最強(凶)最厄のロリババアを倒すために、ロリババアの宿敵兼弟子になった 作:トキノ アユム
なにがよろしくだと思った。
(訳が分かりません)
姉も言っていた。黒咲 ユウは掴み所のない人間だと。
掴み所がない所ではない。
何を考えているのか分からない人だ。
そもそもである……
「鮭の味付け変えたのかアト?」
「ええ。よく分かったわね。今日は若い女の子もいることだし、薄目の味付けにしたのよ」
「最初から呼ぶつもりだったのかよ」
「しかしこれはこれで旨い」と、頬を緩めながらマイペースに朝食を食べている。
(なんでそんな風に普通に食べられるんですか?)
未遂に終わったとはいえ、昨日自分を殺そうとした人間がいるというのに、警戒すらせずに自然体で魔女の用意した朝食を楽しんでいる。
常に警戒している自分の方がバカみたいではないか。
しかもである……
「味噌汁も出汁を変えたみたいだな?」
「ええ。いい出汁が手に入ったらから、試してみたくてね」
「ああ、確かにこれはいい物だな。今度俺にも貸してくれ」
「りょーかい。ダンの料理を楽しみにしてるわ」
(……なんですかこの空気は)
新婚の夫婦のような甘すぎるものではなく、熟年夫婦のような落ち着いたほろ甘さ。
自分でも何を言っているのか分からないが、この場所には確かにそういう雰囲気があるのだ。
というか、自分がいる事をこの二人は認識しているのだろうか? 完全に二人だけの空気が出来上がっているのだが……
「所で、食べないのかしらナッシー?」
「食欲でもないのか?」
違った。認識はされていた。余計にたちが悪い。
「……いえ、頂きます」
ここで食べないという選択肢はない。
魔女には細心の注意を払えというのは、姉からも『絶花』からも何度も忠告されていることだ。
このような些細な事で機嫌を損ねられても困る。
(……毒物は――いえ、あり得ませんね)
魔女は毒などに頼らなくても自分を殺せるのだ。
そんな回りくどい事はしてこないだろう。
とりあえず、味噌汁から飲む。
「え……」
飲んだ瞬間、衝撃が走った。
あまり和食に詳しくない私でもすぐに分かった。
「美味しい……」
これは旨いと。
舌で感じる味にコクと深みがある。
なんというか、その――
(お袋の味というやつでしょうか?)
美味しくもあり、とても安心する優しい味付け。
「あの、すいません」
「なに?」
「これは本当にあなたが作ったのですか?」
「ええ。信じられないのかしら?」
「……はい」
正直に言って信じられない。
あの魔女が、世界を滅ぼそうとした『黙示録の魔女』がこんなに料理上手だったなんて。
「偏見ね。魔女だって料理ぐらいはするわ」
「……私、何も言っていませんが?」
「顔に書いてるわ」
「そんなことは……」
ないと思う。
ポーカーフェイスは毎晩鏡の前で練習している。
今だって無表情のはずだ。
「無表情とポーカーフェイスは別物よ」
また感情を読まれた。
「ダン。やっぱりこの子、意外とちょろいかもしれないわ」
「意外所か、そのまんまだろう」
「く、殺せ! とかいう台詞似合いそうよね」
「こいつの場合は く、殺しなさい! じゃあないのか?」
「……とりあえずあなた達が私の事を侮っているのはよく分かりました」
苛立ちを込めて、茶碗に入ったご飯を口に運ぶ。
「!?」
そして再び衝撃が走った。
「な、なんですかこの米は!?」
艶やかでそれでいて味に深みがある。
こんなお米は食べた事がない。
「出汁昆布だ」
「え?」
答えたのは、魔女ではなく黒咲 ユウであった。
「米を浸水させる時に、出汁昆布を切って米の上に乗せていたんだろう?」
「ええ、その通りよ。流石はダンね」
隠し味に気付いたユウに、嬉しそうに魔女は微笑んだ。
(い、言われてみれば、ほんのり昆布の香りがします)
言われるまで全く気が付かなかった。
「その様子だと、ナッシーは分からなかったみたいね」
「……悪いですか?」
「いえ、悪くはないけど、あなたが料理とか全然しないタイプなのは分かっていたから」
「し、失礼ですね。人並みにはやってますよ」
嘘だ。人並み以上に出来ないしやらない。
「昨日の晩も自炊しましたし……」
嘘だ。本当は昨日も朝から晩まで全てインスタント食品で済ませた。
「そう。なら、ご飯を炊く際、今の時期のお米の浸水時間は何分?」
「え?」
な、なんですか藪から棒に。
「どうしたの? 人並みに自炊出来るならこの程度の基礎、答えられるはずよね?」
「そ、それはその――」
意地の悪い笑みを浮かべてながら煽ってくる魔女に、私は答えられない。
そもそも浸水時間とはなんだ? いや、意味は分かるのだが、米を炊くのは水を入れて炊飯器のボタンを押せば完了するのではないのか?
「30分から60分だ」
私の代わりに黒咲ユウが答えた。
「浸水させる事で、米のひと粒ひと粒の中にまで水分が行き渡り、炊飯の際に熱がしっかり中にまで伝わる事でふっくらとした米が炊けるようになる」
そ、そうなんですか?
「ちなみに30分から60分というのは春夏の話で秋冬は60から120分が理想的だ。気温が低いと水分が中まで浸透しにくいからな」
知らなかった。何一つとして。
「もうダン。妹が可愛いのは分かるけど、あなたが代わりに答えたら意味ないじゃない」
「知るか。それと、基礎と言ったが、どちらかというとこれは豆知識の部類に入る事だ。自炊している奴でも知らない奴の方が多いぞ……少し意地が悪すぎるんじゃないのか?」
「はいはい。私が悪うございました」
「後、おかわりくれ」
「喜んで♪」
茶碗を受け取ると、魔女は梔子にウインクを一つした。
「私はこれからちょっとご飯を取りに行ってくるから、その間に
「……なんの事ですか?」
動揺を顔に出さずに惚ける。
「さあ、なにかしらね? 私はダンじゃないから、そこまでは読めないわよ」
そう言い残すと、魔女は部屋から出ていった。
図らずとも二人っきりになったこの状況を吉と見るか、凶と見るべきか……
「すまんな。アトの奴、俺以外に手料理を振舞えて、舞い上がってるみたいだ」
「料理について詳しいんですね」
「……昔はよく作ってたからな」
どうしてかユウはそこで皮肉交じりの笑みを浮かべた。
「旨い飯ってのは、どんな状況でも人の心を和ませる力がある。あの時の俺達には何よりも必要な事だった」
「?」
『あの時』とは一体いつの事だ?
黒咲家にいた時の話か? それとも、それ以前の――
「ああ、すまん。俺の事はどうでもいい話だったな」
「……はい」
嘘だ。本当を言うと気になる。
(考えて見れば、私はこの人の事を詳細までは知りません)
自分の前任者である事。
五年前に絶花と黒咲を裏切り、史上最悪の事件を起こした殺人鬼である事。
そして自分と同じように、黒咲家に拾ってもらった孤児であった事。
自分がこの男について知っている事はその程度しかない。
その程度が限界であった。
(……どうしてか、この人の情報は絶花と黒咲でトップシークレットとして扱われている)
黒咲の情報端末にアクセスしても、自分の権限ではこの男の情報を閲覧することは叶わなかった。
今までそれは単に裏切り者を出してしまったという事実と五年前の事件を隠蔽するためのものだと思っていたが――
(それにしては、『あの方』はこの人に無警戒すぎる)
起こした事件の規模を考えれば、危険人物として処断されてもおかしくないはずなのに。
「まあ、雑談はこれぐらいにして、そろそろ
「……なんの事ですか?」
「隠さなくてもいい。他の奴――特に黒咲に知られたくない用事を頼まれたんじゃないのか?」
「……なんでそう思うんですか?」
「一つは誘われたからと言って、わざわざ魔女と一緒に朝食は取らない事」
味噌汁を啜り、一息をつく。
「そしてもう一つは裏切り者の俺を、やけに意識している事」
「な、意識なんてしてません!」
何を言っているのだこの男は!?
「自意識過剰じゃないんですか!? 私は確かに、密命は受けましたがーー」
「そうか。やっぱり密命は受けたんだな」
「ぐっ!」
しまった。挑発に乗って思わず口を滑らせてしまった。
「真っ直ぐな奴は嫌いじゃないが、お前は少し分かりやすすぎるな。あのヘタレ女、密命を頼む相手を間違ったんじゃないか?」
「あのお方はヘタレ女ではありません!!」
今のは聞き捨てならなかった。
言うにことかいて、ヘタレ女だと! 世界を救ったあの方を――
「へえ。お前にあのお方って、呼ばれる相手って事は、やっぱり俺の考えている通りの奴だな」
「!」
してやられた。またしても。
(……いや)
これは遊ばれてるのだ。
この人は確信している。
自分が誰に、どんな密命を頼まれたのかを。
「……あなたは、性格が悪いです」
「魔女ほどではない」
溜め息を吐く。
込みあがってくる怒りや悔しさ。そういった激情を抑えるために。
(抑えなさい私……)
元々隠すつもりはなかったのだ。
澄まし顔で味噌汁を飲み干した男の手のひらの上で、踊らされていたとしても、構うな。
こちらの事情察しているというのであれば好都合だ。
自分の役目は『あの方』の伝言をこの男に伝えるメッセンジャー。
「じゃあ、聞かせてもらってもいいか?」
その役目を果たすのだ。
「英雄様からの
昨日の夜の事だ。
黒咲としての務めを終え、自室に戻った私に来客が現れたのは。
それが姉や部下ならば驚かなかっただろう。急用で深夜に起こされることなどざらにあることだから。
だが、そんな自分でもその来客には驚くしかなかった。
「突然ごめんね。梔子ちゃん」
絶花 サヤ。梔子が仕える『絶花』のトップにして、魔女を討ち取り、世界を救った『英雄』。
その彼女が、自分の部屋の前で立っていたのだから。
「な、ど、どうしてここにいるのですか?」
「あー。その前に部屋の中に入れてもらってもいいかな?」
「し、失礼しました!」
慌てて脇にどき、英雄を部屋の中に招く。
サヤは、部屋の中に入り、扉を施錠すると、ようやく安心したかのように一息をついた。
「ごめんね。月花ちゃんにも内緒でこっそり来てるんだ」
「そ、そうなのですか?」
だとしたら前代未聞だ。英雄の護衛である姉はほとんどの場合サヤと行動を共にしている。
梔子が知る限りで、始めての事だ。
「うん。だから私が来たこと言っちゃダメだよ?」
「りょ、了解です!」
言える訳がない。たとえ姉にも。
自分達『黒咲』の一番の主の頼みなのだから。
「そ、それで一体なんのご用でしょうか?」
「梔子ちゃんにお願いがあるんだ」
「私に……ですか?」
姉ではなく自分にお願い?
考えられるのはただひとつ……
「黒咲 ユウと魔女の事ですか?」
「うん。ユウ君とベアトリーチェさんの監視役である梔子ちゃんにしか出来ないお願い――聞いてくれるかな?」
すがるような目で、英雄は頼んできた。
「サヤ様は――」
正直に言って伝えるのは躊躇われる。
黒咲の立場としては、主に危害を加える可能性があることは避けるべきだ。
だが――
『お願い梔子ちゃん』
あそこまで必死で弱々しい主の姿を、梔子は見たことがなかった。
「始業式の後に、二人だけで話したい事があるから理事長室に来て欲しい……そうです」
だから『黒咲』としてではなく、『梔子』として英雄からの伝言を伝えてしまった。
「そうか……」
それを聞いたダンは――
「あのヘタレ女が……」
ただ呆れていた。
「絶花のトップなんだから、堂々と会えばいいのに、こそこそと会うんだからな。だからお飾りなんだよ」
驚きもせずに、こうなる事が分かっていたと言わんばかりに毒を吐く。
「……応じないつもりですか?」
「いいや? 俺もあの英雄様には色々と言いたい事があったから応じはするさ」
そう言うと、黒咲 ユウは不敵に笑った。
「ただし、黒咲 ユウとしてではなく、ダンテ・アーリーとしてだがな」