拝啓編集長様   作:bui

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第2話

「高野さんご馳走様。」

うどんを食い終えて、どんぶりを抱えて流しに向かう律の背を見ながら最近こいつでっかくなったと、カウンターの柱の横を通り過ぎるのを見ていた。

 

 

少し前までは肩が食器棚のガラス戸の横の桟に届かなかったのに今は軽く超えている。

犬猫は足が太かったり大きかったりすると身体も大きくなるというけど、人間も同じなんだろうか?取り立ててでかいとも太いとも思えないけど。

 

「なに見とれてくれてるんですか?」

 

視線に気が付いたらしい律がフフっと笑ってそんな馬鹿なことを言うから、子の成長を喜ばしく思っている父のようなほんわかした気持ちは霧散して、甘いと思って食ったら渋柿だったみたいなあとからジンワリと来るような不味さが口の中にこみ上げる。

 

「いい加減その妄想癖から卒業したらどうだ?」

「妄想癖?」

「例えば俺がお前に恋してるとか?」

「ええ~、ツンデレですか?」

「どこにデレが存在するんだ?」

「行間。」

 

相変わらずの思い込みと減らず口に高野はまた相手をするのが面倒になって「今日は一旦寝るからお前も帰れよ。」とわざとそっけなく言うと「茶碗を片したらお暇します。」と律が詰襟の袖を軽くめくって水道の湯をどんぶりに掛けるように流し始める。

食事の片づけは律がやると言うのが暗黙の了解となったのはいつからだった?

そんなことを考えている最中も「照れなくてもいいのに、ふふふ。」と余計な一言を言うのを律は忘れなかった。

 

打たれ強いというか、どうしたら打たれて痛いと感じてくれるのか、そろそろ真剣に考えてもいいかもと思いながら業務用のパソコンを開くとそこには井坂からのメールが届いていた。

 

件名は「桜さくら先生の事」となっていた。

 

以前話をしていた作家の桜先生の事で相談したいことがあります。

お手数ですが明日午後お時間を作っていただけますでしょうか?

 

そんな内容だった。

 

社長からのかしこまった内容に、今日の受賞のニュースの事を思い出した高野は以前打診されていたことが現実になるのだろうと思っていた。

あの作品の漫画化という気乗りのしない話の段取りを取らねばならないと思うと憂鬱な気持ちが湧く。人気作品を別の媒体で作るというのはファンにとっては微妙なところで、どれほどうまくやっても100%支持されることはないだろう。

 

それでもこれもお仕事だ、と、午後一番で伺いますという軽い返事をした高野は脳内で段取りを組みながら、せめて律が家に帰るまでは頑張ると眠気に垂れさがる瞼に力を込めていたのだった。

 

 

 

 

「え?!中止ですか?」

「ああ、すまないけど。」

「なぜ?」

 

社長の話は想像していたこととは真逆だった。例の人気作品のコミカライズの話をなかったことにしてくれと言う。

 

「でっかい賞取っちゃっただろ?元々メジャー希望じゃなかったのにこっちから押せ押せでデビューさせたんだけど、思っていた以上に人気が上がっちゃってさ、これ以上はイヤダって言われたんだ。」

 

大きな机に頬杖をつく井坂の眉間の皺は深いものの、怒っているというよりは困っているという顔つきで、コミカライズの話がお流れになったのは願ったりだったはずの高野も哀愁漂う雰囲気に同情を禁じ得なかった。

 

「井坂さんは懇意にしてらっしゃるんですよね?なんでそんなにメジャーがイヤなんですか?」

「ん?かなり立場的に面倒な理由があってさ…。」

「立場?」

「そいつでっかい会社の社長のご令息で時期社長。なのに小説書いてるって家族も知らねーの。」

「え?」

「だから顔出し禁止にしてるんだけど、賞取っちゃったからこれ以上引っ込んでられないし、隠していても文冬砲みたいな形である事ない事スクープとかさてばれるかもしれない。ばれたら跡継ぎそそのかしたって俺も出入り禁止にされちゃうかもな…。」

「桜先生は男性だったんですか。」

「内緒だぞ。」

 

次々に知らされる事実に高野が言葉を無くしている間も井坂はコマンド不実行で叱られているわんこのように哀れさを醸す困り顔で俯いた。

 

「このまま小説書くのをやめたらどうしようかな…、」

「そんな、ファンは嘆きますよ。」

「だろだろ!高野もそう思うよな!」

「もちろんです。」

「じゃあさぁ~、」

 

鬱々とした表情から一転、ぱっと晴れやかに上げた井坂の顔を見て高野はその思惑に気づいたが、時すでに遅く「高野、先生説得して。」と、にんまりと笑った井坂が今回のミッションを高野に告げたのだった。

 

 

「漫画の話よろしくな。人とコンタクト取るの嫌がってるからはじめは大変かもしれないけど、実段取りはウエブチャットでやればいいから。」

 

井坂は高野が上司に対して面と向かって文句を言えない立場であることを逆手にとって、面倒な仕事を高野に任せたのだ。しかも自分が無理に押し付けたわけではなく、高野の方からうんと言わざるを得ないような雰囲気を作って。

 

 

 

おかしい…、コミカライズの話には自分は乗り気ではなかったはずなのに、いつの間にかそれを推し進める立ち位置になっている。

 

策士にまんまと乗せられた形となったことに唖然呆然の高野だったが、好きな作家と直接のやり取りができることを喜ぼうと必死で気持ちを立て直して、井坂の言うアドレス宛にまずはメールで連絡を入れることにした。

 

 

挨拶と今後の連絡の件でしたメールにはすぐにリメールが来たが、それは丁寧なお断りの内容だった。

 

これ以上自分の創作活動を広げる気持ちはありません。井坂さんにもそのようにお伝えしているので申し訳ないのですが、漫画にするというお話はお断りします。

 

私は先生の一ファンとしてもっともっといろいろな可能性に挑戦していただきたいと思っています。なので漫画にするしないという件は一旦保留でも構いませんので、概要だけでも見ていただけませんでしょうか?

 

ファンと言ってくださるとうれしいのですが、概要を拝見すると私の方でお断りする気持ちに罪悪感が湧きそうなので申し訳ないのですがそちらもお断りしたいです。

 

策を講じることには長けている井坂さえ落とせなかった作家を一体自分がどうやって落とせばいいのか分からなかった。持ち合わせは桜の作品が好きだという気持ちだけなのだ。しかも作品のファンと言っても現在出版されているのは短編を含めて5冊にも満たない。まだ活動を始めてから本当に期間の短い作家なのだ。

 

そして…、

 

残念ながら自分自身が桜の小説の漫画化を望んでいないこともあって打つ手と言われるものの心当たりもなかった。

 

 

 

 

「高野さんが考え事なんて珍しいね。」

 

ふらりとやって来た律と飯を食いながらも桜の事を考えていたために高野の箸は宙を彷徨っていた。

ここ数日律は姿を見せなかったから久しぶりにちゃんとした食事を作ったと言うのに。

 

 

どうしても一人の食事は簡単になってしまうことが多く、律が来ない日はワンプレートな食事になりがちだった。

 

「魚、美味しい。これはなに?」

「メジナ。」

「へえ~。煮つけおいしい。」

「お前はなんでもうまそうに食うな。」

「え?そう?美味しいものしか美味しく食べられないと思うけど?」

 

律がキョトンとした顔をして首をかしげるけど、答えを求めているような会話でもなかったから高野はそのまま食事を続けた。

男の料理だから雑な物ばかりだけど律から苦手とか嫌いと言った類の台詞が出たことはなかった。一度料理に挑戦させようとしたけど、いちいち細かいところで引っかかるから(一つまみは何グラムかとかひたひたの水はどれくらいだとか…、)面倒になって食べることに専念させることにした。

 

後片付けもはじめはツルリンと滑って割る食器も多かったけど、最近は加減が分かってきたようでそこはなんとかなっている。

 

「作家先生が仕事をうんって言ってくれなくて、どうしたらいいのか考えてる。お前ならどうする?」

 

仕事の話を15歳にしてどうする?って思わなくもなかったけど、藁にもすがる気持ちというか、年下部下を率いる編集長のためか、弱音の吐けない性格があだとなってか、アドバイスを求める人が高野の周りにはいなかった。

 

雑談レベルでもいいから第三者の意見を聞いてみたくなったのだ。

 

「へえ、高野さんでも困る事あるんだ。」

「まあ…、困ってるっていうか、上からはなんとかしろって言われるし、下からはどうするんだって言われるし、作家先生は全然応じてくれないし、四面楚歌な感じだな。」

「それ…、だめだと左遷されちゃったりするの?」

「え?」

 

律が心配そうに高野の顔を見つめるからちょっと大げさに「かもな…、仕事の失敗は降格につながるかも。」と、眉を下げて見せた。

 

「どうしよう、そうなったら困る?」

「う…ん…、降格で給料が下がったらおかずが一品減るかもな。」

「え?!」

「嘘だよ。いくらなんでも一回の失敗でそんなことにはならないだろう。でも、結構好きな話だから文字苦手な人にも漫画なら読んでもらえるかもしんねーし、はじめはいまいち乗り気じゃなかったんだけど、今は受けてくれると嬉しいって思ってる。」

「そうなんだ。じゃあそう言ってみたら?」

「返事もくんねーんだよ。」

「メール拒否されてるの?」

「いや?」

「なら送っちゃえば?」

 

確かに…、

律の言う通り拒否をされてるわけではない。ならファンとしての気持ちをぶつけてみるのもいいのかもしれない。何しろもうどうせ断られてるのだから。

 

高野は明日朝一で熱い気持の籠ったラブレターを送信しようと心に決めたのだった。

 

 

 

 

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