魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~   作:夜神

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第9話 「舞い降りた紫炎」

 終わった。

 勝負に勝ったというのに胸の中には強敵を打ち倒した達成感よりも、自責の念や罪悪感などの方が大きい。倒れている少年の元へ一歩、また一歩と近づくにつれて負の感情は強まっていくばかりだ。きっと今の私は、これまでにないくらいひどい顔をしているのだろう。

 

「……苦しいものだな」

 

 かつて送った主の命令に従って魔力を蒐集する日々。主はやてと出会ってからに比べると荒んで悲しみや諦めに満ちた日々だったと言える。

 だが……あの頃の私ならば、こんなにも苦しい思いを感じることはなかった。

 人間らしくなったことを後悔しているわけではない。主はやてとの生活は、これまで歩んできた道の中で騎士としての誇りを捨ててでも守る価値があるものなのだから。しかし、夜月と親しくなってしまったことだけは後悔してしまう。

 夜月は主のことを大切に思ってくれている。主も我々が嫉妬のような感情を抱くことがあるくらい、彼のことを大切に思っている。私達ヴォルケンリッターが目覚めたのは半年ほど前。夜月はそれよりも前から主はやてを支えてきたのだ。強い絆があるのは当然か……。

 

「……私は」

 

 その絆を粉々に打ち砕いてしまったのかもしれない。

 夜月は地べたに力なく横たわっており、ファントムブラスターは壊れた状態で彼の傍に転がっている。

 最後の最後でどうにか峰打ちに切り替えることができたものの、夜月は防御力を極限まで攻撃に回していた。専門外なので詳しくは分からないが、少なくても当分の間は彼の意識が戻ることはないだろう。負傷の度合いから見て、しばらくは日常生活にも支障をきたしてしまうかもしれない。

 主から見舞いに来ないでくれと言われたなどと言っていたが、それは夜月のことを思ってのこと。でも本当は彼に来てほしいはず。蒐集の件といい、今回の件といい……私は大切な人を傷つけることばかりやってしまっている。

 

「…………もう止まれないなどと言ってたのに、本当は止めてほしかったのかもしれないな」

 

 だが、もう本当に止まることは出来なくなってしまった。

 多くの魔導師や魔法生物を襲い、主の大切な友人にまで刃を向けたのだ。夜月が言っていたように、我らの方法では助けられないかもしれない。だが可能性がないわけではないのだ。彼と元気な主を再会させられるように、この道を信じて突き進むしかない。

 

「……魔力」

 

 蒐集をしようと手を伸ばした瞬間、出会ってから今日までの日々が蘇ってきた。

 呆れながらも主に温かい眼差しを向けていた。ヴィータから注意されるほどの特訓にも、泣き言ひとつ言わずに付き合ってくれた。そして、主のために我らに協力してくれた。

 いや、主のためではない……夜月は私達のことも考えてくれていた。

 実力の差を知りながらも、必死に止めようとしてくれた夜月に主に対して抱くような愛おしさや好意が沸き起こる。

 彼の顔が歪むのは戦いの中で散々目にした。もうこれ以上、大切な人の苦しむ姿は見たくはない。蒐集は、もしも再び彼が戦場に姿を現したときに行おう。

 

「夜月……聞こえていないだろうが、主が元気になった際にはこれまでどおり接してほしい。都合の良いことをいっているのは分かっているが、あの方にお前は必要な存在なのだ」

 

 私のことは避けてくれても構わないから、と続けて呟こうとしたのだが躊躇してしまった。自分で思っていた以上に、夜月に心を許してしまっていたようだ。傷つけたというのに、嫌わないでほしいなどと何と虫の良い話だろうか――

 

「やれやれ……」

 

 静かに声が響いた。それに導かれるように視線を上空に向けると、月を背景にひとりの少女が滞空している。

 

「帰りが遅いと思って探しに出てみれば……まあこうなることも覚悟はしていましたが」

 

 空に浮かぶ少女の声は、気のせいかどことなく聞き覚えがあるものだ。記憶を辿ると、行き着いた先はテスタロッサの仲間である純白の魔導師が浮かんできた。

 すでに管理局に包囲されたのか、と慌てて周囲を確認する。が、周囲にある魔力反応は夜月を除けば目の前の少女ひとり。そのことに安心する一方で、何かの罠ではないのかと疑ってしまう。

 

「……お前はテスタロッサの仲間か?」

「テスタロッサの仲間? ……あぁ、そういうことですか」

 

 宙にいた少女は何か呟いたかと思うと、ゆっくりと地上へと降り始めた。静かに着地した彼女は、自然体でこちらへと近づいてくる。少女の全貌が明らかになるにつれて、テスタロッサの仲間だという認識は間違いであることが判明した。

 纏っている防護服や手にしているデバイスの形状は、テスタロッサの仲間である少女に酷似している。だが色合いが異なっており、全体的な印象としては紫。

 外見も酷似しているのだが、純白の魔導師とは違って髪は短めに切り揃えられている。瞳の色も澄み切った青色だ。

 

「はじめまして、ベルカの騎士。私はシュテル・スタークスと申します」

 

 見た目からして夜月やあの少女達と変わらない年頃だと思うのだが、スカートをつまんでの挨拶は淑女だと感じさせるほど様になっている。

 ……この少女、テスタロッサの仲間である少女に似てはいるが全くの別人だ。

 そう確信する理由に口調や立ち振る舞いの違いもあるが、何よりもこちらに向けている目が違う。純白の魔導師には優しさを感じさせる色があったが、目の前にいる少女の目にそれは感じない。感じるのは、静かに燃え盛っている怒りだけだ。

 

「敵を目の前にして挨拶とは余裕だな」

「いえいえ、余裕なんてありませんよ……胸の内で燃え盛る怒りの業火が、あなたを撃ち滅ぼせと囁いていますから」

 

 背筋が寒くなる冷気と、硬く研ぎ澄まされた氷の刃のような触れるもの全てを切り裂く響きが少女の声にはあった。私を見ている瞳にも、傷つけることへの抵抗があるようには全く見えない。

 この少女は、迷うことなく有言実行できる。そう直感的に判断した私は、彼女から距離を取った。行動の幅を増やすことも理由だが、夜月を巻き込まないようにしたのも否定しない。

 

「すまないが、多少痛い目に遭ってもらう」

「……やめておきませんか?」

「……落ち着いているように見えるが、怖気づいたのか?」

 

 その問いへの答えは、首を横に振るという仕草だった。視線で返事を返すと、少女は温かい感情が宿っている眼差しを夜月へと向けて口を開く。

 

「私の目的は彼の回収です」

「だから戦う理由はないとでも言いたいのか? 先ほど怒りの炎が燃えていると言っていたのは私の空耳か?」

「いえ、空耳ではありませんよ」

 

 淡々とではあるが、はっきりとした口調で返事が返ってきた。その口調のまま彼女は続ける。

 

「私の中には確かな怒りが存在しています。しかし、これは私怨です。戦いで傷つくのは仕方がないことだと理解していますし、ここ最近の彼はどことなくおかしかった。今日ここであなたと会っていたのも、何か理由があったのでしょう。きっと彼は戦うことも覚悟していたはず……あなただけを責めるのは間違いというものです」

 

 少女の言っていることは正しいのだろう。

 だが、少女の年代としてその答えは間違っているのではないだろうか。

 見た目からして夜月と大して変わらない年代。それに最近の夜月がおかしかったと言うあたり、主ほどではないだろうが親しい間柄のはずだ。もしかしたら、夜月と共に闇の書の情報を集めていた者かもしれない。

 夜月も年の割りに冷静で物事を悟っているが、彼女の場合は度が過ぎている。私が彼女の立場だった場合、怒りに身を任せて斬りかかっていてもおかしくない。

 

「見た目に反して大人な考えだな……一方で冷たい奴だとも思うが」

「できれば挑発はやめてもらいたいですね。普段は乗ったりしませんが……今は一瞬でも気を緩めれば、あなたのことを撃ちかねないので」

「敵なのだから撃てばいいだろう」

「そうですね……ですが一度でも本気で撃ってしまえば歯止めが利かなくなります。そしたら私は……あなたのことを殺してしまうかもしれない」

 

 少女は、私でさえ思わず背筋が寒くなるような冷たい微笑を浮かべた。彼女の怒りが具現化したように、周囲には炎と化している魔力が発生している。

 怖気づいてしまったのは昔よりも人間らしくなってしまったからかもしれない。だが今はそんなことを考えている場合ではない。

 ――この少女……テスタロッサよりも上だ。

 まだ戦ってすらいないが、それだけは直感的に分かる。しかも言葉どおり迷うことなく私を殺せるはずだ。この少女は、私のことなど何とも思っていないのだから。

 

「私を殺す? ずいぶんと舐められたものだ」

「舐めてはいませんよ……あなたは彼との戦闘の結果、今は本調子ではないでしょう?」

 

 身体ではなく心が……、と全てを見透かしているような少女の瞳にさらに恐怖を感じる。

 この少女、私と夜月の関係に気が付いているのでは……いや、気が付いているならば夜月はマークされていたはず。夜月は何度も主の見舞いに来ていたのだから、主の存在がバレていないとおかしい。

 先ほどの言葉からして、疑問を抱き始めていたところだったと考えるべきか。夜月に危害を加えてしまったことには罪悪感や後悔があるが、現状に話が進んだ以上は好都合だったと言える。これまでの関係がバレないように振舞わなければ。

 

「否定はしない。私にも子供を傷つけたことへの罪悪感を感じる良心はあるのでな」

「……良心ですか?」

「おかしいか?」

「そうですね、と言いたいところですが別におかしくはありませんよ。ただ……なぜあなた方は魔力を集めるのか気になったもので。傷つけることに罪悪感を感じるのならば、本当はしたくないはず。それなのに行うということは、とても重大な理由があるはずです」

「……そうだとして話すと思うか?」

「それは思いませんね」

 

 少女は視線を私から夜月へと向けるが、すぐにこちらへと戻してきた。彼に向けられる瞳には感情の色があったが、すでに冷たい瞳と化している。

 

「話すという選択をするのならば、そもそも彼は今の状態にないでしょうから……そろそろ決めましょうか。剣を交えるか交えないかを」

「それもそうだな……」

 

 このまま無駄話をしていれば管理局に包囲されてしまうだろう。そうなれば逃げるのは難しい。

 シャマル達が助けようとしてくれるだろうが、闇の書の力を使うことになりかねない。そうなってしまえば、完成が遠退いてしまい、主を苦しめることになる。そのように考える一方で、夜月の言っていたことが脳裏を過ぎる。

 ……私は何を迷っているんだ。夜月を斬るときに覚悟を決めたはず。あいつの言葉に迷うことなど、もう許されはしない。

 今すべきことは、一刻も早く闇の書を完成させること。少女ひとりで来たから罠である可能性もあるが、彼女を現場で見かけたことはない。彼女の力量からすれば、現場に出るように要請されるのが普通だろう。今日初めて姿を現したということは、言葉どおり夜月を回収に来ただけとも考えられる。

 周囲には私達以外の魔力反応も転移の気配もない。ヴィータ達の方に意識を向けていたとすれば、まだ少し余裕があるはず。

 この少女はテスタロッサ以上の実力者だろうが、私もこれまでに無数の戦闘を行ってきた。隙を見て魔力を蒐集するだけならば、全力でやれば間に合うはず。

 この結論に至った私は、言葉ではなく斬りかかるという行動で返事を返した。しかし、少女には全く動揺は見られない。それどころか不敵な微笑を浮かべ、変形させたデバイスをこちらに向けていた。

 

「屠れ、灼熱の尖角……」

 

 身体を捻りながら上昇した次の瞬間、一瞬前に居た場所を灼熱の閃光が走り抜けて行った。

 ――何て威力だ……魔力を炎熱変換させた集束砲撃。これが直撃すれば一撃で堕ちかねん。

 これだけの魔法を私の動いた瞬間に放ったということは、こちらの答えは読まれていたということになる。だが回避できたのは大きい。

 砲撃魔法は威力があるだけに発射するまでに時間が要る。またあれだけの砲撃が使用できるということは、この少女は砲撃魔導師のはず。近接戦闘に持ち込めれば、騎士である私のほうが格段に有利だ。

 

「避けますか……まあ予想の範囲内ですが」

 

 焦りも恐怖も見えない無表情のまま、少女は無数の魔力弾を生成。拡散するように撃ち出したかのように見えたが、途中で一点を射抜くように軌道が変化する。

 あの砲撃からして魔力弾とはいえ高威力のはず。弾速も狙いも一流だ。だが……こんなもので私の剣は止められん。

 

「はああぁぁッ!」

 

 魔力弾を撃ち落しながら接近していく。眼前に来た魔力弾を落とすのと同時に、一瞬ではあるが視界がゼロになる。視界が回復したとき、その刹那を狙い済ました一撃がすでに飛来していた。

 反射的に身体を捻ったことで直撃は避けられたが、横腹付近の騎士服を持って行かれた。痛みによって動きが鈍りそうになるが、奥歯を噛み締め接近を速める。

 

「もらった!」

「く……」

 

 気合の一閃を放つも、デバイスを盾にされてしまった。だが初めて歪んだ少女の顔と伝わってきた手応えから、彼女のデバイスにダメージを与えられたことは確かだ。カートリッジを未使用の攻撃でも、あと何度かで破壊できるだろう。

 一度懐に潜り込んでしまえればこっちのものだ。テスタロッサほどの機動力があれば距離を取れるかもしれんが、砲撃に魔力資質が偏っている以上はそれもできまい。

 

「はあッ!」

「――っ」

 

 レヴァンティンが少女の頬を掠める。彼女の表情に感情が現るが、すぐさま無へと戻る。

 

「……ルシフェリオン」

 

 少女の口が閉じた直後、彼女の手からデバイスの姿が消えた。いったい何を考えているんだ、とも思いはしたが、炎が少女の拳を包んだ瞬間に理解する。

 

「滅砕!」

 

 気合と共に撃ちだされた炎のアッパー。攻撃直後だったとはいえ、仰け反らなければ回避できなかったほどの圧力と速度だった。

 少女の一連の動きからして付け焼刃のものではない。あれだけの射撃・砲撃能力を有していながら接近戦もできるというのか……だからといって、負けるわけにはいかない!

 

「おおおぉ!」

「はああぁ!」

 

 気合の声と共に高速の近接戦が始まる。

 双方ともほぼ足を止めた状態で、炎を纏った斬撃と打撃を雨霰のように繰り出す。だが互いに体捌きと打ち払いで防ぎ続け、通っているダメージは熱によるものだけだ。

 

「……ふふ」

 

 炎が舞い散る中、無感情だった少女の表情に変化が現れた。それはこれまでに見せてきた冷たいものではなく、戦いを楽しんでいる者が浮かべそうな笑みだ。

 その笑みを浮かべることを理解できる私は、少女と同じように笑みを浮かべているのだろう。出会いが違っていたならば、強敵と書いて友と呼ぶような関係になれていたのかもしれない。

 いつまでも続けていたい気分もあるが剣と拳で勝負しているだけあって、あちらの防護服の腕部は消耗している。それに私が無事に撤退できる時間も残り少ない。

 こちらの一閃を回避した少女が、正拳突きを放つ。それを私は鞘を使って迎撃。互いに同じ思考に至っていたのか、発生した衝撃に逆らわずに距離を取った。

 

「…………先ほどは簡単に倒せるようなニュアンスの言葉を言ってしまいましたが、ブランクのある今の状態では命の灯火が消えてもやり遂げるといった覚悟が必要なようです。撤回します」

「……私としては、ブランクがあるという言葉を撤回してもらいたいのだがな」

「残念ながらそれは事実ですので。……おそらくもうそろそろ局員が到着するでしょう。こちらは胸の炎があなたを倒して、更なる高みへと行けと告げていますから続けても構わないのですが」

 

 ここで続けるかどうかを聞くのは、夜月の治療をいち早くしたいからだろう。この少女は一見合理的な考え方をしそうではあるが、夜月のように組織よりも一個人のほうが大切なようだ。

 こちらとしても、そろそろ撤収しなければ危険だ。それに夜月を傷つけた本人ではあるが、彼の容態が気にならないわけではない。

 

「名残惜しいが、ここで引かせてもらおう。……私はシグナム、そしてこいつはレヴァンティンだ」

「……ではこちらも改めて、私はシュテル・スタークス。パートナーの名はルシフェリオンです」

「……おかしいかもしれんが、この勝負の続きを楽しみにしている」

 

 レヴァンティンを鞘に納めながら言った言葉に、スタークスは返事を返さなかった。彼女は漆黒のデバイスを回収し、夜月を抱きかかえる。

 スタークスはそのまま無言で立ち去ると思ったが、首だけわずかに振り返って口を開いた。

 

「再戦の約束をしたいのは山々ですが、私が現場に赴くのはおそらく今回限りです」

「……そうか」

「そう気落ちしないでください。あなたの前には、私ではありませんが必ず誰かが現れますよ」

 

 テスタロッサだろうかと思ったが、この流れで彼女の名前が出るのはおかしい。スタークスでもないとなると必然的に……

 

「急いで立ち去った方が賢明だと思いますが?」

 

 思考が読まれているようで焦りにも似た感情を感じつつも、私は速やかにこの場から離れることにした。ふと振り返ると、漆黒の魔導師を抱きかかえた紫炎と視線が重なる。だが彼女が何を考えているのか、私は読み取ることができなかった。

 

 

 




 ショウが意識を取り戻したのは治療室だった。意識の覚醒と共に彼の脳裏に過ぎったのは、砕け散ったファラだった。起き上がろうとするが、ダメージは残っているようで思うように身体を動かせずに倒れてしまう。だが彼をすぐさま支える人影があった。

 次回 As 10 「パートナー」
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