バカ正直な少年と空に憧れる少年   作:針金はやて

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054 準備運動

「ようこそ。私の移動ラボ、『吾輩は猫である(名前はまだ無い)』へ」

 

 先頭を進む葵は後ろから押されるままに暗闇の中を歩いていた。ラボというには足元どころか手元すら見えないほどに真っ暗、方向感覚を失いそうになりながら葵は(本当にいつもこんなところで束博士は研究しているのか?)と不思議に思っていた。

 

「はいストープ。くーちゃん、もういいよー」

「はい、束様」

 

 後ろから聞こえる束の一言で突如、これまでの暗闇が嘘のように晴れ、4人は天井からの眩い光に目を細めた。

 周囲を見渡してみるとまるで鋼鉄の体育館に来たかのような、縦にも横にも奥にも広い空間、そして葵達の目の前には白と青のふわふわとしたドレスを着た、ラウラによく似た人が目を閉じ、静かに立っていた。

 

「皆様、お待ちしておりました。私は束様の――」

「娘のくーちゃん!」

「「娘!?」」」

 

 娘という言葉に後ろにいた一夏と織斑先生が裏返った声で反応し束博士に詰め寄る。二人の顔は「あり得ない!」言いたげな、疑いの顔で歪んでいた。

 

「おい束、一体いつ産んだ!?」

「あ、相手は誰なんですか!?」

「そ、そんなに驚かなくてもいいんじゃないかな、ちーちゃん?いっくん?」

「いやいやいや、驚くに決まっているじゃないですか!?箒はこのこと知っているんですか!?」

「お前が私達と家族以外の人間と話をするまで、一体何度その無駄に硬い頭を殴ったことやら」

「あの……盛り上がっているところすみません、私は束様の実子ではございません。養子です」

「「えっ」」

 

 その言葉に二人はピタリと静止し、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。だがクーちゃんと呼ばれた彼女は気にせず言葉をつづけた。

 

「今から1か月程前、内臓欠陥によりカプセルの中でしか生きることができなかった私を束様は拾い上げ、外の世界で動けるようにして頂きました。それが例え束様の気まぐれだとしても私の恩人であり、忠誠を誓う人に変わりはありません」

「もー、堅い、堅いよー。くーちゃんは束さんのことをママって呼んでいいんだよ?」

「いえ、そういうわけには」

「えー?ママって呼んでくれないのー?」

「ですから束様……」

「呼んでよー!うわーん!」

 

 

 ◆

 

 

 あてがわれた部屋に荷物を置き、オレ達4人はISスーツに着替えて再び先ほどの空間に戻り横一列に整列していた。改めて見回すが辺りには実践訓練に使うようなものが見当たらない。

 

「さてこれより戦闘訓練を始める。だがその前に準備運動だ、全員ISを展開しろ」

 

 その声と共に授業の時に着ているいつものジャージ姿の織斑先生がオレ達の前に現れた。……IS用のブレードを携えながら。え、そのブレードって素手で持てるものなの?

 常識を疑う疑問を飲み込み、言われた通りにオレ達はISを展開、武器を呼び出して構える。……いやまさか、いくら織斑先生といえども生身の状態でやるわけじゃないよな?

 

「遠慮はいらんぞ、こちらも遠慮なしにいかせてもらう」

「えっ!?ぐっ!!」

 

 いつもと変わらぬ声音でそう宣言した次の瞬間、目の前にいたはずの織斑先生はシャルロットさんに肉薄していた。シャルロットさんは咄嗟に左手の盾を突き出していたが、ブレードを宙に手放した織斑先生が盾を両手で数発殴り吹き飛ばす。

……生身、だよな?

 

「はぁあああああ、てぁ!」

「のあっ!!」

 

 ラファールがガリガリと音を立てながら着地した直後、まだ自由落下中のブレードを掴んだ織斑先生が再び肉薄。その勢いで蹴りを叩き込みシャルロットさんを激しい音と共に壁に叩きつけた。

 黒夜のハイパーセンサーで辛うじて追うことができる速度で蹴る殴るをしてるんだけど先生……

 

「シャル!」

「教官!お手合わせ願います!」

「うむ、来い」

 

 生身の相手に攻撃するのは躊躇するが、肉弾戦でISごと吹き飛ばされた姿を見ると相手が人間かどうか疑わしい。攻めあぐねていると、横からラウラさんがプラズマ手刀を展開しながら駆け抜けていく。

 うおおおおおお!と勢いよく突っ込み振るうラウラさんの手刀を、織斑先生は右手に持つブレードでいなしていく。そしてラウラさんが一歩深く踏み込んだところを先生が左手でクルリと浮かせ、掴み、投げ飛ばした。

 片手でIS用ブレードを扱い、片手でISを投げ飛ばすって本当に人間なのかなこの人……

 

「猪突に任せるな!」

「くっ!ならば!」

 

 直ちに錐もみ状態から復活したラウラさんが6本のワイヤーブレードを飛ばし、レールカノンを装填。織斑先生めがけて次々に襲い掛かるブレードを先生は必要最低限の動きで回避、レールカノンの照準が定まる前に一本のワイヤーを左手で掴むと、勢いよくラウラさんを壁に叩きつけた。

 

「ぐぁっ!」

「ラウラさん!」

「昔言っただろうボーデヴィッヒ!数をばら撒いても積み重ねなければ意味がないと!」

「はぁあああああ!」

 

 今度は隣にいた一夏が瞬時加速と零落白夜で先生に斬りかかる。今の白式の瞬時加速は攻撃位置の推測ができても目視で捉えるのは困難、更に零落白夜で間合いが変化するため見切るのは不可能だ。

だがこの一夏の本気の一撃に、先生は雪片弐型の実剣部分とブレードをぶつけて微動だにせず受け止めた。いや、それどころかジワジワと白式を力で押している。

 

「くっ、流石、千冬姉!」

「そんなものか?お前の力は!」

「まだまだァ!!」

 

 そう吼えると一夏は大きく後ろに距離を取り、再び先生に向かって急加速。再度斬り結ぶ瞬間、白式の姿が消えた。これは前に一夏が言っていた時間停止、超越駆動(オーバードライブ)

目の前から一夏の姿が消えたことに驚いたのか目を見開く先生、その後ろに現れ、迷い無く斬りかかる一夏。

 

「甘いッ!」

「なっ!?」

「嘘だろっ!?」

「ふんッ!」

 

 その一言と共に先生は一夏の刃を、一夏に背を向けたまま左の人差し指と中指で挟み、止めた。

 更に先生はその姿勢から、宙で止まった白式をオレに向かって投げ飛ばしてきた。剛速球で飛んできた白式とぶつかった衝撃で壁に激突したが黒夜はまだ動く。しかしこの化け物じみた人(織斑先生)相手に立ち向かう気が起きなかったオレはそのまま戦闘不能となった。

 

 

 

 

「いつまで寝ているつもりだお前ら、ISを解除し早く立て」

「いっくん、白式貸して~」

「わ、分かりました。……いてて」

「一夏、大丈夫?」

「ああ、なんとか」

 

 言われるがまま黒夜を解除し、立ち上がる。ちらりと織斑先生を見るが、息が乱れるどころか汗一つかいていない。今更なのかもしれないが、世界最強(ブリュンヒルデ)の名は伊達じゃないことを痛感する。

 

「シャルの方こそ大丈夫か?シールド越しとはいえ、千冬姉に結構殴られていただろ?」

「うん………いや待って、ISなしでISを殴るっておかしくない!?」

「いやでも、千冬姉だし」

「教官だからな」

「そういうものなんだね」

「いやそこ納得するとこじゃないだろ」

「いつまで無駄話をしている!……束、例の奴を」

「うい☆」

 

 束さんが指をパチンッと弾くと、頭上から1機のISがオレ達の目の間に降り立った。その外見は全身装甲のフル・スキンタイプ、すらりとした足と比べて大型の腕を持ち、紺色の装甲に身を包むその姿は以前クラス対抗戦の時に現れた黒い無人機に似た雰囲気を纏っていた。ちらりと一夏を見るも、似たようなことを感じたのか困惑した表情をしている。

 

「篠ノ之博士、これは一体?」

「今時珍しい、全身装甲のISとは……」

「千冬姉、こいつは!」

「ああ、五月に現れたあの無人機の発展機だ。そしてお前達には――」

「「うわっ!!」」

「「っ!!」」

 

 織斑先生の話を遮るようにこの無人機が突如としてブンッと右腕を振り上げた。皆咄嗟に左右に分かれて避けたが、今のは当たれば只では済まない重量を感じる音をしていた。一体これから何をするんだ!?

 

「おい、束」

「至近距離かつ予告なしの動きを避けられるなら問題無いね。束さんとしてもこのラボを血で染めたくないし」

「……お前達にはこれからISを使わずにあの無人機と戦ってもらう。だが訓練だからといって油断するな、アレには加減というものが入っていないようだ」

「あの……あれってISなんですか?」

「良い質問だね、金髪!あれは束さんが開発した無人稼働ISの試作2号機!名前は仮称・ゴーレムⅡ、詳しい性能はまあ……実際に戦えば分かるよ」

「戦えば……か」

 

 今の説明にシャルロットさんが引き攣った顔をし、ラウラさんは顎に手を当てて何かを考え始めた。無人機はまだ各国が研究途中、オレと一夏(と鈴さん)は交戦経験があるが二人は存在自体に驚くのも無理はない。

 

「不安か、ボーデヴィッヒ」

「……はい。無人機といえどIS、既存兵器上回ることに変わりないかと。そんな物を相手に対等のISを使わずに戦うのは無謀では……」

「ISを使わずにISと渡り合うことは可能だと、先程見せたはずだが?」

「っ!失礼しました!」

「敬礼はいらん、抜かるなよ」

「はい!」

 

 確かに実例をさっき見せられたが、要はオレ達も生身でこのゴーレムⅡを倒せってことだよな。4対1でも勝てる気が全くしないが……

 太刀は荷物を置いた時にそのままだから武器はハンドガン一丁。ホルダーから新品のベレッタを抜き取り、授業でやった通りにセーフティを外す。太刀とは違うズシリとした重さを感じながらフレームの上に指を置く。

 準備を終えゆっくりと深呼吸をしていると、後ろから声が響いた。

 

「オブジェクト展開、ワールドパージ、起動」

 

 次の瞬間、周囲の景色は広い空間から市街地へと変化した。

 

 

 

 

 

ピチョン……………ピチョン………

 

「うっ……ぐっ………」

 

 窓も光源もなく手元が見えない程暗い部屋の真ん中で一人の男が椅子に拘束されている。男は頭上からゆっくりと落ちてくる水滴に苛立つが、発狂する気力も頬を伝う滴を吹き飛ばす体力も残っていなかった。男がこの場所に拘束されてからもうすぐ48時間、糞尿は垂れ流し、手足の感覚は血行不良により痺れを越えて何も感じなかった。

 

キィ―――

 

「まだ息があるのね、よかったわ」

「………Sか……」

 

 開いた扉から射し込む光に男は目を細める。扉には白衣を着た二つの男の影、『S』と呼ばれた声の主は姿を見せずに話を続けた。

 

「ほら貴方たち、社長さんに食事を。シャワーもね」

「はい……」

「わ、わかりました……」

 

 白衣を着た男達は震える声で返事をし、部屋の中へと入る。一人はその手に携帯食料と飲料水を、もう一人は水が入ったバケツを持っていた。社長と呼ばれた男の前に立った男達は丁寧に携帯食料の封を切り、ゆっくりとブロックを口に運んでは一口ごとに水を飲ませた。

 簡素な食事を終えると、白衣の男の一人が水バケツを男の上に構える。だが白衣の男が水を掛けることに躊躇していると、扉の外からピシャン!と鞭がしなる音が響く。

 

「さあ、やれ」

「すみません、社長……!」

 

 ザパッと水バケツの中身を掛けられた男。すかさずもう一人の白衣の男が持ってきたタオルで顔や濡れた服を上から拭くが、その間も頭上から水滴は降っていた。

 

「これをシャワーと呼ぶには冷たすぎるな」

「まだ元気そうね、アルベール・デュノア」

「ふん……」

「自分の信頼できる部下に介助して貰った感想はそれだけかしら?」

「…………」

「だんまりね、いいわ。それじゃあいいことを教えてあげる。遂に完成したわよ、貴方が主導し、貴方が選んだ部下で開発を始めた、デュノア社の第3世代IS、<コスモス>が」

「っ!そうか…………」

 

 その報告にアルベールは深い溜息を吐いた。白衣の男達は申し訳なさそうにアルベールから顔を背けた。その機体はアルベールが娘、シャルロットの為に社内から信用できる部下数名を社内から集め、本社地下にて極秘で開発を進めていた機体だった。機体名はシャルロットの母であり、自身の最愛の女性が好きな花から取られている。

それを外から来たテロリストが掻っ攫おうとしていることにアルベールはやるせない気持ちであった。

 

「ずいぶんとショックのようね。ならもう一つ良いことを教えてあげる。娘さん、フランスに来るそうよ」

「何をふざけたことを、シャルロットがフランスに来るはずがないだろう。ここに娘の居場所はない、帰省などするものか」

「……日本の先生って随分と熱心のようね。貴方の名義で退学届を送ったら三者面談と家庭訪問をするって返事が来たわ。これはテストのし甲斐があるわね」

「くっ………」

 

 『S』の言葉にアルベールは苦悶に満ちた表情を浮かべた。娘の幸せの為にも娘には再びフランスの地を踏んで欲しくなかったが、それすら叶わずに男はただ尊厳を踏みにじられていた。

 

「いい顔をするようになったわね。言っておくけど、先に約束を違えたのは貴方よ」

「言いがかりだな、それは」

「メールを送る許可を出した覚えが無いわ。15年前に言ったでしょう、娘との一切接触は許可しないって。―――もう少し反省が必要なようね。貴方たち、出なさい」

 

 目を伏せた白衣の男達にアルベールは「早く行け」と指示を出す。二人が部屋から出て行くと扉はゆっくりと閉まり出す。一人は悔しそうに拳を握りながら目を背け、一人は体を震わせながらじっとアルベールを見つめる。そんな部下達にアルベールはふっと笑うと同時に扉が完全に閉じた。

 

 デュノア社社長、アルベール・デュノアは再び暗闇の中に閉ざされた。その胸中は直接見ることも触ることもできない娘に、来ないでくれと願い続けていたのだった。

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