拝啓編集長様   作:bui

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第7話

対談が終わってから、出席者は一旦部屋を追い出された。同じホールで引き続き会食をするために会場を整える時間が必要なのだそうだ。

 

その間来賓は用意された別室で各々久しぶりの再会を喜んだり近況を語り合ったりと話に花を咲かせていた。

 

さすがに質問攻めにあいそうな桜は終了前に別室に退散していて、難しい話は父親の小野寺社長が一手に引き受けているようだ。丸川のトップと小野寺のトップ、そして文学や漫画の重鎮たちが一堂に会しているとなれば、そこには当然思惑の絡んだ大人同士の探り合いがあって当然で、狐と狸の化かし合いよろしく静かな攻防は続き、(見ている側からしたら。)もはやどっちが狐でどっちが狸かなどは意味を為さない極上のエンターテイメントと言ってよいだろう。

 

高野たちエメラルドの面々はこの時間で桜に挨拶をさせてもらうことになっていた。

会食後となると時間的にはかなり遅くなり、未成年の桜をそのあと引き止めるのはモラル的にどうかと思われるという点で、挨拶について、始まる前はダメで、会のあとと言われていたことにはいろいろな点で納得がいっていた。

 

部屋のドアをノックをすると、中からはどうぞという桜の声と同時にドアが開かれた。品の良い笑顔から、桜が自分たちを待っていてくれたのだと分かった。

 

高野が軽く挨拶をした後、一ノ瀬先生吉川先生とその編集者は、まるで握手会のように列を作って握手をせがんだ。

 

特に吉川先生は感激が過ぎて桜の手を握ってぶんぶんと上下左右に大きく振りまわしたので桜はどこまでが普通の社交か分からず戸惑いもあったようだ。

ただ、終始押され気味ではあったけど飾りのない称賛に嬉しそうに頬を染めて子どもらしい笑顔を見せた。

 

背の高さなどは吉川先生と桜はそれほど変わらないのに、腰の高さや手足の長さ、顔の小ささが半端なくて、吉川先生が「現代っ子スゲー」と素で感想を述べる。

たれ目の度合いは二人とも似たり寄ったりだと心の中でこっそり思う高野はそんな間も自分の猫に似ている顔をじっくりと観察していた。

 

 

桜も休みが必要なので長時間は禁止と秘書の朝比奈から言われていたために、少し名残惜しいままに一同は一旦そこそこの時間で退散することにしていた。混むことは予想されても会食の場で多少の話はできるだろう。連載も単発の読み切りもまだあるから、これっきりという事でもない。

 

あらかじめ少しだけ一対一で謝辞を伝えたいので時間を取らせてほしい旨は伝えてあった高野以外はまた今度と、互いに先の約束をしあって部屋から別室に戻っていった。

 

「じゃあね。」と木佐が人懐っこい笑顔でドアを閉めるのを目で追いながら、高野はまだこのあとどうやって話を切り出そうかと迷っていた。

 

ストレートな問い詰め方をして、しらを切られたとしたら追及する時間はない。

 

怒っているのか呆れているのか、本当に桜は律でないのか…。

桜の方から自分が律であることを言う気持ちがあるならともかく、今の雰囲気からはそれはなさそうだった。肯定否定の決定打のないまま、とりあえずメールであれこれ聞いた件だけはお詫びを含めた話をしなければと、あまりない時間に焦りも湧いていた。

 

「以前はいろいろとありがとうございました。おかげで良い漫画ができました。」

 

ソファーに腰かけて対面したまま高野は身を屈めてお辞儀で謝辞を伝えると、桜は唇に当てていた華奢な陶器のカップをソーサーの元にカチリと戻し、「とんでもないです。自分ごときの小説を大事にしてくださってありがとうございます。」と無邪気な笑顔で言った。

 

こくっと首を少しかしげて高野を見る瞳は律のものと何も変わらない虹彩を放っている。

その桜の顔を間違い探しの絵を必死で見比べているような気持で高野は見つめ続けた。

 

「あのお話のネタバレのようなことを聞いた自分が恥ずかしくて。申し訳ありませんでした。」

そう言うと桜は目を丸くして眉毛をピッと一瞬上げてから、考えるような顔をする。

 

「ネタバレですか?」

「ええ。あれを聞いてしまうことで、先生が隠していた意図を崩してしまったのではと思いました。」

「意図ですか?」

「多くの読者は恋愛のお話がバックにぼやかしてあるのだと思っていたと思います。しかしあれはご兄弟への想いだと聞いて自分の考えが大きく違っていたのだと分かりました。でも漫画ではそれをあえて伝えてはいませんのでご安心ください。」

「兄弟への想いですか?」

「え?違うのですか?」

 

桜はうーんともう一度大げさに考える仕草をしてから「あまり深いことは考えていません。何しろ自分はまだ子どもですから。」と笑った。

 

「高野さんには自分が双子であることを伝えてあるのであえて言いますが、本当に弟と自分は一度も会ったことはないんです。」

「ええ、」

「だから弟への想いは兄弟愛とは少し違います。」

「違うんですか?」

「会ったこともないんですよ。なのに家族としての愛情を持つのは難しくないですか?」

「確かにそうかもしれませんけど、では…。」

 

あの小説の愛し気な描写は何だったんだろう。疑問が重なりまた愚かなネタバレの質問をしてしまいそうな自分がいた。何もかもを明らかにすることが良いとばかりは言えないのだ。同じ轍を踏むなんてだめすぎる。

そう思っているのに知りたい。そんな気持ちの揺れで高野にはうまく気持ちを切り替えることはできなくなっていた。

 

「自分は、父が小野寺インターナショナルの取締役をしていましたので、少し前までイギリスに住んでいました。日本に来てからまだ2年ぐらいしか経っていません。」

2年?

律と初めて会ったのは3年前の春、こんな調べればすぐにわかる嘘を桜がつくとは思えない。という事はやはり桜は律ではないという事か。

自分の中で半分ぐらいはそうであることを覚悟していた、しかし桜を見た瞬間から残りの半分は桜が律であってくれと願っていた。

だからひどく落胆をした高野は桜の言葉に相槌を打つことさえできなかった。

 

 

「双子って…、他人ではないんです。」

唐突に桜からその話は始まった。

 

「弟はずっと私の中に存在していました。」

 

カップの持ち手をもてあそぶように摩りながら話をする桜の、伏せられた長い睫毛を高野は見つめていた。

こっちを見て欲しい、

イヤ見ないでくれ、

 

陶器の人形のような容貌に妙に落ち着かない気持ちにさせられる。

 

律と初めて会った時はどんな気持ちだったのだろう。なぜ律に興味を持ったのか思い出そうとしてもさすがに三年の月日は遠すぎた。

無邪気にじゃれつく猫の子のように律から飛びついて来たり抱きついてくることはあっても、それにドキリとすることなど(もちろん)なかったし、男の子だという油断もあったかもしれないけど顔を見て落ち着かない気持ちなどなりえない。

だからその髪の毛をワシワシとかき混ぜたり背中に張り付けたまま家事をしても気にはならなかった。

 

 

.「これは母に聞いた話ですけど、幼児の頃の自分はいつも架空のお友達と遊んでいたそうです。名前はりっちゃん。俺と同じ名前です。でも…、大きくなるにつれてりっちゃんはモヤっとしたものになったのだと思います、その証拠に会話していたという頃の事は覚えていません。でも。大きくなっても、自分の中に常にりっちゃんはいました。幼児の時のように直接会話をしたりするわけではないのですが、存在が分かるんです。泣いたり笑ったり見ているものは私にはぼんやりとしたフィルターを通してみる輪郭のない世界でした。」

 

双子のシンクロニシティは聞いたことがある。会ったこともない二人なのに数奇な運命を同じように送ると言うやつだ。それだと言うのだろうか?

 

「だからそれを自分は小説にしたのです。『彼』は弟から受ける弟のすべてのイメージでした。でも、最近はもう弟の世界を見ることはできません。弟は自分から離れて遠くに行ってしまいました。」

「弟さんは今??」

「随分前に遠い所に…、」

 

そう言うとクシャリと眉間に皺が寄って桜が辛そうな顔をした。

遠い所?それはどこ?

聞いてよいことなのかだめなのか分からない。

聞きたいけど聞けない。

本当の事はいつだって怖い…。

 

しかし、そうならばつい先日まで家にいた律は誰なんだ?

 

自分の疑問に「なんで分からないの?」と疑問で答えるのはやはり自分だ。

そう、そんなの分かりきってることだ。直感を信じてみようか?

攻めないと時間がすぎてしまう。もし…、違っていても何も確かめないままにしたくはない。そして心の奥で「きっと正解」と何かつぶやいていた。

 

「実は、私のよく知っている子が桜さんにそっくりなんです。」

「そうなんですか。世界には似ている人が3人いるといいますから。」

桜からは動揺は見られなかった。多少は覚悟をしていたのだろうと思うことにして高野はどんどんと話を進める。

子どものふりをしていられなくなればいいと。

 

「でも、私は知っているんです。あの子は桜さんですよね?」

いきなりの話題の転換に今度は一瞬動揺を見せた。さすがにまさか直球で来られるとは思っていなかったらしい。

 

高野が今攻めに転じたのは間違いではなかったと悟る。

たとえどんなに頑強な牙城であっても攻めればスキは生まれる。見ているだけでは落とせない。

 

「え?違います。何を言ってるのか分かりません。」

そう言って急に子どもっぽい笑顔で桜が笑うから、そういう所で『子ども』を使うのは卑怯だと心の中で謗る。

子どもって言われたり大人って言われたりどっちだと律はもどかし気に泣いたけど、桜は『無邪気な子ども』をうまく演じることができるのだ。

それは先ほどの挨拶でも表れていた。あんな小説が書けるくせに子どものふりをしやがって…。

 

「俺の知っている人は桜さんではないのですか?」

「自分ではないです…。」

「でも私にはわかります、間違いなくあんたは律だって。」

「確かに私の名前は律ですけど、そう言われてもお答えできません。」

「名前のことではないと知ってるくせに。さすが言葉遊びは上手だな。」

 

高野の皮肉に桜はふうっとわざとらしく息を吐き、「そろそろ時間です。お話はおしまいです。あなたの律君に早くお会いできることをお祈りしています。」ともう相手はできないという冷たい顔でスッと立ち上がり終わりをつけようとする。

 

ほらあしらい方も子どもじゃねーじゃん。高野は心底ムカツク気持ちを押さえられなかった。

だがしかし…、確かに時間がない。これ以上決定打のないまま終えてしまえばあとは逃げられるだけだと悟ってとっておきの一手に出ることにした。

 

「じゃあ最後に手を見せてください。」

「手?」

「律は最後に会った日に手に怪我をしたんです。もうこれ以上この話は蒸し返しませんから。」

 

そう言って手を寄こせと手のひらを桜の目の前に差し出すと、視線を自分の手に向けてから、あきらめたように桜がワンコがお手をするように両手を高野の手の上に乗せた。

はじめての日も律が自分の膝にそうやって手を乗せたな…、なんてことを思い出しながら…。

 

あの時、隠されてしまって傷はどれほどだったのかは分からなかったけど、もし傷跡でも残っていればと力の抜けた桜の手を握って、手のひら、甲、指先を、少しの違和感も逃さないぞと指で点検するようにとあちこちに向けたりさすったりしてみるけど、そこからは小さなささくれ一つ見つけられなかった。

高野が落胆のため息を一つついて手を放すと「気が済みましたか?」と解放された手のひらで腕をさすりながら桜が微笑むのを見て高野は悔しそうに顔をゆがめた。

 

 

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