ネビュラガスを受けて怪人化しなかった人は、ムダ毛が生えにくくなる説を提唱します。ローグ受領前は長い間牢屋にぶちこまれていたはずのげんとくんに、無精髭が目立っていなかったからです。
え? 立派なお髭を生やしている理由? そこだけ育毛剤を塗っているのでしょう、多分。とても綺麗に整ってますよね、あれ。威厳があります。
あの後、捕まった俺は牢屋や病院などに散々たらい回しにされた挙げ句、トランスチームガンとバットフルボトルなどを没収された上で取り調べを受けていた。
「日室弦人」
「……はい」
淡々と名を呼ぶ取り調べ役の男に、俺は力なく答える。ぶっちゃけると取り調べは自衛隊、警察、日本政府と何度も相手の所属が変わっている。大体は、ナイトローグの素性が知れなかったせいだ。
国籍不明。身元不明。ナイトローグの製造元も不明、と言うよりもナイトローグが地味にオーバーテクノロジーの塊。自業自得と言えばそれまでだが、これは仕方ない。
「貴様の名だが、戸籍情報を調べたところ該当するのは九件。最近のものでも、五年前の航空機事故で亡くなった十歳の少年しかない。どういう事だ? 見たところ君は中高校生くらいか。何故、未登録のISコアなんかを所持している?」
これも何度も聞かれた。特に警察。俺の証言をそちらの方で裏付けに尽力し、証拠や当時の目撃者を揃えたにも関わらず、耳を終始疑わさせているせいで同じ質問を繰り返すのと、まるで変わらない。
そんな彼らが度々ウソ発見器を持ち出す姿は、意外と滑稽だった。そして俺がウソを言っていないとわかるや否や、誰もが死んだ魚のような目をする。
しかし、だからと言って「物理的に説明不可能で不思議な事が起きました」との一点張りをする訳にはいかない。取り調べをする人たちは全員、納得の行く回答を求めている。わざわざ黙秘権を行使する理由もないのだから、俺は快く話を切り出す。
「わかりました、話します。あれは今から五年前の事……」
今でも昨日の事のように思い出せる。あれは個人的に、戦いとは呼びたくないものだった。ノーカウントでお願いしたい。
※
全ての始まりは五年前。おそらく当時十歳だった俺は、気がつけば無人島に放り出されていた。その時に一緒だったのはストロングスマッシュと、着替えとナイトローグ変身道具一式が入ったスーツケースだった。
最初は訳がわからなかった。何の脈絡もなく幼い子供になっていて、隣にはストロングスマッシュがいるのだから。夢かと思って頬をつねってみれば痛く、ストロングスマッシュを着ぐるみだと思って背中のファスナーを探してみれば、そんなものは見つからない。
まさに悪夢の一言。理解が追い付かなかった。ストロングスマッシュに“本物の怪人”というブランドが付く時点で、思考回路がショート寸前だった。問答無用で襲ってこなかったのが、せめてもの救いだ。
さらに、スーツケースの中から取り出したバットフルボトルを振ってみると、数式が質量を持った物体としてフワフワ飛び出してくる始末。この事実を素直に受け止めるのには、時間が掛かった。
『やりなさい……ナイトローグの再評価をやりなさい……』
しかも幻聴か、エコーの掛かった天の声みたいなのが聞こえてくる。違法ドラッグとか使ってないんだけど、おかしいな。病院に行かないと。
だが、病院に行きたくても浜辺から見える景色は地平線のみ。人がこの島を出入りしている気配や跡もなく、たくさんの漂流物が行き着いている。隅々まで探索しようにも、この体格では探索範囲に限界がある。また、何よりも食料の調達が最優先だった。
『あげなさい……ハザードレベルをあげなさい……』
幻聴は鳴り止まず、遂にぶちギレた俺は手にしたトランスチームガンを咄嗟に空へ向ける。
トランスチームガンまで本物の訳がない、オモチャに決まっている、バカな事をしているとか、そんな事を一々考えていられるほど気持ちに余裕はなかった。がむしゃらにトリガーを引く。
すると、トランスチームガンに小さめ反動が起きたと思いきや、銃口から一発の光弾が発射された。光弾は空高く飛んでいき、やがて見えなくなる。途中で光弾自体のエネルギーが減衰し、消滅したのだろう。
ここまでされると、俺は唖然とするしかなかった。煩わしい天の声もそれを最後に聞こえなくなる。次に待っていたのは、希望や幸せを見出だせない明日を生きていくための苦行だった。
サバイバルナイフの代わりはスチームブレード。工作面での不便さはいくらか解消されたものの、十歳の身体では大きすぎて持て余してしまう。後で色々調べてみたが、案の定これも本物だった。
いきなりの無人島生活に耐えられたのは、一週間だけだった。ストロングスマッシュは飲まず食わずでただいるだけ。どんなに頼んでも、何の手伝いもしてくれない。両親や友人がいるかどうかすら定かでないのだ。生きる気力を脆くも失った俺は、拳銃自殺ならぬトランスチームガン自殺を試みる。
「いっでぇぇぇ!?」
しかし、こめかみに少し血が出る程度で死ぬには至らなかった。それから首吊りや毒物摂取などを試すも、死ねない。首吊りは首が異様に頑丈すぎたせいで失敗し、毒物摂取は長時間気を失うだけに留まる。
その次は入水に挑戦するが、そんな時に限ってストロングスマッシュが食い止めに入り、何度も失敗に終わる。
「ふざけるなよ! こんな時だけ助けてさぁ! 人生のやり直しなんていらない! 返せ!! 俺の日常を返せ!! 人生を返せ!! 俺を殺せぇぇ!!」
そして、そのまま殴り合いに発展。バットフルボトル片手にストロングスマッシュを殴るが、まるで効かない。屈強に肥大化した上半身と堅牢なボディを持つだけあって、防御力は並外れていた。
その硬さは怒りで我を忘れていても伝わり、俺は拳を痛めて悶絶してしまう。今度はストロングスマッシュが俺に殴り掛かり、重体にならない程度にボコボコにしてきた。
この時点で俺は色々と察した。ストロングスマッシュに俺を死なせるつもりはなく、首吊りや毒物摂取を黙認していたのは死なないと理解していたから。そして、どういう訳か俺の肉体にはネビュラガスが注入されており、キン肉マンみたいな超人になっていると。
ボコボコにされた後は、大の字になって地面の上に転がった。次第に頭が冷えていき、今までの考えが反転する。
「……生きるか」
まだ絶食や投身自殺を試していないが、どうせ失敗するのは目に見えていた。逆に、死なないという事実は、俺の心を勇気づけるのに十分だった。
それからは心機一転し、前向きに無人島生活を謳歌する。気持ちを切り替えれば、周りの景色も輝いて見える。無人島で暮らす事に、楽しさを覚えてしまった。
超人化の影響はすこぶる健康でいられたり、快眠ができたり、ムダ毛がなくなったり、把握しているだけでも様々だ。些細なケガなら、あっという間に完治する。超人としての豪快な新しいサバイバルの術を見つけられて、これまた楽しい。まだナイトローグへの変身はできなかったが。
トランスチームガンなどの道具は、損傷が勝手に直ったり、捨てても独りで戻ってくる仕組みを持っているのがわかった。海の彼方に投げ捨てたはずのバットフルボトルがズボンのポケットの中に入っていたり、ホラーさながらだったのは良い思い出。呪いとか言っちゃダメ。
「ちくしょー、負けた! 明日こそ勝つからな!」
「――! ――!」
また、ストロングスマッシュとの組手も日課となっていった。ストロングスマッシュもこうして俺とふれ合う事に心踊っているようで、とうとうサバイバル生活の手伝いを打って出るようになる。怪人も時が経てば変わるものだ。
ただし、それと同時に転換期も訪れる。五年近く経過した頃、この無人島に一隻の小型船がやって来たのだった。乗船者は全員、日本人だ。
きっとテレビ番組の無人島企画とかの下見に来たのだろう。それよりも俺は、この無人島が日本国内にあると知れて歓喜した。
このまま彼らについていけば本土に上がれる。孤島ではない日本の地を踏み締める。柔らかい布団に巡り会える。そう考える、いても立ってもいられなくなった。
だが、喜びに浸っているのも束の間、乗船者たちを見つけたストロングスマッシュの目の色が瞬く間に変わり、突如として彼らを襲撃する。
「やめろ!! この人たちは敵じゃない! 襲うな!」
「――!!」
いきなりの蛮行を俺は必死に止めようとするものの、暴走したストロングスマッシュの圧倒的な怪力の前には歯が立たない。過去の組手で、俺がコイツに勝った事は一度もなかったのだ。
俺が目の前に立ち塞がれば、片手間で殴り飛ばされる。ガッシリと腰にしがみつけば、容易く振り落とされる。バットフルボトル込みで殴ればダメージが入るぐらいにまで成長したが、まだ相手の方がダントツに強い。その上、今回のストロングスマッシュは本気を出していた。
やがて重たい腹パンをもらい、俺は痛みに耐えかねて敢えなく地に伏せる。どうにか立ち上がるが、当の下手人は乗船者の一人にちょうど追い付いた時だった。今から駆け付けても、もう間に合わない。
「嫌だぁ! 死にたくない! 死にたくなぁい!?」
ストロングスマッシュが最初に狙いを付けた人は、かなりの臆病だったようだ。それゆえにか、ボコボコにされた俺を見た後で大いに悲鳴を上げる。尻餅をつき、無様な逃げ方をする。他の乗船者は、我先にと小型船に戻っていた。
あぁ、見捨てられたんだなぁ。仕方ない、だってストロングスマッシュなんだもん。贔屓目に見ても、怪人のコスプレをした不審者なんだもん。それが俺みたいな子供を遠慮なく巨大な拳で殴り倒すのだから、とてつもない恐怖感を抱いてしまうのはしょうがない。
ここで俺がピストルでも持っていれば、それを撃って注意を俺に向けさせる事ができたかもしれない。しかし、無い物ねだりしても意味はない。
すると、いつの間にか俺の手にはトランスチームガンが握られていた。この瞬間移動の詳しい原理は、相変わらず意味不明だった。だが、おかげで一縷の望みが拓かれた。
トランスチームガンをストロングスマッシュの無防備な背中に向けて発射。数発の光弾が相手の装甲を僅かでも穿ち、乗船者に馬乗りしようとした奴の意識が一気に俺へ向く。同時に、殺意の篭った無慈悲な眼差しも向けられた。
標的を俺に変更したストロングスマッシュは、全力疾走してくる。このままでは、単に殺される順番が変わるだけになるだろう。だから俺は、咄嗟にバットフルボトルをトランスチームガンにセットし、トリガーを引いた。
《Bat》
「うわあああぁぁぁぁぁぁ!!」
《Mist match!》
トランスチームガンの銃口より黒い霧が大量にまろび出る。俺はそれに包まれながら走り出し、ストロングスマッシュとお互いに拳を交わした。
《Bat. BaBat. Fire!》
霧に紛れて花火が散らされる中、ストロングスマッシュの振り抜かれた剛腕は俺の頭の横をすり抜ける。代わりに、ナイトローグへの初変身を果たした俺の左ストレートが、奴の胸部に深くめり込んだのだった。
「――!?」
殴った反動でストロングスマッシュの身体が浮かび上がり、後ろに倒れる。この隙を逃さず、俺は心を鬼にしてトランスチームガンにバットフルボトルを再度セットする。
《スチームブレイク!》
間髪入れずにトランスチームガンの照準をストロングスマッシュに向け直し、必殺技を放つ。通常よりも威力が数倍以上に膨れ上がった光弾は、ストロングスマッシュの胸を真っ直ぐ撃ち抜く。
スチームブレイクの直撃を受けたストロングスマッシュはその場で脱力し、静かに横たわる。行動不能に陥っただけで、まだ生きているのは確かだった。
「ひぃぃぃぃぃぃ!?」
乗船者たちの方を見てみると、置いていかれた人も無事に小型船へと乗り込み、たちまち無人島から離れていった。あの悲鳴が耳に残り、頭の中から離れない。
あの人たちの跡を辿れば、日本に問題なく辿り着けるだろう。唯一、気掛かりな事と言えば……。
「――」
先ほどの暴走が嘘のように収まり、黒くてつぶらな瞳に戻るストロングスマッシュ。時間が経てば元気に復活するだろうが、また誰かを襲ってしまえば話にならない。
コイツと平和に過ごしたいのであれば、無人島生活の続行するべきだ。だが、俺は何がなんでも本土に上がりたい。コイツ以外の誰かと、人の繋がりや温もりを手にしたい。ここだけの世界で俺自身を完結させたくなかった。
だけど、それを求めると必然的にストロングスマッシュを倒さなくてはならない。連れてはいけない。今まで苦楽を共にしてきたのに、酷すぎる話だ。悲劇を生まないために徹底して芽を摘むべきなのは理解できても、躊躇がどうしても生まれてしまう。
すると、気を落とす俺に応じるかのようにして、ベルトの横にエンプティフルボトルが一本生まれた。これが何の意味を指すのかは、嫌でもわかった。ストロングスマッシュの成分を抽出しろ、という訳だ。それはある種の死を意味する。
無造作にエンプティフルボトルを手のひらで転がす。使おうにも決心が付かず、ついついストロングスマッシュに目で尋ねてしまう。俺はどうすればいいんだ? と。
これに対して、ストロングスマッシュは何も喋らなかった。ただ、表情では「お前の望みを優先しろ」と語っていたような気がした。自分の生死が掛かっているのに、優しく微笑んでいた。
「……ごめん」
その日、ストロングスマッシュは跡形もなく消え去った。
※
「……本当にその当時の目撃者がいるとは」
「だから言ったじゃないですか」
今度の取り調べ室では、織斑千冬さんとの対面が待っていた。手元の資料も参考にしながら事実確認をおこなう千冬さんは、どこか遠い目をしていた。
わかるよ。クライシス帝国の皆さんも、キングストーンの奇跡にはしょっちゅう仰天させられていたから。本当に話の前半部分が不思議すぎるのに、後半部分でいきなり裏付けが取れているから混乱するのも無理はない。結局、ナイトローグの出所は明かされてないし。
え? トランスチームガン以下が勝手に戻ってきていない理由? 勝手に戻るのは紛失とかの条件に当てはまった時に限り、今回は他人の手によって没収されているからナシ、と解釈している。正しい事は知らない。
Q.ストロングスマッシュの成分を閉じ込めたフルボトルの行方は?
A.テープでぐるぐる巻きにして封印しています。浄化できるアテがないので。
Q.この世界におけるナイトローグの扱いは?
A.トランスチームガンとバットフルボトルのセットで初めて運用できる、ジョイント型のISコア。分離状態ではろくに機能を持たない上、扱うのに最低ハザードレベル3は必須。
……すみません、さっき適当に考えました。