「もしもし?ハロー!束さんだよー!時結晶《タイムクリスタル》ある?・・・んーとね、1キロあれば十分かな?」
束はニコニコとした表情で会話しながらタッチパネルを操作する。表示されている場所はルクセンブルク王国の宮殿のヘリポート。束がそこをタップすると部屋そのものが動き出した。
「あと一時間程で着くけど・・・うん、そのつもりだけど。え、作業姿?それでいいの?・・・わかった、じゃあアイリスちゃんの部屋でやる?・・・うん・・・え、ご飯も!?やったー!んじゃあねー♪」
パタンと携帯電話を閉じて机に置くと、スルスルと服を脱ぎ始めた。その背中にはまるで熊の爪で抉られたような傷痕がー
「乙女の肌は軽々しく見ちゃダメだぞ!」
と言いながらカーテンをしめた。
◆□◆
日本時間 20:34
ラウラは制服のまま外のベンチに座りながら浮かない顔で月を眺めていた。その顔に浮かぶのは後悔と懺悔だった。
「はぁ・・・」ピリリリリリ
深い溜め息をついていると、電話がなりだした。取り出して開けてみると副官のクラリッサからである。
「私だ、どうしたクラリッサ」
『隊長、日本でのことは聞きました。無事ですか?』
「私は無事だ。だがシュヴァルツェア・レーゲンは致命傷だそうだ。あと解析の為に現在没収されてる。」
『そうでしたか、ならばこちらから予備パーツをおくりましょうか?』
「頼む。それと前に言っていた重装甲パックはどうなっている?」
『完成しています。予備パーツと一緒に送ります』
「すまないな」
『いえ。ところで隊長は今なにを?』
「月を見てる」
『月・・・?ああ、そちらでは夜でしたね』
「ああ」
「・・・」
『・・・』
「・・・クラリッサ」
『何ですか、隊長?』
「シャルル・デュノアの情報を可能な限り頼む」
『ただちに』
電話が切れるとラウラは月を眺めながら再び深い溜め息をついた。
◆□◆
ドイツ、ミュンヘン近郊にある建物の地下にその男はいた。男はコーヒー片手に画面に映る〈No Signal〉の表示に舌打ちをしていた。
「使えない小娘め、モルモットにもならないか」
「所長、データはどうしますか?」
所長と呼ばれたその男は部下の男に手元のUSBを投げ渡し、とっておけと指示を出す。
「総員、撤収準備だ。|VTS(ヴァルキリートレースシステム)の件は政府も見逃す訳にいかない。すぐに軍が来るはずだ、防衛装置を起動させろ。時間稼ぎにはなる」
部下にそれだけ指示を出すと男は隣の部屋へと移動した。
その部屋には人の背丈のサイズの培養漕が規則正しく並べられている。カプセルにはそれぞれラウラによく似た銀髪の少女が入っていた。
男が手元のスイッチを次々に操作すると、培養漕の少女達が苦しみだした。
男はこれでよし、と言わんばかしの表情でコーヒーを飲み干そうとしたときに異変に気が付く。
「・・・凍っているだと?」
「ねぇねぇ、ここの警備ゴミすぎない?」
突如として聞こえる見知らぬ女の声。男は反射的にポケットから銃を取り出し構えた。しかしそこには姿はない。
「怖いねぇ、そんな物騒なもの取り出しちゃあ」
「そこか!」
声がした方向へ撃つが、弾はカプセルに阻まれ届かず。あはは、という笑い声と足音に男は焦り、足音を追いかけ始める。
「貴様何者だ?なぜこんなところにきた!」
「えー、私のこと分かんないの?あ、でもそっかお前が作ってたのは紛い物だもんねぇ?」
「質問に答えろ!」
「しょうがないにゃあ、っと!」
「ぐっ!?」
男が気が付いた時には天井を見ていた。侵入者は男を片足で抑え、自身の背丈と同じくらい長く、先に大きな石球を取り付けた金属杖を向けた。
「私の名前は篠ノ野束!ISを作り上げた天才科学者さ!何故こんなところに来たか、だっけ?んなもん自分で考えな!まあもう二度と思考することも無いだろうけどね!」
なにを、と男が声をあげ抵抗する前に男は凍りついた。そして束は杖の先でコンコンと軽く叩くと、凍りついている男を蹴り飛ばして壊した。
「うんうん!ちゃんと中まで凍ってるね~!いやあ良いもの作ったぜ!ブイ!」
束はご機嫌になったのか、続けて杖をカプセルが並ぶ方へと向けて振るう。一振りで表面に霜を作り、二振りで液体は凍り、三振りで分子運動が止まる。四振り目を振るう直前に杖からプシューという音と共に放熱が始まり、束は振り上げた杖をそっと降ろした。
ざっと見て、「よし!」と言うような表情で踵を返そうとした時、一つのカプセルが音を立てて割れ、中身が零れ落ちた。
それは黒を持つ、銀。右も左も、前も後ろも分からず生まれ落ちた銀は呻いた。
束は思わず振り返った。束にとってこれは誤算だった。カプセルの中身ごと凍らせる、産まれてもいない、命と呼べばしないものへと与えた束の理不尽。けれど理不尽を乗り越え生まれ落ちた存在に束は瞳を輝かせ駆け寄った。
「ねえねえ!」
「ぅあ・・・」
「君は私のものにするね!どうせ放置しても死んじゃうし。・・・ううん、やっぱ『娘』にするよ!これからよろしくね!名前どうしようかなー」
束は言語を理解できていない銀をよそにそっとすくい上げ、来た道をそっと戻った。
◆□◆
左腕ないなった~!左腕ないなった~!シンプルな腕にすっか~それともめちゃくちゃすごい武器腕にすっか~!
・・・じわじわくる、辛い。別に一夏君を手伝ったことも、左腕のことも後悔はしてない。ただ己の無力さが辛い。ISを手にし、何でもできると思ってたのか、そんなはずはない。
「話聞く限り他のみんなは無事みたいだし、万々歳ってやつか・・・」
動かない左腕を動かそうとして、深い溜め息が出る。
「・・・強くなろう、絶対」
日常を、友達を、身近な人を守れる力が欲しい。
誓いと望みを立てた葵が毛布の中に潜り込んだ時、一人の影が葵のいる部屋の窓をガラッと開けた。
「ハローあーくん!」
「っえぁ!?」
誰かがやってくる、それも窓から。葵にとって想定外
「いやあ、束さんはうれしいよ!やっと決意してくれて!」
まさかさっきまでのを聞かれてたなんて!
だが束は葵の声にならない叫びをよそに葵の腕だったものをペタペタと触る。
「うん、多分欠けてない!」
そして続けて、
「それじゃ、治すね!」
「えっ」
「よーし終わり!いやあ、なかなか上手くできたと思うんだよねー。あーくんどうかな?違和感とかない?」
束の言葉の意味を葵が理解する前に一瞬にして、全て終わっていた。「さあさあ動かしてみてよ!」と促され動かす腕は、まるで何事もなかったかのように自由自在に動く。おおー、と感動もつかぬ間、
「うんうん、この分だと問題なさそうだね!流石束さんだ!それじゃー頑張ってねー!」
「えっ、ちょ、まって!」
軽くペチペチ触った後、葵の制止を振り切り窓から飛び降りる。
「いない、行っちまったわ・・・。ありがとう、束さん」
窓から入る、肌寒い夜風がそっと葵の頬を撫でるように通り抜けていった。
◆□◆
「ふっ!ふっ!」
寮の外庭で1人の少女が刀を振るっていた。やがて刀を仕舞い、滴る汗を袖で拭ううちに彼女の表情は曇っていった。
(一夏達と、いや、一夏と並びたい・・・)
一夏が闘う間、見守ることしかできない自分が歯痒い。だが生身では決して並ぶことのない圧倒的土俵の違い。この差につい本音が漏れる
「私にも専用機があれば・・・」
「何々?箒ちゃんもとうとう欲しくなっちゃった?」
「っ!?姉さん!?」
突然のバックハグ、抱きつかれるまで気がつけなかった!そう驚く箒をよそに束は「うりうり~また大きくなったね!お姉ちゃんは嬉しいよ!」と実妹の胸と尻を揉む。
「姉さん!!」
「おっと危ない」
セクハラに耐えきれなくなった箒は振り払うかの如く抜刀するが、密接状態だったはずの束はそれを難なく交わし刀の射程圏外へと出た。
「それ危ないから止めなよ~。いっくんだったら死んじゃうよ~」
「安心してください、そもそも姉さんしかセクハラしないので」
「あー、それもそうだよね~」
肯定されるとそれはそれで複雑な乙女心、だが箒には他意がないのもわかっているのでそっと納刀する。-だがしかし右手は柄を握り、左手は鍔に添えている。
そして一度深呼吸をし、問い掛ける。
「それで、姉さんがどうしてこんな時間にこんなところに?」
「ちょっと野暮用でね。あと箒ちゃんの顔も見てみたくて。それと成長も!」
「っ!」
「わぁ!!待って待って!!」
胸を揉もうとにぎにぎする束の手に、箒はぎりっと歯ぎしりをし腰を落とす。
箒が本当に斬りかかろうとしている眼に束は慌てて手を引っ込め、弁明する。
「真面目な情報収集だって!」
「そんな情報何に使うんですかっ!」
「箒ちゃんの、ISだよ」
この一言で箒の時が止まった。
「私もね、もうそろそろ渡してもいいかなって思ってて。それにもうすぐ誕生日だもんね」
「ちゃんと用意してあるよ、
「その名も『紅椿』」
「とまあ色々言ったけど、とりあえず元気そうで良かったよ、もう夜遅いから早く寝ちゃいな箒ちゃん!」
「それじゃあまた今度ね~、おやすみ!」
呆然とする箒をよそに束はどこか淋しそうな、大人びた顔つきでまくしたてる。そして箒の返事も聞かないで束が木の影に入ると、まるで夢でも見ていたかの如く消え去った。
「姉さん・・・」
「いやぁ、お騒がせしました、あっははは・・・」
「・・・」
織斑先生の視線が冷たい。沈黙も辛い。
早朝、保健室で保険の先生になんで治ったのか詰められたが結局束さんのことは言えず(言えるわけがない)、織斑先生立ち会いのもと精密検査もしてみたが一切問題がなかったため授業に出ていいことになった。
時刻は八時半すぎ、SHRの時間。廊下には人気がなく、各教室から賑やかな声が、厳格な声がと様々な声が響いている。
「氷鉋、お前、束にはあったか?」
「・・会いました」
「そうか、元気だったか?」
元気だったかと言われても、まくしたてられて会話してないんですけど
「恐らく?お礼を言う間もなく出て行っちゃいましたけれども」
「そうか」
聞きたいことは済んだのか、この場で織斑先生はそれ以上聞いてくることはなかった。
暫くの間沈黙が続き、教室の前についた。ところで、やたら騒がしいのなんなんだ。何があったんだ。
「やれやれ、静かにホームルームすらできないのかコイツらは」
そう呟くと織斑先生はガラッと扉を開け、動きが止まった。
教室にもいきなり静寂が訪れた。
なんだなんだとひょっこり顔を出すと-
-ラウラがシャルロットの顔を引き寄せ、唇を奪っていた。
ぷはっと音をたてながら唇を離すと今度は高らかに、「お、お前は私の嫁にする。決定事項だ。異論は認めん!」と宣言した。
「「「キャーー!!!」」」
「大胆すぎますわ!」
「ここでまさかのラウ×シャルですとおおお!」
「さすがボーデヴィッヒさん!」
「私達に出来ないことを平然とやってのけるッ」
「「そこにシビれる!あこがれるゥ!」」
外野のボルテージが最高潮に達する頃、当の本人のシャルロットは頬を赤く染めプルプルと震えていた。
ラウラが周りからの賞賛でドヤ顔を決めている最中、バクン!と鈍い音が鳴り響く。
クラスの皆が再び静寂に包まれ、音源となるシャルロットに視線が集まる。
シャルロットの左腕には《盾殺し》として名高いグレー・スケール
「ま、待てシャルロット!落ち着くんだ!」
流石のラウラもまずいと思ったのか、慌てて呼びかけISを展開するが時既に遅し
「ラウラのばかああああああ!!」
「ぐわああああああああああ!!」
綺麗に決まったパイルバンカーの一撃は、教室の扉を巻き込みながらラウラを吹き飛ばしていった。
この日一組の教室は幾度も悲鳴と爆音で揺れていた。