デートは一回の筈だったのにどうして終わらないのか????
ってことでデート編その一
「リクエストはないの?行きたいところとか。」
高野が件のデートについて聞くと、うまそうに食事を食べている律からは一秒の躊躇もなく「特にありません。高野さんが連れてってくれるところでいいです。」と戻ってきた。
前回のキスの騒ぎの結果、とりあえず誰より何より一番ロマンチックな初デートをかましてやろうと大人の意地で考えている高野はその返事に少しだけ後悔をし始めていた。
実は、このところ思い出に残るためにはなにが必要なのだろうか?と考えていた。
自分の過去を振り返ってみても、こちらから付き合ってくれと交際を申し込んだ女性はいない。女性に興味がないとか、交際にロマンを見出せなかったと言うのではなく、単にこちらから何かをするまでもなく女性から申し込まれることが多かったからだった。
付き合っていた彼女と別れても、すぐに次の相手が現れて(それは女性が頃合いを見計らっているからだけど高野は気づいていないかも?)、とりあえずの不都合がない限り(整理的に絶対許せない何かがない限り)、わざわざお断りをするということもなかった。
告白をしてくるような女性はみな率直で積極的で、デートでもプレゼントでもどこに行きたいとか、何が欲しいというような要求もストレートだったから、高野が女性を喜ばせる為に情報を集めて必死でもてなしに近い計画を考える必要がなかった。
例えば、評判の映画を見ようということになればメインはもちろん映画と決まる。
逆算をすれば何時にどこで待ち合わせるという段取りもつくし、その後の流れとして日ごろの雑談でパスタが好きだと言われていればウエブサイトの検索であっという間に近くのお勧めは提示されるし予約も取れる。
映画を見ている時や食事をしている時に女性が買い物に行きたいと言えば、そのままショッピングセンターに行って、失礼にならない程度に褒め、無関心にならない程度に同意したり好みを伝えたりするし、趣味の何かをしたいといえば、嗜好的に無理だとか、どう考えても面倒だと思わないレベルでなら付き合う。
そして.、残念なことに高野から女性を誘うことはほとんどないから、やがて女性は物足りなさを感じるらしく、フェードアウト(場合によっては別の恋人を見つける)ということになる。
じっくりと腰をすえて高野と向き合ってくれるような性格(タイプ)の女性がいれば、ひょっとして別の形もあったのかもしれないが、おそらく高野の外見に群がってくるのはそういうタイプではない。
南国の織物のように原色きらきらの女性たちは、自分自身にかなりの自信を持っていているから、ブランドバックを選ぶように顔で選んだ自分に気のない男のことをじっくりと待っていたりはできないのだろう。
そして最近はそういう付き合いも面倒になって、高野は女性と交際することもなくなっていた。
だから結局何をどうたどっても希薄な交際の経験しか思い浮かばないのだ。こんないい年になって子どもとのデート計画で悩むとは思いもよらなかった。
ヤレヤレ…。(あほか!)せめて行きたいと言ってくれる場所が一つでもあればそこから想像力を働かせる余地もあったものをと、絶望に近い気持を持ったのも致し方のないことだった。
自分は律のことを知らなすぎるのかもしれないと実感したのはこれで何度目だろう?
なにをしたら喜ぶのか、なにが好きでなにが苦手か、今まではなにも知らなくても困らなかった。
来たい時に来て好きなことをして、特に相手をしなくて文句も言わず、高野が都合が悪そうにしているとその卓越した空気読みの技術で邪魔にならないように律はそういう風に振舞った。
だから家に来なくなっただけで律の所在をたどれない自分の過去を悔やんだし、いつのまにかなくてはならない存在になっていたことにもそうなるまで気づかなかった。
今は一応どこの誰かは分かっている。
いざとなったら乗りこんで行く場所も(実際には行ったことはないけど住所だけは)知っている。
実の父親とも面識ができた。
双子の弟のことも知った。
だけど内面としてのパーソナルデータはまだまだ分かっていない。
目の前で高野の作った食事をうまそうに食べている姿を見る限り、食べ物の好き嫌いはなさそうだし、読書が好きだということだけは間違いない。いつも紙の本やタブレットで何かを読んでいる。
15歳だけど学校には通ってなくて(大学には通っているらしいけど)、隣に住んでいて、小説を書いている。
いったい何をしてやればこいつは喜ぶんだろうか?
それはエメラルドを今後も売り上げトップの座に置き続けるよりもっと難問に感じた。
「くまパークはどうだ?」
考えあぐねた高野が結局ド定番の提案をデザートの杏仁豆腐をツルンと食べている律にすると、スプーンを口に咥えた瞬間だった律はさっきよりは少しだけ時間をかけてから、「クマパークには行ったことないです。」と返事をした。
「へえ。珍しい。」
「高野さんはあるんですか?」
「作家が資料が欲しいって言うから羽鳥と行った。」
「え?二人でですか?」
「仕事だからな。なんで?」
「高野さんと羽鳥さんが二人でテーマパークにいる図が想像できなくて…。」
律が丸くした目を少しだけ細めてフフっと笑う。実際高野自身も自分と羽鳥が二人で並んでいる絵面を思い出すといい意味ではなく笑えた。
「ああいうところは開発系の人間とか取材とか案外いるから別に変じゃないだろ。」
「へえ…、」
咥えたままのスプーンを行儀悪く唇でブンブン揺らしながら、律は目を宙に泳がせて何か妄想を広げているらしい。(ヤメロ…。)
「でもポップコーン買ったりカチューシャしたりしたんでしょ?」
「なんでそう思うんだ?」
「取材ならそういうことは一通りしたのかなって。」
「…。(正解)」
「写真取りましたよね。見たい。」
「作家に全部やったあと消去した。あんなの二度と見たくない。」
比較的眉間に皺を寄せることが多い高野だったけど、今回はさらに深く刻んでため息を一つ長く吐いた。クマパークに行った時の作家のリクエストはもちろんカップルの休日だから、でかい男二人でもそれなりにベストなスポットとベストなポーズでの写真を収める必要があった。
仕事だと割り切ってはいたけれど、開発の人間のようないかにもな服装でもなかったから(イメージだからちゃんとラフな格好⇒ちゃんととラフっていう相反するオーダー⇒でというリクエストあり)なんとも中途半端な感じで、いっそゲイのバカップルにでも見えればまだ良かったのかもしれないけど高野と羽鳥ではそれも無理があった。(木佐の方がまだ良かったかもしれない)
居たたまれないような気持のまま仕事感を醸すようにわざとらしくふるまって資料だから必要と言いまくりながら写真を取り続けたのだった。
「分かりました。じゃあエスコートしてくださるんですね。楽しみです。」
すっきりにっこりと律は外面の笑顔でそれを了承し、高野はクマパークならばその他の細かい段取りは不要だろうと肩の荷がどっかりと下りた気がしたのだった。
▽
「混んでますね。」
休日のテーマパークは入場制限がかからないことが不思議なほどの混雑で、入場前のチケットを買うだけでも長蛇の列だった。
柵の向こうに見える園内のディスプレイはハロウインが終わりクリスマスイルミネーションになっていて、まだ本番まで一月ほどもあるのに赤と緑と金の電飾も輝いていた。
「失敗した。こんなに混んでいるんだったら別の日にすればよかった。」
「こんなに人っているもんですね…。でも渋谷のスクランブルあたりならこれくらい日常でしょ?」
「まあ…、そういう考え方もあるか?」
「高野さんと一緒なら俺はどこだっていいんです。」
ギュウギュウの人混みで押されて張り付くのを良いことに律が肩に首をコトリと載せた。
少しずつしか進まない列もう30分も並んでいるのに律は終始ニコニコと笑っていて行列も苦にもならないらしい。
クマパークは海沿いの立地で、ぎりぎり秋なのに吹く風は冬の鋭さを持っている。律は首にグルグルとマフラーを巻いていたけど、手袋のない指先は冷たくなっているらしく、スリスリと指を擦りながらフウっと手に息を吹きかける。まさかこんなに長い時間一つところにとどまっているとは思いもしなかったからお互いに軽装で会ったことは否めない。
「手、」
正面を見たまま手の甲を指の背でツンっとつつくと、キョトン顔で律が見上げるから「寒いんだろ?」と今度は指を掴んでコートのポケットに突っ込むと、律は一瞬びっくりしたように目を丸くしたけど、そのあとなんとも甘いはにかみ顔で空いている方の手で腕に縋りついて頬もそのまま腕にあずけた。
茶色い髪の毛が顎のあたりで動いてこそばゆい。混んでるから誰も人のことなど気にもしないだろうし、誰かが何かを思ったとしてもほぼ他人だ。どうでもいい。
「あったかい。」
「人間の体温って二人になると余計に温かいよな。」
「雪山で遭難した時には裸で抱き合うといいって本当ですか?」
「遭難したことねーから分かんねーな。」
「したくないですね。」
とりとめのない話をしながら押されるようにチケットを購入して園内に入ると、やっぱりどこもかしこも人がいっぱいだった。
「渋谷の交差点はあの広さだけどさ、ここってこの広い場所いっぱいに人が溢れててすげーな…。」
「前に来た時はどうだったんですか?」
「平日だったからな…、乗り物もそんなに並ばなかったし。」
「ポップコーン買いたかったんだけど、風船も…、並んでるだけで日が暮れそう…。」
「アトラクションもいくつか決めて並ばないと乗れないぞ。」
入場の時にもらった案内図を見てうろうろと相談していると、律が「とりあえずポップコーン買いたい~。」と目の前のワゴンの列を見る。確か何とかパスを取らなきゃダメなじゃなかったっけ?と思いあたったから「じゃあ一瞬別行動する?」と提案すると律はにこりと笑ってそれを了承した。
園内は家族連れやカップルで溢れてはいたけど、数人のグループも少なくない。
入場とか結構高いから中学生や高校生で来るとしたら大イベントな感じだな。とは言って街中でも今の中高生は金のかからない遊びは探すのが難しいのだろう、となると…、とつい漫画に生かせそうなシチュエーションを探してしまう。
とりあえず人気のアトラクションのファストパスを二人分取ったけどなんと乗れるのは午後17時だという。これ、つかえねーんじゃね?と脱力して律のいるワゴンの所に戻ると律はあと少しで買えそうな順番に達していた。
律が高野に気づき手をピラピラと振る。寄って行って割り込みとか思われるのも面倒だと、近くの柵に寄りかかってぼーっと人の流れを見ていると「こんにちは」と声を掛けてくる人がいた。
「写真をお願いしたいんですけど…。」
二人連れの女性のうちの一人がそう言ってにっこりと笑う。女性二人でこういう所に来るのが珍しいとは思わなかったけど、細いヒールの靴やテーマパークに来るにしては扇情的な服装が少し鼻についた。
高野はそれでもカメラを受け取り、綺麗に飾られたクリスマスツリーを背景に写真を何枚か撮って希望に応じた。
やがて律がクマパークで人気のケースに入れられたポップコーンを持って嬉しそうに駆け寄って来るのが分かったから軽く会釈をして律の方に視線を向けると「あ、お二人ですか?」と高野の正面に女性の一人が顔を挟むように伸ばして言った。
「そうですけど?(それがなにか?!)」
少しだけイラっとした気持ちが湧いたのは律が困惑顔で近づくのを止めたから。
逆ナンの手口としてはわかりやすいものだったはずなのに律と一緒だったからそのあたりのアンテナが低かった。
返事をしない高野に、喋っていた女性とは別の女性が「なら一緒に回りませんか?」と後ろからドスンと飛びつくように縋って高野の腕を取った。腕に押し付けられて、襟のあいた服からは胸が谷間をこれ見よがしに主張して見せて、目の前の律がハッとした顔をして身体を硬直させた。
慌てて腕を振りほどいて「他を当たれよ!」と律の肩を抱くと身体からは緊張が伝わる。さっきまでの零れるような笑顔が消えて強張った口元がフルフルと震えていた。
女性たちからと離れながら「悪い、写真撮ってくれって言われて…、」と、疚しいことなど何一つないのになぜか言い訳が口をついて出る。今までの相手だったら誤解されても大して気にせず嫉妬されても鬱陶しいと思っただけだったのに今は誤解など一ミリもして欲しくないと願ってしまう。
「びっくりしただけです…、」
理解はしても気持ちは整理できないらしい律の表情はやはり晴れない。さっきまであんなに楽しそうだったのに。とケバイ女性を恨めしく思いながら、そもそもここに来たことが間違いだったのではないだろうかと思い始めていた。
律が来たいと思っていそうだから選んだというよりは、無難なテッパンを選んだに過ぎない。それは律の事を知らないからで、定番から探ればよいという気持ちからではあったけど、はじめの所の努力が足りなかったのではないだろうか?
律は人込みを好まないことを知っていたはずだ。
買い物に、レジャーにと余暇を浪費するタイプではない。静かに本を読んでその世界を楽しむことを常としている。
そしてそこで得たイメージの具現化のために出かけることはあっても、流行の何かのために遠出をしないことも知っていた。
「また混んでない日に出直そうか?」
「え?」
「人ばっかりで疲れるだろ?」
「俺のせい?」
「違うよ、むしろこっちの責任。」
「だって…。せっかく高野さんがエスコートしてくれるのに…。」
「どこにだってエスコートぐらいしてやるよ。」
言わないでも分かって欲しいってのが、こいつの理想だったんだよな…。
なら深く探るしかないな…。
「宇佐美秋彦の小説の舞台になった高台の場所を教えてもらった。」
「え!?」
「やっと明るい顔見せたな。」
律がキュッと唇を引いて「嘘ですか?」と恨みがましい目をするから「いや、本当…。相川の首絞めて吐かせた。」と律のちょっと冷たくなったほっぺたを両手で挟んで頬をさすりながら瞳を見て言うと「…、ひどい事を…。」と困った顔で律は笑った。
でもこれは嘘、三月先生をロマンチックな気持ちにさせろと相川が教えてくれたのが正解だ。これはとっておきの情報だったからクマパークのあと行くつもりだった。
本当にどうってことのない高所にあるとある会社保有の駐車場なのだけど、高いビルも鉄塔もなく遠くまで見下ろすことができる場所で、夜になると家々の明かりがまるでイルミネーションのように美しいのだそうだ。小説の中では雪の舞う日、恋人と軽く言い合いをしながらも満天の人口の星(家の明かり)を背景に久しぶりの抱擁とキスをするというものだった。
宇佐美秋彦ファンの律がそのシチュエーションを知らないはずはない。
夜間や休日は駐車場は閉鎖されるから人もいないそうで、その会社というのが宇佐美グループの子会社で高野は相川を通して入る許可をもらっていた。
「少し車で海沿い走って、テイクアウトでなんか買って食べよう。」
以前大手ファーストフードのハンバーガーを舌がピリピリする称したリツだけど、きっとウサウエイの野菜のたっぷり入ったサンドイッチなら美味しく食べられるだろう。混雑するテーマパークを後にして、車に到着する頃には律は初めの笑顔に戻っていた。
そしてそんな笑顔を見て高野自身も気持ちが明るくなるのだった。