「あら、アカネちゃん、いらっしゃい!」
「こんにちは、ミコトさん!」
ジリジリと日が強く照り出す刻。蝉の声も相まってうちはさんのお宅にお邪魔してる今も暑さで気が重かった。そんな私を涼しげな笑顔で迎えてくれたのはミコトさんであった。見慣れたエプロンを着用して、洗濯物らしい衣類が山のように積まれた籠を抱えているところを見るに、どうやら家のお仕事で忙しくしていたようだった。
そんな彼女は汗だくで息の切れた私の姿を目に収めると、可笑しそうにクスクス笑ってから抱えている籠を私によく見えるように少し上げて言った。
「すごい汗よ。今、これをお庭に持ってっちゃってから麦茶を淹れるわね。」
「あ、あの、全然お構いなく!」
「あら、そんな訳にはいかないわ。この暑さで身体を悪くしてはいけないもの。
でもごめんね。あの子、今出かけていていないのよ。」
どうやら私がここを訪れた理由を悟っていたようで、少し居心地が悪くなった。こんな暑い日にミコトさんが家事で忙しくなっているにもかかわらず不在ということは、またおきまりのアレだろうか。
「また修行ですか?」
「ええ、今日は一段と暑いのに朝から走って行っちゃったのよ?
最近のあの子、何かに焦ってるみたいで…大丈夫かしら。」
「心配しすぎですよ。
修行、とか言ってカッコつけてるだけだってばね!男なんてみんななーんにも考えてないんだから、気にする必要ないですよ!」
ミコトさんはそうね、と困ったように笑った。まあ正直あいつに関しては何も考えてない、ではなくて、何考えてるのかわからない、と言ったほうが正しいだろう。周知の通りあいつ、イタチはあまり感情を表に出すタイプではないため、こちらに思考が伝わりにくい。忍としては良い素質なのだろうが、親友から見れば複雑な面である。
そう、うちはイタチとはあの日以来親友となった。自分で言うのもなんだが、もともと私は社交的な性質であったため、友達は多数存在した。しかしなぜか、イタチとつるむようになってから妙に彼に構い倒したくなると言うか、一緒に遊びたくなると言うか。とりあえず長く同じ時間を共有していくうちに、お互いに唯一無二の友になっていたのである…多分。
あくまで私が一方的にそう思っているだけで、彼が同じように思っているかはわからない。が、いちいち突っかかる私にも面倒くさがらず対応してくれるのだから少なからず友達くらいとは思ってくれているだろう。思ってくれていなかったら私は一生男を信用しなくなる自信がある。
ともあれ、私が一方的に会いに来るようになってから彼とはほぼ毎日のように遊んでいる。しかし最近になって、こうして会いに来ても彼が家にいないと言うことが多くなった。その理由はもちろん知っているのだが、遊び盛りの子供からして見れば少し面白くない。初対面の頃から彼がいささか達観している面があったのはわかっていたが、この歳で修行を始めていると聞くと、なんだか私と彼の間の距離が遠く感じてしまう。
それがなんだか悔しくて、私はミコトさんに麦茶をいただいた後、洗濯のお手伝いをさせてもらった。最初は申し訳なさそうにしてたミコトさんだったが、物干し竿で一緒に衣類を干していくうちに、家でのイタチの様子を楽しそうに話し始めた。
「そういえば、アカネちゃんも一緒に修行しているの?」
「…まあ、たまに…」
「まあ、そうだったのね。
やっぱりアカネちゃんの方が強いのかしら?」
「うーん、五分五分…かな。」
彼が修行を先に始めてしまった日などは、実は私も付き合っていたりする。正直なところミコトさんにはああ言ったが、一緒に修行をし始めた初日ならまだしも、それ以来何度か対戦しているがあまり胸を張って自慢できるほどの結果ではなかった。初日は私の圧勝だった。普段から外へ遊びに行っては男の子たちと遊んで喧嘩して、泥まみれになって帰って来るような私であったので、腕っ節にはかなりの自信があったし、昔からとある事情でいろんな人に絡まれやすい奴だったので、自然と多少の防衛手段が身についたのだ。しかし次からは驚くほど彼は強くなっていた。イタチは見た目が全体的に細いし、あまり健康そうな肌色ではないし、何より儚げで物静かだったので遠分彼に勝ち目はないと勝手に予想していた。が、彼は軽い身のこなしで徐々に私を追い詰め、結果私は負けた。それから何度か修行を共にしているが7対3の割合で彼の方に軍配が上がっている状況で、私が勝てたとしても僅差でギリギリ、というのが多かった。どうやらテクニックではイタチに全く敵わないが、力業では私の方が上回るようである。それが無性に悔しくて、私は早々父に修行をつけてくれと頼み込んだのだった。父は変な声を出して慌てていたし、それを聞いていた母もびっくり仰天という顔をしていたのを覚えている。
「よし、洗濯終わり!」
「今日はとびきり暑いから、きっとよく乾くってばね!」
「そうね。あ、そうだ。アカネちゃん、渡したいものがあるからこっちきてくれる?」
ミコトさんは思い出したように声を上げてから私を中へ案内した。連れてこられた先は綺麗に整頓された台所で、ミコトさんはテーブルの上にちょこんと乗っていた風呂敷に包まれた物を手にとって私に渡した。流されるように受け取ったそれは、布越しから微かな温度が手のひらに伝わってきた。
「なんだってばね、これ?」
「それをイタチに届けて欲しいの。
中身は良かったら二人で一緒に食べてね。」
その一言で中に何が入っているのかが瞬時にわかった。きっとおむすびだろう、しかも昆布の。しかしそれと同時に、ミコトさんがわざわざ私にそれを渡した理由を察して思わず恥ずかしくなってしまった。
風呂敷の他に、冷たい麦茶の入った竹筒を渡された後、ミコトさんは「玄関まで送るわ。」と笑ってくれた。
そのとき、私は外履きを履くのに気を取られていて後ろでミコトさんが身体をよろめかせていることにすぐ気づけなかった。鈍い音が耳に入ってようやく異変に気づいた私は、驚いてミコトさんの方を見ると、ミコトさんは額に汗を浮かばせながら眉間にしわを寄せ、息を荒くさせて床に膝をついていた。
「ミコトさん!!大丈夫ですか!?」
「ええ、平気。ごめんね、心配かけたわね。
最近こんな調子なの。でもすぐに治るから安心して。」
そうはいっているが顔が真っ青である。どうにもこのまま彼女を放って出かけるのに気が引けて、履いたばかりの靴に手をかけようとしたとき、ミコトさんは手を上げてそれを制した。
「大丈夫よ、本当にすぐ治るから!
この後しばらく横になってるから、アカネちゃんは気にせず修行しておいで。」
「でも…」
「ふふ、大丈夫。今日は昨日よりひどくなさそうだから、早く治るわ。
さ、だから早く行って!」
後押しするかのようにミコトさんは私に笑いかけたので、私は何かあったらすぐに呼ぶように、と念を押してからしぶしぶ玄関を出たのだった。
やっと木陰に入った、と先ほど歩いてきた道を思い出しながら一息ついた。うちはの集落は木の葉の中心部に比べて高い建物がないためか、日陰が少ない。なので小さな集落とはいえ、子供の小さな足では長く感じる道のりをジリジリと肌に刺す日の光を感じながら走ってきた。
ここの森では私たち以外にもよく修行しにくる者を見かけるくらい修行にはうってつけで、私とイタチが勝負する場所と言ったら大抵ここだった。
今日もきっとここにいるだろうと考えた私は真っ先に走ってきたわけだ。案の定、丸太相手に苦無を構えてる黒髪の見慣れた少年が立っていた。バレないようにこっそり後ろから近づいて、軽くどつくような形で私は大きな声を上げた。
「アカネか、毎度飽きないな。」
「あんたわざと気づいてないふりしてたわね。」
「前以て振り返ったらお前はどうせ拗ねるだろう。」
「あら、よくわかってるじゃない。」
可愛げのない返事を返してくれた少年こと、うちはイタチは若干呆れたような目でこちらを見てからすぐに丸太に視線を戻した。ついでに私も丸太の方を見ると、的のように丸くえぐれた所の中心部に何本かクナイが刺さっていた。その珍しくもない光景を見た私は、意識せぬ間に不満げな声が口から漏らしていた。
「ちょうど良かった。
クナイを数本同時に投げる練習をしていた所だ。」
「…また腕あげちゃってもう…
私なんて一週間かけて修行してやっと一本ずつ中心に当てられるようになったのに!」
「修行したからね。
それに、たった1週間の練習でそこまで上達すればすごい方なんじゃないか?」
「それを2日で習得したアンタにいわれたくないんだってばね!」
「人は皆違う。呑み込みの早さも人それぞれだ。
だからって、必要以上に他人と自分を比べる必要はないよ。比べるべきなのは、今と昔の自分だけだ。」
「…難しいことはお断りだってばね…」
図星なのは自覚している。そしてイタチが言わんとすることもわかるし、正しいとも思う。でもやっぱり悔しくて、素直に言葉を受けられないのが子供の厄介なところだ。
苦し紛れに私が返した言葉に、毎度のことながら目敏く誤魔化しの意をくみ取った彼は、可笑しそうにクスリと笑った。
「…なに笑ってんだってばね!バカにしてるの!?」
「ちがうよ、そうじゃなくて。君らしいなと思ったんだ。」
「…どういう意味よ。」
「…言葉にするのは難しいな。素直、って言うか…でも、そう言うところが、君の良いところだと思う。」
なんだなんだ急に。突然なにを言いだすかと思えば、私の良いところだって?普段はそんなこと言わないくせに、不意打ちでさむいことを言うもんだから、なんだか顔が熱いし心臓がバクバクうるさくなってきただろ。なんだか急に落ち着かなくなるし、羞恥心が身体全体から込み上げてきた。
少し落ち着いて、やっとまともに彼の目をみれるようになって、そういえばと今朝疑問に思ったことを口に出してみた。
「そういえばさ、ミコトさんどこか悪いの?」
「…どうして?」
「どうしてって…今朝、あんたを呼びにお家にお邪魔させてもらったんだけどね。帰り際、急にミコトさんの顔色が悪くなって…。心配だったから一緒についてあげようと思ったんだけど…」
「……ごめんアカネ、急用を思い出した。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!おにぎりどうすんの!?」
「それは…でも…」
「はぁ。せっかく作ってくれたんだから、食べないで帰ったらきっとミコトさん、もっと顔色悪くしちゃうかもしれないわよ。
イタチのために作ってくれたんだから、あんたが残さず食べたって言うのを聞いたら、ちょっとは体調も良くなるかもしれないってばね。」
「…そういうものか?」
「そうよ。うちのお母さんだってそうだってばね!」
そしてイタチは渋々風呂敷を受け取り、木陰のある丁度良い高さの木の根に腰をおろした。その様子を見て、私も彼の隣に座った。
彼が風呂敷を広げるのを横目で眺めていると、彼は急に小さく笑った。
「二人分入ってる。あらかじめ二人分を作ってあるってことは、母さんもアカネが来る事がわかってたんだな。」
「…毎度のこと訪ねてればわかるってばね。」
「それもそうか。」
私としては、遊ぶことではなく修行をしているのが気にくわない。だからといって、彼が修行している一方で私が遊んでいられないのだ。。実力に差をつけるわけにはいかないし、何より男女の見た目をしたイタチに負けられない。
おにぎりを食べ終え、イタチはすぐに家に帰るものだと思っていたが、彼は空になった風呂敷を畳んだ後、木の幹に背をまかせ木漏れ日を眺めていた。
「最近、母さんの調子が良くないことは気づいてた。でも母さんは夏バテのせいだと言っていたし、俺もそれに納得してたから、まさか母さんがそこまで体を悪くしていたなんて思わなかった。」
「…私にも、心配をかけたことを申し訳なく思ってるみたいだったし。きっとイタチにも心配させたくなかったのよ。それに…」
「…それに、何?」
「イタチってさ、前まで自分から何かやりたいって言ったこと、あんまりなかったじゃない。」
「そう、だっけ?」
「そうよ。家じゃ我儘なんてそうそう言わないのよーってミコトさんが愚痴ってたってばね。」
お母さんに。
「だから、さ。最近あんた、修行に打ち込むようになったじゃない?それが嬉しいんだと思う。」
「修行に打ち込むのがか?」
「そうじゃなくて、うーん、なんて言うかな…やりたい事が出来たみたいで、嬉しいんじゃないの?」
「そう言うものか?」
「そういうもんだよ。」
柔らかく吹いてきた風が、暑さで火照った身体を包み込んだ。
「ミコトさん、あんまり悪い病気じゃないといいね。」
風でざわついた木々の声に紛れて、彼の肯定の音が聞こえた。
アカネちゃんは四代目火影の娘であり、うずまき一族の血を引いているのもあって、小さい頃から他里の忍から狙われてます。万が一に備えて、父親から少しばかりの護身術を習っていたのでその年頃の子供にしてはすごく強いです。が、イタチの潜在能力には敵わないです。