「なあ、何が書いてあるんだ?」
揺れるバスの中、隣に座る一夏は葵に声を掛ける。葵は視線を手元の雑誌のまま、これまで書いてあったニュースを簡単に伝える。
「オランダで開発されたIS用補助AIがハッキングされたり、カナダで二人乗りのISができたり…あとエジプトとアメリカ開発した第2世代IS2機が強奪されたとか」
「物騒なニュースが多くないか?」
「まあある意味いつも通りだよ。ああ、あとISを使うアイドルユニットを作るってさ」
「あ、ISでアイドルか…」
「織斑先生もIS界隈ではアイドルだからそんな感じだよ、たぶん」
「千冬姉がアイドルって…」
直後、反対側に座る千冬にギロリと睨まれ竦む一夏。
そんな一夏を他所に葵は変わらず読み進める。
「お、そろそろトンネル抜けるぜ」
「ふん」
話題を変えようと一夏が窓の外を見てこぼした言葉にバス内は一気に窓へと視線が集中する。
そしてバスがトンネルを抜けると、そこには碧く穏やかな海が広がっていた。
「わぁ!海だあ!」
「きれー!晴れてよかったぁ!」
「くぅー!やっぱ海見るとテンション上がるなぁ!」
きゃあきゃあと盛り上がるバス内、反対側にぽつぽつと建物が見えてきたところで千冬が立ち上がり指示を出す。
「そろそろ旅館に着く。全員ちゃんと席に座れ」
「「「はい!」」」
皆元気な返事と共にさっと指示に従う。
程なくしバスは目的地の旅館前に到着した。
◆
「なあ一夏、オレ達部屋無くね…?」
「…無いな、どこにも」
「どこで寝るんだ…廊下か?」
「ひんやりして涼しそうだな」
旅館に着いたオレ達は女将さんに挨拶をし、配られた部屋割りに従い各々の部屋に分かれる。だが、オレと一夏だけ部屋割りに名前が無かった。
「男子は教員の部屋で寝て貰う。ついてこい」
それだけ言うと織斑先生は踵を返しどんどんと旅館の奥へと向かっていった。慌ててオレ達も追いかける。
歴史を感じる美しい内装にキョロキョロとしていると織斑先生が話し出す。
「織斑は私と、氷鉋は山田先生とだ。最初はお前らだけで部屋に入れる予定だったが、そうなると絶対に就寝時間を無視した女子が現れる。だから教員と同じ部屋にするのまでは良かったのだが…」
歩きながら織斑先生はため息をつき、軽く頭を押さえる。頭痛?
「山田先生がどうも変な気を回して今回のような部屋割りになっている。勿論だが、我々は教員だ。変な気を起こすなよ?」
「「はい、織斑先生」」
変な気ってどんな気だよ、というツッコミはしない。色々だめな気がする。
でもこれなら確かに誰も来ないだろう。来たら来たらで勲章ものである。
「ここだ。氷鉋はその隣だ」
暫く歩き着いたのは端の部屋。そこが一夏と織斑先生の部屋で、その隣がオレと山田先生の部屋とのこと。更にその隣は別の先生の部屋なため遊びに来にくい。ものすごく警戒されてるな一夏…
「一応大浴場も使えるが一部の時間のみだ。深夜と早朝は部屋のを使え。それと今日一日は自由時間だ、荷物を置いたら好きにしろ。くれぐれも羽目を外しすぎるなよ」
「「わかりました」」
早速荷物を置くがてら部屋を調べる。二人部屋だというのに寮の部屋よりも広々としており、バス・トイレは別、浴槽は足がしっかり伸ばせるくらい大きい。広縁には開放的な大きな窓があり海がばっちり見渡せる。
…多分いらないだろうけど念のためやっておこう
部屋の真ん中に立ち黒夜のハイパーセンサーを展開、部屋全体をスキャンする。装飾や調度品、金庫等の金属反応は出るものの変な機械の反応はない。生体反応も出ていない。
「やはりただの考えすぎか」
入ったときから何かがいる気配がしたためやったが、何も出てこないならしょうが無い。思考を切り替え荷物を解体する。
「…あれ?水着…ない…?」
おかしい、昨日買った水着がない…。荷物を全部取り出しもう一度全て探し直しつつ昨日帰ってからの行動を思い出す。
「…机の上に置いてた。ハハハ…」
「葵!着替えに行こうぜ!…どうしたんだ?」
これはもうどうしようもない。諦めで変な笑い声しか出ない。小さめのリュックサックを背負った一夏もそんな様子に気がついたのか、何かあったのか聞いてきた。
「ワリィ、水着無いわ。オレの分まで海楽しんでくれ一夏…!」
「うおう…分かった、行ってくる!」
「気をつけてなー」
部屋の中から一夏を見送り、出した荷物を鞄に詰め直す。これからどうしたものかと考えている時、なんとなく部屋の隅が気になった。
…ハイパーセンサーには何も反応が無かった、何も無いはず ―そう言い聞かせつつも右目は熱を帯びていく。
バチッ!という音が一人きりのはずの空間に突如鳴り響き右目が弾かれる。
すると先程まで見ていた部屋の隅には、ラウラさんによく似た銀髪の女の子が体育座りで座っていた。
「ど、どちら様で…?」
「氷鉋くん、入りますよー?」
「ッ!!」
オレの質問と同時に山田先生が扉を開ける。突如女の子は、先程まで体育座りをしていたのが嘘のような、目で追うことができない速度で走りだし部屋から出て行った。その速度は山田先生の持っていた書類が何枚かが風で散らばる速度であった。
急いで部屋の外に出て姿を探すが、何処にもいない。
「え、えっと…今のは何ですか…?」
「さあ…座敷わらしか何かじゃないですかね…?」
何者か分からないし多分人間だけど、ISのハイパーセンサーに引っかからず逃走速度はただの人間に出せる速度ではなかった。
それだけで何なのか言い切れなかったオレは適当にボケてみる。
「ほへえ、ここの旅館には何度か来ているのですが初めて見ました~」
先生!?なんでそんな反応が緩いの!?
◆
わあわあとした声が聞こえる海沿いの道を一人歩く。目的地はコンビニ、買うものは何一つ決めてない。旅館に貼られていた地図とバス内からみた景色だけを頼りに歩いている。
要するに暇つぶし。
けれど知らない街や知らない道を歩くのは楽しいし好きだ。
そして何より、オレにとっては凄く久しぶりの独りきりの時間だ。
勿論一夏やセシリアさん達、そして本音さんと居る時間は楽しい。けどたまには独りになりたい時だってある。
車が一台も通らない見通しの良い道、穏やかな風、雲1つない快晴、気持ちの悪いほど青い空。
絶好の散歩日和だなと思いながら歩いていると、海とは反対側の雑木林の中から黒髪の女の子が一人、こちらを見ながら出てきた。
容姿はまるで、織斑先生。だが背丈はオレより小さい。そして何より、一切隠す気がない殺意。
「お前が氷鉋葵か?」
「違うよ」
間違いない、敵だ。
「そうか、では名を名乗れ」
「人に名前を尋ねる時は自分からってもんだぜ、お嬢さん」
「私は織斑マドカだ」
彼女の手が後ろに回る。取り出すものが何なのか、想像は容易い。
できれば刃物であって欲しいけれども…いや取り出さないで欲しいけれども―
そんなことを考えつつオレはいつでも黒夜を展開できるようにする。
「オレの名前は氷川竜斗。以後お見知りおきを」
「そうか、では死ね」
すっと差し出されるは予想通り、鈍く光るハンドガンの銃口。
昼間の空にパァン!と、乾いた銃声が鳴り響いた。
◆
銃口が向けられると分かった瞬間、横に跳び木の陰に身を隠す。
「ふん、そうこなくてはな」
(あっぶなー!危機一髪)
銃弾は葵には当たらなかったが、織斑マドカと名乗る女はどんどんと近づいてきてる。
IS以外の武器は無く、いつまでも隠れることはできない葵は反撃の機会を伺っていた。
パァン!パァン!パァン!と3発の銃声が響く。直後、カシャンという何かが外れるような音が鳴る。
(これは―リロードか!)
葵は木の陰から飛び出し、黒夜を展開しながら盾の縁で殴り飛ばす。
マドカは「ぐっ!?」という驚きの声と共に銃を落しながら後ろへと弾き飛ばされれた。
葵とて生身の女性を殴り飛ばすことに抵抗がないわけではないが、ここで隙を見せたら殺されることを理解している。
そして何より―
「それでいい、氷鉋葵。貴様のISを頂く―」
弾き飛ばされたマドカはISを展開し、何事も無かったかのような顔で葵を見つめていた。
茶色をベースとした機体で、両肩には小型の盾、手にはブルー・ティアーズのとそう変わらないサイズの大型のライフルが構えられている。
葵にとって見覚えのある機体、己の記憶を頼りに名前を引っ張り出す。
「そいつは確か…昔テレビで見たことある。エジプトの第2世代機の『グレート・ファラオ』だ…強奪されたのはこれか!」
「………」
マドカの返事は無言の射撃。その銃弾がビーム弾と知っている葵は左腕の盾でその攻撃を受け止めつつ、右手に剣を取り出しつつ接近する。
距離は黒夜の間合いになるほど肉薄し、葵は武装を減らすためライフルめがけて斬り掛かる。
その一撃をマドカは機体を反転させることで躱し、ライフルを体の影に隠す。そして次に現れるは、これまた先程のライフルより大型の両手剣。
大剣の下からの振り上げに、葵は咄嗟に盾から剣に切り替え2本クロスさせることで受け止めようとする。だがグレート・ファラオのパワーはすさまじく、黒夜はそのまま空高く打ち上げられた。
「なんつうパワーだちくしょう!」
ぼやきながら姿勢制御をし、再び斬り掛かろうとグレート・ファラオの姿を探すが見当たらない。
ハイパーセンサーに映る視界の一部が黒くなる。
「ぐっ!?いつの間に!」
太陽を背にマドカは大剣を振り下ろす。逆光となり見えなくなったグレート・ファラオ、何処まで避ければいいのか分からなくなった葵は再び剣をクロスさせ吹き飛ばされる。
地面が近づいてきた辺りでくるっと一回転、スラスターを噴射させ、足を滑らせながら道路へと着陸する。
(こいつ、今まで戦ってきた中でも1番強い…!とてもオレ一人じゃ…)
ふと、旅館に着いたときの織斑先生の「旅館に迷惑を掛けるな」という言葉を思い出す。海側からは楽しそうな声が聞こえる。
(ここで緊急コールなんざしようものなら旅館や皆に迷惑になるもんな…やってみせるさ、これくらい)
正面にスッとグレート・ファラオが降り立つ。近隣にはまばらとはいえ民家がある。ここでアリーナでの訓練ように銃撃戦をしたら被害が出ることは明らか。
そこで葵は乗ってくれる保証は一切無い、一か八かの賭けに出てみる。
「織斑マドカ、剣での戦いを申し込む」
「ほう、何を言い出すかと思いきや受ける意味の無い戯れ言を…」
「うぐっ」
当然の反応、ダメかと思ったそのとき、マドカは予想外の反応を示した。
「―面白い、その申し出受けて立とう」
「…!ありがとう、助かるぜ」
目を閉じ、スゥと息を吸いながら意識を一点へと集中させる。そのまま今度は息を深く吐き出し一点の向こう側へと更に意識を集中させる。そして目を開きながら普通の呼吸へと戻す。
今の葵はグレート・ファラオと自分との間にある
いらない情報を思考の隅へと追いやり、葵は2本の剣を構える。
それを見たマドカも両手剣を後ろへと構える。
「いざ尋常に…」
2機の足がぐっと硬い地面を踏み込む。
「「勝負!!」」
2人は弾かれた弾丸のように動き出した。
グレート・ファラオ、オリジナルISです
このお話以降の出番は考えてません