拝啓編集長様   作:bui

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第8話

「ふふ、ご期待に沿えず申し訳ありません、お話はこれでおしまいでいいですね。」

 

勝ち誇ったように口の端をあげて、薄笑いでそう言う桜は自分の可愛い飼い猫の律の顔ではなく、年齢不相応な大人の顔だった。

陶器の人形のような顔をしている時の桜は、子どもの仮面と大人の仮面を場面に会わせてかぶり分けている。

 

きついな…。ひどく不自然だ。

 

きっと…、立場が桜にそれを強いているのだ。子どもでいろと言われればそれに応え、大人の分別を求められればその仮面をかぶる。

 

もうこれ以上桜を責め立てるのは止めようかと思ったところで、

「でももしその人が私だとしても1カ月も前の傷が残ってるわけないでしょう。他の方法の方が良かったのではないですか?」

と、大人びた顔が童話の中のいたずらな化け猫のようにクシュリと嬉し気に歪む。そして高野は桜の言葉を聞き逃さなかった。

 

「なあ、なんで1カ月って知ってんの?」

「え?」

「俺は最後に会った日としか言ってないんだけど?」

「そ、そうですか?あ、やだな。何か勘違いしたのかもしれない。」

 

ハハハと今度は乾いた笑いを漏らして桜は少し後ずさり立ち去ろうとするが、高野はそれを許さずその腕を正面からグイっと掴んで胸元に引き寄せた。

身体をひねって離れようとした力と手前に引かれる力でバランスを崩した桜はそのまま高野の腕の中に抱きつくように転がり落ちた。

 

「運命の神様って前髪しかねーっての本当だったんだな。真正面から捕獲に行って正解だったわ。」

 

高野が桜の髪を掴んで顔をあげさせてから極上の微笑みで顔を近づけて言うと、桜がキッと高野の顔をにらみつけ、悔しそうに顔をゆがめた。

「あなたの猫は俺の弟ですから!」

じたばたと高野の腕の中でもがきながら桜は叫ぶように言う。

 

「ははは(笑)、『自分』とか『私』から『俺』になったな。」

「はーなーせー(放せ)!」

 

さすがに華奢でも男、もがく桜を押さえているのも大変なのだけど、初めて律が誰なのかを桜の口から聞いた高野は、否定の言葉でさえも律が確かにいたのだと分かり嬉しさが止められなかった。

 

「じゃあそいつは今どこにいるんだ!?」

桜を逃がすまいと容赦なくギュウギュウと押さえつけながら高野が低く篭った声で言う。

その声音と形相はひどく恐ろしく、桜は身体をビクっと跳ねさせながらすくませて「だから遠いところです。」と震える声で言うけど高野は追従の手を緩めることはなかった。

 

「そんなことで納得すると思ってんの?」

「う、うそじゃないです(涙目)。」

「じゃあなんで怪我の事とか知ってんだ。」

「だって…だってそれは…。」

「お前…、律に戻ってんぞ。」

「違います…。」

「さっさと吐け!いつから『お前が』律なんだ!」

「えー!?」

「俺はお前が律でも桜でもどっちでもいい。もう手放す気ねーから。」

 

矢継ぎ早に言われ、なにがなんだか分らなくなっているらしい桜は、小刻みに震える身体の制御ができないようで、高野が更に強く抱きしめるとくたりとした身体は高野の身体の線に沿ってぺたりと張り付いた。

 

そうだな、こんなふうに隙間を埋め合うのがお互いだったらいい。

俺が必要な時はお前がいて、お前が必要な時には俺がいる、そんな二人になれればいいのかもしれない。

その関係に名称が必要ならばなんとでも呼べばいい。

 

腕の中の桜が彷徨っていた腕を背に回して身体の重みを預けるように高野に凭れかからせるから、高野は全部が手に入ったような気がして心臓のあたりがじんわりと温かくなる。

 

今までだって人の温かさを知らなかったわけでもないのに、なぜか今初めてそれ知ったような陶然とした感覚が湧いて心地よい。

 

カイロよりあったけーな…。

 

しかし壁掛け時計を見るとそろそろ迎えが来る時間だ。凪の時間は短かく、高野は腕から力を抜いて桜の顔を再びあげさせてから「終わったあと追及するからな!部屋に来い!大人をなめんな。」と耳元で強く言ってから(イケボ♪)腕をつかみ身体を立たせて、ふらふらとした足取りの桜を丁度良いタイミングで呼びに来た朝比奈にポンと託した。

 

「ちょっと眠いみたいだから見てやってください。」と付け加えることだけは忘れずに。

 

手の傷など、縫うほどの大怪我でなければ痕さえ残さずに治っていることは予想出来ていた。

しかし、少しでも可能性のある『それを探す』という行為そのものが桜へのプレッシャーになれば、何かの糸口がつかめるかもしれないという賭けのような気持があったことは否めない。

 

出たとこ勝負のような状況ではあったけど、高野は桜の手に触れて、目の前の桜が何度も何度も触れ合っている自分の律だという確信が持てた。

自分の中の何かがそのぬくもりに間違えてはないと告げていたのだ。

 

まさかあんな形で桜がぼろを出すとは思わなかったけど。

 

桜のいなくなった部屋で、

『結果オーライだな。神様的な何か、ありがとう。ぜってー許さないからな(悪役の台詞)』

と、気合を入れる高野だった。

 

 

 

 

 

 

ほどなくして始まった会食は席はきちんと用意されていたけど比較的気軽なものだった。ただ、桜の元に色々な人が押し寄せては困るだろうと井坂(というか、きっと朝比奈)はそのあたりは一応未成年だとくぎを刺すことは忘れていなかった。

 

そして来賓も分別を持って行動していると見えて、バーゲン会場の人々のような欲しい品物に群がる品のない行為をする者はおらず、ポツリポツリとうかがいを立てながら桜の元に人は来ていた。

 

宴もたけなわ、それぞれが小さいグループのようになって歓談をする中で、桜への閲覧の客が少し引けたところで高野は腰を上げた。

 

「ご挨拶をいいですか?エメラルド編集部の編集長をしております高野政宗です。」

 

高野が深くお辞儀をしつつ挨拶をしたのは小野寺社長だった。小野寺社長は涼やかな笑顔で空いている隣の席に高野を迎えた。

 

「桜先生には本当にお世話になっております。」

「いやいや、私は父親なだけでして、本当に面目ないことです。」

 

小野寺社長と高野が挨拶をしている間、社長の隣の席の桜は高野の方には一度も向かずに食事をし続けていた。いつもは箸だったけど今日はフォークとナイフだ。しかし、その綺麗な所作は確かに律のものだった。

ただ顔つきは、人形のようなすました顔でも、あのうまそうに食う顔でもなく、笑えるほどの仏頂面でおいおい『捨て猫の律』ならいざ知らず『桜』がそれじゃまずいんじゃないの?と笑えた。

 

「桜先生にはこれからもいろいろとお願いいたします。」

 

顔をグイっと近づけて高野が桜に挨拶をすると、一応は笑わなければとは思うらしいのだけど、口の端が少し上がっただけの顔は明らかにヒクヒクと引きつっていた。

 

それがまた可笑しくわざとにやにやとしてやると今度は桜がむっとした顔を隠そうともせずに「高野編集長はペットをお飼いだと伺いました。可愛いですか?猫は。」と声まで憮然としたように言う。

フー…、猫をいじめると猫パンチ食らうから用心だなと…、高野は思うものの無視もできないしあからさまに揶揄うようなことも言えない。

 

「可愛いですよ。猫は気まぐれでちょっと高慢ちきです。少しも自由にならない。」

「ふーん…、今度猫とご主人のお話を書こうかな。」

「それは素敵ですね。いつでも取材して下さい。協力しますから。」

「是非。」

 

つんと澄ました顔のままツイっとそっぽを向いて桜はまた食事を再開した。ふむっとその顔を見ていると「高野さんと律は本当にずいぶん仲良しなんですね。」と、小野寺社長が言うけど「「いいえ!」「とても」」と違った言葉がかぶって桜はプクっと頬を膨らめて、高野はフフっと笑った。

 

「ローストビーフお代わりしてくる。」

 

桜が皿を持って席を立つ後ろ姿を見て「生まれて初めて律にお願いをされました。」と小野寺社長が言った。

 

「生まれて初めて?ですか?」

「ええ、あの子は小さい頃から物分かりがよくて親に手をかけさせたりわがままを言う事なんてなかったんです。なのに泣いて、桜の身代わりになってくださいって言って来て…、無理だって思ったんですけどつい引き受けてしまいました。」

「それで、ですか…。」

「井坂君は面白がって、ばれなきゃいいけどばれたら腹くくれよ、とか言うし、桜に条件として難しいお題をだすし、本当はしらを切り通してあげればよかったんですけど、本を作る立場の側の人間として、やっぱり裏切りの気持ちが湧いてしまって…、何より『桜』という一人の表現者として、息子はやっぱりきちんと挨拶をすべきだと感じてしまいました。」

「……。」

「高野さんにはいろいろと二人の律がお世話をおかけしたみたいで申し訳ありませんでした。」

「ご存じだったんですか?」

「ええ、もう一人の方の律から全部聞いています。」

「自分は…、実はまだよくわかってないのですが…。」

「私は事情は桜になってくれと頼まれた時に聞きましたが、律からばれましたって聞いたのはつい先ほどのことです。」

「はあ…、」

 

二人で背を追って見ていた桜はビュッフェ形式の料理の前でローストビーフを切りわけてもらう間に、早速人につかまってあれこれ質問を浴びせられているようだった。

 

「もう一人の律君はどこに居らっしゃるんですか?」

「今は…、南米かな…。あの子を育ててくれているのは妻の姉夫婦なんですが、私よりよほどあっちの律に似た性格の父親でね、狭いところに押し込められるのが嫌いなタイプなんです。発掘系の研究者で、律が大きくなってからは連れまわしています。」

 

なるほど。確かに自然を見たり突き詰めていくことが好きな奴だった。今の律は静かに本を読んだりするタイプだ。そして食器を洗ったりべたべたと抱きついて来るのもあいつの方かな?

 

「あちらの律は、中学一年生になった所で自分が養子だって知りましてね。特に大好きな父親と自分が何の血のつながりもないと知って、ひどくショックを受けてその影響がこっちの律に出てしまって、高熱で10日もうなされました。って、ここからは最近聞いたばかりのことなんですけどね。」

 

小野寺社長は頼んだワインが来たところで話を切り喉を湿らせるためにごくりと一口飲み込む。ちょっとだけ辛い話になるのだろうと感じた。

 

「自分が貰い子だと分かってしまって、家を飛び出して、あなたに拾われたのだと言っていました。」

 

それがあの日のいきさつだったのか…。単に捨て猫に興味があったわけではなく、自分も捨て猫だと思っていたんだ。誰も自分を見ないって、どんな気持ちで思っていたのだろうか。そしてそんな魂に自分自身が引かれたのだ、自分も同じように捨て猫だったから…。

寂しい二人が出会ったってことだったんだな…。

 

高野は初めての日、どうしてあれほど律に興味を持ったのか今更ながらに納得した。

 

「父親と母親は同じ研究室にいましたので、その研究も佳境でなかなか迎えにも行けなくて、そのせいで律が余計に傷ついたらしいです。その時のショックなんかもこっちの律は夢でずっと見ていたと言っていました。双子って不思議ですね。もともとこの子は感受性が鋭くて人の気持ちに共感し過ぎてしまうところがあるんです。高熱の影響でずっとぼんやりしていまして小説を書いたりするようになったのはその頃からだと言っていました。」

 

あの小説の『彼』が弟の事と言ったのはそのせいだったのか。弟からの感情を受け止めきれなくて、外に吐き出さずにはいられなかったのだろう。SFの小説に出てくるようなテレパシーのように対話ができたならまた違った形で納められたのだろうに、コントロールできない相手の負の気持ちを受け取るばかりでは心が壊れてしまう。

 

「私たちが日本に帰ってくるタイミングであっちの律が父親と一緒に海外に行くことになりましてね、あえて成人まで会わせるつもりはなかったので、二人の間には何の接点もなかったはずなのにいつの間にかあの子たちは入れ替わってあなたの所に行くようになったようですよ?お気づきでしたか?」

 

そう問われて返事に窮する…。気づいていなかった。時々ハッとするほどの成長を感じることはあったけど、まさか別人になっていたなんて思ったこともなかった。

 

「いいえ、区別はついていませんでした。元々別人だとは思ってもいませんでしたから、些細な違いは子どもの成長だぐらいにしか感じていませんでしたし、今思い出してもどのタイミングで入れ替わっていたのかも不明です。」

 

「ですよね。きっと二人並んでいても区別はつかなかったと思います。あの頃なら。」

「あの頃なら?」

「今は別人ですよ。子どもって恐ろしいくらい成長している時期ですから。」

「はあ…。」

 

小野寺社長はそう言っておかしそうに笑い、いつかその律にも逢える日が来るといいなと高野は思った。

 

 

 

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