052 突然の招待状
氷鉋葵の朝は早い。まだ日が昇らぬ朝の5時に起床し、冷たいシャワーで寝汗を流すとISスーツに着替えて外に出る。島の端に着くと軽く準備運動をしたのち黒夜を展開、PICを切るとガションガションと音を鳴らしながら島の周りを走りだす。スタート地点に戻ると今度はPICを付けるが、制御方向を反転し負荷を強くして再び走りだす。
次に直剣を取り出し、PICを反転させたまま左・右・両手でそれぞれ100回素振りを行う。これが終わるとISを解除し、再び島の周りを全力で走り出す。肩で息をしながら戻ってくると膝に手をつきながら1度だけ大きく深呼吸、再度全力で走り出す。2周走り終えたところで寮に戻り再びシャワーを浴びで支度を始める。
この2週間葵はこの行動を毎朝続けているが、これは臨海学校から戻った翌日から始めた日課である。
◆
7月中旬、臨海学校から戻って1週間でIS学園は通常授業が終わり、2週間の補習期間に突入した。この期間は上旬に行った試験の成績が悪かった生徒だけ集めて補習授業を行う。それ以外の生徒は9月から始まる2学期まで夏休みだ。また夏休み期間でも寮や食堂は勿論、アリーナや整備室の利用も通常通り可能なため学園に残る生徒もいる。
夏休みに入ると箒さんは一夏に「武者修行に行ってくる」と言うと初日から連絡が取れなくなり(コア・ネットワークも不可)、セシリアさんは「代表候補生と頭首としての仕事がありますので」と早々に帰り、鈴さんも「同じく候補生の仕事があるのよね」とセシリアさんが帰った次の日に帰っていった。
一方、同じく候補生のシャルロットさんは「今の僕の帰る場所はここだからね」というなかなか重い言葉を口にしており、ラウラさんは「部下達と共にコミケという戦場に赴く。それまでは帰ることはできない」とのこと。今年の夏コミに本物のドイツ軍人が出現したら、恐らくシュヴァルツェ・ハーゼの面々かもしれない。
一夏は筆記のIS科目全般と数学、物理でケアレスミスが多発し補習。山田先生曰くどれもあと数点で合格だったらしいが織斑先生が全て補習にさせたそうだ。そしてオレは、マークシートが割と序盤から1つずれたという大惨事を起こして数学の補習を受けている。
本音ちゃんは学園に戻ってから姿を見ていない。戻ったその日のうちに「実家から呼び出された~」と言って帰っていった。簪さんや虚さんも同じタイミングで学園から姿を消したため詳細を知ることができない。ついでに簪さんのIS用のミサイルコンテナの使用データも渡せないから少々困っていたりする。
(あの夜、もしオレが過去と折り合いをつけていたらこんなに悩まなかったのかな……)
補習が退屈となり、なんとなく窓の外の空を見る。とても高く、青い空。あの空を思い切り飛べば胸に突っかかるこのモヤモヤを吹き飛ばせるだろうか。
(そういえば昨日修理が終わったと連絡あったなぁ。今日発送するとしたら届くのは明日か明後日かな……)
上の空で過ごしていると補習はいつの間にか終了の時刻を迎えていた。
◇
ピンポンパンポーン♪
『1年生の織斑一夏君、氷鉋葵君、シャルロット・デュノアさん。至急、進路相談室まで来てください』
ピンポンパーンポーン♪
補習が終わり昼休みに入るや否や、放送で山田先生から呼び出された。なんで。それも一夏とシャルロットさんも一緒に。なんで?心当たりが全くないのだが?
今日の補習はオレも一夏も午前だけで終わり午後からは自由なため一夏と模擬戦をする予定だったのに……と思いつつ階段を上り第一進路相談室へ。教室の前に着くと既に一夏とシャルルさん、あとなぜかラウラさんも一緒にいた。
「……何してるの?」
「お、葵。……入る前に心の準備をしているんだ。呼び出されるようなこと、何もした覚えがないからさ」
「何もしていないから呼び出したんだ、馬鹿者」
「いてっ!」
いつの間にか一夏の後ろに織斑先生が現れ、手持ちの資料?で一夏の頭を軽く叩いた。山田先生も困ったような顔をしながら「あはは……」と笑っている。どういうことだろう?
「ボーデヴィッヒ、お前は呼んでいないがどうしてここにいる?」
「あ、いえ、私は教室の前までシャルロットの付き添いで……」
「まあいい、お前も中に入れ。お前がいる方が都合がいい」
「は、はい!」
中に入ると左右の本棚に赤本と分厚いバインダーが収められた窓のない白い部屋、中央には机を挟むように4つの椅子が置かれていた。織斑先生が壁に立てかけていたパイプ椅子を一夏とオレに渡してきたのでそれに座ることにする。
山田先生が反対側の椅子に座り持ってきた資料を机に広げると、くるりと半回転させてこちらに向ける。なんだろうと思い見てみると銃のカタログだった。……なんで?
「さて織斑君と氷鉋君の呼び出した理由なのですが、二人はまだ2学期の授業で使う銃の申請をしていませんよね。ご自身で所有されている銃でも構わないのですが普通の日本人は持っていないと思い、このカタログの中ならすぐにでも学園から支給できるので選んでください。デュノアさんとボーデヴィッヒさんも選ぶ基準などのアドバイスがあれば教えてあげてください」
あー、そういえばすっかり忘れてた。このIS学園、週に1時間だけだが人間用の実銃を取り扱う授業がある。といっても1学期は銃の取り扱いについてや構造理解、分解・組み立ての練習だったりで撃つことはなかったが、2学期からは実際に撃つからリストから選んで申請書を提出してくださいって前回言われてた。完全にすっかり忘れてた。……ちなみにこの授業の担当先生は山田先生だったりする。
「2人のISと戦い方は近接戦闘主体なので必要ないのかもしれませんが、これも授業の一環なので選んでください。銃もISも自分用のと貸出用では使いやすさが違いますからね」
「そうなのか?シャル」
「うん、銃って同じものでも意外と癖があるからね。刀とか竹刀だってそうでしょ?」
「ああ、確かにそうだな」
一夏の質問にシャルロットさんが答えてくれたが大変わかりやすい。確かに自分のものが持てるならあったほうがいい。
「私のおすすめは我がドイツ軍でも採用しているP8だな。なんといっても――」
「僕はG17がいいと思うな。一夏、僕とお揃いにしよう?」
「待てシャルロット、前から常々思っていたがお前は私の嫁という自覚が――」
「僕はラウラのお嫁さんじゃないよ!」
「なっ…!」
「ふ、二人ともその辺で……あの、箒はどれを選んだんですか?」
「篠ノ之さんはですねぇ……ベレッタM92Fですね。こだわりがなければこれがいいと思いますよ」
「じゃあオレはそれでお願いします」
「俺もそれにします」
「大体私の初めてを奪って置いて――え」
「僕だってあれがファーストキスだったのに――え、一夏?」
「遅かったようだな、小娘共」
織斑先生がふっと笑うが、ラウラさんとシャルロットさんはええ~……と微妙な反応をしていた。二人のおすすめを断る形になったから申し訳なく思っていると、山田先生が立ち上がり教室の外へ。
「それでは織斑先生、あとはお願いします」
「ああ、わかった」
織斑先生に軽く頭を下げると扉がビュンと閉まる。……織斑先生と生徒4人、集められた生徒の共通点は専用機持ちのみ。一体何が始まるんだ……?
「デュノア、真ん中に来い。織斑はその隣だ」
「は、はい……」
「わかりました」
いそいそと席を移動すると織斑先生が1枚の紙を机の上に置いた。なんだろうと気になっていると一夏とシャルロットさんの息を呑む声が聞こえた。
「う、嘘……!」
「ちふ、織斑先生!これって!」
「……見ての通り、デュノアの退学届だ。先日デュノア社から国際便で学園に届いた書類だ」
「な、なんだと!?」
ラウラさんも立ち上がり驚いているのでオレも体を傾け見てみる。退学届を初めて見たが、必要事項は全て埋まっているようであとは織斑先生のサインと学園の判子だけで受理されるようだ。
「お、織斑先生!こんな書類、僕書いていません!」
「だろうな。だが既にお前と保護者のサインが書かれているが、入学書類と照らし合わると筆跡もお前のものと一致する。これに私が署名をして提出するとお前は退学になる」
「そ、そんな……」
「しっかりしろシャル!織斑先生、どうにかならないんですか!?」
「落ち着け馬鹿者。どうにかするためにこの場にいるのだろう?」
「あ……」
思うところが何もなければそもそも呼び出しすらせず提出するだけだ。ということは織斑先生も何かおかしいと思っていることだろう。
「デュノア、確認するが退学の意思はないのだな?」
「は、はい!退学するつもりはありません!……でも会社に申請しても装備の補給が来なかったのってもしかして――」
「IS学園はその立場上、いかなる国家や組織の干渉を許さない。よってこの書類はお前の意思に基づき受理しない」
「あ、ありがとうございます!」
ひとまずシャルロットさんの退学問題は回避したみたいだ。けどデュノア社との問題を解決しないと今後の生活に支障をきたすだろう。まずシャルロットさんのISは実弾主体の武器がメインだ。この間の福音戦で銃弾はほとんど使い切ったのに補給が来ないため、ISバトルも満足に行えない。このままだと大会記録の関係などで代表候補生としての活動にも影響が出るかもしれない。
「さてここからが本題だ。お前ら、フランス旅行に興味ないか?」
「「「「はい……?」」」」
いきなりの展開で意味が分からずみんなして変な声がでてしまった。ど、どういうことなんだ……?なんでいきなりフランス旅行……?
「まあ聞け。今回本人の意向を無視しての退学届が送られたが今後も同じことが起こるかもしれない。それに他にも問題はあるそうだな、デュノア」
「……はい」
「その問題も解決するために、私とデュノアと
「「「「なっ!?」」」」
か、家庭訪問とか久々に聞いたぞ……!?予想外の手段で驚いたが、現状の打開には確かに有効打かもしれない。
「だが問題がもう一つあってだな……公式な発表はないが現在デュノア社の社長、アルベール・デュノア氏が先月から消息不明とのことだ。そして入学書類とこの退学届の保護者名はアルベール氏となっている。このままだと三者面談を行うことができない」
「どうして……」
「くっ……!」
シャルロットさんの捻りだしたような声で出た疑問符。一方一夏は怖い顔しながら唇の端を強く噛み、手は強く握りすぎて白くなっている。
「さあな、理由はわからん。それともう一つ、とある筋からアルベール氏はデュノア社の本社ビルの地下に監禁されている可能性があると情報があった」
「「え!?」」
「織斑先生、私達を連れていく理由というのはもしや!」
「ああ、そのまさかだ。織斑、氷鉋、ボーデヴィッヒにはアルベール氏の救助をしてもらいたい。だが氷鉋とボーデヴィッヒには強制するつもりはないが、どうする?」
「勿論行きます!嫁のピンチに手を貸さない夫がどこにいるというのですか!」
「ふふ、そうか。氷鉋、お前はどうする?」
「……行きます。ここまで聞かされて、クラスメイトとして行かない訳がありません。というか一夏には聞かなくていいのですか?」
「こいつは聞かなくてもついてくるだろう。それに織斑にはこの事態を招いた一端として責任を取ってもらわないとな」
「せ、責任……?」
「どうせお前のことだ、『学園にいれば3年間は問題ない』とでもデュノアに言っただろ」
「うっ……はい、言いました……」
言ったんだ……
「確かに間違ってはいないが、それがデュノアにどのような影響を与えるか考慮したか?このような事態を引き起こすこと考えたか?」
「考えが足りませんでした……」
「そして軽率なお前のことだ、デュノアに『俺がお前を守る!』とか言っただろ」
「な、なんでそれを織斑先生が……あっ」
「………デュノア、言ったのか」
シャルロットさんの無言の頷きに織斑先生はハァ~、と深いため息をついた。先ほどまで怒りで震えていた一夏も、これには恥ずかしいのか耳を赤くしながら下を向いて震えている。
「そういうわけだ。織斑、いいな?」
「は、はい!」
「出発時期だが、織斑と氷鉋の補習は明日の午前中までだったな。なら出発は明日の昼にする。荷物をまとめ、13時に正面ゲート前に集合しろ。いいな?」
ちらりと時計を確認すると12時51分。約24時間後……非常事態とはいえ急すぎる。
「あの、流石に急すぎませんか?」
「実際に訪問するのは1週間後だ。デュノア社では恐らく、これまで以上の戦闘が起こる。そのためお前たち4人には事前に訓練を付けることにした。話は以上だ。さっさと部屋に戻り荷物の用意をしろ」
「「「「は、はい!」」」」
そうしてオレ達はまくし立てるように進路相談室を追い出された。……シャルロットさんのという意味なら、進路相談ってのも間違っていなかったな。
次の日に予定があるときほど捗るんだよね……(3:29)