「うむ、このメイの下僕にして良いと思うのですが…」
「しかし…メイ、彼は何かしらおかしいよ?」
伊集院メイと、伊集院レイ
夏休みは避暑地のが当たり前の二人だったが
今年はメイが家に残ると言い出し、それに付き合って兄のレイも日本の夏を浴びていた
「え…」
「メイ…何度も言うが彼はおかしい、気を付けるんだ」
「おかしいとは…何がおかしいのですか?」
「分かっている範囲なのだが…落ち着いて聞いてほしい」
曰く、小波勇気は友人を酷く選り好みする
高校2年になっても友人は10人を超えないらしい
以前に居た中学校では小学生に首ったけだった
その中学校が何か起きた…もう数ヶ月経つが全く情報が来ない
「妨害…一体、どういう事なのですか?」
「政府が握り込んでいるらしい。情報そのものは、お祖父様達がせき止めているからだろう」
「うーん?」
伊集院レイは困っていた
今まで知った事から、ある程度の察しはついている
「お兄様でも判りませんか?」
「うん、流石にお祖父様達が出てきては僕ではどうしようもないからね」
「そうですか…」
小波勇気はあの樹と同じような何かに干渉された存在だ
恐らく、伝説の坂と呼ばれるものが原因なのだろうが…
「それで、小波という人はどういった人物なんだい?」
「ハイ!小波は入学式の日に眼の前に居たので呼びつけただけの奴なのですが…」
「うん…うん?」
「荷物持ちや道案内を申し付けた所、従順に動く者なのです」
「…確か、1年上の先輩だったね?」
「ハイ!」
ちょっと後で咲之進を呼び出した方が良いのかもしれない
彼はかなり無茶をする
もしかしたらその小波という人を隠れて脅しているのかもしれない
「そ、そうか…で、問題は無いんだね?」
「いえそれがお兄様!奴はなんとメイを…で、デートに誘ったのです!」
「…え?…えっ!?」
何それ羨ましい
私は精々、電話をかけてきたときに成金っぽい話題で煙に巻くしか出来ないのに
まともに話せない事に泣いた事もあるというのに
「そういえば湖南という奴がお兄様にしょっちゅう電話をかけているようですね」
「え…あ、うん」
「全く、お兄様は伊集院家を背負う身。凡人に付き合う暇等無いというのに!」
「…うん、そうだね」
嘘だ
最近では休日に湖南君から掛かってくる電話が楽しみで仕方ない
好きな人の声を聞けて、好きな人が意識しなくとも電話してきて
胸が張り裂けそうになる
もう、お祖父様と話は付けた
残り1年半程…彼がこのままでいてくれれば…
「お兄様の時間を取らせるなぞ、本当に凡骨という者は…」
「まぁ落ち着いてくれ。僕も何かと楽しんでいるのだから」
「いえ!これがとても優秀なら少しは受け入れますが、そいつは平凡ではありませんか!」
「あー、メイ。僕はそれなりに普通というものを楽しんで…」
「いけません!お兄様は伊集院の誇り!凡人に振り回される等、あってはいけません!」
この妹は本当に純粋だ…純粋過ぎる娘だ
自分の知る事が正義と信じて疑わない
だが、インターネットで学会の論文を読んでは重々しく頷く本当の天才だ
メイはこのまま自由であって欲しい
私はずっとこの生き方をやってきたのだから、私の分まで…
「しかしだね。その、小波君のように生まれが違えども変わらぬ友人とは貴重なのだよ」
「では湖南とやらがお兄様にとっての小波だと!?納得いきません!」
「いや…メイ?」
「小波は!小波はメイの好きにさせてくれます!咲之進が居なくとも態度は変わりません!」
「えっと…」
「違うのです!小波は!勇気は!咲之進の脅しがなくともメイの味方であってくれるのです!」
「…メイ?」
困った、急に妹が惚気け出した
というか本当に羨ましい
私は湖南君への想いを隠し続けているのに…羨ましい
もしも私がメイなら…いやよそう。何度も折れそうになって耐えてきた道だ
あと2年も経てば…こんな悪習が終わるのだ
卒業式…断られたら…考えるだけで泣きそうだけど…
「お兄様…?」
「え…あ、何でもないよ」
「しかし…涙が…」
「大丈夫…勝手に出てきただけだから…」
「しかし…顔色も悪くなっています!医師団の診察を受けるべきです!」
「大丈夫、大丈夫だから」
いけない…湖南君に拒絶される事を考えるだけで泣いてしまった
もう無理のようだ…これ以上、湖南君との接触は私の限界を超えるらしい
思えば休日の夜は毎晩泣いている
もう…辛い…湖南君…私…もう、辛い
「いえ…いえ!咲之進!お兄様の具合が悪い!すぐに医師団を呼べ!」
「はっ!」
「いや、医師は必要ないよ大丈夫だ」
「レイ様…」
「…大丈夫」
咲之進の目から出てくる『本当にメイ様を巻き込まないのか?』という目に
『大丈夫、私で全て終わらせる』という思いを乗せて頷く
「…メイ様、レイ様は問題無いようです」
「本当か?咲之進?」
「はい、この咲之進を信じて頂ければ、嬉しく思います」
「…うむ、信じるぞ咲之進」
「それでは、私はここで失礼致します」
咲之進の、メイの視野の外なので不躾と言って良い程の
『メイ様に悪い影響を与えるなよ』
という視線を溜息と共に受け流す
行き過ぎた咲之進の従者振りに苦情も出てこない
そんな視線を無視するように視線を外す
その先にあったのはメイの不安そうな顔だった
「お兄様、お体の方は?」
「僕は何時も通りだよ、気にしすぎだ」
「…はい、信じます。メイは…お兄様を信じます」
「うん、ありがとう」
本当に、いい加減に決着を付けるべきだ
何とか卒業式前に告白する機会は無いだろうか?
正直、電話の話題にダイヤモンドの漬物石なんて変な成金趣味で押し通すのも限界だ
もう何ヶ月、ダイヤモンドについて話しただろう…
私も湖南君もダイヤと漬物石についてなら博士号も良い所の知識量と言っても良いだろう
そうだ、もし小波君とやらが私に接触してしまった時に備えて
ダイヤモンドと漬物石の関連性についてしっかり伝えるとしよう
…うん、…うん、これなら何も知識が無くても理解出来るだろう
私と湖南君にはとても敵わないだろうが、それ以外には大きく勝る知恵者になるだろう
「お兄様?大丈夫ですか?」
「ん?何がだい?」
「いえ、先程から漬物石とダイヤモンドを交互に呟いていましたが…」
「大丈夫だとも」
湖南君と出会ってから…もう2年は続けたダイヤモンドの漬物石の研究
この2年間の蓄積は相当なものとなる
もし、小波君とやらに不意な接触を起こしても
確実に、ダイヤモンドの漬物石がいかに偶然の末に生まれた凄まじい存在なのか理解できよう
ダイヤモンドの漬物石学会の名に賭けて
「お兄様…今、なんと?」
「…?」
「今、確かに『ダイヤモンドの漬物石学会』と口走りましたよ…」
…さて、どう誤魔化そうか?
『メイにはっちゃけて良いんじゃない?こないだ女性ってバレたでしょ』
という思いが込み上げてくるがソレに流されてはいけない!
まだ私は…僕は伊集院レイ。伊集院財閥の跡取り息子なんだ!
「気の所為ではないかな?」
「そ…そうですよね。お兄様はあんなものに気取られる時間等ありませんよね」
「それよりも小波君とやらの話を聞かせてくれるかな?」
「えっ…?」
「ん?メイ?今の反応は何かな?」
「いえ、お姉様…お兄様は小波が気になるのですか?」
「メイがそこまで言う人物なんだ、僕にとっての湖南君の人物…気になるだろう?」
「めっ…メイは…メイは、小波など気にしていません!お兄様の湖南ではありません!」
メイが拒絶の目で私に反抗している
これは小波君を取られまいとする目か
…いや、待って!?
「メイ?別に僕は小波君に何かしようという訳では…」
「大丈夫です!メイはお兄様を信じています!お兄様の早乙女好雄ぐらいには!」
「…僕の早乙女君への信用はその程度に見えるのかい、メイ?」
「はい!」
どうしよう、話が全く進まない
いや、このまま千日手のように無意味に終わっても良いのだが
メイの言う小波君も気になる…別に取らないから。お姉様は湖南君一筋だから
「メイ様」
「咲之進?何かあったのか?」
「小波様が一人で伊集院大橋に来ています」
「あいつの家から遠いハスだが…どうしてだ?」
「今週の小波様は運動強化のようで、橋をジョギングの折り返し地点に使っています」
小波君はどうやら伸びる人間だ
ひびきの高校は、きらめき高校と同じく毎週強化する分野を選ぶ校風だが
夏休みでも自主的に行える人間はそう居ない
…そういえば彼も湖南君と同じで平日は目立たないが休日に凄まじい伸び方をする
いくら時間があるとはいえ、平日授業の5倍程も伸びるだろうか
「小波は関係ないがちょうど外へ行きたくなったのだ」
「はい、車を用意しておきます」
「あー、車だけではなくだな」
「歩かれるかもしれないので、スポーツ医学に基づいたドリンクも用意しておきます」
「うむ!流石に汗をかく程は歩かないが、念の為にタオルも用意してくれ」
「はっ、吸水性の良い高品質のものを」
関係ないと言っておいて
応援しにいく準備しかしていない
素直じゃないのか、素直なのか分からない妹に笑みが零れそうだ
「では、お兄様。メイはこれから出掛けて参ります」
「いってらっしゃい。のんびりしていくと良い」
「はい!」
好きな人を応援…私には夢のまた夢でしかない事だ
ゆかりに頼んで彼への差し入れ等が関の山か
とはいえ…私の性別だけでなくこの思慕を古式家に知られるのは不味い
それに…恥ずかしい
「レイ様」
「外井?」
「もえぎの市の調査員から続報が届きました」
「…やっとか…よくやってくれた」
「こちらになります」
メイが出ていってすぐ、外井が待ちかねた情報を抱えてきた
私が一人になるまでの暇を使って人払いも行ってくれていたらしい
場所を変える必要はなさそうだ
「まずコレは…もえぎの市の進路調査?」
「はい、小波勇気が友好的だった者達の進学先の予想になります」
「予想というよりはほぼ内定のようなものだが…まだ中学二年生だろうに」
「私立なので中学校に入った者はエスカレーター式で進学となりますから」
「そういえば小波君達はそれを蹴った事で日帰り入試の嫌がらせを受けたのだったな」
特に水無月琴子はアチラにとって予想外だったろう
確かにひびきの高校の方があちらより大規模…本当に元城塞だけあって大規模だが
まさか奨学生として招いた者が途中離脱を言い出したのだ
担任は点数を稼ぐどころか大きな減点を受けただろう
「…これは…これは本当なのか?本当に希望ではなく推測なのか?」
「はい、推測になります」
「では本当に全員?」
「はい」
「…」
「小波勇気様のお気に入りは、全員が私立もえぎの高等学校に進学予定です」
つまり、小波勇気は小学四年生程の少年少女が
同じ高校に入るから接触していた
小学校も殆どバラバラの子供達を?
そんな未来の事を予想…いや分かったから友好的だった?
「参ったな…手が震えてきた」
「レイ様、気を確かに」
「…ああ、大丈夫だ」
資料を読むに、リストの人物達はもえぎの高校入学はほぼ確定らしい
何人か学力的に難しくなりそうだが…それでも第一希望になっている
…ん?一人だけ違う?
「外井、この娘だけ第一希望が違うのだが。この学力では、もえぎの高校のレベルが低すぎる」
「…はい、和泉穂多琉は、後に…もえぎの高等学校に行くのでしょう」
「うん?もっと良い所ではなく?」
「…その」
「どうした、外井?おかしいぞ」
「は…い」
外井の口が和泉という娘の事になると急に鈍った
何か顔色も悪い、体が少し震えている
「外井?…しっかり!すぐに人を呼ぶから!」
「お、お待ち下さい、レイ様!」
「でも…外井…」
「もう大丈夫です…これから話す事に恐怖していただけです」
「…一体、何を告げられると言うんだ」
「恐ろしい話です。ですが進路についての裏付けとなりうる事です」
正直、怖くて聞きたくない
だが逃げる訳にもいかないだろう
どうせ家を継げば人の血も通わないような輩と笑顔で握手しなければならない
それに比べればこの程度、予行練習にもなりはしない
「分かった、聞かせてくれ」
「ではレイ様、落ち着いて聞いて下さい」
「ああ」
話から分かるのは第一希望を取りやめ、
もえぎの高校に進学を決めかねない事のようだが…果たして?
「2日前の日曜日、事故に巻き込まれ…恋人は即死、和泉は重症でまだ意識不明です」
「…じこ」
「はい」
「…」
つまり
それは
分かっていた
事故は決定していた
それで高校が変わって
変わる理由になって
恋人が死んで
死にかけて
独りに
それは
つまり
「レイ様!レイ様!」
「ッ!」
「レイ様、大丈夫ですか?」
「…ああ」
「少し時間を開けると宜しいでしょう、茶の用意をします」
「そう…だな」
カップを用意する外井を眺める
正直、今の私は頭が回らない
ショックで、自分で考える事が出来ない
「…」
外井を見るのに飽きて逆を向く
ギラギラと輝く太陽がある
そうだった、今は夏だ
暑いハズなのに何も感じない
「窓を」
「はい?窓を…何でしょうか?」
「…いや、何でもない。少し寒いと思ってな」
「では室温を調整するよう指示を出します」
「ああ、頼む」
正気に戻ってきた
冷房を効かせた部屋の窓を開けようものなら
温度や湿度の差が酷すぎて気持ち悪くなるだろうに
「…どうして背筋が凍るような話に…夏だから?」
「夏というよりは伝説に関わるからではないでしょうか」
「…伝説か」
「はい」
わざわざ学校を建ててまで確保した伝説の樹
響野城から鳴る大鐘という概念存在、伝説の鐘
そんな凶悪なモノに挟まれた伊集院家
むしろそれらがあったからこその伊集院家なのかもしれない
「告白さえ成功すればその後は一生安泰…か」
「羨ましいような恐ろしいような話ですね」
「そうだな…とはいえ、確保出来ればとても有利なものになる」
「…響野家は城を焼いてでも手放したとの事ですが」
「何の因果か子孫が戻ってきているがね…住居はきらめき市だが」
「確か娘が音楽関係のギフテッドでしたね、今年で7才だとか」
「ああ、響野里澄という名前だ。既に作曲家としてやれそうな腕だよ」
響野家は読み方を変える事で家名を捨て、遠い地へ旅立ったらしい
だというのに、偶然とはいえ子孫が近くに帰ってくるとは…
「…うん、やはり外井の淹れる紅茶は良い」
「ありがとうございます」
さて、そろそろ頭が回ってきた
和泉穂多琉に起きた事故の詳細を聞こう
目に映る資料には峠は超えたが
ドナーが見つからなければ10年も持たない程の後遺症が残ったらしい
「外井、そろそろ落ち着いた」
「話を続けてもよろしいですか?」
「事は和泉穂多琉だけでは無いのだろう?」
「はい、他にも少々ありますが…」
「メイが帰ってくるまでには終わらせよう」
「はっ」
資料によると和泉穂多琉は
知恵も容姿も身体能力も音楽センスもあって
人間関係も良く、人に好かれ、幼い頃から恋人も居て
なのに打たれ弱い訳でもなく、倒れても立ち上がれる精神を持つ
そんな、天から愛されたような少女が
「…、独りになり、進学先も大きく落ちて、命を削る後遺症…か」
「はい」
「何もかも上手く行っていた娘が…地獄に落ちた…」
「まさしく地獄ですね」
「一応、聞くが…事故に作為的なものはあったか?」
「いえ、人為的なものはありませんでした」
「そうか、人の手で無理なら…」
「『伝説』なのでしょう」
「『伝説』か」
「彼女の意識は戻り、現実に絶望し、例え自殺に走ったとしても死ねず」
「恐らく独りで伝説の坂とやらを見ながら、卒業まで死ねないのでしょう」
「『伝説』か」
「『伝説』なのでしょう」
「そんな化物を相手にして成り上がったのが伊集院家か」
「恐らくは」
「外井」
「はい」
「樹も鐘も怖くなった」
「…」
「出奔したくなった」
「…私は、レイ様について行きます」
「…」
「…」
「…冗談よ」
※響野にまつわる話
公式設定だとひびきの高校の場所に昔、響野城というものが建っていたそうです
だから市名が「ひびきの」になったんでしょうね
ただそれだけの公式情報だったのでそれ以外は完全に創作です
4のキャラである響野里澄を知った時は「絶対に2に関係するキャラだ!」と思っていました
実際は全く無関係だったのですが…