような焦りは存在せず、穏やかに時間が過ぎてゆく。このままのペースで進めばこの日の機動実験はそこで終了する。

 

 

 

 

 

――はずだった――

 

 

 

 

 

 突然、静寂を切り裂くように警告音声(アラーム)が鳴りはじめた。

 

「シンクロ率急上昇!異常数値です!」

 

「直ちに実験中止、機能全停止(システムオールダウン)だ!」

 

 オペレーターの警告に即座に指示を飛ばす冬月、しかし非常停止ボタンを押され、機体の電源解除や制御を行おうとしてもなおシンクロは止まる様子を見せない。

 

「ナオコ君、シンジを安全な所まで連れて行ってくれ」

 

 物々しい雰囲気の中で戸惑っているシンジを避難させようとゲンドウは指示を出す。

 内心、やはり連れてくるべきではなかったと後悔するが既に遅い。この場において重要なのは事態の収束とシンジの安全のみである。ゲンドウにとってユイがこの実験で消失することは、既に織り込み済み(・・・・・・)であった。

 

「ですが所長!私も初号機(これ)の開発者です、私もこの場で制御を試みます。でないとユイさんが…!」

 

 スタッフの一人としてナオコはすぐさま制御パネルに指をかける。ナオコにとってもユイは同じ研究者として、女として、母として無二の友人であり、互いに尊敬しあっていた目標だからだ。

 が、再びナオコに指示が下る。

 

「問題ない、シンジを連れて避難したまえ」

 

 ナオコにはゲンドウの放つ言葉の意味が分からなかった。まさしく今この瞬間にもこの場の人間が、彼の妻が危険に晒されているというのに大した焦りを見せずに指示を出す。

 自分にはありえない思考、研究者としてありえない姿勢ともとれた。その筈なのに、ゲンドウはいつも以上に堂々としているように見えた。

  そんな歪な姿が、不意に魅力的に見えてしまった。自分の組み上げてきたロジックに当てはまらないその姿を、自分の手の届かない、理解の及ばない未知としてナオコは捉えてしまった。

 

 しかし未だに呆けているナオコを使えないと判断したのかゲンドウは別のスタッフに同じように指示を出し、シンジを連れて行かせてしまった。

 

「シンクロ率100パーセントを突破、このままではパイロット並びに機体、双方が危険です!」

 

「エントリープラグ排出装置も機体側からロックをかけられています。プラグ内との通信も途絶えました」

 

「パイロットモニターリンク切断、心理グラフ観測不能(オーバー)

 

 シンジが観測室から避難させられた直後に各オペレーターから悲鳴のような声があがる。

 

「落ち着いて停止措置を行え。L.C.L圧縮濃度を可能な限り下げてからE-6回路を経由し、こちら側から強制接続を行え」

 

 ゲンドウが指示を出すが未だに上昇を続けるシンクロ率に、増して想定外に次ぐ想定外にオペレーターたちのあらゆる作業が後手に回っていた。

 

「シンクロ率400パーセントを超えます!このままではパイロットが!ユイさんが消失してしまいます!」

 

 もはや諦めの感情さえ見えかける叫びや悲鳴のようなものが各所から上がり出す中突然、奇跡的に音声回線が復活した。

 

「所長!E-6からの割り込みに成功しました!繋ぎます!」

 

 モニターに映し出された映像は砂嵐であったが、ユイの声だけは、はっきりと聞き取ることが出来た。

 

 スピーカーを通じて外に出たユイの声色はいつもと変りなく

 

 

 

 

 

『…あなた、シンジをおねがいね…』  

 

「ああ…」

 

 

 

   その言葉を最後に

 

 

 

「シンクロ率400パーセントを突破!自我境界が崩壊します!」

 

 

 

   ユイは消えた

 

 

 

 暴走すると思われた初号機は突如停止し、残されたのはただただ残酷な静寂だけであった。

 

 

 暫定的に実験は一時凍結。もしもの事を考え全スタッフを観察室から退避させ、この場にただ一人残ったゲンドウは、ユイを飲み込んだ初号機の眼前に立っていた。

 全人類を救うための鍵であると同時に、最愛の妻を奪った敵、そして愛する息子を戦場へと送り出す揺り籠でもあるその巨人は、何も映さないその瞳でゲンドウをただ見ていた。

 

 こうなることを一人知っていた。知りながら止めることが出来なかったゲンドウは、黙ったまま膝から崩れ、そして一人静かに涙を流した。

 

 

 

 

 

――1週間後――

 

 

 

 

 

 ユイの救出(サルベージ)作戦は予定通り(・・・・)失敗し、ゲンドウは自身の執務室で冬月と向かい合っていた。

 

「この一週間どこへ行っていた。傷心もいい。だが、もうおまえ一人の体じゃない事を自覚してくれ」

 

 もはやここまで来てゲンドウまで失うわけにはいかない冬月は、ゲンドウにいたわりとも叱責とも取れる言葉を吐いた。しかし想像していたよりも落ち着いているゲンドウに新たに違和感を覚える。

 

「分かっている。シンジを誰の手も届かない安全な場所へと隠した。我々の近辺は暫く危険になる」

 

 ゲンドウが妻を失ったショックで1週間塞ぎ込んでいたと思っていた冬月は、彼の口から物騒な言葉が飛び出した事に引っ掛かりを感じた。

 

「まて、危険になるとはどういう事だ」

 

「先日、キール議長から連絡があった」

 

 冬月の不安はゲンドウの返答によって現実のものとなった。

 

「まさか、あれを!」

 

「そうだ。かつて誰もが為し得なかった神への道、人類補完計画だよ」

 

 窓から差し込む西日がゲンドウを照らし、彼の背後に影で出来た十字架を背負わせた。

 数年前、ゲンドウがこの道へと自身を引きずり込むために渡された数々の資料を再び思い出した。 

 暫くの間沈黙が流れ、再び冬月が口を開く。

 

「従うつもりはあるのか?」

 

「まさか、ありえんよ。だが今すぐどうにかできる連中でもない。奴らに従うふりをし、ここぞというタイミングで叩く」

 

「そう上手く行くのか?」

 

「分からん、奴らは狡猾だ。だが策が無い訳ではない」

 

 ゲンドウの返答に頭痛を覚えるが、乗りかかった船を下りるには知りすぎた事も多く、況して情が移りすぎていた。

 

「はぁ…シンジ君と離れてお前の息子自慢が少しは落ち着くのならば、忙しさもお前にとって良い薬になるな」

 

 溜息を吐き、重い空気を茶化すように冬月が冗談を言うと

 

「問題ない、シンジの成長記録は毎月こちらに特殊ルートで送られてくる手はずになっている」

 

 先程とは打って変わってゲンドウのあまりにとぼけた返答に、再び頭痛が起こる冬月であった。

 

 そんな冬月を見かねてかゲンドウから激励ともとれる言葉が飛ぶ。

 

「冬月。俺と一緒に人類の新たな歴史を守らないか」

 

「そういう言葉は格好のつく場面で言ってくれ。全く」

 

 頭痛の原因が自分だと気づいていないこの男とのこれからを想像すると、ユイという制御役を失った事に対し自分に怒りさえ覚えそうになるが、不思議と悪い気はしなかった。

 

 今までは碇ユイという存在があったからこそゲンドウとやってこれたと思っていた冬月だが、想像以上に肩入れしていたことに自身も驚いていた。この瞬間、ようやく冬月はゲンドウとの真の協力者になったのであろう。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 4年後、本格的にMAGIが完成し、人工進化研究所(ゲヒルン)がネルフへと名を変える頃、ジオフロント施設内の至る場所である少女が目撃されるようになった。

 

 透き通るような白い肌に、透かした光を青く見せる特徴的な白髪、何より目を引くのが整った、ともすれば人形のようにさえ見えるその顔立ち。そしてその美貌を際立たせる深紅の瞳である。

 

 齢を重ねるごとに美しさに磨きがかかるであろうその少女の名は

 

   

 

 

   【綾波レイ】

 

 

 


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