拝啓編集長様   作:bui

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第14話

律が顔を見せなくなって二週間になる。

 

初めの一週間、高野は律と直接会えていないことを気にしていなかった。

なぜなら互いに忙しくて、ラインメッセージのみでやり取りをしていたから。

 

初デートの後、律は締め切りに、高野は12月に入って年末進行のあおりで仕事が立て込んでいた。

デートの時の内容で三月(みかづき)としてBL小説を書く傍ら、撮った写真を(おそらく)嬉しそうに整理しつつ、ネットでアルバムを作るとか、加工するとかラインで言っていたから、三度に一度ぐらいしかメッセージは返せなかったけど、律があのデートに満足をしてくれていたのだろうと高野は確信をしていた。

 

しかしそれからさらに本格的な校了に入り、年末進行と年始のイベントやフェアーの内容を詰めたりと息を吸う暇もなくなり、律もBLの方と通常の小説の方の締め切りがあったからラインメッセージ自体が来なくなった。

 

基本、何度失敗しても懲りないのが人間というもので、こちらから積極的にアクションを起こす文化が定着していないことを良いことに高野は律の不在を放置していた。

 

あちらから来るのが常だったからお伺いというだけのラインを送るのも戸惑いを感じ、時間が経てば経つほど、単なる『今なにしてる?』的なメッセージを送るのは今更感があったのだ。

 

あと少し、あと少しと思っているうちに一週間はあっという間に過ぎて、高野が律の顔を直に見なくなってからすでに2週間以上経ってしまったということだった。

 

隣に越してきた律なので、常に生活を共にしていると思われがちだが、実はこのところはそうではなく、曾祖父が住む小野寺の本家に律は戻ることも多かった。

 

律を可愛がってくれている曾祖父は高齢でもあるし、実家に行けばそこが本宅なので帰ってこないこともたまにというでもない。本来未成年の律なので、曾祖父の傍でゆっくりと家族の時間を過ごすのは当然と言える。

 

一方で実の両親が住んでいる都心の高級マンションには一応律の部屋もあるのに一度も行ったことがないそうだ。元々曾祖父の家に律の馴染みの部屋があったのだからそれも致しかたない。

 

過去のあれこれを考えると本当の親子なのに不自然だ。律の父親はそんな関係を修復したいと思っているようだったけど律自体が外面でやり過ごしている以上とりつく島はないのだろう。

 

律にはやるべきことも家も複数ある。

 

だから律が顔を見せなくても今はそれほど心配はしていない。私設図書館の方も順調のようだし、小説も遅れなく書いているようだ。(相川がやっとBLの方を受け取ったとか言ってた。←高野~ギャハハハっと、かなりストレートに揶揄われた。)忙しい中をあまり鬱陶しいことをしない方がいいと問題を回避する悪い癖が出て結果放置しているという前述の背景も相変わらずなことは承知している。

 

本当にだめだな…。

さすがの高野も後悔をし始めた、運動部の靴入れロッカーか、牛乳を拭いて放置した雑巾かという香りが湧き上がりはじめた入稿も完了というとある昼下がり、社長が足音を高らかに鳴らしてエメラルド編集部を訪れた。

 

会社において社長が足音を忍ばせるのは無粋だという思想が井坂にはあるらしく、カツカツと外国製のオーダーメイドの靴のかかとをテンポよく響かせている。

 

「タップダンスですか?」

「いや、社長の視察。」

「今冗談にお付き合いしている余裕ないんでやめてください。」

「いや、ほんとはデートの誘い。」

 

もういい加減にこの人から解放されたいと、隠しいもせずうんざりした顔を高野がみせると「だからホントだって。」と井坂が少しだけまじめな顔をした。

 

「小野寺のご老公が亡くなった。」

「え!?」

 

校了間際の霞がかかったような脳みそにその言葉は響いた。一発で目が覚めるような気がして、もたれかかっていた事務椅子からバネ羽根仕掛けの人形のようにバッと身体を持ち上げた。

 

「明日外向けの告別式だお前、いくだろ?」

 

小野寺のご老公とは律の曾祖父のことだ。

双子は縁起が悪いと言って律の両親を揺さぶり、弟を養子に出させるようなことになった張本人。

しかし、不全となった家族の代わりに律を跡取りとして育て、手中に収めて可愛がった唯一の身内でもあるのだ。

 

曾祖父を慕っている律に恨みがないのかと問えば律は意味わかんないとばかりにきょとんとした。

自分が生まれる前の事はわからないし、生まれたあと自分に関心のなかった母親も、仕事で精いっぱいの父親も本音で律には接しなかったそうだ。

だけど曾祖父だけは世の常や人とのかかわりを教えてくれたという。

 

人の思惑なんてわからないから、自分はおじい様が喜んでくれるような人間になりたいと律は言った。

 

「夏を越したあたりから寝たきりに近い感じだったそうだけど、灯されていた火を順に消していくようなゆっくりとした最後だったそうだ。」

 

井坂の言葉は耳には入っていたけどその実何にも聞こえていないような、そんなぼんやりとした中で『喪服…、クリーニングから戻って来て、どうしたっけ?』とひどく普通の事を考えている自分に高野は少しだけ呆れたのだった。

 

 

 

 

久しぶりに黒のスーツを引きずり出した。

 

フォーマルな場でも黒を求められることが減り、このスーツは冠婚葬祭の中でも葬に関してのみ出番があるようになった。

黒いネクタイも袱紗もセットのようにいつだって傍に添えてある。その時に分からなくならないように。

 

あれから律に電話を掛けた高野だったが、忙しいのだろう電話には出てはもらえず、ラインメッセージも既読にはならない。

 

何かあれば巣穴に引っ込んで、丸まって一人でじっと傷をいやす獣のようだと思った。

なんだかんだ言っても、あいつはいつだって薄情なんだ。

好き好き言いながら結局俺に最後の一線を越えさせない。弱った可愛い猫の頭をなでる特権を飼い主に与えない。

 

「高野さん。好きです。高野さんが俺を好きでなくてもいいんです。」

 

あの日、律が言った言葉を反芻してみれば、それは『あなたが俺を好きではないことは知っているから気にするな。』という律からの拒絶の言葉だと分かる。

 

傷つかないように慎重に慎重に、幾重にも張り巡らせた予防線は悲しい虚勢にしか他ならない。俺の事を勝手に決めるなとあの時なぜ言ってやらなかったんだろう。

 

ビニールをかぶったままのワイシャツを掴んでいる手がわずかに震えていることに気づいた高野は、ことさら残酷にそのビニールを裂いた。

 

何度でも間違うし、何度でも後悔する。

 

そして何度齧られても巣穴に手を突っ込んで引きずり出すし、愛しいと告げてやる。

もうお前にそれを告げる人がないなら余計に。

 

それは俺だけの特権だと、今信じられているから。

 

 

 

盛大な告別式は様式に則った厳かでも厳粛でもなく淡々としたものだった。会が終わり、弔問客の見送りの段に入っていて会場はざわめいていて、律は親族の場で遺影を抱えていた。

 

 

ここで知ったことは、現会長である跡取りの律の祖父は実は婿養子で、直径は律の祖母の方だった。

律の祖母は呆れるほど律に似た髪と目の色を持っていて、噂の曾祖父の連れ合いが、実は異国の血を持っていたことをここで始めて知る事となった。

 

曾祖父の時代に異国の妻を持つことはそれなりに戦いもあったのではないのだろうか?因習深いと聞いていた曾祖父がまさか意に添わぬ見合いで結婚ということなぞはあるまい。

 

外国に漫遊することを一族に課したのは曾祖父だとも聞いていたから、ロマンスにはそれなりの想いがあったのかもしれない。

 

まあ、ご老公の過去に何があったのかは今さら想像できないのだけど、高野は自分が思っていたより律はきっと愛されていたのだろうと感じた。

 

 

 

 

 

律は会葬の客に水飲み鳥のようにお辞儀をし続けた。

 

何も知らない子どもを演じているのか素なのか、変化の術を会得している律なのでその心情は図れない。

社長の井坂と一緒に参加したために、比較的親族に近い場所にいた高野には周りの雑音は聞きたくなくとも耳に入って来ていた。

 

 

「あの子ども、ご老公の秘蔵っ子、泣きもしないで可愛げない。」

「ずいぶん賢い子らしいから、このところ名前を借りてかなり色々な事業をやってたらしいけど、これからどうするのか。」

「いやいや、その辺はぬかりないでしょ。後見が父親だろうし。」

「子どものくせに怖い怖い」

「新しい事業も順調で地方都市の方にも何件も進出したて、この間の事業報告にのってたでしょ。」

「不動産とか株とか、結構ご老公の資産で遊ばせてもらったらしいじゃない?お近づきになろうかしら。」

 

目だけで井坂の方を見ると、さすがにこの場での醜聞に眉を顰めていた。この場にいる人たち全部とは言わないけど、葬儀に対する慎みが無さすぎる。

 

律はいつだってこんな輩の中で生きて来たのだと改めて知らされたような気がした。

 

 

その時だった。

 

「ねえ、いつまでここでこうしてるつもりなの?」と、高野の後ろから聞き覚えのあるような無いような声が聞こえた。

 

ハッとして振り返ると、日に焼けた褐色の肌と金茶に透ける髪の毛がトーンを落とした部屋の中で、壁からの照明に逆光で光って見えた。

 

「こんなバカ話しかできないような連中と一緒に葬式になんて出てても意味ないでしょ?」

 

周りを気にせず発した言葉と皮肉っぽく笑う顔は…、

 

「り…、つ?」

「正解です。」

 

ニカっと笑う顔はすでにかつての面差しは無く、同じ人間だと分かるものの、しかし別人のように違っていた。

そこにはかつて自分が本当に拾った猫、もう一人の律が立っていたのだ。

 

「なんで?」

「や、会ったこともない人でも親族ですし、親に連れてこられただけだけど。」

「何だかでかくなった?」

「あっちの飯が身体に会うみたいで、今はもう高野さんも追い越せるんじゃないかって思います。」

 

かつて入れ替わったことにさえ気づかなかったほど二人はそっくりだったはずなのに、今はもう間違えようがない。

そう言えば小野寺社長も今は違うと言っていた。

 

「日に焼けてる?」

「肌はサッカー三昧で焼けましたね。髪の毛は水が合わないみたいで脱色したみたいに金パです。こう見えても脱ぐとすごい筋肉で、母からは筋肉バカって呼ばれています。」

 

入れ替わったことを謝ったり説明したりする気はないようで、ニコニコと人懐こい顔でそういう律はゴールデンレトリバーのようだった。

 

そうか、あっちは猫系でこっちはいぬ系になったんだな…。

 

「ずっと律が泣いてる…。俺にはわかる。なのになんであんたこんなところでひっそりしちゃってるわけ?」

「ったって…、あいつの立場だってあるだろうし、連絡とりたくてもノーリアクションだったんだよ。」

「律も不安みたいだからはっきり聞いときたいんだけどさ、」

 

こんなところで言う話じゃないだろと、どこかで突っ込みを入れた方がいいのかもしれないと思う冷静な自分と、ここで聞いておかないともう取り返しがつかないという予知にも似た想いに囚われる自分がいて、結局高野は律の言葉を聞き続ける事となった。

 

大事なことはいつだって普段の中に潜んでいる。間違い探しや宝物当てゲームのように見つけようとしなければ分からないぐらい些細なトリックで、だからこそ見つけらえない自分にいらだつし、見つけられればゲームクリアというなんとも簡単なロジックなのだ。

 

「連れて逃げるぐらいの覚悟はあるの?」

 

何からなのかと問いを返す必要はなかった。その時の高野にはこの律の言わんとしていることがよく分かっていたから。

 

律を取り巻く全部の物から律だけをスプーンで掬い上げて、自分の器に入れる。

まとわりついている不快なものをこそげ落として、新しく律を覆って歩む覚悟を律が問いている。

 

「難題だな…。」

「覚悟がないなら律はあげない。」

「厄介だ。」

「むかつくよ、あんた。」

「一つだけ言うとしたら、お前から貰う必要はない。あいつはもう俺のものだから。」

 

そう言うと律はもう一度「むかつく。」と言って膝で足を蹴った。

 

そしてもう一人のこの律は「俺と律を合わせるのは成人してからって周りが決めてるみたいだから早々にここを去るけど、覚悟がないとか今更言わせないからね。」とクギを刺すことを忘れずに会場の別のドアから外に消えて行った。

 

 

律ともう一人の律の間にある不思議な絆は相変わらず健在のようだな…。

 

律は拒否して断ち切ったと言っていたけどそんなことはなく相変わらずコアな繋がりのようだ。

そして、おそらく俺の律よりもう一人の律の方がその感性が高いのだ。

いや…、むしろその感性の高さにこっちの律が引きずられているのかもしれない。だから感じたり感じられなかったりするのはそういうことなのだろうか?

 

なんとも変な才能にあふれた双子なんだな、あいつら…。

 

 

 

 

さて困った。

 

どうやって律をさらおう。

何しろあいつは将来を嘱望された御曹司だからね。

 

でも、高野はこれからの困難がわくわくする冒険のようで楽しみだった。

 

 

 

 

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