魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~   作:夜神

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第8話 「届かぬ思い、折れる刃」

 俺が居るのは、シグナム達と協力関係を結んだとある公園の街灯の下。周囲に人気は全くといっていいほどない。ふと空を見上げれば、太陽が完全に姿を消そうとしている。子供がひとりで出歩く時間ではなくなってきているため、シグナムが到着していないため人気がないことは好都合だ。

 

「……はやて」

 

 ここ数日、彼女の顔を見ていない。理由はもちろん、しばらく見舞いに来ないでほしいと言われたからだ。

 たった数日出会っていないだけなのにはやての顔を見たい、声が聞きたいと思ってしまう。彼女が恋しくて堪らない。こんな風に思ってしまうのは、俺にとって彼女の存在が大きいのもあるのだろうが、闇の書から彼女を救う術が見つかっていないのが最大の原因だろう。

 日を追うごとになくなっていくはやての時間。それに伴って膨れ上がっていく不安と焦り。きっとシグナム達も同じ感情を抱いているに違いない。

 

「だけど…………俺はシグナム達を止めないといけない」

 

 防衛プログラムが破損している限り、魔力を蒐集して行った先に幸せな未来はない。あるのは《破壊》だけだ。

 そんな未来をはやては望まないだろう。彼女は優しい子だ。他人の代わりに自分が傷ついてもいいと考えるほどに。たとえ自分の未来を知ったとしてもきっと……。

 

「……いや」

 

 もしかするとはやては、自分の死がすでに近いことを分かっているのかもしれない。

 そう考えれば、俺の元気な顔が見たいという理由で見舞いに来ないでほしいと言った理由にも納得できる。

 きっと……はやては俺がはやてのために何かしてることに気が付いてる。そして、それを自分が健康だったなら……、と責めているはずだ。

 見舞いに来るなと言ったのは、俺に他のことにも目を向けてほしいという気遣いもあるんだろう。だが俺の顔を見ていると辛いという理由もある気がする。本人の意思で動いていたとしても、他人が自分のために嫌な目にあったり、元気がなくなったりするのは嫌なものだ。

 俺とはやては、似ていないようで本質的な部分は似ていると思う。

 俺や彼女はひとりで居る時間が多かったこともあって、辛くても苦しくてもひとりで解決するしかなかった。他人との繋がりが切れることを恐れて、口に出すことができずに抱え込んでしまうこともある。

 ――それを自然に感じ取ったからこそ、俺ははやてには心を開くことができたんだろうな。

 はたから見た俺とはやては、誰も似ているとは思わないだろう。俺自身も客観的に見た場合、明るい彼女と似ているとは思わない。同じ傷を持っていなかったならば、出会ったとしても親しくなることはなかったかもしれない。

 

「すまない、待たせたな」

「いや……構わないよ」

 

 振り返ると白いコートを着たシグナムが視界に映る。シャマルの姿は見えないことから、はやての傍にいるのか、シグナムの代わりに蒐集を行っているのかもしれない。

 

「色々と考えることができたし、何より無理を言ったのはこっちだ」

「そうか……悪いが、できるだけ早く済ませたい。さっそく本題に入ってくれるか?」

「ああ……そっちの意に沿えるかは分からないけど」

 

 シグナムは疑問の表情を浮かべたが、俺はこれまでに分かった闇の書に関することを言い始めた。一通りのことを言い終わると、彼女から返事が返ってくる。

 

「膨大な情報の中から、よくこの短時間にそこまで調べたものだな」

「探索が得意な知り合いがいるんでね。主にそいつのおかげだよ……言った中に誤った情報は?」

「私も所詮は闇の書の一部に過ぎん。完全に把握しているわけではない……が、防衛プログラムが破損しているのは主の身体の状態から事実だ。管制プログラムも存在している」

 

 闇の書の情報が間違っていないとすると、俺の導き出した答えが正解である可能性が増したことになる。もちろん違う可能性はある。だがはやての未来がひとつしかない場合、彼女を笑って逝かせてやるには……。

 

「確認が終わったようなので問おう……主はやてを助ける術は見つかったのか?」

「……見つかったとも言えるし、見つかっていないとも言える」

「それはどういう意味だ?」

「闇の書が関わる事件は、完成後に関しては11年前と同じように暴走や破壊の記録しか残っていない。これから推測するに、真の主になるには防衛プログラムにも認められる必要があると俺は思う。だが防衛プログラムは破損している状態……」

「……つまり、防衛プログラムを修復しなければ完成しても主を助けることはできない。だが破損したプログラムを修復する手立ては見つかっていない、と言いたいんだな?」

「ああ……」

 

 助けるための方法は分かっているが、それを行うための方法が分かっていない。いや、分かっていないだけならまだ可能性はある。

 闇の書はデバイスではあるが、超高度文明の遺産《ロストロギア》だ。修復するにはその時代の技術が必要だろう。これまで何度も同じ事件が起こっていることから、現在の技術では何もできない状態と言ってもいいはずなのだから。

 

「…………なあシグナム、蒐集をやめてくれないか?」

「……その言葉の意味をお前は理解しているのだろうな? それは主に苦しめ、早く死ねと言っているのも同じことだぞ」

 

 これまでよりも低い声を発せられた言葉に背筋が寒くなった。こちらに向けられている視線も、最初の優しいものではなく刃のように鋭いものになっている。

 だが敵意を向けられることは覚悟の上だった。ここで口を閉じるわけにはいかない。

 

「分かってる……だけど、闇の書が完成しても現状では結果は同じである可能性が高い。蒐集してもはやての未来が確定する時期は変わらないんじゃないのか?」

「…………」

「あいつが優しい性格をしているのをシグナムだって知っているはずだ。俺はあいつを……破壊者にしたくない!」

 

 俺の言いたいことは伝わっているのか、シグナムは視線を伏せて何かを考えているように見える。彼女の返事が来るのを待つべきなのだろうが、俺にはまだ言っておきたいことがあった。

 

「……俺ははやてからしばらく来ないように言われた。だからシグナム達が代わりにはやての傍に居てくれ。俺は……最後まで諦めずにはやてを助けるための方法を探すから」

「……お前の考えは分かった」

 

 シグナムの口調が穏やかだったこともあり理解してくれたのだと思った。だがそれは……シグナムの衣服が騎士のようなバリアジャケットに変化したのを認識したのと同時に崩れ去った。彼女は視線を伏せたまま、さらに続ける。

 

「夜月、お前は主にとって大切な存在だ。人ではない私が言うのもあれだが……主のことを大切に思ってくれているお前は、我らヴォルケンリッターにとっても大切な存在だと言える。お前の言うことを信じないわけではない……」

「だったら……何で」

「それは……お前の推測はあくまで可能性に過ぎないからだ。お前の言うとおり、我らの方法は間違っているのかもしれない。だが、間違っていない可能性もある。お前が明確な方法を見つけているならまだしも、現状では止まることなどできん」

 

 シグナムはそっと剣の柄に手をかけた。

 確かにシグナムが言うことも間違いではない。俺の得た情報が間違っている可能性もあるのだから。今ここで引いたならば彼女と剣を交えずに済む……だが

 

「ひとつ聞きたい……これまでの主は、闇の書の完成後はどうなった?」

「それは……」

「……言えないってことは、俺の答えが間違っていない可能性が高いってことだ。蒐集をやめてくれ、シグナム」

「――ッ、もう……止まれんのだ!」

 

 迷いを強引に振り切るように、シグナムは音を立てながら剣を抜き放った。剣先をこちらに向ける彼女の顔は悲しげだ。

 

「夜月……今日限りこの件から手を引いて、事が終わるまで主の友人としての日々を過ごしてくれ」

「それは――」

 

 魔法を使える才はあっても、使うための術を知らなかった俺は両親の死をただ受け入れるしかなかった。もしもこのとき魔法が使える状態で一緒にいたのなら、ふたりを救うことができたのかもしれない。

 親の存在の大切さや失うことの悲しみを知りながらプレシア・テスタロッサを助けることができなかった。テスタロッサからは礼を言われ責められたりしてはいないが……あのとききちんと握り締めていたなら、と後悔は尽きない。

 ここで手を引いてしまった場合、シグナム達の方法が間違っていたとき俺は確実に後悔するだろう。いや、俺個人に納まらずこの世界そのものに爪痕が残ることになるかもしれない。

 誰かを傷つけたりすればはやては悲しみ、自分のことを責めるだろう。俺は……あいつに破壊なんかさせない。

 

「――無理だ」

 

 ファラを起動してバリアジャケットを纏い、出現した漆黒の剣を左手で握り締めて右手を柄にかける。いつでも抜剣できる状態で、真っ直ぐシグナムを見返す。

 

「引け夜月」

「引くつもりはない。お前が止まれないと言うのなら……俺が止める!」

「……なら仕方がない。私は……」

 

 シグナムはゆっくりと左腰付近に剣を持って行きながら腰を落としていく。その動きが制止するのと同時に、彼女は鋭い視線を俺に向け口を開いた。

 

「お前を斬る!」

 

 言い終わるのと同時に加速するシグナム。俺も彼女が動き始めるタイミングに合わせて突っ込んだ。迫り来る刃に向けて抜剣。漆黒の刃と白銀の刃が交わり、火花が散り高音が鳴り響く。

 競り合いが始まった次の瞬間、シグナムは少し後退しながら剣を引いた。支えを失ったこちらの剣は加速し宙を斬る。身体も前のめりになっているため、即座に後退することもできない。

 

「ふ……!」

 

 スピードを重視した小振りの一閃。それに対して俺は、鞘を持っている左手を前に出しながら対物理用の防御魔法を展開する。

 

「く……」

 

 速度優先の小振りの攻撃だったとはいえ、きちんと体重が乗っている。体格や筋力の差も重たく感じる理由なのだろうが、最大の理由はシグナムの技量の高さだろう。

 かろうじて受け止められているが、それはシグナムの中に俺を傷つけたくないという思いがあるからだ。迷いのない本来の威力ならば、俺くらいの防御魔法で受け止めることはできていないだろう。今でも彼女が強引に振り切れば破壊されそうなのだから。

 受け切ることを諦めた俺は後方へと跳んだ。シグナムの攻撃の勢いもプラスされ、予想以上の加速で後退していく。彼女は即座に追撃を行おうと動き始める。それを確認した俺は、複数の魔力弾を生成し放つ。

 

「狙いはいいが……」

 

 シグナムは顔色ひとつ変えず、魔力弾が当たる直前で上空へ回避した。そのまま上昇し続け、剣を鞘に納めた。カートリッジが使用されたのを見逃してはいない。

 

「そんな攻撃で止められると思うな!」

 

 抜かれた剣の刀身は不規則な軌道を描きながらこちらへと伸びてくる。

 テスタロッサとの戦闘の際にこの技は見ているが、よく彼女は回避できたものだ。攻撃の読みづらさもさることながら、迫り来る刃には大蛇が迫ってくるような圧力がある。

 少しでも見切りを誤れば、少しでも萎縮してしまったら直撃する。直感的にそう悟った俺は、テスタロッサの軌道を意識して回避行動を始める。

 テスタロッサと比べて基本的な移動速度は劣るものの、彼女には何度か一緒に訓練を行った際に高速移動魔法のレクチャーをしてもらった。普段は器用貧乏だと言わざるを得ない魔力資質だが、彼女の魔法をすぐに使えるようになれたことには感謝するべきだろう。

 高町は感覚で魔法を組めるような発言をしていたが、俺には無理だ。でも時間さえかければ、各魔法の長所を組み合わせた魔法を作り出すことだってできるだろう。努力を惜しまなければ、瞬間的にテスタロッサ並みの高速移動を可能にだってできるかもしれない。

 とはいえ、この戦闘の中でそれを行うのは不可能。今はテスタロッサから教えてもらった高速移動魔法を回避を頼りにするしかない。

 

「く……っ……」

 

 身体の至るところにかすり傷を負ったものの、どうにか避けきることができた。即時にファラを砲撃形態に変形させる。

 この場においては必要なのは威力よりも速度。だが威力を殺しすぎれば、シグナムを止めることは不可能だ。発射速度を優先しながらも威力を殺さない方法……

 

〔……ファラ〕

〔分かってるから、マスターは砲撃に集中!〕

 

 ファラの声には怒りがあった。

 シグナム相手に無駄口を叩く暇はないということなのか、それとも俺の考えが分からないとでも思っているのかと言いたいのかのは分からない。ただひとつ、これだけははっきりしている。彼女は頼りになる相棒だ。

 

「今度はこっちの番だ」

 

 デバイスの先端をシグナムに向け、トリガーに指を掛ける。

 先端部に夜空よりも濃い闇色の光が収束していき、それと同時進行で周囲に同色の魔力弾が複数生成される。

 シグナムが次の行動を取ろうとする気配を読み取った俺はトリガーを引いた。通常よりも速射仕様にした砲撃魔法《ノワールブラスター》と魔力弾は迷うことなく彼女へと向かっていく。少しだけ彼女の顔に焦りが見えた気がした。

 

「ちっ……」

 

 シグナムは左手に持っていた鞘を大きく振り、その勢いを利用して素早く身体を捻った。強引なやり方ではあるが、一点集中の攻撃だったために彼女の防護服を掠めただけだった。

 消費した魔力の量を考えると不愉快な結果でしかないが、魔力を節約して勝てる相手ではない。そもそも、こんなことを考えている暇もないのが現状だ。シグナムはすでに刀身を戻し始めているのだから。

 今の攻撃でシグナムも先ほどよりも本気で来るはずだ。近接戦に持ち込まれたら厳しい。今の距離を保って戦わなければ……。

 

「行くぞッ!」

「くっ……!」

 

 接近してくるシグナムから、俺は一定の距離を取るように移動しつつ攻撃する。

 漆黒の閃光が雨のように彼女へと襲い掛かるが、かすりはするものの直撃しない。直撃していない以上、最低限の回避で接近してくるあちらのほうがスピードが速く、徐々に距離が縮まっていく。だがこちらも何もしていないわけではない。

 

「――っ!?」

 

 突如シグナムの身体に制止が掛かる。彼女の右足には黒い輪。俺の設置していたバインドにかかったのだ。

 しかし、高速戦闘をしながら設置したお粗末なものだ。シグナムレベルの相手を止めていられるのは、ほんのわずかな時間だろう。

 ――だが、この少しの時間があれば本来の威力で砲撃できる。

 砲撃と魔力弾の一斉射撃。いくら平均レベルの威力であっても、直撃すればシグナムとはいえただではすまないはずだ。動きを鈍らせることができれば、こちらの勝率が上がる。

 

「予想していたよりも……いや、それだけ私を止めるという想いが強いのか。……だが」

 

 シグナムは先ほどまでとは別人と思えるほど、覇気のある目を浮かべた。再び剣を鞘に納め、カートリッジをリロードする。

 鞭状連結刃で応戦するつもりか……だが俺の砲撃でも、それくらい弾き飛ばす威力はある。

 撃ち出した漆黒の魔力は凄まじい勢いでシグナムへと向かっていく。だが彼女の顔に焦りの色はない。むしろ勝つのはこちらだと言いたげな自信があるように見える。

 

「飛竜……一閃ッ!」

 

 予想していたとおり連結刃が放たれたようだ。砲撃と衝突し、周囲に衝撃と音が拡散していく。

 物理攻撃なのに大した威力だ。でも砲撃の威力を完全に殺すことはできない――

 

「なっ……!?」

 

 ――一瞬何が起こったのか理解できなかった。

 闇色の光を吹き飛ばして現れたのは、先ほどとは違って炎を纏った刃。一直線上に撃ちだしていることもあってか、先ほどよりも速い。それに炎を纏っているからか圧力も増している。これを表現するのなら大蛇ではなく竜だ。

 連結刃が迫ってきていると認識した俺は、とっさの判断でファラを砲撃形態から通常形態に戻した。左右に持った剣と鞘を前に出す。刃が到達するのと同時に、凄まじい衝撃に襲われた。砲撃を撃ち破る威力を誇るだけに、その一撃の威力は強大。気が付いたときには、俺はすでに吹き飛ばされていた。

 

「うぐ……!」

 

 制止をかけることができなかった俺の身体は地面に衝突した。打ち付けられた衝撃で呼吸が苦しくなる。一度の衝突で勢いは衰えることはなく、何度も地面を跳ねた。止まったときには全身がひどく痛み、息苦しさに襲われていた。

 ……勝てない。

 近接戦闘の技術はシグナムのほうが数段上。彼女の中に迷いがある状態なら多少やりあうことができるが、勝ち目はないに等しいだろう。

 魔法の術式で有利な中距離戦も、たった今打ち負かされてしまった。遠距離での戦闘に持っていけるスピードも、遠距離から仕留められるだけの高威力の魔法も俺にはない。完全に詰んでしまっている。そんな思いを読み取ったのか、ファラが俺に話しかけてきた。

 

〔マスター……諦めるの?〕

〔……諦めたくはない。けど……俺じゃシグナムには勝てない〕

〔勝てない? ……そういうのは本気で戦ってから言いなよ〕

 

 起動している状態のためファラの表情を見ることはできないが、とても冷たい声だった。これまでに一度も聞いたことがない声に俺は戸惑いを隠せない。

 

〔な、何を言ってるんだ? 俺は……本気で戦ってただろ?〕

〔あれがマスターの本気? 笑わせないでよ〕

 

 ファラはいったい何を言っているのだろう。

 シグナムを攻撃するのに迷いがなかったわけではないが、彼女に蒐集をやめてもらうために充分な威力を持った攻撃を行っていたはずだ。なのにどうして本気で戦っていないと言われる……

 

〔マスターは今回の戦闘で……ううん、これまでに一度だって本気で私を使ったことなんてない〕

 

 本気で使ったことがない……データを取ることが主だったが、俺はいつだって本気でファラを使ってきた。それはこれまでに取ったデータを見れば一目瞭然のはずだ。彼女だって分かっているはず。

 

〔どういう意味だ?〕

〔分からないの?〕

〔分からないから聞いてるんだ。少なくとも俺は本気でお前と向き合ってきたつもりだ〕

 

 だから今のように戦闘では以心伝心と言えるくらい通じ合えているんじゃないのか。それとも、こんな風に思っていたのは俺だけなのか……。

 

〔今の言葉が……本気じゃないってことを証明してるようなものだよ〕

〔え……〕

〔私は使ってないって言ったんだよ。でもマスターは向き合ってるって返してきた……それってさ、私のことをデバイスじゃなくて人間として扱ってるってことだよね?〕

 

 ファラは人間らしさを追求する研究の中で生まれたデバイスだ。容姿も小さいとはいえ人間。誰だってデバイスとしてよりも人間として扱うはずだ。あのシュテルでも、そうしてしまっていると言っていたのだから。

 だが俺はすぐに返事をすることはできなかった。ファラの声が、先ほどと打って変わって寂しげだったからだ。

 

〔別に人間として扱ってくれるのが嫌ってわけじゃないし、マスターが私のことを大切にしてくれてるのはよく分かってる。でも……私はどんなに人間らしくなってもデバイスなの。デバイスなんだよ……こういうときくらい、デバイスとして使ってよ〕

 

 悲しみや寂しさが感じ取れるファラの言葉を聞いて理解した。

 ファラは人型のフレームをしているだけだ。着替えをしたりすることはできても、一緒に食事を取ったりすることはできない。どんなに望んでも、彼女にはできない行動があるのだ。

 人間らしくなることに俺はプラスの感情ばかり抱いていたが、ファラはそうではなかったのだ。人間らしくなることによって、自分は人間ではなくデバイスなのだと思い知らされる。

 どんなに願っても叶うことがない切なさは、両親を失ったことで知っている。知っていたのに、何で俺はファラの気持ちに気づいてやることができなかったのだろうか。

 

〔……私は今で充分に幸せ。たとえ人間らしいことができなくてもいい。マスターが幸せでいてくれるのなら、それだけでいいの。……ねぇマスター、マスターには貫きたい思いがあるんでしょ?〕

〔……ああ〕

〔だったらさ、本気で貫こうよ。ここで本気を出さずに望まない未来を向かえちゃったら、マスター絶対後悔するでしょ?〕

〔……そうだな。でも〕

〔でも、じゃない!〕

 

 いきなりファラの口調が変わった。先ほどまでの雰囲気は全くないと言ってもいいほどに。

 

〔この際だから言うけど、マスターは優柔不断というか、こういうときだけ欲張り過ぎ! マスターは弱いんだから、何かを得るには何かを捨てなきゃダメなんだよ。はやてちゃんと私、どっちを犠牲にするか決めなさい!〕

〔決めろって……そう簡単に決められることじゃ……〕

〔あぁもう、はやてちゃんのためにあれこれ考えて頑張ってきたのに何で決めれないかな! 私は多少壊れても修復できるんだよ。でもはやてちゃんはここでの結果で未来が天と地ほど変わるかもしれない。私を犠牲にしてでも勝ちに行くって気合見せなよ。マスター、男の子でしょ!〕

 

 言っていることは正しい気もするのだが……性別は関係ないと思う。俺が女だったとしても、きっとこの状況なら同じように迷っていたはずだ。

 そんなことを考えられるくらい、俺の頭の中はすっきりしていた。

 相棒にここまで言われたのに、このまま寝ているわけにもいかない。この強い思いが痛みを和らげているのか、不思議とスムーズに起き上がることができた。目の前に降り立ったシグナムの顔にも驚愕の色が現れている。

 

〔マスターが考えている以上に、私はマスターのことを守りたい。思いを貫くための力になりたいって思ってるんだからね〕

〔そうか……なら遠慮しないからな〕

〔当然。というか、ここで遠慮したら絶交だね〕

 

 絶交か……そんなことされたらどうなるかな。なんて考えてる場合じゃないか。

 さっきまで負けると諦めていたのが嘘のように心に余裕がある。戦闘が始まる前よりも余裕が生まれているように感じるのは、シグナムを止めることにそれだけ集中できているということだろう。

 

「正直終わりだと思っていたのだがな……」

「そう簡単には……折れないさ」

「……そうだな」

 

 ポツリと返事を返したシグナムは、何かを言いそうになったものの口を閉じた。前髪でよく見えないが、俺から視線を外しているように思える。彼女は何か考えているのかもしれない。

 少しの間の後、シグナムの視線が再びこちらへと向いた。彼女の瞳には全く鋭さがなくなっている。それに加えて、右手に持たれた剣の先が地面に向いていることから彼女にはこれ以上の戦闘意欲はないのかもしれない。

 

「夜月……もう一度だけ言う。この件から手を引いてくれ。これ以上続ければ、お前の命を奪いかねない」

「何度言われても答えは否だ」

 

 シグナムの選んだ道では、はやてだけでなく大勢の人間が悲しむことになるかもしれない。そうなるのははやてだけでなく、シグナムも望んではいないはずだ。

 だから俺は未だに立っていられる。シグナムに迷いがなかったならば、俺はすでに倒されている。いや、死んでいてもおかしくはなかっただろう。

 もう止まれないと言っていた彼女だが、心のどこかでは止まりたい。または止めてほしいと思っているのではないのだろうか。そうでなければ、彼女の辛そうな顔の説明がつかない。

 

「フルドライブ……」

 

 漆黒の刃は、反りのある流麗なものへと姿を変える。それに伴って、鞘も刃に合った形へと変化。

 この太刀を握るのは夏休みにフルドライブのデータ蒐集をしたとき以来か。だがあのときよりも、遥かにしっくりくる。こう感じるのは、フルドライブを使用することへの躊躇いがなくなっているからかもしれない。

 

「シグナム、俺はお前を止めてみせる。そのためなら、命だって賭けてやるさ!」

 

 身体を一瞬漆黒の光が包み、コートやレザーパンツが従来のものよりもぴったりとしたものに変化。バリアジャケットではあるが、現状での防御力はただの布と大差がない。一撃でも直撃を受ければ、即座に負けが確定するだろう。

 

「……全てを攻撃に回すつもりか。一撃でもまともに当たれば、当たり所によっては本当に死ぬぞ?」

「ああ。でもこれくらいしないと、お前に勝つことはできない」

「…………この少年は覚悟を決めている。その強い想いを打ち砕くには……私も覚悟を決めなければ」

 

 流れるような動きで剣を構え始めるシグナム。彼女は動きが静止するまでの間、目を閉じられていた。

 ゆっくりと開かれた目には、先ほどまでの悲しみや迷いは一欠けらもない。今の彼女の瞳にあるのは、俺への戦意のみ。

 

「夜月……これ以上は何も言わん。決着をつけよう」

 

 研ぎ澄まされた気迫に思わずたじろぎそうになる。……だが俺はひとりじゃない。

 一瞬だけファラに視線を向けると、彼女は答えるようにコアを瞬かせた。それを見た俺は恐怖を忘れ、剣を構えながらシグナムに全ての意識を集中させた。

 

「行く……!」

「――ッ!」

 

 シグナムが前進を開始しようとした瞬間、テスタロッサ仕込みの超高速移動魔法を発動させた。

 防御力を攻撃面に回したこともあり、これまでに体験したことがない加速を得る。が、あまりの速度に恐怖を覚えてしまった。

 ――テスタロッサは普段これくらいの世界を見ているんだよな。

 彼女は慣れているというか、これが普通の世界だから何とも思わないだろう。だが、慣れていない俺からすると、この速度で何かに衝突したと思うと背筋が寒くなる。

 

「くっ……」

「ち……」

 

 疾風のような一撃は間一髪のところで防がれてしまった。テスタロッサとの戦闘経験がなかったならば、直撃していたかもしれない。

 とはいえ、シグナムは俺の速度変化にまだ対応はできていない。それにこちらは一撃でももらえば終わってしまう。守ったら負ける、攻め続けなければ。

 シグナムの横を通り抜けた俺は、彼女の視線の動きを即座に観察。彼女の視界に捉えられる前に、再度高速移動魔法を発動させて死角へと移動する。

 不慣れな速度と強引な方向転換によって痛みを再び感じ始めたが、この戦闘に負けた場合、俺は最悪死んでしまう。勝てるのであれば、骨のひとつやふたつ折れても構いはしない。

 

「は……あぁぁぁッ!」

 

 高速移動魔法を連続で使用し様々な方向から斬撃を打ち込んで行くが、剣と鞘を巧みに使われ紙一重のところで防がれてしまう。

 一撃ごとに防御のタイミングから危うさがなくなっていっているのが分かる。シグナムは着実にこちらの速度に慣れ始めているということだ。このまま続ければ、時期に完全に見切られカウンターをもらってしまうだろう。

 

「だったら……!」

「――甘い!」

 

 死角から魔力刃を放ったものの、即座に打ち落とされてしまった。おそらく衝撃波を撃ち出したのだろう。

 接近戦重視のスタイルだが、それなりの距離にもきちんと対応しているから性質が悪い。純粋な接近戦を行えば、すぐに防御を強いられる展開になってしまうことだろう。

 かといって距離を取って戦っても、今のように衝撃波や連結刃で攻撃される。対応できなくはないが、決め手がかけるのも事実だ。決め手になりそうな砲撃魔法は、先ほど打ち負かされているために使うことができないのだから。

 俺の思考を読み取ったのか、ファラが少し焦った声で念話を送ってきた。

 

〔マスター、このままじゃジリ貧だよ〕

〔分かってる〕

〔どうするの?〕

〔それは……今必死に考えてるところだ!〕

 

 上昇・下降を繰り返しながらシグナムと何度も剣を交える。どうにか随時接近戦にならないように出来ているが、それが可能な時間は残りわずかのはずだ。彼女は完全にこちらの速度に慣れつつある。

 

〔決め手、決め手……今の状態でも、距離を取って撃ち合ったらマスターが撃ち負ける可能性が大だし。かといってあの人相手に接近戦で大技が当たる気もしない〕

〔現実から目を背けるつもりはないけど、こんなときにわざわざ言わなくてもいいだろ〕

〔言いたくなるような状況なんだから仕方な……そうだ!〕

 

 突然発せられた何かを閃いた大声に驚く――暇は俺にはない。シグナムに競り合いに持ち込まれていたからだ。俺と彼女は、交わっている刃を支点にして空中を舞うように回転する。

 

〔マスター、いっそのこと大技使っちゃおう!〕

〔どこに行き着いたらそういう発想になるんだ。あんなこと言ってたのに負けろって言いたいのか?〕

〔勝つために言ってるんだよ。マスターだってこのままの状況が続いたら、魔力量や技術で劣ってる自分が負けるって分かってるでしょ〕

 

 俺はファラに即座に答えられなかった。

 シグナムとの戦闘に意識の大半を持っていかれているのも理由だが、何よりも図星だったからだ。

 

〔あっちも覚悟決めてるみたいだけど、多分できるだけマスターを傷つけたくないって思ってるはずだよ。だから次の一撃で勝負をつけようって流れに持って行けば、マスターにも大技を決めるチャンスはあるはず。反応速度ならマスターだって負けてないんだからさ〕

 

 必死に戦っている中でペラペラしゃべるファラに負の感情を抱かなくもなかったが、彼女の方法は考えられる中で最も勝率が高いのも事実だ。

 魔力弾や砲撃、高速移動の多用で俺の魔力は底を尽きかけている。勝負を賭けるならば、今をおいて他にない。

 高速移動魔法を利用して、強引に競り合いを終わらせる。地面に着地した俺は、漆黒の太刀の先を一旦地面へ下ろした。

 

「剣を引く……つもりではないようだな」

「ああ。シグナム、次で決着をつけないか?」

「何?」

「俺とお前が勝負を始めてもうそれなりに経つ。邪魔が入るのも時間の問題だ。今回を逃せば、今後お前が俺を排除できる可能性は低くなるぞ」

「……いいだろう。正面からのぶつかり合いは嫌いではない。だが覚悟しろ……本気で行くぞ」

 

 シグナムの剣から薬莢が排出され、刀身を炎が包む。

 あれはバルディッシュを一刀両断した一撃だったはず。防御力がないに等しい俺には、威力は考えるまでもなく必殺。

 シグナムとは、事件前に何度か手合わせをしている。これまでの技では見切られる可能性が高い。どうする……どうすればいい。

 刹那の時間の中、ふと思いついたものがあった。あれこれ考えている時間もないため、俺は思いついたそれにかけることにした。太刀を鞘に納めて半身で構える。

 

「紫電――」

「ッ……!」

 

 超加速で突っ込むのと同時に、無声の気合を発しながら抜刀を始める。露になっていく漆黒の刃には魔力が集まっており、それは切っ先が鞘から抜けた瞬間に焔へと姿を変えた。

 

「――……一閃!」

 

 炎を纏った二振りの刃が交わる。それと同時に、一瞬であるが膨大な光が生まれ視界を奪った。その間も手には凄まじい衝撃が伝わってくる。

 だがそれも刹那の時間だった。

 視界が回復したのとほぼ同時に衝撃は消えうせ、俺の腕は一気に加速する。その直後、目の前を炎を纏った剣が通過。ほんのわずかの遅れで漆黒の欠片が視界を舞う。

 直感的にファラが破壊されたのだと悟った。砲撃を撃ち破る一撃の直撃、フルドライブの使用など起こりえる理由は即座に浮び理解できる。だがそれでも、俺の意識は完全にシグナムから外れて彼女のほうへと向かった。

 

「終わりだ……」

 

 その言葉の意味を理解したときには、すでに返しの刃が眼前まで迫っていた。

 粉砕されるのではないかと思うほどの衝撃と加速。防御力がゼロに等しかった状態で耐えられるはずもなく。吹き飛ぶ中で俺の意識は闇へと消え始める。

 このときはっきりと覚えていたのは、シグナムの「すまない……」と言いたげな辛そうな顔だけだった。

 

 

 




 はやてのことを互いに思っているが、考えの違いから剣を交えた二人。ショウは全てを賭けて望んだものの、結果は敗北しファラ共々負傷した。
 横たわるショウを見ても、シグナムの胸中に喜びはなかった。彼女が思考の渦に呑まれていると、そこに一人の少女が姿を現す。

 次回 As 09 「舞い降りた紫炎」
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