前回の続き…というかこのシリーズの締めの話になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
「……」
「……」
気のせいだろうか。
なんだかさっきから、空気が少し重いような気がする。
私の正面に座って夜ご飯を頬張る西木野先輩を、チラッと見る。
「…何?」
見てたら気付かれてしまった。
「えっと…夜ご飯、おいしいですか?」
「ええ、おいしいわ。作らせちゃって悪いわね」
「いえ、そんな…」
「……」
再び沈黙。
西木野先輩の体調は回復したけど、私が心配して家に残らせてもらった。
無理はさせられないから、私が軽い食べ物を作って、今は2人でそれを食べている最中だ。
結局、夜ご飯の間に、それ以上私たちが会話をすることはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
どうしよう。
なんだか、雰囲気がよくない。
理由は…おそらく私のせい。
昔からそうだった。
考えていることがすぐ表に出る。
自分にとって好ましくないことが起こると、すぐ不機嫌になる。
変えたいのに、変えられない。
そんな自分のことが、私は嫌いだ。
じゃあ何故、私は今不機嫌になってしまっているの?
私がμ'sの西木野真姫だと知られたことで、これまでにも同じようなことは何回も経験している。
その度に、『またか』とか『やめてほしいのに』と、確かに思ってきた。
でも、今回は、何かが違う気がする。
なんか表現しきれないけど、どこか胸が苦しいような、そんな感じ。
(…って、考えたところで何になるっていうのよ、馬鹿らしい。)
考えるのはおしまいにしよう。
ちなみに今、曜ちゃんは風呂に入っている。
私が完全に大丈夫な状態になるまでは、絶対に帰らないと言っていた。
ここまで親以外の人に世話を焼かれたのは、いつぶりだろうか。
そんなことを考え、私はふと、懐かしい気持ちになる。
μ'sにいた頃は、にこちゃんがよく私に絡んできてくれていたっけ。
正直うるさいときもあったけど、でも、仲良くしてくれたことは嬉しかった。
絡むといえば、凛もだ。
初めて会ったときは、ただのうるさい子だと思ったりもしたけど、本当は、すごくカワイイ良い子だった。
そしてそんな私たちを、いつも笑顔で見守っていた花陽。
今の私にとっては、花陽は一番の親友だ。
懐かしい、μ'sの皆との記憶の数々をかみしめる。
「西木野先輩!お風呂、いただきましたよ~」
「っ!!」
突然声をかけられて、身体が反応する。
「それと…コレ。洗面所にあったんですけど」
曜ちゃんが、手にしていたのは、私のケータイ。
今思い出した。
昨日、花陽と電話した後に歯磨きをしたから、その時に置き忘れていたんだと。
「…ケータイ、いっぱい着信入ってる」
花陽からのものが多い。
また他には、凛やにこちゃんからも。
「お友達、心配してるんじゃないですか?」
「そうね。ちょっと、失礼するわ」
そう言って私は、部屋を出る。
その時、はたと思い当たった。
私が、曜ちゃんに対して抱いている、何か特別な感情。
それは――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あの…やっぱり邪魔じゃないですか?」
「別に問題ないって言ってるでしょ。ほら、詰めなさいよ」
「そんなこと言われましても…」
「いいから、早く詰めなさいって」
「…では、お言葉に甘えて…」
「…。うん、それでいいのよ」
「それにしても、どうしてこんな…」
「私の気分だって、さっきも言ったじゃない」
「いや、気分って言われても、ですね…。
どうして、一緒にベッドに入る、なんて」
「いいじゃない。それともあなたには、誰か心に決めた人でもいるのかしら?」
「…。それは、まあ…」
「それなら、別に問題ないじゃない。
別に、あなたを取って食おうなんてわけじゃないんだから」
電話を終えて部屋に戻ってきた西木野先輩。
いきなり、一緒に寝ようと言ってきた。
まだ寝るような時間でもないし、なんで一緒に、と思ったけど、最終的には従うことになった。
そして今、私は西木野先輩と隣で並んでベッドに入っている。
先に口を開いたのは、西木野先輩だった。
「…ねえ、曜」
「よ、曜?!」
唐突に下の名前で呼ばれ、困惑が深まる。
「名前で呼ばれるのは、嫌かしら?」
「い、いえ…。別に大丈夫ですけど、いきなりでびっくりして。
それにしても西木野先輩、さっきからなんかへn――」
話す口が、先輩の人差し指で遮られる。
「真姫、よ」
「ふぁい?!」
「だから、私の呼び方。真姫って呼んで、って言ってるの」
「そっ、そんなこと、出来ませんよ!」
「出来ないわけないじゃない」
「出来ません!だって私にとってμ'sは、かm――」
またも指で口を止められる。
「真姫」
ぐいっと顔を近づけられ、力強い眼差しを向けられる。
「…真姫、ちゃん」
「ちゃん付けも別にいいわよ」
「そこは譲ってくださいよ、に…真姫ちゃん」
二度目の真姫ちゃん呼びをすると、手が私の頭に。
「よくできました♪」
その可愛さ、私は死ぬかと思った。
「曜って、花陽に似てるって、言われたことない?」
「花陽、って…μ'sの小泉花陽さんですか?」
「ええ」
「…実は、何回かあるんです。
特に、何度もライブにいらっしゃるような熱狂的なファンの方にはよく…。
ありえませんよね。私とあの小泉さんが、なんて」
「そんなことないわ。本当に似てるもの」
「ホントですか?!」
「ええ。三年間一緒に過ごした私が言うんだから間違いないと思うわよ」
まさか、本当に似ているというお墨付きが得られるなんて。
憧れのμ'sの小泉花陽さんと、私が――。
「一つ、聞きたいんだけど」
「なんですか?」
「曜は、どうして船長になろうと思ったの?」
いきなりの質問。
真姫ちゃんの顔は、なんだか今までよりすごく真剣なものに見えた。
「…私のパパが、船長なんですよ。
私は、小さい頃からずっと、将来はパパみたいになるんだ、ってずっと思ってました。
確かに普通は男の人がなるものかもしれないけど、私は絶対に船長になるんです!」
「そう…」
「真姫ちゃんは、確か両親が病院をやってるんでしたよね?」
「…よく知ってるのね」
「友達に、色々教えられてたので。
やっぱり、親の影響で今の道に進んだんですか?」
「…そう、ね」
すると、一時の沈黙の後で、真姫ちゃんは語り始めた。
彼女の現状と、それに対する想いを。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
μ'sは、絢瀬絵里、東條希、矢澤にこ、この三人の卒業をもって解散した。
最後は色々と起こったりしたけど、終わりの時はきた。
三人の卒業を機に、μ'sは解散したわけだが。
うち何人かは、そのままスクールアイドル活動を続けた。
私、西木野真姫はというと。
アイドル研究部に籍は一応残したままだったが、活動に出ることは殆どなかった。
大学の医学部は、どこであろうと難関だ。
生半可な勉強量では、合格できない。
そう思った私は、二年生であったこのうちから、勉強の習慣をしっかりと身につけるために動き出した。
だから、部活に出ることは減っていった。
でも、ピアノは続けていた。
理由はいろいろあるが、一番はスクールアイドルとして活動を続けていたメンバー達に曲を作ってあげるため。
作曲を続けることで、皆との繋がりを保っていたかったのかもしれない。
そうして、時はどんどん過ぎ去っていった。
三年生だった、元μ'sの高坂穂乃果、園田海未、南ことりの三人も卒業した。
私は三年生、すなわち大学受験生になった。
そして更に時は過ぎ、大学受験も終わり、私は東海大学医学部に進学した。
主席として合格を果たした私は、嫌でも注目を集めることになっていた。
親が病院を経営しているような、金持ちの娘で。
三年前にはラブライブ!を優勝したμ'sのメンバーで。
言ってみれば、私はこの頃から悪目立ちしていたんだと思う。
友達も、たいしてできなかった。
まあ、作る気もそんなになかったけど。
日が経つにつれて、段々と自分の孤立感が高まっていくのを感じながら日々を過ごした。
一番面倒だったのは、親のことについて色々と訳の分からない噂を立てられたこと。
大学と私の両親が裏で繋がってるだとか、そんな感じのことだ。
だから、二年生に上がってから一人暮らしを始めた。
より孤独感は増したが、寂しくはなかった。
そして私は、勉強、研究に打ち込む日々を過ごす。
唯一の癒しは、花陽や凛など、μ'sの皆とたまに会う時間だけ。
私の中で、彼女たちだけが救いだった。
だから、彼女たちと別れる瞬間がとても辛く、悲しかった。
でも、私は同学年の人達に負けるわけにはいかなかった。
孤独と戦いながら、ここまで歩んできたのだ。
曜を初めて見た時、私の本能が『この子は花陽だ』とでも感じたのだろうか。
なんだか、どこか懐かしく、どこか落ち着いていられるような、そんな子だった。
だからこそ、私のことを仰々しく扱われることが、すごくイヤだった。
ずっと一緒にいられる。いても、全然苦じゃない。
そう、強く感じた。
* * * *
一隻の大きな船が、港に泊まっている。
これから出航するらしく、それを祝うセレモニーが近くで執り行われている。
船長として紹介されたのは、栗色がかった髪が特徴的で、まだ20代後半くらいの若い女性。
紹介によると、今回が初めて船長としての航海らしい。
送られる声援に、笑顔で手を振って応えている。
続いて紹介された副船長は、船長の父のようだ。
娘の、初の船長としての航海を父として、ベテランとして、支えることになるだろう。
セレモニーも終了し、船も出発するようだ。
船長の女性は、船に乗り込む際、若干陰りのある顔を空に向けていた。
そして、船は走り出した。
ところ変わって、ここは船内の医務室。
2、3人の人が、早々に体調を崩してしまったのか、診察を受けている。
中心となって診察している医師は、短めの赤髪で、これまた20代後半くらいの若い女性。
室内にいるのは船に酔ってしまった子供が多く、その子たちに素早く適切な処置を施していく。
とそこへ、船長の姿が。
走り出した船に乗る人々の様子を、まず見て回っているようだ。
船長と医師、二人の女性はしばしの間目を合わせた後、各々の仕事へと戻っていく。
その二人の顔は、どこかほころんでいるようにも見えた。
船は順調に進んでいたが、ここで天候が悪化する。
少し強めの雨が降り出してきた。
しかしそのことを予想していたのか、意外と焦った様子は見られない船長。
ただ、アウトデッキで遊べず退屈そうな子供たちを見て、何かできないかと考え込んでいる。
そこに微かに聞こえてきた、ある音。
それを聞き、船長は子供たちを連れて、とある場所へ。
そこは、小さいコンサートホールのような所。
そして音の正体は、ピアノだった。
演奏していたのは、本来は医務室にいるであろう、あの女性の医師だった。
弾いているのは何の曲なのだろうか、女性は、非常に慣れている風に弾いている。
”I say~♪”
女性が弾き語りを始めると、ホール内の人々はその美しい音色に魅了される。
気づけば、船内にいたほとんどの人がホールに集まってきていた。
”Hey,Hey,Hey,START DASH!!"
旅の門出を祝うのに相応しい、その歌の最終節を彼女が歌い終えると、ホール内は拍手に包まれた。
すると、一人の少女がホールの扉から見えるあるものに気が付く。
皆がホールから外に出る。
外に出て、皆は歓声を上げる。
雨があがった空には、キレイな虹が掛かっていた。
虹を眺める船長に、歩み寄る女性が一人。
先ほどまで、ピアノの弾き語りで人々を魅了していたその人だ。
二人は顔を見合わせ、同時に空を見上げる。
その視線の先には、水色の空と、虹の中でもひと際輝く赤色の放物線があった。
完
まずは、ここまでの読了、本当にありがとうございました。
これにて、ようまきHBPは完結、となります。
本来ならば4月19日に投稿しなければならないところ、不可能だった件については私の完全なる準備不足でした…。
次回からの自分への教訓とします。
尚、船長となるための資格等々については、あまり詳しく調べる時間がなかったため、私のある程度の想像と若干のググリによって、こういう形をとらせていただきました。常識的にはありえない部分もあるかと思いますが、そこは大目に見てもらいたく思います。
ストーリーについての話ですが、一つ。
空白の数年間については、読者の方々の想像にお任せしようというところです。
是非、色々と妄想していただければ、と思います。
遅れておいてなんですが、書きたかったことは書けたので自分としては大満足です。
次のHBPの構想もこれから考えていくこととしつつ、後書きもとじさせてもらいます。
最後になりますが、ここまで温かい目で見守って下さった読者の方々には、感謝の気持ちでいっぱいです。
本当に、ここまで読んでくださって、誠にありがとうございました!!
【楽曲一部拝借】
・START:DASH!!(ラブライブ!、μ's)