それは1992年3月28日午後4時の事だった
「ゆーきちゃん…ここ…どこ?道は覚えてる?」
「道は覚えてるけど…心配なら帰る?」
「…うん、もうすぐ夕方だし、今日はお家帰ろう?」
春休みを楽しむ少年と少女がいた
まだ小学二年生で、自分に見える世界しか信じず
何時までもこの日常が続くと信じる無垢な子供達だった
「じゃあ光、しっかり手を握ってろよ!」
「うん!」
遠出した事に不安がる少女を安心させようと
少年は少女に言い聞かせ、しっかり手を握る
昨日、かすみおねーちゃんと約束したのだ
『やっと見つけた、…大丈夫よ、光ちゃんはほら眠ってる』
『勇気くんは反省してる?』
『走るなら、光ちゃんを置いていかないようにしっかり手を握ってね』
その言葉は少年の芯に響いた
ただでさえ春休み初日に浮かれて走り回り、
最後は裏山で遭難して、更にはぐれてしまい、お互いを探し回った
TVで言ってた『はっこうだ』という人と同じだ
「ゆーきちゃん、早いよ!転んじゃう!」
「えぇ…光はだらしないなぁ、頑張れ!」
「そんな事言われても…無理だもん」
子供達は仲良く手をつないで、
少年は有り余る活力に身を任せ走り、
少女はそんな少年に苦言しながら、
知らない道から抜けようと小走りに走り
「あっ!?」「えっ!?」
ドッと鈍い音がした
「イタイっ!」
「っあ…う?…うぅぅ」
角を曲がる所で少年が帽子を被った子供と衝突した
前方不注意に走った少年が悪かったのだろう
少年はよろける程度で済んだが、相手は盛大に尻餅をついた
「だっ、大丈夫!?」
「ぅ…ぐすっ…う…う…ひっぐ…」
少女は子供に声を掛ける
涙を堪えていた子供はその言葉で限界になった
帽子で隠した涙が少女の気遣う声に甘えてしまった
「う…ウワァァァぁん!!」
「ご、ごめんな!ごめん!」
「ごめんね、ごめんね」
泣き出した少年をなんとかしようとする二人
しかし一度泣き出した子は親でも止められない
どうしたものかと二人が困り果てた時
「おーおー、泣いとる泣いとる」
すぐ頭上のタバコ屋が話しかけてきた
嗄れた老婆の声に驚いた三人は騒ぎが止まる
「確か水無月ン所の孫だね」
「え?」
「ちょっと待っとりな。電話して迎えを呼んであげようか」
そう告げて奥に引っ込んだ老婆を眺めていた子供達は…とりあえず尻餅をつく子を立ち上がらせた
さっきは慌てていてそれどころではなかったが服装が女の子だ
髪は短く、長髪の光と並ぶと男の子かと思うぐらい短かった
「えっと…ごめんなさい」
「え…あ、わたしも…ごめんなさい」
「あ、謝らなくていいよ!悪いのは私達だから」
「…う、…うん」
ショートヘアーから活発な子かと思ったが随分と大人しい子だ
何処か怖がりながら二人の顔色を伺うように返事をする
そこでふと、自分が帽子を被っていない事に気付いて慌てて被り直した
「えっと…女の子…だよね?」
「…うん」
「え?でも髪が短いぞ?」
「ゆーきちゃんは黙ってて!べ、別に髪が短くても動きやすくて良いよね!」
「あ、うん。楽だし」
「…え?」
「…楽、だから」
光が何か特別な理由で髪が短めなのだとフォローに入った
『この子、可愛いし髪が長い方が似合う!仕方なく髪を切ったんだ!』との思いやりだが…
『身だしなみが簡単だから切ってる』という答えが帰ってきた
「ら、く…らく?」
「うん…」
「…そ、そっか」
「お風呂とか時間かからないから…」
「そっ、そーなんだー」
ただそれだけの理由で女の子である事を捨てる存在
陽ノ下光、9歳、自分の理解できない人間とのファーストコンタクトであった
そんな光がドン引きしている間に、少女が立ち上がる
『とりあえず話を終わらせよう、どうやって終わらせよう?
そうだ、気遣いながらこの子の服の埃を払おう、そうしよう』
陽ノ下光、9歳、処世術というものを体得した瞬間であった
「スカート汚しちゃった…ごめんね」
「あ…うん、大丈夫…大丈夫…」
「僕もやr『ゆーきちゃんはダメッ!!』え…?」
「ッ!?」
「え…あ…男の子が女の子のスカートに触っちゃダメだからね」
「あー、そっか」
「ありがとう…」
少年に手を出させなかったのは正しい
だが、言った光自身は自分の大きな声に違和感を覚えていた
…これは、そう。かすみおねーちゃんと似てる
「琴子ー、大丈夫かいー?」
「あっ!おばあちゃん!」
そう考えていた時、少女の祖母が迎えに来たようだ
先程までの大人しさが潜み、年相応の子供の声で祖母に答えた
「よしよし、二人共ありがとうね」
「は、はい」
「ううん!私達が悪かっただけです」
祖母が少女…琴子の頭を撫でながら二人に礼を述べた
だが妙な威圧感を感じ、二人共畏まってしまった…
「わざわざ電話ありがとう。でもよく琴子の顔覚えてたね?」
「こちとら旦那が逝ってもう40年はタバコ売ってんだ、客商売ナメんじゃないよ」
「はー、なのにどうして客の買う銘柄は覚えられないんだか」
「それは黙ってておくれよ…アンタ達は何だっけ?ききょうとしんせいだっけ」
「ききょうはもう5年ぐらい前に無くなったろ?」
「ああ、それで山吹に変えたんだったね」
「山吹は納得いかないって言ってるだろう…小粋をおくれ」
「あー、そうだった小粋だね!そういや確かききょうは80年辺りまでだったね」
「はいっ!?もう10年も前なのかい!?…う、嘘だよね?」
「いーや、覚えてるよ。アンタがその子を見せに来る頃にはとっくに生産終わってた」
二人の老人が雑談に花を咲かせる
「私は光だよ!陽ノ下光!」
「僕は勇気!小波勇気!」
「私は、水無月琴子」
その間に三人の子供達は自己紹介をし合い、交流を育んでいた
「琴子ちゃんは近くに住んでるんだ?」
「でも学校で会った事無いなー」
「私、少し遠い私立の小学校だから…」
「そうなんだ」
「何か私立は頭良いって聞いた事ある、頭良いの?」
「…どうなんだろ?」
全員まだ小学生の、それも低学年の身
学校による学力の差異は良く分からない
一応、お互いの授業を話し合ったが…
「琴子ちゃん、すごく頭良いんだね!」
「僕達の知らない算数なんて凄いな!」
「でも、学校が違うだけだし…」
「それでも凄いよ!」
「そうそう!」
「う、うん…ふふ」
琴子の学力は想像以上に高かったらしい
二人は褒められて破顔する琴子を眺めながら
学校の違いとはここまでのものなのかと開いた口が塞がらなかった
「何いってんだい、アンタはその記憶力で力技やってるだけだろうに」
「あ、おばあちゃん!言っちゃダメ!」
「二人共、この子は覚える事が得意だからってテストの日しか勉強しないんだ」
「やめ…やめて、言わないで」
「普段は授業聞いてないから抜き打ちのテストだと途端にダメになっちゃうんだよ…困った子だ」
「あー、おばあ…言っちゃった…」
「言われたくないなら普段から勉強おし」
思わぬ所からの口撃だった
そして学力のタネを明かされた琴子は帽子を深く被って顔を隠す
しかし…
「かすみおねーちゃんが言ってたよ!簡単に覚えられる人は凄いって!」
「ちっ近い、顔近いから…かすみおねーちゃん?」
「うん、近くに住んでるおねーちゃん!凄く頭良いのに、羨ましいって言ってた!」
「そ、そうなんだ…」
「…むぅ…うーん」
少年が帽子を掴む手を握り称賛した
下から覗き込むような体制は不慣れなのでやたら顔が近いのがマイナス点だが
その状況が、光は何故か面白くない、何故なのかも分からない
「ハハハ、面白い子達だね。二人共、暇なら琴子と遊んでやってくれないかい?」
「うん!」
「良い返事だ!どうもこの子は内気でね…友達らしい友達なんてロクに居ないんだよ」
「お、おばあちゃん!」
「そっちの子も…光ちゃんだっけ?どうだい?」
「え、あ、はい!勿論です!」
子供らしくない不穏な空気を感じた琴子の祖母が、その流れを崩した
そしていい加減、夕日が落ちてきた事に子供達は気付く
「うわぁ、もう帰らないと!」
「じゃあここでお別れかね。寄り道せずに帰りなよ」
「はい。あ…琴子ちゃん、次はどうやって会おう…」
「何処か分かりやすい所で待ち合わせるのが良いと思うけど…」
琴子が考えるが正直、詰まっている
二人はここの土地勘が無い、自分は別の土地勘が無い
待ち合わせする場所…図書館とかどうだろう?
と、思っていた時に少年が声を挙げた
「よし!それじゃ、明日ここに集まろう!」
「じゃあ先に来た方はこのババアの家で寛いでりゃ良いだろ」
「ちょ!?…アンタねぇ」
「構わないだろ?どうせ息子夫婦の同居案を蹴って道楽でやってるだけじゃないか」
「…ハッー、全く…好きにしな。待ってる間の茶と菓子程度なら出してやるさ」
それに琴子の祖母が相乗りして無茶を言う
無茶を言われた側の老婆は…何処か嬉しそうだった
「じゃあ琴子ちゃん!また明日ね!」
「琴子ちゃん、またなー」
「うん、光ちゃんも勇気君も…またね!」
いつか必ず出会う運命の三人、しかし何処かがズレて随分早い出会いとなった
これによりある物語は、多くの指向性を持つIFは完全に崩れる
何処かの誰か達にとっては異常も異常の出来事であったが、
三人にとっては「友達が出来た日」だった…
「ちょっとちょっと!タバコ買うの忘れてるよ!」
「あー!そうだった!」
「小粋もしんせいもアンタ達しか買わないんだから…もっと顔見せな」
「小粋は煙管だから分かるけど…しんせいもかい?」
「ああ、若いのは吸い方知らないからフィルター付き。しかも、しんせいは人気低く…あ!」
「…どうしたんだい?」
「しんせい品切れだった…そうだった、こないだ和美ちゃん来てたの忘れてたよ」
「あー、確か爆裂山も吸ってたっけ」
「アンタん所のも和美ちゃんも元気だねぇ…何時くたばるのやら?」
「さあ?ウチのはしんせい無くなるまで生きてやるって言ってたよ」
「なんだいそれ…あと30年は生きてそうだねぇ…」
あとがき
ときメモ2主人公の名前は小波 勇気(コナミとメタルユーキから)です
琴子の祖母が喫煙者とかは完全にオリ設定です
あと、タバコの銘柄については作者の好み100%です
爆裂山校長がタバコ吸うの?と思うかもしれませんが、声優さん繋がりだったりします
校長ボイスの納谷悟朗さんはルパン三世の銭形警部の声優を長く担当されていて
「あの頃のとっつあんの声」です。10年に引退し、その僅か3年後に死去されました…。
その銭形警部の吸うタバコが『しんせい』なのです
70年程続くロングセラーなのにwikiでは、最も有名な愛煙家が銭形警部…
いえ、銭形警部に文句は無いしありがたいのですが…安タバコなのに最高額という矛盾がちょっと…
多分、2020年辺りに販売終了しても何もおかしくないでしょう