ざぁ……ざぁぁん……
どれほどの刻が経ったのだろうか、穏やかな波の音を聞きながら、俺は飽きもせず少女を眺めていた。
懐かしい気持ちにさせる少女の歌はいつの間にか終わっていた。
だがこの心地よさに俺は流木の上から動けずにいた。
「呼んでる…行かなきゃ」
「え?」
じぃっと蒼天を見つめる少女は突然ぽつりと呟いた。
不思議に思った俺は立ち上がり、少女に近づく。
きらきらと光る水面が揺れ、水光が目に刺さる。
眩しさに目を細めると、もうそこに少女の姿はなかった。
(あれ?)
きょろきょろと左右を見渡すが、もう人影は見当たらない。歌も聞こえない。
あるのはざあざあと響く波音だけだった。
「どこに行ったんだ…?」
身体を反転させ後ろも探すが、遠くの水平線まで何もない。さっきまで座っていたはずの流木さえも。
「うーん………?」
「――力を求めますか?」
まるで夢でも見ていたかのような突然の事態に困惑していると、何者からか声を掛けられた。
「え……」
急いで振り向くと、水面の上に一人の女性が立っていた。
その姿は、白く輝く甲冑を纏った騎士のような格好だった。
先程まで蒼穹は何処へやら、辺りはいつの間にか夕暮れ時の茜色の空に染まっていた。
自らの前に突き立てられた大剣に両手を預け、夕陽を背に俺をみていた。
その顔は目までを覆うバイザーと逆光に隠され見ることができない。
「汝、力を求めますか?」
「…ああ」
「何のために?」
俺と女性の間にびゅうと強い風が通り抜け、女性の光が透けるような白髪が風でさらさらと揺れる。
「……そうだな。友達を…いや、仲間を守るためかな」
「仲間?」
「ああ、仲間だ。なんていうかさ、世の中って色々戦わなきゃいけないだろ?道理の無い暴力なんて結構多いぜ。俺も物心がつくまえに両親が蒸発しているし、千冬姉の晴れ舞台に誘拐されたし。でもシャルはもっと辛い目に遭っているし、他の仲間達もそんな思いをしてきたかもしれない。だから俺は……」
俺は自分の中でいまいち纏まっていないことなのに、こみ上がる思いに突き動かされ、喋っていた。
「俺は、そういうのから仲間を助けたいと思う。もう二度とそんな思いをさせないために」
「そう……」
女性は静かに答え、頷いた。
「だったら、行かなきゃね」
「え?」
横から聞き覚えがある声をかけられる。
振り向くと、白いワンピースの少女が無意識に握りしめてた左手を取りながらにこりと微笑んだ。
「ね?いいでしょ?」
「そうですね……今はそれでいいでしょう」
少女が嬉々として女性にねだると、少し考えたのちに受け入れた。
「我々が選び、汝が選べば、契約は成立します」
「求めるなら、私たちの名前を呼んで」
「君たちの…名前?」
「そう、名前」
「既に知っているはずです。焔で刻まれた、その名前を」
すると突然変化が訪れた。
空が、世界が、右腕のガントレットが、眩いほどに輝きを放ち始める。
その真っ白な光に包まれながら俺は、彼女たちの正体に気がついた。
(そうだ…俺は知っている……。彼女たちの名を、懐かしさすら覚えるあの名前を!)
「来い――」
俺はここではなく別の場所で再び立ち上がるため、右手を天に突き出し、彼女たちの名前を呼ぶ。
「白のIS、白式・
目の前の光景が徐々に遠くぼやけていき、体の奥底から湧き上がる力が全身を包み込む。
(今度こそ守ってみせる。二度と箒にあんな顔させない為にも!)
決意の火花と共に俺の意識は遠のいた。
◆
「私の仲間を…よくも!!」
金色の光を纏い、ビームの斬撃と刺突と共に急接近する赤い機影が道を阻む。それは墜としたはずの紅椿だった。
急加速によって接近した箒は折れた刀で斬りかかり、続けざまに斬撃を放つ。
エネルギーの消費を抑える為展開装甲を局所的に用いて攻撃を回避し、不安定な体勢から斬撃をブーストによって加速させる。
「仲間から託されたこの力で貴様を倒す!!」
互いに回避と攻撃を繰り返す激しい攻防戦。徐々に出力を上げていく紅椿に、段々福音が押され始める。
福音が横薙ぎに放つエネルギーサーベルが触れる寸前に、紅椿はぐるんと一回転する。その瞬間、つま先の展開装甲がエネルギー刃を発生させ、かかと落としのような格好で振り下ろす。
(いける!今度こそっ――)
キュゥゥゥゥン………
「なっ、エネルギー切れ!?――ぐあっ!」
だが刃は当たる直前に消え、空を切る。
その隙を逃さず、勢い余って突き出された箒の頭を福音の右腕が掴み、上空から加速して岩礁に叩きつける。
「がっ、うっ……!」
衝撃で苦しげな声が漏れる箒の頭を福音の手は掴んで離さず、エネルギーの翼を広げる。身動きが取れず、回避不能な至近距離で光の翼がぼんやりと輝きを増す。
(ここまでか……。啖呵を切ってきたのに、情けない……)
手から折れた雨月と空裂がするりと落ち、頬に一粒の涙が伝う。箒の頭の中にはただ一つのことだけが浮かんでいた。
(会いたい…)
(会いたい、一夏に……)
(一目でいいから、一夏に…会いたい……)
「いち、か……」
知らず知らずのうちに箒の口からは一夏の名前を呼んでいた。無意識に漏れ出た声にひどく警戒した福音は紅椿を再度岩礁に叩きつけて距離を取ると、安全な位置から確実に叩き潰そうと翼を広げ、振りかざす。
「っ!!」
指一本すら満足に動かせない箒は覚悟を決め、瞼をぎゅっと閉じる。
(……?なんだ…?)
だがいつまで経っても衝撃は来ず、何故かISで飛んでいる時の浮遊感に包まれてたことを疑問に思った箒は恐る恐る目を開ける。
「あ……あ、ああっ……」
箒の視線の先には白く輝きを放つ機体がある。次第に幻でも見ているのかと不安に襲われる箒に、さっきからずっと渇望していた声が響く。
「大丈夫か、箒。間に合って良かった」
目尻に涙がじわりと浮かぶ。潤んだ視界に見えるのは、新たな姿となった白式を纏う一夏だった。
◆
「い、一夏っ、一夏なのだな!?体は、傷は!」
慌てて声を詰まらせる箒を腕に抱えたまま、俺は福音の攻撃を避けながら答える。
「ああ、大丈夫だ。戦える」
「よかっ……良かった…本当に……あのまま目を覚まさないかと……」
「なんだよ、泣いてるのか?」
「な、泣いてなどいないっ!」
目元をぐしぐしと拭う箒の頭を優しく撫でる。いつもなら逆上し文句を垂れてくるが、そんな様子がないあたりよっぽど心配をかけたのだろう。
「心配かけたな。――っ!箒、しっかり捕まっていろよ!」
「な、何?」
今の白式の飛行速度は最高速度、それも以前の1.5倍速くなっている。それでも追いかけてくる福音のロックオンは外れず、じわじわと光弾が後に迫り来る。尚も降り注ぐ光弾、白式が回避不能の警告を出すのを尻目に俺は更なる急加速のためペダルを更に強く踏む。
胸アーマーの鎖骨の辺りに埋め込まれた左右の青い宝石が光り出すと、モニターに新しく追加されたほぼ満タンのゲージが大きく減少する。
その瞬間、腕の中の箒は戸惑った顔のまま動かなくなり、背中に当たるはずだった光弾は宙で停止する。
今のうちに減速せずに大きく距離を取ると、体感で2秒後、光弾は海に落ちて大きな水柱を作り出した。
何が起こったのか分かっていない箒はキョロキョロと俺の顔と周辺を見回していた。
「い、今のはなんだ?一瞬で移動したように見えたが…」
「白式の新しい機能だ、たぶん」
「い、一夏!貴様という奴はなんでそんな曖昧な…!」
「でもこれのお陰で危機一髪間に合ったんだぜ」
「むぅ…それは感謝しているが……」
今のところ分かっているのは飛んでるだけで溜まる謎のゲージを消費することで、
「一夏、後ろに取り付かれたぞ!」
「くっ、雪羅!シールドモードに切替!」
体を反転させて左腕の複合武装《雪羅》を福音に向けると、エネルギーシールドが薄く展開される。構わず放たれる福音の光弾がエネルギーシールドに触れると、光弾は跡形もなく消滅した。
「これはまさか、零落白夜の盾か!?」
そう、この盾はSEを消費してエネルギー兵装の攻撃を完全に無効化する、零落白夜と同じ特性の盾だ。カタログスペック上実弾兵装を持っていない福音にとってはメタ装備とも言える。
(けれど、箒をどこか安全なところに置かないと攻撃できねえ!)
今箒と別れると福音は俺を無視してリミット・ダウン寸前の箒を落としにかかる可能性がある。せめてもっと距離を取るため、左腕を少し下げて手のひらを福音の足下に向ける。
荷電粒子砲の引き金を引くと同時にペダルを強く踏み、再び急加速をする。
数秒後、水柱が福音の前に立ち塞がり、福音の動きが止まる。
「よしっ!今のうちに!―――っ!?福音が増えた!?」
「またファントムか!一夏、本物は1体だけだ。残りは小さい戦闘機みたいな奴だが素早い、気をつけろ!」
「おう、わかった!」
後ろを見ると、福音が5体にふえている。あの中の4体が箒の言うファントムといういうものなのだろう。
箒の警告に勢いよく返事をしたが、どれが本物なのかの区別がつかないからどう気をつければいいのかが分からない。
とりあえず弾を回避しながら飛ぶが、今までと違い後ろからだけじゃなく横からの攻撃が増えたことで、少しずつ被弾が増えている。
(こうなったらいっそ、イチかバチかで攻撃するしか――)
『一夏さん、針路そのままですわ』
「えっ――」
じわじわと減るエネルギー残量から焦燥感に駆られていると、プライベートチャンネルから聞き覚えのある上品な声が届く。直後、三本の蒼い光が頭上を突き抜け、俺からみて左上に居た福音を撃墜した。
続けて4発の砲弾が俺の周囲に落ち、福音の足を止めた。この蒼い光は―――
「一夏さん、お怪我は?」
「セシリア!…大丈夫だ、俺も白式も完全回復だぜ」
「それは良かったですわ。箒さんもギリギリの様子ですが、御無事で何よりですわ」
「ああ、問題無い。心配かけたな」
「そうでしょうか?その割には”お姫様抱っこ”をすんなりと受け入れている様子ですが?」
「へぁ!?あ、いや!これはその!い、一夏!私はもう大丈夫だから降ろしてくれ!」
「ちょ、離すから暴れるなって!」
顔が紅椿のように真っ赤に染まり暴れる箒を離すと同時に、俺達の間に1発の銃弾が通り抜ける。
射撃方向はセシリアが来た方角。恐る恐る振り返ると遠くにシャルが鈴、葵、ラウラと一緒にこっちに向かって飛びながらスナイパーライフルを構えていた。
『一夏、まだ戦闘中だからね?』
「お、おう」
シャルにプライベート・チャンネルで釘を刺されてしまった。確かにシャルの言う通りなんだけど、何も撃つことはなくないか!?
◆
「もういいのか、一夏?」
「ああ、大丈夫だ、葵。それで作戦は?」
「…まだできてない、もう少し時間と情報が欲しい」
「わかった。ひとまず時間稼ぎからか!」
そう言うと一夏は掌を拳で叩き、右手振り下ろす動作と同時に雪片弐型を取り出して眼前に構える。
「まずはあのファントムを落としたいところだけど、福音は一夏に夢中なのよね?」
「ああ、今のところな」
「なら一夏さんは福音に集中してください」
「周りは僕たちで片付けるよ。いいよね、葵」
「もちろん。一人一機ずつやろう。ラウラは紅椿の充電をしながら援護射撃を」
「了解した」
ぴくりとも動かずじっと一夏達を見つめる福音に各々武器を構えてタイミングを窺う。
白式の反応を検知したことで急遽合流した皆のSE残量は約3割と心許ないが、逃げるわけにはいかないと虚勢を張っている。
(一夏が駆けつけてくれた、そのことがとてつもなくうれしい……!)
一触即発の睨みあい、空が暁に染まる中、箒は一人思いに耽ていた。
(一夏に抱えられた時に感じた温もり…あれは紛れもなく夢じゃなかった……。私は…一夏と共に戦いたい、今度こそあの背中を守り、隣に立ちたい!!)
箒の強い願いにこたえるように紅椿の展開装甲が開き、黄金の粒子があふれ出す。粒子が装甲に溶け全身が黄金に染まると、風前の灯火同然だったSEは一瞬にして満タンになり、折れた雨月と空裂が再生、目の前には『絢爛舞踏』の文字が表示されていた。
「こ、これは……!?」
「どうしたんだ箒!?」
「分からない……けど、今必要な力だということは分かる!受け取れ皆!!」
その声と共にエネルギーの濁流が隣にいたラウラに流れ込む。さらに余剰エネルギーがその隣にいた葵、シャルロット、セシリア、鈴、そして一夏へと伝播し一同のSEを完全回復させる。
「な、なにこれ……」
「エネルギーが一瞬で……」
「でもこれなら…!」
「残量を気にせず戦える!」
驚きの声が口々に漏れるなか葵からの目配せに気がついた一夏は咳払いを1つ、そして真っ直見つめた。
「――IS学園1年専用機持ち一同、全力で目標を撃破する!太陽が完全に昇るまでには終わらせるぞ!」
「「「「「「おおっ!」」」」」」
今回OneNoteを使って書いてみました
自宅PCと持ち歩きのPCで書けるのは便利ですが、スマホで書くには画面が小さくスライドもしづらかったです
何よりハーメルンに投稿するときに余計な空白が大量に発生し、修正がめんどくさかったです
今まで通りメモ帳に書いていこうと思うのですが、ほかの方は何を使っているのか少し気になります