「すごい!本当にジオフロントだ!」
視界に強烈な光が入ってきたかと思った次の瞬間、シンジの目の前には地下とは思えぬほどに広大な空間、ジオフロントが広がっていた。
更にそのまま彼の乗る車ごと運ぶリニアレールは、ジオフロントをゆっくりと降下してゆく。
待ち望んでいた瞬間が近づいていると思うと、シンジは自分の胸の高鳴りを抑えられそうになかった。
―もうすぐだ、父さんに会ったら何を話そう、何をしよう、新しい家はどんな所だろうか、自分の部屋はあるだろうか、友達は出来るだろうか…―
──
「おい碇、少しは落ち着いたらどうなんだ」
司令室を落ち着きなくウロウロしているゲンドウに、冬月の呆れたような声が掛かる。しかしそんな声も耳に入らぬほどに入念に、ゲンドウは自身の格好や顔などをチェックしていた。まるで初めてデートに向かう少年のような仕草だが、この男の年齢は既に四十を超え五十に差し掛かろうとしている。気持ちが悪い。
―この時をどれほど待っていただろうか─ユイ、シンジは必ず俺が…―
その時、執務机に備え付けられた内線に通信が入った。
『司令、御子息がお見えになりました』
「分かった。すぐにそちらに向かう」
通信に手早く返答するとゲンドウはすぐに動き出した。
「冬月、後は任せる」
そう言い残すと、ここにはもう用はないとばかりにゲンドウは部屋を出て行った。
部屋に一人残された冬月は、額を押さえて天を仰いだ。
「何が『任せる』だあの馬鹿は、余計に仕事を増やしおって」
しかしそう言う冬月であったが、口元は少し笑っている。あの親子の再会を邪魔するほど自分も無粋ではない。何より冬月は、事あるごとにゲンドウにシンジの成長録を見せつけられてきたのだ、最早他人事とは思えぬほどに情が移っている。だからこそ、この再会を喜ぶと同時に不安もまた大きかった。
―ユイ君、どうか二人の行く末を見守っていてほしい―
既にこの場にはいることはないユイに冬月は願うと、自身もまた再び仕事へと戻って行った。
──
ネルフ内のとある区画の部屋に、シンジと、彼をこの場まで連れてきた警護役の男が居た。
「司令はもうすぐこちらに伺われるようです」
伝えられた内容に、ただでさえそわそわとしていたシンジが、より一層落ち着きのないものへと変わってしまった。
そうして数分部屋の中をそわそわとしていると、突然扉が開き、一人の女性が入ってきた。
「あっ!あなた、シンジ君ね?そうでしょ、あの人にどことなく雰囲気が似ているもの―」
突然部屋に入ってきた女性にシンジは困惑した。父が来たと思ったら知らない女性で、いきなり自分に対して質問を捲し立てて来たのだ。想像していなかった展開に、シンジが思考停止していると、警護役の男がシンジと女性の間に入るように立ち塞がり、彼女を警戒した。
「赤木博士、貴女はこの場には呼ばれていないはずです。即刻持ち場に戻ることを提言します」
不測の事態であっても的確に判断し、黒服の彼は迷わずに侵入者、赤木ナオコに対して銃を突きつけた。
が、銃を突きつけられてもナオコは怯まずにひょうひょうと彼に返答する。
「同じ職場の人間にそんな物騒なものを突き付けないでちょうだい。それに、シンジ君も驚いてしまっているわ」
そう言うとナオコは男を押しのけてシンジにつかつかと歩み寄る。
「久しぶりね、シンジ君。あなたは覚えていないかもしれないけど、あなたがずっと小さいころに私と会っているのよ。それでね、あなたが
未だに理解が追い付かないが、シンジは一応質問に答える。
「いえ、父からは迎えが来るとしか聞かされていないので」
「そう。なら私が教えてあげるわ、あなたは
話すことに夢中になっているナオコには、シンジの視線が自分の後ろに動いていることに気付かなかった。
「赤木博士、ここで何をしている」
低く、それでいて通った声が部屋に響いた。声には少なからず怒気が含まれており、時間が止まったと錯覚するほどに部屋は静まりかえった。
「再び問う、赤木ナオコ技術開発部長。ここで一体何をしている」
声の主は碇ゲンドウその人であり、二度目の追及には明らかな怒りがこもっていた。
ゲンドウの問に対してナオコも黙っているわけにもいかず、あたふたと弁明を始める。
「司令、その…これはシンジ君を
「君はシンジを危険に巻き込むつもりか」
――は?」
想像とは違う答えにナオコは一瞬固まった。
「しかし司令、では一体何のために彼をこんな場所に」
ナオコの疑問は普通の人間ならば浮かびようもない物であった。しかし、彼女はあまりにも科学者として天才過ぎた。自分の他の要素を置き去りにしてしまう程に。その考えは遥か過去に消えてしまったものだからだ。
その疑問にゲンドウは答える。
「親が子供と暮らすことに理由が必要か」
あまりにも当たり前で忘れがちになることを、ナオコの中で失われたことを、ゲンドウはあっけらかんと言い放った。最早ナオコに言い逃れする術はなかった。
「司令、ではこれは…」
「君の早とちりだ。持ち場に戻りたまえ」
そう伝えられると先ほどまでの元気は嘘のようになくなり、ナオコはふらふらと部屋を出て行ってしまった。
──
ようやく室内は異物を吐き出し、親子の再会の場へと姿を変えた。
「久しぶりだな、シンジ」
「父さん…」
先程までの騒動に放心気味だったシンジだが、ゲンドウに話しかけられる事により再び意識を取り戻した。
「父さん…父さん――!」
シンジはゲンドウに飛びつくと、これまでの想いや不安を吐き出した。
「――会いたかった、ずっと。もしかしたらもう迎えには来てくれないんじゃないかって、それでもいいんじゃないかって思いかけている自分がいて、でも先生にも――」
ゲンドウはそんなシンジを受け止めつつ、警護役の男に目配せをする。察した男は一礼をし、部屋を退出した。
しばらく泣いていたシンジであったが今までの事を話し少し落ち着いた。何より実の父親に打ち明けられたことが大きかった。
「落ち着いたか」
「うん、なんだかすっきりしたよ」
シンジの顔は来た時のような不安そうなものとは違い、晴れ晴れとしていた。
「今日は私も仕事は片付けてある。これから家に向かおう、お前の荷物も既に届いている」
「そっか、楽しみだな新しい家」
二人は和やかな雰囲気で部屋を後にした。
――十年分、積もる話もあるだろう。時間が戻ることは無いが、空いてしまった親子の距離は、時間をかけて再び歩み寄れば良いのだ。再びここから全てを始めればいい――
──
薄暗い室内を照らすのは、モニターの光だけであり、それがより一層この部屋の主、赤木ナオコを無気味に照らしていた。
『親が子供と暮らすことに理由が必要か』
ゲンドウに言われた言葉が頭の中を巡る。今のナオコにとって永遠に解けそうにない問題。これは自分が
「あの子たちとの距離感が、私には分からないもの…」