ゲンドウ、再び   作:被検体E-1n

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賢者失格

-ここはどこ?-

 

返事はない。

 

-わたしはだれ?-

 

ただひとり、思考が空を切る。

 

-なぜ、ここにいるの?-

 

自分というモノの境界が掴めない。

 

-どうして...

 

意識は更に降下する

 

──

 

「─零号機、制御不能!このままでは機体、パイロット双方が危険です!」

オペレーターの声が跳ぶ。

 

 現在、ネルフは来るべき時に備え実験を行っていた。

 汎用人形決戦兵器エヴァンゲリオン、その試作品である零号機 。この実験は最終テストであり、これが上手くいけば研究員達の肩の荷も、一時的に降りるはずであった。

 しかし、事はそう上手くは運ばない。

 

 既に人類の制御を振り切った単眼の巨人(キュクロプス)は、自身を縛りつける拘束具を破壊し、白く狭い空間に暴力の嵐を叩きつけた。

 

「実験中止!電源を落とせ 」

 焦る研究員達の中で唯一冷静に声をあげたゲンドウ。周囲の人間達一人一人に適切な処置を行わせ、自身は一人、厚い強化防壁の前に立ち暴れ狂う巨人を見つめていた。

 

 だが、どんなに厚いガラスであっても《決して壊れない》などということはない。むしろ暴走する零号機の前でそのガラスなど、少し厚めの板でしかなかった。

 

 必死に対応する人員の一人からゲンドウに声がかかった。

 

「司令、危険です!その場を離れてください!」

 

 しかしそんな声を聞いたのか聞いていないのか、ゲンドウは一歩も動かなかった。

 

 零号機の拳は何度もガラスに叩きつけられ、一撃入る度に放射状の亀裂を生み出していた。

 

「自動制御システム、命令遂行を断念、パイロットを最優先事項と判断!自動脱出機構(オートイジェクション)作動!」

 

 キーを叩くオペレーターから悲鳴のような通達があがる。同時に零号機背部の装甲が弾け、円筒状のコックピット『エントリープラグ』が排出された。

 

「完全停止まであと10、9、8...」

 

「特殊ベークライト、急げ いそげ!」

 

 プラグに付けられた離脱用ブースターが火花を吹いて飛び上がる。しかし、直上の天井に衝突し飛行距離は稼げずに空間の隅を探して天井を進む。やがて内蔵燃料が尽きると、音を立てて白い床へと落下した。

 

「レイ!」

 

 赤木リツコは叫んだ。自分の妹のように育ってきた彼女(レイ)が危険に晒され、叫ばずにはいられなかった。

 

「救護班を向かわせろ!パイロットが最優先だ!零号機の封印処置は救出後で構わん!」

 

 同時にゲンドウの怒声も飛んだ。既に落下したプラグに向かい緊急救護の人員は向かっているが、それらと同じくリツコも飛び出していた。

 

──

 

 周囲に響いていた地響きが、気付けば止まっていた。零号機が活動を停止したのだろう。

 

 身体中が痛む、どうやら落下したときに全身を打ったようだ。例えプラグ内に満たされたLCLが衝撃を和らげたとしても、高所から落下したことに変わりはない。

 

 思考が痛みにより混濁していると、突如プラグの緊急ハッチがこじ開けられた。どうやら救助班が自分を助けに来たようだ。

 

「ちょっとあなた達!そこを退きなさい!レイ!大丈夫なの!」

 

 そんな事を考えていると、救助の人員を掻き分けて、一人の女性がプラグ内に身を乗り出して来た。

 自分のよく知る人物だ。

 

「りっ...ちゃん...」

 彼女を呼ぶとレイは、同時に安心により意識を手放した。

 

 

 

 

 

 救護班と共に実験室を去る二人の様子を、ナオコは観測室(モニタールーム)から見下ろしていた。彼女の周囲に人はおらず、既にゲンドウもこの場を立ち去っている。残りの人員もデータの回収と簡単な片付けを終えればここを立ち去るだろう。

 

 

──

 

 

 砕け散ったガラスが明かりの落ちた部屋に広がっていた。ここは先程の実験を観測していたモニタールームであり、さっきまでの喧騒は嘘のように静まり返り、殆ど全ての研究員はこの場を撤退していた。そこに一人、頭を抱えるようにして停止した零号機を見つめる人間がいた。

 

「パイロットが最優先、ねぇ...あの人にとっては私達の事なんて二の次なんでしょうね」

 

 独り言のように零号機に語りかけるナオコの表情は暗い。それはこの部屋の明かりがついていないからなのか、それとも彼女の感情故になのかは読み取れない。

 

 思い返すのは先程の光景、砕け散るガラスの前を直立不動で動かないゲンドウには、ナオコの声など届かなかった。

 

「いえ、最初から私達の事なんて目に入っちゃいないのよ......あの人は一体、何処を見つめているのかしらね...」

 

 ナオコの口から絞り出されたような声は、どこか苦々しげであった。

 一人思いを巡らせるナオコに、ふと声が掛かる。

 

「まだこっちに居たの母さん。さっきの結果がMAGIから報告されたわ。私の分は打ち込み終わったから後の調整をお願い」

 

 ナオコの一人娘、リツコだ。

 かつての世界でゲンドウとの不倫関係にあった彼女達だが、この世界ではその様なことは起こらず、リツコの髪も黒いままであり、ナオコも自殺することはなかった。

 

 

 しかし、だからと言ってナオコのゲンドウへの想いが消えた訳ではなく、より後ろ暗い炎へと燃え上がっていた。

 

「リツコ...私は少し休憩してからにするわ。ちょっと寝なさ過ぎたみたい」

 

 娘に向かっておどけてみる、しかしその目は少しも笑ってはいなかった。

 

「私はレイの所に居るわ。病室は分かるでしょ?時間が出来たら母さんも顔を見せてあげて」

 

 そんなナオコを知ってか知らずか、リツコはひらひらと手をふって出ていってしまった。

 

「あなたも、私なんか見ていないのね......。母親としても...女としても失格か、...自分の思考パターンを基礎にMAGIを作ったっていうのに...私がこれじゃあ駄目ね...」

 

 リツコが消えた出口の方を見つめて呟いた。今立っている荒れ果てたこの空間は、まるでナオコの心を写しているようであった。

 

 

 

 


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