ナイトローグの再評価を目指す話   作:erif tellab

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それは、あまりにも吹いてしまう真顔だった……


しょんぼりナイトローグ

 

 今、この地を大量のスマッシュハザードが覆い尽くしている。味方は一人としておらず、ナイトローグに変身した俺だけが孤軍奮闘している。

 手頃なプレススマッシュハザード――長いからハザードは省略――の体をスチームブレードで切り裂き、ストレッチスマッシュを蹴り飛ばす。複数のニードルスマッシュが神経毒持ちの針を一斉に伸ばしてくれば、咄嗟に展開したコウモリの翼でガード。トランスチームガンを連射して薙ぎ払う。

 しかし、倒しても倒してもキリがない。アイススチームを発動させた状態でブレードを地面に刺し、俺の周囲にまとわりつくスマッシュたちを一網打尽。たちまち氷漬けにしては跡形もなく粉砕させる。空間がスッキリするのは一瞬の出来事だった。間もなく、次のスマッシュたちがやって来る。

 絶え間ない敵の侵攻に、俺の身体は徐々に重くなる。手足の筋肉はパンパンとなり、少し動かす事さえも苦しい。正直なところ休みが欲しいが、スマッシュたちはそれを許してはくれなかった。まるで「戦え……戦え……」と言わんばかりに。

 スチームブレードを握るのが辛い。トランスチームガンの引き金を引こうとすると、指が痛くて敵わない。圧倒的な物量の前に、ちょっとやそっとの戦術は一蹴される。

 がむしゃらに戦うのも限界が訪れる。終わりの見えない戦いに心が挫けそうで、泣き出しそうだ。誰も見てくれない。誰も知らない。誰も覚えていない。こんなにも一人ぼっちなのに、ここまで頑張る意義が見出だせなくなる。

 もういい。空を飛んで逃げよう。そう思った矢先に、空を無数のフライングスマッシュが飛んでいた。フライングスマッシュの群れは地上のスマッシュたちに構わず、炎弾を発射して絨毯爆撃を開始する。頭上からは炎の雨がスコールのように降り注ぎ、俺を重点的に狙う。これを全て避けきる元気すら、残されていないのに。

 すごすごと翼を全身に纏い、ひたすら空爆を耐え忍ぶ。辺りに響いていた爆音が止み、しんと静かになる。そっと翼を閉じてみれば、巨大化済みのスクエアスマッシュの大部隊が降下してくるのが見えた。サイズは明らかに、ウルトラマン出動案件ものだ。

 

「……こなくそぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 奴らが着地すると同時に俺は飛翔。すっかり通常サイズのスマッシュが見当たらなくなった荒野を下にし、近くにいたスクエアスマッシュに向けて飛翔斬を放つ。渾身の一撃は容易く頭部を貫通し、爆発四散させる。だが、俺にできたのはそこまでだった。

 残る全てのスクエアスマッシュが一斉に俺へ右腕をかざす。直後、エリアカットペンによる空間切断に俺は何十回も巻き込まれ、とうとう変身が解けて地面に伏す。ボロボロになりすぎて、もはや立つ力すらなかった。

 そして気がつけば、今度はスマッシュたちにわっしょいされていた。どこかへと運ばれ、やがて一体のバーンスマッシュの前に投げ出される。

 

「力が欲しいですか?」

 

 突如、バーンスマッシュの口からそんな言葉が流れてきた。ふと見上げると、その手にはスクラッシュドライバーとクロコダイルクラックフルボトルが収められている。

 一体何なんだ? すると、他のスマッシュたちに身動きを封じられる。それから無理やり上半身を起こされ、スクラッシュドライバー片手にバーンスマッシュが近づいてくる。 ま、まさか……!?

 

「さぁ、スクラッシュドライバーを着けちゃおうね」

 

「ダッ、ダメだ! よせぇ! 嫌だ! ローグにはなりたくない! ローグにはなりたくないぃぃぃ!!」

 

 一生懸命暴れるが、うんともすんとも言わない。どんなに拒もうとも、生身ではたかが知れている。

 瞬間、バーンスマッシュは何を思ったのか、その手を止める。とても俺の意思が伝わったとは考えにくい。いくつか考える素振りをすると、次には――

 

「あっ。そう言えば君のハザードレベルは四未満だったね。じゃあ、このエボルドライバーにしよう。大丈夫。ベルトの力に身を委ねなさい」

 

「あぁ……あぁ!?」

 

 エボルドライバーどバット・エンジンエボルボトルを取り出してきた。悲痛な声を出す俺の気持ちを知らずして、強制的にエボルドライバーを腰に着けさせる。

 

「はなせぇぇぇ!! イヤだぁ、マッドローグもイヤだぁぁぁぁ!! 恥知らずの内海のヤツなんてぇぇ!!」

 

『コウモリ! 発動機! エボルマッチ! Are you ready?』

 

「やめろおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 どれだけ叫ぼうが、勝手に回されるレバーは止まらない。エボルドライバーから乱雑に伸ばされるランナーが俺の周りを取り囲み、突撃してくる。視界は一時的に真っ白に染まり、電流が全身に流れる感覚に襲われながら音声を耳にする。

 

『バットエンジン! フハハハハハ!』

 

 それを皮切りにして、スマッシュたちは忽然と姿を消す。景色は荒野のまま。おもむろに自分の姿を確かめれば、残念な事にあのマッドローグへと変身してしまっていた。

 

「あなたも私を捨てるのね」

 

「えっ?」

 

 突然の女性の声に振り返ってみれば、そこにはナイトローグが立っていた。膝をついている俺を見下ろしている。

 

「……あっ、いや、待ってくれ。これは違うんだ! 俺は、無理やり変身させられて――」

 

「氷室幻徳も、内海成彰も私を捨てていった。ブラッドスタークはまだ石動惣一が持っているのに」

 

「そ、それは……!?」

 

「さよなら。私はもう、一人で生きていくから」

 

 そう言ってナイトローグは立ち去っていく。俺は戦闘のダメージが残っていて、儚げに手を伸ばす事しかできない。呼び止めようとしても、込み上げてくる涙が邪魔をする。

 

 待って……御願いだから待ってくれ、ナイトローグ。

 

 だが、俺の願いは届かず。ナイトローグは一度も振り返らず、遂に霧ワープをして姿を眩ました。

 こうして独りになった俺は、だらりとその場にうずくまる。活力はなくなり、悲しみのあまりに絶叫する。

 

 

 

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 起きてみれば、自分がベッドの上にいる事に気づく。どうやら、今のは夢だったようだ。

 

 ブロス兄弟の襲撃後、ケガを負って気絶した俺は医務室送りにされたが、たった一日でどうにか歩ける程度にまで回復。打撲や擦り傷だけに留まっていたのが幸運だった。また、ハザードレベルがそれなりにあるせいか、回復力がおかしい事になっている。医務室の先生には大層驚かれた。お見舞いに来てくれた京水たちにも驚かれた。

 だが、ブロス兄弟に完膚なきにまで敗北した事実に心が打ちのめされ、何とか登校を果たす俺の足取りは非常におぼつかなった。再評価活動をしようにも、やる気が一向に出ない。まるで氷室幻徳に捨てられたナイトローグの気分だ。

 

「よっ。おはよう、弦人。ケガはもう大丈夫なのか?」

 

「……おはよう、一夏。へーきへーき……」

 

 教室に入ると一夏に声を掛けられるが、どうにも元気が出ない。否応なしに目線が下に落ちてしまう。

 

「なぁ、本当に大丈夫か? 明らかに元気ないぞ? いつもの仮面もしてないし……」

 

「……」

 

「もしもし?」

 

 こんな俺を気に掛けてくれる一夏だが、比例して俺の元気が次第になくなっていく。彼の言葉には答えられず、トボトボと自分の席に座るだけだ。

 

「……やっぱり、この前の二人組の事を引きずってんのか?」

 

 コクリ。的を射た発言に俺は力なく頷く。それから一夏としっかり目を合わせて話そうと試みるが、どういう訳か視線が目の前の黒板に固定される。心なしか、俺の肩は震えていた。

 

「別に弦人は悪くない。むしろ情けないのは俺の方だ。助けに入ろうにも、手も足も出なかった……」

 

「……」

 

 そこまで呟き、一夏は途中で敢えなく言い淀む。励まそうとしてくれている彼も、ほぼ生身でリモコンブロスに挑んでは雪片弐型をポッキリ折られてしまったのだ。その様子は目に収めていなくても、反響定位で把握していた。

 しかし、同情や慰めは要らない。必要なのは、完全敗北を喫してしまった事実をバネにして次に繋げる事だ。敗北ならストロングスマッシュとの組手や織斑先生との鬼ごっこで経験しているから何ともない……はずだった。

 やはり、完全なる敵に負けたというのは、比較的仲の良い人と比べると衝撃が全然違うらしい。彼らは俺の心にとんでもない傷をつけていった。

 

「あの時、何もできなくてめちゃくちゃ悔しい。お前も悔しいんだろうな。でもさ、逆に考えれば……なおさら強くならなくちゃって思えるだろ?」

 

「……」

 

 ああ、そうだ。その点に関して、お前は俺よりも前に進めている。羨ましいな、そこまで気持ちの切り替えができてて。俺も早く、立ち直らないと……。

 

「俺、お前に負けないぐらいに強くなるからよ。だから、せめて……そのシュールすぎる真顔だけはやめてくれないか?」

 

「……ごめん」

 

 それは本当に済まない事をした。だけど、気落ちしたままではどうにも表情が作れなかった。

 それから、SHRの時間でデュノアさんが実は女だとカミングアウトしてきたり、昨日の男子に解放された大浴場の件で教室が騒がしくなったり、鈴音さんが教室に乱入してきたり、ボーデヴィッヒさんが一夏にキスをしたりとハプニングが多かったが、俺は依然として落ち込んだままだった。ただ静かに、周りの話を聞くだけだ。

 

「弦人ちゃん? もしもーし」

 

「……!」

 

「あら!? 弦人ちゃん、どこ行くのー!? なんで天井走りしてるのー!?」

 

 京水に話し掛けられれば、バットフルボトルを持って走り逃げる。今はとにかく、そっとして欲しかった。廊下を走るのはイケないので、天井走りに留める。

 

「ヒムロン、元気出して? ほら! ヒムロンの大好きなラングドシャだぞ~」

 

「……」

 

「……あれ?」

 

 のほほんさんにラングドシャを差し出されば、そそくさと受け取ってその場を大急ぎで離脱する。まさに有無を言わせない勢いでだ。

 

「げ、弦人くん。お弁当持ってきたけど食べる? 病み上がりだから、食べやすいのを作ってきたんだ」

 

「……」

 

「あ、ごめんね! 図々しいよね、フラれちゃったのに私。だけど……へ?」

 

「……」

 

「あ、うん。美味しい、かな? だったら嬉しいかな。えっと……弦人くん? えっ、ちょっ!?」

 

 昼休み。屋上でつれづれに立ち尽くしていると、ふと鏡さん……ではなくナギさんがお弁当を持ってきてくれた。その中で適当なおかずを口にした後、バットフルボトルを肌身離さず、屋上の柵を越えて校舎の壁走りを敢行する。ごめん、ナギさん。

 そして午後の授業をサボった俺は、砂浜の上に体育座りをして海を眺めていた。さざ波の音が心地好く、少しでも心が空く。このままずっと、海を見ていたかった。

 

「弦人ちゃーん! どこなのよー! 織斑先生がヤバいわよー! なんかね、ものすごい形相で飛天御剣流の素振りを始めちゃったのぉ! 早く帰ってきてぇぇぇ!!」

 

 遠くで京水が俺の名前を呼んでいる。探しに来てくれたところを悪いが、まだしばらくは一人でいたかった。ここにいれば、過去の無人島生活の思い出に浸れるから。

 

「探さなくっちゃ! ビンビンに探さなくっちゃ! 他の女じゃ見つけてくれるかどうか不安よ! 全然期待できない! あっ、弦人ちゃんとそのまま愛の逃避行も良いかもしれないわ! エイリアンがなんぼのもんじゃい! 織斑先生がなんぼのもんじゃい!」

 

 やがて、京水の大声は遠ざかっていった。そうか、他にも俺を探している人がいるのか。なら、なおさら一人でありたいな。織斑先生の落雷を延々と先伸ばしにしたい。

 

「日室くん……?」

 

 すると、谷本さんがやって来た。俺は彼女がこちらにゆっくりと近づいてくる音に耳を傾けるだけで、海を眺め続ける。言葉を交わす気にはなれなかった。

 無視された谷本さんは、次に俺の隣に座り込む。それからチラチラと俺の顔を窺ってくるが、そんな事では微塵たりとも動揺しない。反応が欲しいのであれば、天翔龍閃を誰彼構わずにぶっ放す織斑先生でも連れてくるべきだ。

 海の方に視線を固定しても、横で谷本さんがあたふたしているのがわかる。そして、深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、慈しむようにして語り掛けてきた。

 

「くよくよしてるなんてらしくないよ。いつもの調子はどこに行ったの?」

 

「……」

 

 いつもの調子はブロス兄弟によって木端微塵に砕かれた。修復にはまだ時間が掛かりそうだ。だからこうして、海の景色に心を癒してもらっている。

 結局、何も答えない俺に谷本さんは溜め息をつく。しかし、それで諦めたような感じはなく、むしろ悠然として言葉を列ねた。

 

「あなたが落ち込んでるのは勝手だよ。でも、そうなった場合、誰がナイトローグをやるの?」

 

「……」

 

「ううん、誰もやらない」

 

「っ!?」

 

 じっと待ち構えていれば、俺の予想の斜め上を超えた万丈構文にドキッとした。うっかり谷本さんに振り向くや、慌てて海を見つめ直す。この動作に彼女は「フフッ」と笑い声を漏らす。

 

「日室くんがいつまでも暗いままだと皆が心配しちゃうよ? あの時は私も遠くにいたんだけどね、この前の騒ぎで織斑くんも負い目を感じてるかも。目の前で日室くんがやられるの、黙って見る事しかできなかったみたいだから。だけど、あなたが逃げるばかりだと何も始まらない。そうなったら、とうとう愛想も尽かされて本当にほっとかれちゃう」

 

 聞いてて耳が痛い。見方を変えれば、確かに今の俺は周りから逃げている。多くの人の親切を無下にしている。自分は何も頼んでいないのに、彼らはわざわざ俺に歩み寄ってくれているのだ。きっと、打算とかそういうのは考えていない。とりわけ京水は確実だと思われる。

 あぁ、俺はなんて悪い事をしているのだろうか。ナイトローグの再評価を目指さなければという使命と自尊心のせいで、できる限りは何でもかんでも一人で解決しようとしている。まず、誰かを頼ろうとはしていなかった。一人でできる限界などたかが知れている認識は持っているのに。理想的なナイトローグを目指していたあまり、そんな当たり前な事ですら気づかずに、目が曇っていた。

 愚かしい。自分を呪いたくなる。もはや、自分にナイトローグの資格すらないのではと思えてくる。ローグに浮気しろ、マッドローグにも浮気して三股掛けろという悪魔の囁きが心なしか聞こえる気がする。俺、もうダメなのかな……。

 その時、自然と涙が溢れてきた。しゃくり上げるほどではないが、止まる気配は感じられない。ただ静かに、無性に悲しかった。

 

「もうっ……何泣いてるの」

 

 そう言って谷本さんは呆れたようにしながら、そっと俺を抱き締めてくる。同年代の異性に密着しても邪な感情は全然湧かない。聖母に慈しまれるような、とにかく安心する暖かみを感じた。

 

「あなたには守るものがあるんじゃないの? 自分の信じた正義のために戦うんじゃないの? それとも全部、ウソだったの? ……あ、ダメだ。込み上げてきちゃう」

 

 一生懸命に言葉を口にした後、彼女は啜り泣きを始める。俺の泣く姿を見て、気持ちが伝播してしまったのだろうか。

 守るもの……信じた正義……人助けは生き甲斐……。俺は、ナイトローグの再評価活動の傍らで、ほとんど何もなかった今世で生き甲斐を見出だした。ゴミ拾いや川で溺れたお婆ちゃんを助けるだけに留まらなくなったのは、自己満足では到底完結し得ない。人の輪に入り、嬉しさや喜び、幸せを共有できる事が何よりも純粋に嬉しかった。

 それに戦闘面で再評価をすると決めた以上、遅かれ早かれ経験する事だった。俺は本気で、今後一生ナイトローグに敗北の二文字は存在しないと思っていたのだろうか? だとしたら能天気にもほどがある。

 最悪だ……こんなに苦しくても、結局は戦わなくてはいけないなんて。

 

 それから俺たちは、枯れ果てるまで涙をしきりに流した。谷本さんがずっと側にいてくれたので、心細くはなかった。

 

 ちなみにこの後、訓練機で織斑先生から戦闘実演という名のシゴキを受ける羽目になったのは、ここだけの話。ハザードレベルを上げたいから上等だと意気込んだのは良いものの、まだケガが完治していないので辛かった。

 

 




Q.そして翌日……。

A.ヒムロンは仮面だけでなく、コスプレナイトローグを完成させた。もちろん、織斑先生相手に「改造制服です」と言い張ったら怒られた。さらば、一日だけの静かで平和な教師生活よ。


Q.もう一声。

A.ナイトローグのお悩み相談室が不定期で開かれる事に。もちろん、織斑先生に怒られる。山田先生はナイトローグに悩みを打ち明ける。

ナイトローグ「ようこそ、ナイトローグのお悩み相談室へ。お祈りですか? 懺悔ですか?」

真耶「私、困ってるんです。どうすれば日室くんを正しく指導できるのか……」

ナイトローグ「ごめんなさい、山田先生。でも止まる訳にはいかないんです」

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