『では、アレはあなたのお孫さんの仕業だと?』
「ああ、あの子が電話で泣きながら言ってたよ」
『…なんと?』
「ごめんなさい、知らなかった…ってね。まぁ、簡単な事さ」
「あの子は、今年の女社を独占した」
『確かアレ等はもえぎの高校の私有地に…あなたのお孫さんはまだ中学生では?』
「だからだよ、分かってりゃまずやらない。分からなきゃ出来ない」
『では偶然、迷い込んで…更にたまたま…と?』
「いいや…あの子は呪われ、流され、やっちまったんだろうね」
『呪われ…』
「あの子は重いモノ抱えてたからね…それを使われたんだろう」
『…』
暫くの沈黙…そして受話器から女の疲れ切った溜息が聞こえた
老婆はそれに弱く唸る事でしか返せなかった
『つまり、あの坂は不安定なままだったと…?』
「残念だけど、そうなるね…」
『大戦で無理矢理裂かれた縁が、こんな結果になるだなんて』
「在校生に赤紙とかタイミングが悪かった…だから可愛いおまじないが呪いにまで至った」
『どうします?ウチは…その…伝説の樹で…』
「鐘も樹も何とか可愛い呪い程度に落とせたけど…しかしアンタん所が羨ましいね」
『そうでしょうか?病弱で、親としては毎日が不安です』
女の震える声に老婆は溜息をつき返した
「アンタはその解決の為にわざわざ越してまできたんだろ?」
『でも、未央の体に何かあったら…そう思うと恐ろしいんですよ』
「大丈夫、あの学校には在校生が死なないような呪いもかかってる。あと少しでアンタの勝ちだ」
『…』
「わざわざ皐月の場所に話も付けずに乗り込んだんだ。やるだけやりなよ」
『…そう、そうですね』
「理由が理由だし騒ぎ立てないだろう。もし何かあったらアタシに言いなよ」
『はい、ありがとうございます』
そして老婆は受話器を降ろし息を吐く
「どうするかね…まさか琴子が伝説の坂を乗っ取るだなんて」
「動ける奴は…駄目だ。あっちは力技で何とかとしてたっけね…出来るもんならとっくにやってるさ」
「やれやれ…鐘の目処が付いた矢先にコレか」
煙管に細く刻まれた葉を入れ、火を付け、啜るように軽く吸い込む
「…フッ!」
軽く吸いこんでは一気に吐き出す
やがて葉が全て燃え尽きる頃に纏まった考えをぼやきだした
「まぁ、あの子はもう正気だし、こっちに帰ってくれば安心だ」
「問題は今年のは未成立で来年は一気に倍化…学生全員、いや教師も巻き込む恋愛事だらけかぁ」
「政府辺りにバレるのは別に構わないね、むしろ使えるものなら使いこなしてみな」
「…うん、やっぱり不味いね」
「あの子が手放す…無理だろうねぇ」
「琴子はだんまりだったが、男社は勇気ちゃんのはずだ」
「でも…どうして急に琴子がこんな事…を?」
暫く動きを止めた後、急に荒れたように煙管の首を捨て皿に叩きつける
木製のそれは長年の痛みに耐えきれず、僅かに罅割れた
「そうだ!あの鐘も昔の樹もアッチに捨てたんだ!」
「だから近くに居た琴子に干渉して坂に繋げた!」
「ああそうだ!琴子なら都合が良い!好きな子が居て地元の人間で一途だ!」
「伝説め…最後っ屁も面倒臭いたっらありゃしない…!」
「じゃあ、勇気ちゃんだけ先に帰って来たんだ?」
「ああ、俺の分だけでも荷解きやっとけってな」
「おばさん帰ってくるのは夜かぁ…これは何?」
「ん?それはアイスクリーム作る用の道具だ」
「え?アイス作るの?」
「ああ、何だかんだで評判良かったんだぞ」
少年と少女はダンボールだらけの一室で荷解きを行っていた
光という予想外の応援のお蔭でもう小物の整理ぐらいしか残っていない
持つべきものは友だと勇気は深く感謝する
「勇気ちゃんがアイス…似合わないなぁ…」
「何だと?矢部って奴が食い過ぎでデブになったぐらいだぞ」
「えぇ…アイス食べ過ぎで太るって…どれだけ食べさせたの?」
何せ7年振りに会えたのだ
作業しながらでも会話は止まらない
そして、どうという事のない雑談を二人は楽しんでいた
「3年間」
「え?」
「一度食べさせたらずっと作れ作れとうるさかった」
「中毒なの?そのアイス、麻薬みたいなもの入ってない?」
「…原材料、まだ少し残ってるけど…食べてみるか?」
「原材料!?怖いよ!食べたくないよ!」
どうという事のない?雑談を二人は楽しんでいたのだ
「食うと胸がスカッとするし元気も出るし怪我も病気もノイローゼも治ると評判で…」
「明らかに危ない何かだよ!?人の身には過ぎた代物だよ!!」
「でも白鳥は美味いけど依存するからって遠慮したな」
「良かった…!良かった…!強い意志の人は…いたんだ…!」
どうという事のない?雑談?を二人は楽しんで?いたのだ
「琴子は風邪引いても食べなかったな」
「あっ…」
「琴子もアレが原材料なのを知ってるから、それで食べたくなかったんだろう」
「…そうなんだ」
今は居ない、もう一人の名前が出た所で光の表情が消えた
そして明らかに変わった態度に勇気は気付かない
「あとちょっとで、また3人一緒だな!」
「…うん、そうだね」
「あの時は俺がすぐ引っ越したからなぁ、今度こそ山とか行こうぜ」
「遊園地ぐらいだったもんね…」
「かすみおね…華澄さん、元気でやってるかな?」
「…教師になるって言ってた」
「…光?」
作業の手を止め、静かになった光にようやく気付く
「あの後ね、大変だったんだよ」
「…」
「琴子も私も…わんわん泣いて…」
「本当、ごめんな」
「…ううん、勇気ちゃんは悪くないよ」
「それでも…な」
「うん…」
そして二人とも黙り込んだ
外も車の流れが止まり静まり返る
聞こえるのはカーテンのはためきと、風に煽られた緩衝材のざわめきだけだった
「ねぇ」
「ん?」
「琴子…」
「琴子?」
「うん…」
「琴子が、どうした?」
「呼び方…変わったね」
「ああ、それか」
「…うん、ソレソレ」
あの時の勇気は『琴子ちゃん』と呼んでいた
だが、今は呼び捨てだ
光が言ったのはそれだった
本題はその先なのだが、聞くのは怖かった
「いや、流石に中学生でちゃん付けは不味いだろ」
「そうかな?」
「俺、男だからな」
「あ、そっか。からかわれるんだっけ」
「でもいまさら名字で呼ぶってのもおかしいだろ?」
「うーん」
「お前を陽ノ下って呼ぶ事になるぞ?気持ち悪いだろ?」
光の知る限り、小学三年生頃に男子のちゃん付けが無くなった
男女共に距離が生まれ、仲良くしている子は囃し立てられ
昔は名前で呼び合っていた仲が、何時の間にか名字呼びになっていた
「男の子が一方的に女の子を気にしてるだけなんだよなぁ」
「でもそうしたら男友達居なくなるからなぁ」
「オーストラリアではどうだったの?」
「ああ、日本と比べれば男女間は断然良かったな」
「やっぱり外国はそんな感じなんだ」
「だから日本に帰って中学入った時は本当に困った」
「女子に気楽に話しかけてナンパ扱いされたとか?」
「いや、琴子と恋人なんだと散々からかわれた」
一瞬で、光の時が止まった
「へ…え、大変だったね」
「お互い名前呼びだからな、否定しても言うんだよあいつら」
「ふぅん」
「外国帰りと奨学生、どっちも目立つのもあったんだろうな」
「そっか」
「矢部は俺から琴子の事を聞き出そうとするし…」
「うん…うん?」
「あいつ、女の子なら殆ど好きなんだよ」
「え…えぇ」
「流石にスリーサイズ聞いてきた時は絶句した」
「アイス漬けになってよかったよその人」
それに気付かず話す勇気によって、流れは戻り
「流石に水着姿を何度も見たってだけで分かる訳無いだろうに…」
「え?」
また止まった
「ああ、夏休みになると琴子とプール行ってたんだよ」
「…他の人は?」
「いや、二人だけで」
「…」
「どうした?」
「あのさ、そうやって琴子を誘う事、多かった?」
「いや、別に多くないぞ」
「そっか」
「奨学生だからって生徒会とかやらされて、ストレス溜まってる時に誘ったぐらいだ」
「琴子、そんな事までやらされてたんだ」
奨学生は大変だと、嫉妬した自分を恥じる光だった
「そういや高校の部活どうしようかな」
「私は陸上部に入るつもりだよ」
「陸上部があるのか。そういやあの高校大きかったな」
「勇気ちゃんも琴子も学校見学に行けなかったんだよね」
「ああ、遠いからな…合格通知も郵送だったし入試の時だけだな」
「入試の後もすぐ帰らなきゃって事で会えなかったもんね」
そう、今まで3人揃う事は全く無かった
小学生の頃は子供過ぎて会えず仕舞いだった
中学生になって電話出来るようになったがそれも稀だった
入試で会えると思っても結局会えず終いだった
…ようやく全員揃うのだ
「滑り止めに受けたのは本来の転居先の方だったからなぁ」
「で、見事合格したからおじさんだけ単身赴任…大丈夫かな?」
「まぁ、父さんも独身時代あったし大丈夫だろ」
「ご飯とか大変だと思うけど」
そんな事を話している内に時は進み、部屋に西日が入ってきていた
「…そろそろ切り上げよう、腹減った」
「そういえば勇気ちゃんはご飯どうするの?」
「出前」
「何で引っ越しすると出前なんだろう?外に食べに行っても良いんじゃないかな」
「嫌だ、もう疲れた。朝イチにこっち来てからずっと荷物解いてたんだ」
「あぁなるほど」
「更にここらへんの土地勘なんて殆ど残って無いから外に出たら迷いかねない」
「そういえば勇気ちゃん、迷子になりかけてたっけ」
昼過ぎに光が応援に来た時、迎えに行った勇気が逆に迷子になりかけたのだ
何とか合流出来たが随分と手間取る事になった
「何にしようかなー、光はどれにする?」
「うーん…って、もうすぐ夜だし帰らないとだよ」
「…あ、そうか。もう家が隣じゃないんだったな」
「うん…そうだね」
「あの頃は夜食べてく事もあったからなぁ」
「懐かしいね、おばさんの料理美味しかったなぁ」
勇気が出前のビラを床に置いて立ち上がり、光は上着を着てリュックを背負う
「…あ、そうだった」
そしてリュックを下ろしてチャックを開けた
「ん?忘れ物か?」
「うん、お腹空くだろうからって、軽く食べれるもの持ってきてたんだ」
「お、サンドイッチか」
「出前頼んでも来るまで時間かかるでしょ?食べて食べて」
「おう、それじゃさっそく!」
光にとってそのサンドイッチは結構頑張ったものだった
別に料理下手な訳ではなく、どの具材にするかで相当悩んだのだ
何せようやくの再会だ、美味しく食べてほしい
勇気が食べるのを眺めながら光は物思いに耽る
あの頃の日常が帰ってきた、やっと帰ってきたんだ…と
「ごちそうさま」
「わ!?もう食べたんだ?」
「うん、美味かった」
「えへへ、お粗末さまでした…と言っても具材を切るぐらいしかやってないけどね」
「それでも美味かったよ、ありがとな光」
その言葉が嬉しくて、嬉しさを抑えきれなくて
そんな自分の破顔を見られるのが恥ずかしくて
そそくさとリュックを背負う動きで顔を隠した
「ふふふ、それじゃ私は帰るね」
「ああ送るよ」
「んーん、玄関までで良いよ」
「そっか?」
「だって帰り道で迷子になったら大変でしょ?」
「…お前なぁ」
「冗談だよ、冗談」
笑ってもおかしくない話をして顔を向ける
「にしては笑いすぎだろ」
しかしどうも顔を元に戻せていなかった
「だって…こんなやり取り出来るのが懐かしくて」
「…うん、そうだな」
「それじゃ、またね」
玄関を開けて外に出れば、もう陽が落ちる寸前だ
急いで帰らないと家に着くのは夜になりそうだ
「光」
「ん?」
「今の状況で言うのは色々と変だけど」
「うん?」
「あの時、車を追う光を見て考えてたんだ」
「…」
「再会したらこう言おうって」
「…」
「本当は昼会った時すぐに言うつもりだったけど」
「…」
「迷いかけてそれどころじゃなくなったからなぁ」
「…」
「だから今言うよ」
「うん」
「ただいま、光」
「うん…うん!おかえり、勇気ちゃん!」